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推理小説黄金期の劈頭を飾る傑作
2018/10/02 12:51
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投稿者:KTYM - この投稿者のレビュー一覧を見る
推理小説黄金期の劈頭を飾る傑作(1920年)。
英仏海峡を渡ってロンドンの埠頭に荷揚げされた樽の中から女性の死体と金貨が発見される冒頭から、樽の追跡劇、事件を追う英仏の警察/私立探偵の姿が、落ち着いた筆致で描かれる。1920年の作品で荷馬車やタイプライター、電話交換台などが出てくるが、新訳のおかげもあってか、少しも古さは感じない。
読みどころの第一は謎解きで、1.英仏海峡をまたがるトリッキーな樽の動き。女性の死体は、いつ、どこで樽に入れられたのか、及び2.確実に思えるアリバイ崩し がポイントですが、(P215~216を参考に)謎めいた樽の動きを紙に落として、整理しつつ読み進めることをお勧めします。ひょっとして真相を見破れるかも。
もう一つの読みどころは、英仏の警察/私立探偵による捜査ぶりで、地道な現場検証や聞き込みで収集した事実を基に仮説を組み立て、検証しながら、真相に迫ってゆく姿はリアルで目を離せません。徒労に終わる取り組みも含めてしっかり描かれている点が、ホームズのような天才型名探偵の活躍を描くことが中心であった当時のミステリにおいては画期的だったかもしれません。
一方で、主として事件を追う三人(英仏の警察と弁護側の私立探偵)の視点から事件を描くことで、視点が分散してしまった点は、評価が分かれる部分かもしれません。目先が変わって、読者を飽きさせないという利点がある反面、名探偵が複雑な真相を鮮やかに解き明かしてみせるというミステリ特有のカタルシスが少し失われてしまう気が、個人的にはしました。
個性的な名探偵の活躍というのもミステリの楽しみの一つだと思うので。その意味で、ラストでの真相の語り方も、もう少し違うやり方があったのでは、と思いました。
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ミステリーを語る者の必読書と知って図書館で手に取った。
別にミステリーを語りたいわけではないけれど、古典の名作と呼ばれる作品を読んでみたいと思ったのだ。
読み終えるのに、実にひと月以上を費やした。つまり図書館の返却期限を破ってしまった。ごめんなさい。
ここまで時間がかかったのには理由がある。退屈なのだ。現代に照らすと恐ろしく余分な記述が多く、忍耐を要する。読みたい本はいくらもあるが、他所に手を出してしまったら二度と戻って来れないと確信できたので、ひたすら我慢して読み続けた。名作と呼ばれる所以を味わう至福の時を夢見ながら。
で、その時は訪れたか。
結論からいえば、ぼんやりと名作たる普遍性は感じた。
つまり、詰まらなくはなかった。303頁〜383頁、ラ・トゥーシュの登場から結末まではかなりのめりこめた。緻密に絡み合った糸がほどけていく快感は確かに味わえた。
しかし。
時間のない今、読んでおくべき作品なのだろうかと思うと考えてしまう。
名探偵は登場しない。
地道な捜索がひたすら続き、息苦しくなる。
時代背景を考えながら、妙な階級意識や風習を理解しなければならない。
とはいえ、アリバイ崩しの原点なのだ、この作品が。そう思うとありがたみも感じようというものだ。
それにしても、ボックってなんだろう。ドイツにボック・ビールってのがあるけど、それなのか。ビールと記述を分ける必要があるのかどうなのか。文脈からはコーヒー的なものを想像した。とても気になる。
2014.2.5読了
尚、自分が読んだのは村上啓夫訳。
都築道夫解説。
1957年9月30日初版発行
1994年2月28日6版発行
HAYAKAWA POCKET MYSTERY BOOKS No.346
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荷揚げ中に破損した樽から金貨と女性の腕が見つかる。運送会社の社員が警察とともに樽のもとに戻ると、樽はすでに引き取られた後だった。樽の行方、そしてその中身をめぐるミステリー。
タイトルからして「なんだか地味そうだな」と思って、名前こそ知っていたもののなかなか手を出さなかった一冊です。古書で半額で売られていたので、ようやく手を出しました。
前半は樽はどこに消えたのか、中盤以降は犯人はだれか、という謎が主題になるわけですが、一つの謎が解ければ、また次の謎が表れ、その謎が解けたかと思いきや、イマイチ事件とは結び付けにくかったり……、そんな風に謎を非常に巧く見せている気がします。アリバイトリックについては少しややこしいな、と感じたものの、そうした構成が非常に巧みでどんどん読まされました。
いわゆる超人タイプの名探偵が出ないので、捜査が証言を集めたり、その証言を検証したりという地味な描写にはなりがちなのですが、そこを構成の妙でカバーしている印象です。
