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山の楽しみ方、そして山に対する思いは人それぞれ千差万別である。それにしても山野井さんの登攀記録はめちゃくちゃ凄い!山野井さんが登った約40年間分の岩と山をダイジェスト的ながら本書で紙上登山させてもらいましたが凄すぎてため息でまくりだった...!
とにかく、とても熱い思いを感じる一冊でした!
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地元の図書館にて一気読み。面白かった。
体が硬ってしまうと同時に、情熱にウルウル。
登山家、山野井泰史。
かなり前にドキュメンタリー番組を拝見し、とても印象的な登山家の一人だった。
だって指無いんだから……
想像することすら難しい、極限の世界。
彼は世界の山々に挑むクライマーだ。
山に関わる故に、友人の多くを亡くし悲しみ、悔やみながらも、自己実現を山に求め続けた男。
手足の指を10本失いながらも、彼は山への想いを捨てずに、山に向き合った。
本書では、これまでの登山を振り返る形で、多くの山々への挑戦が語られる。もちろん全てを語ることはできないので、かいつまんで書かれている。
『天国に一番近い男』これは、最も死に近いということだ。そう呼ばれながらも、30年。今も存命だ。
なぜ自分は死ななかったのか。恐怖心や注意深さも人一倍だった。何よりも、途切れずに自分のことを把握し続けたことが理由であろう。とのこと。
あらゆることに想像を巡らせる。最悪の事態も想像すること。登山の経験がより想像力を豊かにする。
それによって山の中で、想定外の出来事が減ってゆく。
映像も拝見したことがあるが、奥様も非常に優れたクライマーであり、1000以上の山を共にして来られた。
優れたパートナーから学び、生きることを感じる。
彼は山から与えられたもの全てが好きなのだ。
読了。
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チョ・オユー南西壁にソロで挑んだ時の装備は、何と総重量5kgを切っていたという(p56)。ザックもたったの30リットル。一般人には想像も付かないが、昨今の「ウルトラライト」とは別次元の話なのだろう。何せヒマラヤの8,000m峰。
ザックやビバークテントは余分な部分を切り取って軽量化し、クッカーはEPIのカートリッジが入る一個だけ。カトラリーも現地で買った10gのフォーク一本。軽量化のキーとなる食料は、全部で500gほどだったという。
先鋭的な装備も並ぶ中で、マットはただの「銀マット」、水筒はエバニューのポリタンク(たった300cc)というのも面白い。グランテトラ以前の水筒は確かにポリタンだったですね。
ギャチュン・カンに夫婦で挑んだ時も、ザックは一人5kg未満だったとのこと(p138)。極限状態での挑戦の凄さが伝わってくる。
奥多摩でのトレーニング中に親子の熊に襲われたという話(p150)。ヘリで病院に運ばれて顔を70針も縫い、後に鼻の呼吸にも支障を来すという惨事ながら、熊に恨みは持たず、どこかでまたあの熊に会ってみたいという度量。人柄が偲ばれます。
山野井さんの著書は『垂直の記憶』に続いて二冊目だが、本書もとても面白かった。『垂直の記憶』には書かれていない様々な登山記録も興味深く、貴重な一冊。
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登山家は山で亡くなることが多いとは聞いていたけど…ここまで周りの登山家が死んでいきながらも登ることをやめられないのはもはや狂気。それだけの死に囲まれながら、難しい山じゃないと面白くないというのも常人には理解しがたい感覚。何度も危険な目に遭いながらも生還し続けることができているのは著者のスキルに他ならないが、ただの幸運としか思えないエピソードもあり、すごい人生だなとただただ感心する。
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山野井泰史(1965年~)氏は、世界各地の大岩壁や前人未踏の山々に新たなルートを切り開き、南米パタゴニアのフィッツ・ロイ冬期単独初登攀(1990年)、ヒマラヤのチョー・オユー南西壁新ルート単独無酸素初登攀(1994年)、K2南南東リブからの単独無酸素初登攀(2000年)等の実績を持つ世界のトップクライマーのひとり。2021年には、クライミング界のアカデミー賞とも称され、アルパイン・クライミング界で著しい業績を残し、次世代のクライマーたちに多大なる影響を与えた者に対して贈られる「ピオレドール・生涯功労賞」を、アジア人として初めて受賞した(過去の受賞者はラインホルト・メスナーなど12人のみ)。妻は同じく登山家の山野井(旧姓長尾)妙子。そのクライミングのスタイルは、単独、無酸素、未踏ルートを重視するものである。
