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最近「江戸しぐさ」の名を冠した書物をよく見る。『江戸しぐさ事典』なるものまで出ている。なんでも文科省の新しい道徳教科書にもこの「江戸しぐさ」が紹介されているらしい。本屋でこうした本を見かけるたびに、気にはなってはいたが、なんとなくうさんくさい気がして手が出なかった。そんなとき、知人からすすめられたのがこの本。「江戸しぐさ」に対する全面的な批判書である。江戸しぐさのしかけ人は芝三光(みつあきら)、その信奉者で推進者は越川禮子という人らしい。芝さんは本来まじめな人で、世の道徳の衰退を嘆き「江戸しぐさ」の復活を説いて全国を遊説していたらしい。芝さんに言わせれば、「江戸しぐさ」は口伝で、書物には残っていないという。それは、江戸開城で江戸っ子は潜むか地方へ逃れ、書き残されたかもしれない書物も焼かれてしまったという。要するに、根拠となるものがなにもないのである。原田さんは、「江戸しぐさ」といわれるもののいくつかを当時そんなものはなく、どれも1980年以降のものであると一つ一つ例証する。たとえば、傘をさしている人どうしが道であったら傘を傾ける「傘かしげ」という動作があった。要するに譲り合いの精神だ。原田さんは、そんなときはすぼめて通り過ぎるのが普通だし、第一だれもが傘を持っていたわけではないという。また、狭い道ですれ違うときの「蟹歩き」も、無理に通ろうとせず、どちらかが止まればよかったわけだと言う。さらに、江戸時代は「時泥棒は10両の罪」という言い方もあったというが、時間を掌握する人は限られていて、人は時間に今よりはるかにルーズであった。また、人がタバコを吸っていなければ自分も吸わなかったと江戸時代に嫌煙権があったようなことも江戸しぐさに入っているらしいが、当時は客にタバコを出すのがいわばエチケットだった。等々。要するに、現代の道徳を立て直そうとする精神はいいとして、それを「江戸しぐさ」などと呼んで奨励するところがいやらしいのである。しかも、江戸文学専門家である田中優子さんもこの「江戸しぐさ」をオープンカレッジで述べるしまつ。まさに現代のオカルトである。
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江戸しぐさの検証と、その作者(?)の人物像、関係する界隈について。トンデモな教えを検証することで、江戸文化について資料付きで紹介された本ともなっている。
参考 http://togetter.com/li/803339
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非常に重要な本だとは思う。
江戸しぐさについて、その内実の詳細な批判からその由来まで幅広く扱っており、まさに決定版という感じ。
いくつか再反論可能そうなものはあるけれど、基本的に江戸しぐさ擁護派はぐうの音も出無さそうな気がする。もう無視するしか手はないよな、基本的に。
ただ、惜しむらくは文章がうまくない。それが気になってしまって。。。
もうちょっと読ませる文章だったらなあ。画竜点睛を欠くとはこのことか(ちょっと違うか)。
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「江戸っ子狩り」って、江戸しぐさを批判する側が言ってる冗談かと思っていたら、江戸しぐさ推進派が本気で主張していることを知り大笑いした。
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巻末の参考資料の,<「江戸しぐさ」全般>の数の多さに目眩がした.このままトンデモの一分野としてひっそりと消えて行って欲しいものだ.