”地味”という言葉はたいていマイナスのイメージが持たれがちですが、地味だからつまらない、とは言い切れない、逆にハリウッドのような派手さやホームズやルパンのようなキャラクターの強い名探偵がいなくても、謎と構成がしっかりしていればいくらでも面白いミステリは書けるんだ、ということを力強く証明してくれた作品だと思います。
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樽を冠した文学といえばあたしにとっては、葉山嘉樹の『セメント樽の中の手紙』だったから、なんとなく樽へのイメージは、プロレタリアート的な、こう、いかついイメージだった。しかも、昔手にしてハラハラ読んだはずのクロフツにしてもフィルポッツにしても、どうも忘れられた作家扱いでなかなかほいほい本屋でお目にかかることもなく、すっかり忘れていた。
ところが最近新訳が出たそうで、ひょいっと手に入ったので久々に読んでみた。
懐かしいなあ。
丁寧すぎるくらいに描かれた地取りの様子。今だったら携帯やネットでこうはいかないよね、っていうトリックもあれば、科学捜査でこれは簡単にひっくり返るでしょ?って箇所もたくさん。証言の取り方も、証拠収取手続きに問題ありまくり。笑
でも読んでよかったな、って嬉しくなったのは、とにかく緻密にひとつひとつ、構築されては翻る推理の応酬。律儀に丁寧に語られるので、一緒に話を聞いているような嘘のない構成。裏のない、フェアな、誤魔化しも飛躍もない、ひたすら地道なストーリー。最後の犯人との駆け引きも、もっと膨らましようもあろうに、ほんとに短くさらりと終わる。あらあら。そのくらい丁寧に、犯人を追う刑事や探偵が、まさに細密にひとつひとつを解きほぐすところに、ぎゅぎゅっと焦点がしぼられています。渋い。
有栖川有栖氏の、愛に溢れた最後の解説も、いいです。愛されるべくして愛される、正統派の優等生。たまにはゆっくり、こんな固い読書もありですね。
ちなみに、『セメント樽の中の手紙』はたいへん短い、切なくて、みようによっては気持ち悪い話です。瓶の中の手紙と勘違いして、夢野久作?とか思って読んだ作品。恋人がセメントの機械に吸い込まれた女工の悲しい手紙なのですが、気になる方はご一読を。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000031/files/228_21664.html
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クロフツ1920年発表の処女作にして代表作。推理小説の古典であり、愛好家必読の一冊でもあるのだが、肩肘張ることなく今でも充分に楽しめる。ストーリーは、殺人事件の発生からドキュメントタッチで展開し、実直な警察官と私立探偵の地道な捜査によって、ひとつひとつの謎が解き明かされていく。天才的な探偵による名推理を排し、極めて地味な印象を与えかねないが、リアリスティックな描写は考え抜かれた構成の妙によって、返って滲み出るような緊張感を生んでいる。本作品が突出しているのは、表題でもある「樽」が冒頭から終幕まで動的なモチーフとして効果的に使われていることで、不可解な謎の核として機能し続ける。本作の真価でもある「アリバイくずし」については、真犯人による衝動的犯行後に瞬時に閃いたにしては、やや出来すぎの複雑さを持ち、この点ではリアリティは無い。だが、本格推理の新たな道を開拓した作品としての意義は大きく、狡猾な犯人像も鮮やかな印象を残す。
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展開がゆっくりで、人が足を使って調べていく時間経過がリアルに感じ取れる。それだけに創作話にも関わらずノンフィクションっぽい印象を受ける。丹念なというか緻密なというかこういう推理ものは良いなぁ。
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冒頭の樽の発見から、樽の消滅を追う謎、被害者・容疑者の過去から一気に引き入られる流石の古今の名作である。1910年頃の英仏ドーバー海峡を挟んだ貴族階級を思わせる時代の情景。貴婦人の死、そして樽詰めの遺体搬送。この時代のタクシー、電話、馬車、鉄道などが時代の空気を盛り上げ、「樽」という独特の道具立てが更に味わいを深めてくれる。警察・探偵によるトリック崩しは複雑で程よい頭の体操だった。パリからベルギー、ロンドンへの往復時間など、欧州の距離感を体感する。第1次大戦の雰囲気が全く感じられないのは?少し不思議だったが。古典的な謎解きで、最近のミステリーのように第2、第3の事件がないことが、現代の若い人に受入れられるのかどうかは分らないところ。
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ヴィクトリア朝の香り残る、1910年代のロンドン。
波止場に荷揚げされた樽が、たまたまぶつかって、ちょっと破損してしまった。
係員が気にして調べると、破損の隙間から、金貨がじゃらじゃらと...そして、謎の美女の死体が入っていた...
