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なんだか納得はいくのだがモヤっとする終わり方。矛盾しているが、登場人物たちのそれぞれの立場や思いを考えるとこれがベスト、そんな感じのラスト。
続編で完全に解決するのだろうか。気になって仕方がない。
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江戸城の台所人・鮎川惣介のシリーズ二作目。
今回から颯爽と登場したのは、惣介が一連の事件の黒幕ではないかと疑っている、寺社奉行・水野和泉守その人に仕える、大鷹源吾(おおたか げんご)
もしかしたら敵サイドかもしれないのに、誠に爽やかなイケメンで、惣介は気に入る。
知らずに新シリーズの一巻を先に読んでしまったので、個人的にネタバレ侍(笑)
今回も、鮎川家のちょっとした夫婦喧嘩から始まるが、豆狸みたいなご夫妻は、喧嘩の内容も可愛らしい。
それに対し、惣介の幼馴染で、大奥の添え番(警護)として働く片桐隼人(かたぎり はやと)夫妻の夫婦喧嘩は、美男美女ゆえということでも無いだろうが、少し深刻である。
今回、タイトルにある通り、大奥の闇を根とする事件を扱っているが、前回も大奥の事件だった。
というか、大奥は事件のぎっしり詰まった蔵であり、それも、開けてはいけない系ばかり。
惣介は時々、将軍家斉からのお召しに応えて旨いものを持って参上し、座敷猫のように愚痴聞き係を務める。
家斉は、その台詞から聡明な人物であることが知れるが、それでも大奥の闇にばっさり手を入れることはできない。
白黒はっきりさせることだけが良いとは限らない、と言う。
二百年の平和は、気長な話し合いと譲り合いと根回しとで成り立ってきたのだろう、と惣介も考えざるを得ない。
惣介の妻の志織が娘の鈴菜に、「自分が『女』とひとくくりに扱われるのが嫌ならば、殿方のことも『男』(・・・というものは)とひとくくりにするのはお止しなさい」と言い聞かせるところあり、この妻も聡明なのだなと思った。
良い夫婦、良い家庭である。
第一話 身中の毒
第二話 夜泣き石
第三話 大奥のぬかるみ
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江戸城の台所人・鮎川惣介と大奥添番・片桐隼人の幼なじみコンビが様々な事件に挑むシリーズ第二作。
このシリーズは最初学研M文庫で刊行されていたのだが、そちらが廃刊になったため角川文庫から刊行し直しとなっている。その際に『大幅に加筆・修正』されているとのこと。学研M文庫版の第二作は読んだが、今後角川文庫版で読んでいくにあたり角川文庫版で第二作に遡って読んでみた。
詳しい内容は学研M文庫版のレビューを見ていただくとして、こちらのレビューでは双方の違いに注目して書いていく。
大きな違いはあんず=あらしではなく、あんずとあらしが別人として描かれている。角川文庫版の第三作を読んだときの違和感はこれが原因だった。
学研M文庫版であんずがあらしと名を変え大奥に潜入するための役職は御末だったが、力仕事が多い下働きのため大柄な女性が多いようだ。そのため小柄ですばしこいあんず=多聞=炊事や掃除などの下働き、あらし=御末と分けたのかも知れない。
あんずを大奥に送り込んだ者は学研版と同じだが、あらしについては新たな一派という設定になっている。またあらしの結末は学研版と同じだが、あんずの結末はもちろん違っている。ホッとするような腹立たしいやら。
しかしあんずが残した『寺が滅法界』という言葉はなるほど意味深。そのうちに再会があるだろうか。
このシリーズを読んでいると、先日読んだ奥山景布子さんの「流転の中将」の言葉を思い出す。
『下の者に罪をなすりつけ、上にある者は何もなかったかのように生き延びる。そうすることで、全体が延命する』
一般的には膿は出しきれば良いと思うが、あまりにも影響力のある人が犯罪を起こせば、その波紋はどこまでも広がり不幸の連鎖が続く。結局は隠蔽するしかないのか。
この作品でも将軍・家斉の苦悩が度々漏れ出ている。自分が罪を犯した者を罰することにより、自身や自身の係累にも返ってくるかも知れない。
逆に家斉が害を被ったとしても少々のことでは騒ぎ立てられない。例えば米に砂が混ざっていても黙って食べる。指摘すれば米の検分をしたものが最悪切腹ということになるからだ。
惣介や隼人など一介の幕臣には出来ないことが多過ぎて苦しいが、将軍・家斉にも出来ないことが多くて苦しい。
終盤、長女・鈴菜の友人を助けるために惣介一家が団結するシーン、鈴菜に対する母・志織のセリフは改めて読んでも良い。
シリーズ完結編を読んだ後にこの作品を読むと、鈴菜と大鷹源吾の初対面シーンは興味深い。鈴菜の友人を救うためとはいえ目の前で人を斬り捨てた大鷹源吾を鈴菜はどう見ただろうか。
※学研M文庫版「大奥と料理番」レビュー
https://booklog.jp/users/fuku2828/archives/1/4059006033