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ウクライナに住む作家が書いた、2013年11月21日から2014年4月24日までの日記。
ウクライナの首都はキエフ。(バレエで有名ですね)
チェルノブイリとか、クリミア半島とか、そのくらいしか知りません。
ヤルタ会談の行われたヤルタも、クリミア半島にある地名です。
元々ウクライナはキエフを中心として繁栄した国でしたが、13世紀にモンゴル帝国に侵略され、17世紀に入って東部は帝政ロシアに吸収され、西部はポーランドに支配されるようになりました。
ロシア革命を機に、ウクライナでも独立運動が高まりましたが、ソビエト連邦に組み込まれてしまいます。
その際に多くのロシア人が東部ウクライナに移ってきて、ウクライナ人たちは飢饉の激しい地域に追いやられてしまいます。
ソ連の崩壊に伴ってウクライナはついに独立しますが、現ロシアはウクライナ、特にクリミア半島を手放す気はありません。
なぜなら、冬になっても凍らない港がロシアには必要だからです。
そのうえ、ウクライナの東部は多くのロシア人が住んでいますから、親露的なわけです。
西部は親欧的なところです。EUに加盟したいわけです。
ロシアの独善的な、独裁的な、強圧的な態度に反発しています。
しかし、実はウクライナの東部こそが地下資源の宝庫であり、豊かな農業地帯なので、東部も西部もそれを手放すことは出来ません。
東部ではウクライナが分裂してもいいから強国ロシアの庇護のもとに安心して暮らしたい。
西部では分裂などとんでもない。ウクライナはひとつの国としてEUに加盟し、文化的な生活をしたい。
チェルノブイリの原発事故により、原子炉の封じ込めに費やす支出が国家予算を大きく圧迫していることも、ウクライナの経済が低迷している一因でもあります。
そんな時、大統領がロシア派に寝返ったことにより、反政府運動が大きく持ち上がります。
クルコフは反ロシアです。
民族的にはロシア人でるクルコフは、けれど自分はウクライナ国民であるとはっきり断言しています。
そんな彼が見た、激動のウクライナを書いた日記です。
固有名詞などほとんどわかりません。何度もネットでわからないことを調べながら読みましたので、大変時間がかかりました。
上記は、自分なりにざっくりと、本当にざっくりとウクライナについてまとめてみたものです。
日記なので、ストーリーなんてものはありません。
暴力や略奪や死が日に日に身近になってきて、政治家も革命家も信用できず、キエフの市民たちはただ、広場に集まってEUとの連合協定調印を政府に要求しているだけなのです。
以下は、日記からの抜粋
“新しいルールは分かりやすく、実行しやすいものであってほしい、これが肝心。皆が欲しているのは、まさにこれなのだから。そして、ルールの一つ一つが一行に、シンプルな一つの文章に収まること。そう、十戒のように―汝殺すなかれ、汝盗むなかれ等々。そうすれば誰かが手をたたいて「わぉ、簡単!文明的に暮らすって、すごく楽なんだ!」と言う。でも念のために尋ねる「地区担当警官もこのルールを守って暮らすのかな?」”
“ネットでは、「抗議集会参加者キット」の販売が見受けられるようになった。そうしたお知らせの一つ―「寒い季節に自己の利益と信条を長時間にわたって守り抜こうと決めたあなたに必要なものすべて揃えました。1・5リットル魔法瓶、クーラーバッグ、傘、フロアマット、レインコート、寝袋、携帯充電器、懐中瓶、キャンプ用のガスコンロ、3日分の食料、サーモケミカル・カイロ(四個)、警察と揉めた場合の法令集『抗議行動参加者ガイド』”
“言葉が足りなくなると、私の手は自然に本に伸びる。最近は「言葉が足りない」という感覚がますます頻繁に私を襲う。日々がより豊かになっているのか、それとも日々を描写する力のある言葉が日々から洗い流されてしまうのか。おそらく後者だろう。人が使う言葉の数はどんどん減っていて、感嘆詞と身振りばかりが多用される。”
“今日の状況がウクライナの遠い過去と近い過去とどう結びついているのかを主観的に説明して見せるための、国民の群像、国の肖像を描いていきたい。この本は、読者の皆さんにとってウクライナがより分かりやすい国になるように書かれているのです。”
“だが誰もが、平和が必要だとよく理解している。和平ではなくて(和平は必ず新しい軍事行動へとつながる)、平和が必要なのだ。”
“汚職のせいで誰にも特段好かれていない警察だが、警官がいないというのは、わが国には法もないということか、との感覚に襲われる。”
クリミア半島がロシアの支配下に置かれてちょうど2年経ちます。