捜査が始まった途端に、謎の男が樽を持ち去る。
追跡。樽を運搬した荷車が、ペンキを塗り直されていた。
ロンドン警視庁の執念の捜査でたどり着いた荷受人は、何も事情を知らなかった。その上、問題の樽がまたしても奪われて行方不明...
七転八倒の末、確保した樽。とうとう、開封される樽。中の死体は、やはり妙齢の女性。
樽の発送元は、パリ。
舞台は花の都パリへ...。
死体の女性は裕福な商人の夫人。
容疑者は、その夫と、愛人の男。
状況証拠は、全て、「愛人の男の犯行」を指している。逮捕。追及。このままでは有罪になる。
だが、捜査員の心象では、怪しいのは夫。
夫の完璧なアリバイを崩せるのか?
20世紀初頭のロンドン、パリ、ブリュッセルを舞台に、当時最先端の鉄道や貨物船の輸送網のダイヤをにらみながらの、ノンストップのミステリーが疾走する...
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海外ミステリーの古典です。
書かれたのが1920年だそうで。
ホームズ物の最終短編集、「シャーロック・ホームズの事件簿」が1927年ですから、大まかに言うと同時代。
そして、ホームズ物に比べれば、なんというか、松本清張さんのノリに近い、そういう意味で実に現代的なミステリー。
謎めいた樽を追いかける序盤戦。
パリに舞台を移して、死体の身元と事情が判明する中盤戦。
そして、「間違えられた男」が逮捕され、無罪を証明するための終盤戦。
ロンドンの刑事→パリの刑事→ロンドンの弁護士→ロンドンの私立探偵、と、捜査主体=主人公、が移り変わっていくのも、変化球で魅力的。
なにより、特に前半のテンポの良さ。謎から謎の高速駅伝リレーみたいな気持ちよさ。
その辺が、いちばんの魅力でした。
その一方で、犯罪の背景に必ずある、犯人側の切羽詰まった心情表現みたいなものとか、
大ラスのアリバイ崩しの鮮やかさみたいなもの、
そのあたりには若干の不満は残ります。
あと、全てが分かった後で考えると、「えと、あそこのトリックって、どういう意味があったの?」みたいものが若干(笑)。
それも含めて、まあ、1920年、この手のミステリの先駆けですから、そこはご愛嬌。
ただ、そこを差し引いても魅力あるミステリでした。
海外ミステリー好きな方は、是非。
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船便で港に届いた樽。
荷降ろしの途中に隙間から金貨がこぼれおちてきた。
不審に思い少し中を探ってみるとなんと女性の腕が。
警察に届け出ている間に樽は行方をくらましてしまう。
樽を奪った男は中身について知っているのか、樽を探し事件を解決せよ。
「樽」って聞くと和風ですが、原題は「The Cask」。
なんだかかっこいい!
さて内容。
まずは樽をじっくり検分するまでに時間がかかる!
しばらく行方不明になるんですから。
見つけてからやっと捜索。
まずは警察の手に委ねられます。
ロンドンのバーンリーとパリのルファルジュは仲良しデカ。
捜査の合間に飯を食い、クラブに行き、エンジョイしまくり。
警察は懸賞広告出しまくり~!
なんだかのどかだな!
基本的に出てくる人が皆上品でよい人です。その点ではイライラしなくて済んでよいです。
江戸川乱歩が絶賛したことで日本では一躍古典名作に名を連ねたこの作品。
なんと、重大な欠陥があるとのこと。
それを見つけるのは読者です。
種明かしは解説の有栖川センセイなので、最後までとっていてくださいね!
