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これは私が自分を見出す時間だ。
うす暗く牧場は風の中にゆれ、
凡ての白樺の樹皮は輝いて、
夕暮がその上に来る。
私はその沈黙の中に生ひ育つて、
多くの枝で花咲きたい、
それもただ総てのものと一緒に
一つの調和に踊り入る為め…
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誰だ。楽しい生命を捨てる程、
私を愛するのは誰だ。
若し一人が私の為めに海で溺れると、
私は再び石から解かれて、
生命に、生命に帰るのだ。
私はそれ程鳴り巡る血にあこがれる。
石はほんたうに静かだ。
私は生命を夢みる、
生命は好ましい。
私をば蘇生させる
勇気を誰も持たないか。
あらゆる最美なものを与へる
生命さへ私が得れば―
さうしたら私はひとり、
泣くだろう。石に焦れて泣くだらう。
葡萄酒のやうに熟すとも、私の血が何の役に立たう。
私を最も愛したその一人を
海から呼戻すことは出来ない
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それで再た私の深い生命は一層高く音たてる。
より広い岸の中を行くやうに。
物は愈々私に近しくなり、
すべての景象はいよいよ明かになって、
私は名のないものに愈々親しいのを感ずる。
鳥のやうに私の感覚を飛ばして、
私は樹から風立つた天に達し、
また池の千ぎれた日の中へ、
魚に乗つてるやうに沈む私の感情
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時間は傾いて、明るい
金属の響きで私に触れ、
私の感官は慄へる。私は感ずる、私は出来る―
そして私は彫望的な日をつかむ。
私の見なかった中は、何も完成してゐなかつた。
総ての生成は止まつてゐた。
私の眼は熟してゐる。そして花嫁のやうに
誰にでもその思ふものが来るのだ。
何でも私に小さ過ぎはしない。私は小さくても愛する、
そして金地へ大きくそれを画いて
高く捧げる。誰にかは知らないが
それは魂を解きほぐす…
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私の生活は、私が急いでゐる
この嶮しい時間ではない
私は私の背景の前の一本の樹、
私の沢山の口のただ一つ、
而も一番早く閉ざされるあの口だ。
私は、死の音が高まらうとするので―
拙いながら互に馴れ合ふ
二音の間の休息だ。
しかし暗いこの間隔の中に、
慄へながら二つの音は和解する。
そして歌は美しい
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しかし私は全歩行で
いつもあなたを指指してゆく。
我々が互に解らないのなら、
私は誰で、あなたは又誰でせう。
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私の眼を消せ、私はお前を見ることが出来る。
私の耳を塞げ、私はお前を聞くことが出来る。
そして足は無くてもお前の処へゆくことが出来る。
口がなくともお前に誓ふことが出来る。
私の腕を折れ、私は手でするやうに
私の心のでお前をつかむ。
心臓を止めよ、私の額が脈打つだらう。
私の額へ火事を投げれば、
私は私の血でお前を担ふだろう
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私に二つの声を伴はし給へ。
私を再び都会と心配の中へ蒔き散ら給へ。
彼らと共に私は時代の怒の中にゐませう。
私の歌の響であなたの寝床を作りませう。
あなたが望む到処に。
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ああ、お前を知つてから私の体は
総ての脈管から匂い高く花咲く。
ご覧、私は一層細つて、一層真直ぐに歩く。
それにお前は唯々待ってゐる。-お前は一体誰なのだ。
ご覧、私は自分を遠ざけ、古いものを
一葉一葉に失ふのを感じてゐる。
ただお前の微笑が星空のやうだ、
お前の上に、また直ぐに私の上にも。
私が子供だった年頃、未だ名もなく
水のやうに輝いている総てのものに、
私はお前の名をつけよう、聖壇で。
お前の髪で灯ともされ、軽く、
お前の乳房で花輪をつける聖壇で
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