情勢はどう変わるか、予断を許さない日々はまだまだ続いていますが、日本語版序文(あるいはあとがき)にクルコフが最後に書いた一文を。
“できれば、夏の終わりに家族全員で黒海沿岸に行きたいと思っている。オデッサに。続いているのは戦争だけではない。命も、日々も続いているのだ。”
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[興奮と不穏と]「ユーロマイダン」こと独立広場における民衆の抗議に始まり、大統領の国外逃亡、そして東部での紛争等へと目まぐるしく事態が展開したウクライナ情勢。そんな非日常が日常に急に割り込んできたある一人のウクライナ人作家の日記から、事態の推移を伺うことのできる作品です。著者は、日本においては『ペンギンの憂鬱』等が訳出されているアンドレイ・クルコフ。訳者は、フリーランスのロシア語通訳として活躍されている吉岡ゆき。
著者が現場からつぶさに情勢を観察していた人物であり、出来事の政治的ニュアンスにまで精通している人物であるためか、描写を通して伝わってくるウクライナ及びキエフ情勢がとにかく臨場感あふれるものになっています。「遠い国の話」とされがちなウクライナの昨今の動きを、その空気をも含めて知るために非常に有益な作品ではないかと。
〜ウクライナはおもしろすぎる国だ。夜のキエフを歩くのは、通常は、夜のロンドンやパリを歩くよりも安全だ。と同時に、明日何が起きるのか、皆目見当がつかない。ただいま現在にしても、明日何が起きるのかはおろか、今日という日がどういう終わり方をするのかさえ、私には分からない。〜
これはメッケものでした☆5つ
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2022年2月に読み始めたのは、同年2月24日に勃発したロシアによるウクライナ侵攻が理由だが、紛争ははるか8年前から続いているわけである。本書はアンドレイ・クルコフによる日記形式のノンフィクション。2014年のクリミア併合の前後におけるウクライナの情勢を、小説家の目線で伝える。
ひとつの国の歴史を理解するためには、新書あるいは歴史書を読むことが近道であるが、私は別の方法を選ぶ。その国を代表する小説や、著名な小説家によるルポルタージュを読む方法だ。
特に小説を読むことを選んだ場合には、新書などとくらべて数倍の時間を要するため、時間当たり生産性の面では劣る。それでも生産性で劣る方法を選ぶ理由は、時代背景や隣国との関係性などを複眼的、重層的に伝えてくれる場合が多いからだ。また登場人物たちが心に宿す人間感情などの描写を通じて、通り一遍の知識ではない、一段深い理解に至る気がするからだ。
なぜ憎むのか、なぜ分かり合えないのか?そういうことを歴史書は書かない。小説家はそこから目をそらさない。本書も同様である。
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入手して、少し夢中で読み進めて読了したが、出逢って善かったと思えた一冊であった。
本書は、ウクライナでは高名な作家の手になるもので、所謂「マイダン革命」の時期を回顧するような内容となっている。
著者のアンドレイ・クルコフは1990年代から作品を発表している作家で、幾つもの小説で知られているそうだ。ウクライナでは、その記録が簡単に塗り替えられない程度のベストセラー小説の作家ということでもある。御本人はロシア語話者ということで、ロシア語によって著作活動をしている。が、幼少期にキエフに移り住んでいるので「民族的にロシア人であるがウクライナ国民」と自認している。本書にもその旨が綴られている。
ウクライナの色々な話題を供するようなエッセイ、或いは永く綴っている個人的な日記の内容を抜粋するようなエッセイという企画が持ち上がったのだそうだが、所謂「マイダン革命」の動きの中、日記に加筆するような内容のエッセイを著し、それが順次様々な言語に訳され、各国で出版されたということであるというのが、本書の生い立ちであるようだ。
著者は、(本書の叙述から伺えるが)教員として勤めているらしい妻、日本の制度で言う高校生や中学生の年代の娘と息子達という3人の子ども達と共に、キエフ都心のマイダンと呼ばれる広場から数百メートルの集合住宅の4階で暮らしている。本書の叙述の時点で20年程度の作家活動を続けていて、高名な作家であるだけに地方や国外の催し等に出張する場面や、栄えある賞を贈られてそれを受けるというような場面も在る。が、子ども達の父として過ごしているというような様子、少し離れた場所に暮らす高齢の両親を援けるような場面も在って、友人や知人との交際も在る「50歳代に差し掛かった普通の男性」の日々が描かれ、その他方に「国が揺らいで世界が驚いている」という事態が進行していた様が綴られている。本書を紐解くと、こういう様子に強く引き込まれる。