ちなみにわたしは気づきませんでしたが、言われたら「でしょ?おかしいと思ったのよ」と思いました。
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古典的名作として誉れの高い作品。
海外の古典ミステリーは
カバーしきれていないので
ふと手に取ってみた。
だが、読み進めるのがけっこう骨だった
というのが正直な感想。
つまらなくはないのだが、
現代の小説に慣れている身には
必要性を感じない細かい描写が多く
展開が遅いし、地名の馴染みがないので
位置関係をつかみにくいし、
なかなか読んでいて面白いと感じない。
ミステリー黎明期に作られ、
後の作品に影響を与えたという時代性、
歴史的意義は大きなものがあると思うが
作品単体としての評価としては
決して面白い作品ではないと思う。
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最初は樽の行方を追っかけていたのだが、中身が判明した後は、その謎を追いかけることに。アリバイを追跡していく作業は、やや単調だし、樽の動きが複雑でわからなくなってしまう。
しかし、ラストで分かりやすく、謎は判明する。ミステリの名作。これが100年も前の作品だとは。
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以前amazonの試し読みで冒頭を読んだ。続きが気になって仕方がなかったが値段が高くて買う気がしなかった。図書館に置いてあるのを発見して読了した。
古いミステリを読んでいると解説にクロフツの樽がよく出てくる。試し読みした冒頭も面白かった。そんなわけで期待値は高まる一方であった。
読み終えてみて、たしかに面白い小説で合ったと思うが、地道な捜査の部分が多い上にイギリスとフランスをまたぐアリバイ崩しのトリックが分かり難く、設定が込み入っていて理解しにくかった。
終わり方もとってつけたようで、先によんだクロイドン発12時30分のほうが読みやすさと分かりやすさと登場人物に共感できた。荷馬車で樽を運ぶ、という1920年代の交通手段に馴染みがないし、前半登場した警部が後半全く出てこないのがあまりに共感できなかった原因かもしれない。
いろいろ不満点を上げたが、十分楽しめた小説である。
でも現代でわざわざ読む価値があるのか? と問われればYESとは言い難い。魅力的なキャラクターがおらず地道な描写が続くのでストーリーの魅力も多少落ちる。緻密なプロットが楽しむ本かな。
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1920年に書かれた作品
名探偵でなく警察もののように
状況を緻密に組み立て穴一か所から解決に及ぶ話
警視総監が一事件を監督したりするようなところはあるが
現在に通じる古典
犯人の樽を使った謎を
とても上手く意図してそうした様でなく難解に描いているのが大きな得点だが
むしろ終盤がやや冗長かもしれない
分けた視点を収束させるため止むを得なかったのかもしれないが
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1920年代のロンドンとパリが舞台。スコットランドヤードと
シュルテ両警視庁が犯人にまんまと裏をかかれ、私立探偵登場。
人間の憎しみ、恨みの心理描写が素晴らしい。
最初のページはロンドンの船会社で働く人たちの息づかいが聞こえてきた。
また、読みたくなる。新訳版で文字が大きく読みやすい。
おすすめです。まだ読んでない方は是非
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リハビリ?用の読書。
芥川賞の予想を盛大に外したことにより、いじけてしまい、読書なんて当分するものかと思っていた。
だが、かと言ってゲームや映像作品に時間を使おうとしても、早々に飽きてしまう。何とか本を読む楽しさを思い出そうと、純文学作品ではなく、しばらくは力を抜いて読めるミステリや時代小説に癒しを求めようと思い、積読になっていた本書を読んだ。(純文学復活の暁にはとりあえず福永武彦氏あたりだろうか。)
古典的名作とされているだけあり、丁寧に作り込まれた、読み応えのある本だった。ただ、ミステリを久しぶりに読んだので、それゆえにミステリを読むことそのものに対しての期待感と、それが満たされた充実感が否応なく増していた、そのことを差し引いて考えなければならないかもしれない。でも、一方で期待が大きかっただけにもし魅力の乏しい内容であれば読後の失望もそれだけ大きくなるはず。そうはならなかったのだから、やはり心からこの読書に満足したのである、私は。発想の奇抜さや天才的な探偵は確かに登場しないが、証拠を一つ一つ地道に積み重ねていく過程はスリリングだし、作者の真剣さや真摯さも伝わってくるほど。
また、本書の内容自体はもちろんだが、巻末の解説2本が素晴らしく面白かった。特に有栖川有栖の解説は読後感を何倍にも良くしてくれる素晴らしいものだ。ぜひ、鮎川哲也「黒いトランク」も読んでみたい。