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道徳の副読本にまで取り上げられるようになった「江戸しぐさ」。以前から,なんとなくうさんくさいなあとは思っていました。
本書は,巷間言われている「江戸しぐさ」が,実は,数名の人間のでっち上げでしかないことを,徹底的に究明した本です。
だいたい,あの有名な「傘」の話は,江戸の庶民が普通に傘をさしていないと起きないことなのですが,当時,傘は高級品でしかなかったんですって。また,「時泥棒」の話に至っては,当時,庶民が厳密に時刻を知るすべなどなかったのに,そんなことはそもそも無理…だったのではないか。
ま,こういうふうに「江戸しぐさ」であげられていることと,江戸時代に本当にあった事実とを一つ一つと比べることも大切ですが,本書では,もっと根本からも,そのオカルトぶりをつっこんで話を展開しています。
「江戸しぐさ」を言いだしたのが,芝三光(しばみつあきら)という人です。この人は,江戸にあったこういう庶民の文化を明治政府が滅ぼしたと本気で思っているようで,その復活を夢見ていたのでした。この人が言い出した「江戸」は,本物の江戸ではなく,こうあればいいなあという「芝の江戸」だったのです。その事実を知ってか知らずか,もう一人の立役者(聞き取りした人=後継者?)の越川禮子が広めていった…。
江戸時代が,「江戸しぐさ」に現れているように,人に優しく平等な世界だったのなら,部落差別などなかったのではないか…という,著者の巻末の指摘も説得力があります。
人を都合のいいようにもって行こうとする経営者や為政者たちが,至る所でからんでいるのも気持ち悪い。
すでに学校現場に,史実ではない「江戸しぐさ」がはいってしまっていることは,とても残念です。
以前,TOSSが,「水からの伝言」を授業化していたこともありました。それは自己批判してネットからはなくなりました。が,今また,「江戸しぐさ」の学校現場への導入には,TOSSが大きくからんでいます。
とにかく,教師なら,本書をしっかり読んでから,授業をするかどうか決めて欲しいです。
知らなかったとは言えないです。
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史実であるかのように学校で取り上げることへの批判は賛同できます。全体的に感情的・主観的な表現はどうかと。無いアリバイを崩すみたいなことですから、批判への強度は強いです。そもそも「江戸しぐさ」に胡散臭さを感じないのであれば、個人の自由でどうぞです。
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近年急速に企業社会や学校教育に広がり、ついには文部科学省の公定道徳教材や一部の公民教科書にまで取り入れられるに至った偽史「江戸しぐさ」に対する初の本格的検証・批判の書。
「江戸しぐさ」の虚偽性については完全に論破しているが、元来は明治維新以後の近代日本に対する否定的感情に基づくユートピア願望を「江戸」に投影した「江戸しぐさ」を、逆に近代日本を肯定する政府・政権側が利用・信奉するに至る構造的要因、特に「長州藩の末裔」としてかつては「江戸しぐさ」サイドから忌避された安倍政権がこれに接近していく経緯についてはより深い追究の必要性を感じた。
日本近世史学プロパーがこの問題を無視・黙殺している状況にあって、今後おそらく必要となる「江戸しぐさ」に対する闘争の基本指針として本書は価値のある存在となろう。
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「江戸しぐさ」は実際には存在しない近代に生まれた創作である、という説。鵜呑みにするつもりはないがかなり納得できる主張である。では創作である「江戸しぐさ」がなぜこんなにも広がったのか、という過程が興味深かった。なんとなく武術の世界でも江戸時代の人達は身体操作が凄かった、言っているのと似ている感じを受けた。
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自分用キーワード
江戸しぐさ 芝三光 ウーンデッド・ニーの殺戮 江戸っこ狩りは文献に全く載っていない(そもそも江戸しぐさの記述が始まったのは80年代以降) 傘かしげが行われていたとは考えにくい(傘の普及は京都や大阪の方が先、かしげると長屋の中に水が入りかねない) 蟹歩き・肩引きの発想は海軍演習の発想と変わらない(江戸で行われていたとは考えにくい) こぶし腰浮かせは電車が普及した時代の発想(そもそも途中から船に乗り込むことはあまりない) 尊異論は「裏方ばかりの小僧が顧客目線の考えが出来れば」成り立つ 三奪の教えをせずとも身なりと髪型で地位は分かる 江戸の人々は時間にルーズであり、「時泥棒」の方が多かったのではないか(ウィレム・カッチンディーケ『日本人の性癖』) 商人は左右どちらの長屋から声がかかっても対応出来るよう道の中央を歩いた(七三の道は実在したか) 横切りしぐさは実際の江戸の往来の風物詩を無視している 駕籠は金持ちだから乗れるわけではないし、ピンポイントで止まれることが売り。「駕籠とめしぐさ」は現代人の発想 タバコを吸う人間に配慮(根付を差し出すことが)できない店は江戸では失格である 江戸ソップは江戸では難しい調理法(火力調整が難しく薪を用意するのも大変、昆布は江戸に普及していない) 真夏の江戸では氷を手に入れる事はまず不可能。将軍も涼むのみに使用し、口にはしなかった 心学(石田梅岩)の教えこそ江戸の町民の支え(身分相応に振る舞う事を勧めた。江戸しぐさの皆平等とは異なる) グレイパンサー運動 「コインロッカーベイビーが普及に必要」発言 偽史『東日流外三群誌』 ラエリアン・ムーブメント カスタネダ事件 口伝だからこそ物的証拠がなく反証されにくい、つまり悪魔の証明をしなければならなくなる 自分の高い知性に基づいて判断したと錯覚させられる為、エリートを騙すのは好都合 「モラルが低下した現代にはフィクションであっても江戸しぐさが必要」論こそ論外。結局虚偽の事実を国が教えている事になる。これはファシストの行うこと TOSS(胡散臭い集まり) 江戸しぐさは社会に不満を持つ芝が空想した「ユートピアとしての江戸のしぐさ」である
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江戸時代の商人が上に立つ者の行動哲学として掲げたとされる「江戸しぐさ」を徹底的に検証していく本。検証過程で江戸時代の暮らしが垣間見えます。僕は知らなかったのですが、江戸しぐさは道徳教育の教材に使われるほど浸透しているそうです。本書では、江戸しぐさは虚偽であり、オカルトであり、現実逃避の産物であると結論付けられています。根拠が全くない伝統にもかかわらず、現代でこれほど浸透しているという事実は、僕たち日本人にとって江戸時代が他の時代とは違う何か特別なものであることを感じさせます。
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55頁:初対面の人医に年齢,職業,地位を聞かないルール
・「医」字は余計か?