私は、高尾山に登ることすらない普通の会社員だが、ときどき登山家(冒険家)の本を読みたくなることがあり、これまでに植村直己、長谷川恒男、竹内洋岳、石川直樹、近藤謙司らの本を読んできた。
また、山野井泰史については、本書にも詳しく書かれている、2002年に山野井妙子と臨んだ世界第15位の高峰ギャチュン・カン北壁の登攀(泰史は登頂に成功。妙子は体調不良で途中で撤退)の下山中に、嵐と雪崩に巻き込まれ、瀕死の状態で生還した(重度の凍傷で、両手の薬指と小指、右足の全ての指ほか計10本を切断)記録を、ノンフィクション作家の沢木耕太郎が作品化し、講談社ノンフィクション賞を受賞した『凍』も読んでいる。
本書は、中学生の頃から2013年までの自身のクライミングを、失敗を含めて振り返り、20代には山の仲間から「あいつが一番死ぬ確率が高い」と噂され、「天国に一番近い男」と呼ばれながら、何故これまで死なずに山を登り続けてこられたのかを意識して書かれたものである。
そして、山野井氏は、自らを「若いころから恐怖心が強く、常に注意深く、危険への感覚がマヒしてしまうことが一度もなかった」、「自分の能力がどの程度あり、どの程度しかないことを知っていた」、「山登りがとても好き・・・山が与えてくれるすべてのものが、この世で一番好き」と分析し、それ故に「今まで生きてこられたのかも知れません」と結んでいるのだが、トップクライマーと言われた人たちの少なからぬ人が山で命を落としていることからすれば、素人から見れば、それらは、死なないための必要条件ではあっても十分条件ではなく(もちろん若いクライマーの参考にはなるだろうが)、突き詰めれば、山野井氏は強運の持ち主だったということなのだと思われる。
一度限りの人生をどのように生きるかは、(他者に迷惑を掛けない限り)それぞれの自由である。よって、山を選んだ人たちが、仮に山で死んだとしても、それが幸せであったか不幸であったかは当人以外にはわからないし、わかる必要もないだろう。(山野井氏は、「たまたま山で命を終えたことが悪いとは思えません。でも、夢半ばであったことが、残念に思えるのです。」と書いているが)
それでも、私のような、必ずしも起伏の大きくはない人生を送る人間にとっては、クライミングや冒険の記録は、生に対する刺激を分けてもらうという意味があるし、それ故に、たまに手にしたくなるのだ。
(2022年12月了)
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垂直の記憶に引き続き読みました。垂直の記憶はインパクトのある山行を中心ですが、本書は温度差少なめに半生を平均的に描かれています。そんな中、時折触れている「アルピニズムに対する考え」はわかる気がします。たぶん頻繁に山に登っても(トレッキング)、なんちゃってクライマーでアルピニスト気取りでも、それを体感できないと思います。
トップのアルパインクライマーって、登る目的自体が違いますね。でも「わかる気がする」人達は、潜在的にその要素がありながら、時代の流れに逆らわず、自分に課せられた画一的な業務をこなし、自分に素直になれなかった人なのかもしれません。意地悪な言い方をすれば、山野井さんは自分の生き方に酔っています。山野井さんから学べる事は、素直に生きなさい!でしょうか?それとも「わかる気がする」人達はトップクライマーを目指しなさい!でしょうか?
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自分の生き方とか、そういうものを読んでいると考えさせられる。
登山は無理だから、自転車でクライマーになろう。
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尊敬するアルピニスト、山野井泰史さんが語る、それまで死なずに山から生きて帰ってこられた理由。
出会った仲間の死亡率の高さに驚く。
彼ほど自分の力を冷静に見極め、山に向かう人はそういないのではないかと思った。
生きること、生きていることを、よりくっきりと自覚させてくれる本だった。
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アルピニズムは失われつつあるのだろうか。
「どこまでやれるのか」は必要ではないのだろうか。
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との著者の問い。山以外の部分も含めて著者のような生き方はできないけれど、自分はどこまでやれるのか。なんだか考えさせられますね。