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わが北海道が誇る落語家、笑生十八番さんの一代記。
いや、おもしろいの何のって夢中で読みましたよ。
十八番さんとは面識があり、岩見沢で2度高座を拝見しましたが、大いに笑わせてもらいました。
本書で、実力は二ツ目より少し上と謙遜していましたが、私には真打です(私は割と落語が好きな方ですが、へたな真打よりよっぽど…あ、いや、何でもないです)。
さて、その十八番さん、こんなに波瀾万丈な半生を送って来たとは、つゆ知りませんでした。
第一章「前座」で、十八番さんが以前、パニック症候群になったことが冒頭で明かされ、一気に引き込まれました。
当時、会社を早期退職してご夫人と花屋を始めましたが、慣れない仕事で多額の借金を背負ったのが原因でした。
症状は深刻で、読みながら思わず顔をしかめました。
借金取りにも追われ、精神的にかなりつらい時間を過ごされたのだろうと同情しました。
わらにもすがる思いだったのでしょう。
古くからの親友に占い師を紹介され、会いに行きます。
十八番さんはお金になる仕事について相談し、片っ端からこれはと思われる職種を挙げては占い師に否定されます(この行はすみませんが、笑いました)。
最後に「わたし、落語やるんですけどね」とやけくそで明かすと、占い師はこう言ったそうです。
「月に三十万円いくよ」
私はこの個所を読んで、「あっ」と声を漏らしました。
といいますのも、十八番さんは忘れているかもしれませんが、岩見沢市幌向の善光寺で行われた「ごく楽寄席」で、舞台裏に行って初めてごあいさつした時、
「これ(落語)で30万もらえるんです」
と話していたからです。
私は半分冗談として受け止めましたが、冗談ではなかったのですね。
占い師から背中を押され、落語を仕事にすることにした十八番さんは、月に30万円稼ぐための方法をシビアに検討、緻密に計算して実践していきます。
このあたりは、ビジネス書としても面白いと感じました。
少し脇道へ逸れますが、夕張出身の直木賞作家、佐々木譲さんは、サラリーマンを辞めてプロの作家になるにあたって、かなり綿密に収入を計算したそうです。
プロとして食っていくからには当然のことでしょう。
趣味を食っていけるだけの仕事にするのは、恐らく楽なことではありません。
もっとも、その根っこにはやる気と才覚がなければいけません。
苦境にあった十八番さんは自殺も考えたそうですが、「借金は六百万円ほどだったので、それで死ぬのだったら俺は六百万円の価値しかない」と思いとどまります。
なにくそ、という十八番さんの矜持が伝わってきます。
読むと、周囲からも相当助けられたようです。
そこは十八番さんの人柄も大きいと感じました。
落語好きの自分としては、十八番さんと落語との関わりについてのエピソードも楽しく読みました。
十八番さんはもともと、昭和の名人のひとり、三遊亭圓生に強く影響を受けたそうです。
ただ、寄席に行って舞台袖でふんぞり返る圓生をたまたま目撃して、ファンを止めたのだとか。
私が敬愛してやまない立川談志につい���の言及もあり、興味が尽きなかったです。
十八番さんの挑戦は、現在進行形です。
十八番さんは北大の落研出身ですが、落語家に弟子入りしたことはなく、すべて独学で落語を覚えました。
それでも落語家として、落語好きが必ずしも多いとはいえない北海道で自前の落語会を持ち、ファンを獲得して現に食っていけている。
まさしく北海道が誇るべき「開拓者」といえましょう。
ただ、十八番さんって落語がなかったら今ごろどうしていたんだろうと考えると、北海道の寒空に裸で投げ出されて子羊のようにプルプルと震えている絵を想像してわら…じゃなかった、ゾッとします。
皆さんもぜっひ読んだらいいと思います。
強く強くお勧めいたします。