90頁:加州候御藩
・たぶん「侯」。
132頁:マッカサー元帥の功績をし顕彰し感謝の記念碑を建てましょう。
・「功績をし」は「功績を」?
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面白い。ちょっと考えれば変なのに、刷り込まれてきがつかない。怖いわー。
心理テストは嘘でした、と合わせて必読ですな。
文章がいまいちではないかいな。
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そいつはある時期、突然に表れた。「江戸しぐさ」。私が目にした
のは公共広告機構のテレビCMだった。「こぶし腰浮かせ」とかって
言うアレである。「へ~」と思っただけで大して気にもしなかった。
でも、考えてみればおかしいのだ。江戸時代を舞台にした時代小説も
時代劇も好きだが、公共広告機構のCMを見るまで「江戸しぐさ」なんて
読んだことも見たこともなかった。
それもそのはず。江戸時代から江戸っ子に伝わる、他人を気遣うマナー
「江戸しぐさ」は、芝三光なる人が「昔はよかった」との思いから
過去を美化して作り上げた虚構だったのだもの。
本書では「江戸しぐさ」と言われるものを歴史考証・史実に基づいて
次々と著者がひ否定して行く様が痛快。その反面、芝三光から「江戸
しぐさ」を受け継いだという人物が立ち上げた「NPO法人江戸しぐさ」
むちゃくちゃな言い分を信じる人が少なからずいることに唖然とする。
「こぶし腰浮かせ」だってさ、横長の座席だから「後から乗って来た人
の為に、こぶしひとつ分、席をつめましょう」ってことでしょう。江戸
時代に現代の電車やバスのような、横並びの座席の乗り物ってないよね。
大体、私が小学生の頃の道徳の時間ではこんなこと、教わらなかったぞ。
こうやって、ある時期に急に出来てた「日本スゴイ」なんてものは疑って
かかった方がいいんだ。
しかもこの「江戸しぐさ」は一時、文部科学省も推奨し、小学校の教科書
にまで掲載されていた。本書の著者ではないが「学校で、嘘を教えては
いけませんっ!」。
もうねえ、本当にトンデモ。明治新政府が「江戸っ子狩り」をして「江戸
しぐさ」の伝承者を虐殺したってなによ?そんな史実、知らないわよ。
でもさ、こういうのに飛びつく人たちもいるんだよね。日本人のマナー
の良さは江戸時代から連綿と続いているんです!って自画自賛したい人
たち。
「江戸しぐさ」という言葉こそ使ってないが、公益社団法人マナーキッズ
プロジェクトなんて「礼儀正しさのDNAは残っているはず、今がラスト
チャンス、指導者がその気になれば子供は必ず変わる」などと謳って
小学校などで活動をしている。
これ、日本会議の別動隊らしいわ。とっても危険な匂いがする。
「マナーが身につくなら嘘でもいいじゃない?」と言う人もいるかもしれ
ないが、嘘を吐くことこそマナー違反なんじゃないかって思うのよ。
何も歴史を偽装してまでマナーを教えることはないでしょう、普通に
「周りの人に気を配りましょう」でいいんじゃないですかね。
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歴史研究家としての責務を、全うしまくった一冊。全くの嘘であると、完膚なきまで叩きのめしてます。
江戸しぐさ、ぼくは嫌いではなかったのです。が、まさか、こんな事になってるの?とか、発明者が可愛そう!、とかそういう事実を知って、もう好きではない、苦笑。読んで良かった。