クリミヤのセヴァスト―ポリへ家族旅行に出る場面が在る。温かい思い出がある場所での苦々しい出来事の経緯等も開陳されている。そのクリミヤに関して、ロシアに併合ということになって、次の家族旅行の機会には簡単に訪ねられないということになったという時期までの半年弱の動きが綴られている。
少し前に『ウクライナの夜』というマイダン革命の頃の様子を綴ったモノを読了しているが、それとも違う本書だ。「ロシア語話者のウクライナ国民」を自認する作家による本書は、「日頃の様子の中に滲む時代のうねり」というようなモノが、静かな感じで力強く描かれていると思った。
本書の初登場から少し時日を経ているが、訳注―これは日本ではややなじみが薄い国や地域に関する内容を伝える上で必要なモノで、なかなかの労作、力作だと思いながら眼を通した。―に加筆訂正が施されているので、「最近登場?」という感じもした本書だ。或いは、マイダン革命が話題になった少し後という時期以上に「その後の延々と続いた様々な展開」で色々な事態が続く今だからこそ、本書は改めて価値が高まっていると思う。
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2022年2月にロシアがウクライナへ攻め込んだ時、日本のメディアのインタビューに答えるウクライナの人たちは、口をそろえて2014年からロシアがこうすることは分かっていたと答えていた。
この本を読むと、そう思う根拠は十分あったんだとわかる。
パラパラと読んだけど、この本はウクライナの現代史をある程度把握してからでないと難しそう。
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2023.3.17市立図書館
ずいぶん前に予約を入れてずっと待っていた本。ウクライナ侵攻から一年余、ぎりぎり春休みを使って読み終えられそうなタイミングで順番が回ってきた。
反政府デモ活動で国内がゆれ、マイダン革命が起き、クリミアがロシアに併合された2013年秋から2014年春の様子を記録したもの。巻頭に池上彰による短い「ウクライナ情勢入門」付。
日本語版序文(あるいはあとがき)のセヴェロドネツク(東部ルガンスク州の町)の描写を一読、情勢が大きく動いたこの1年より前からずっと火種はくすぶり一触即発の綱渡りをしていたのだなと改めてわかる。歴史に残るであろう出来事が起こったすぐそばで、執筆活動、家族や友人との日常、マイダン活動や政治のチェックがまざりあってすごす日々。私たちがのんきにソチ五輪に盛り上がっていたときも、すぐ隣のウクライナ国内は五輪どころではなかった。そして世界中が緩んでいたまさに五輪直後にクリミアへの侵攻は起こった。そのなかで著者が予想していた「プーチンの計画」が8年の時をかけてまた大きく動いたのだと思い知らされた。2014年のちょうど今頃から著者が懸念していた東部南部への侵略、戦争は現実になってしまった。この10年の日常がどれほどストレスフルだったか想像するとぞっとする。と同時に、非常時への備えとして郊外のセカンドハウスで野菜を作り始めるなどのサバイバル意識は難しそうだけれど、これからはここでも心がけるべき時勢なのかもしれない。
それにしても(うそかほんとか)米露ではイルカやオットセイを軍事利用するための訓練もしているとは。
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2014に起きたマイダン革命からの日常を描いたものになっています。
今のウクライナ戦争のきっかけにもなった出来事です。
正直、よんで一部しっくりこないことが多い(おそらくウクライナの文化的や政治背景を知らないかもしれませんが…)
市民の視点でえがいているので、心情などの描写など独特なものでした。
さらに正直、一番驚いたのはロシアがクリミア併合認めるためには内戦を引き起こすしかないと述べているところです。
これはまさしくその後のドンバス戦争、そして2022年のウクライナ戦争につながるんだなと実感しました。
まだまだウクライナなことは勉強不足ですが、引き続き他のウクライナの本を読んでみようと思います。
最近、マスコミはウクライナ問題を忘れつつあるので、こうゆうときこそ学ぶべきです。
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読んでいるうちに政府に対する対応と、東部の親ロシア派に対する対応がごちゃごちゃになってきてしまった。
ぼくの頭が悪いせいです。
あと、人名や地名がたくさん出てきて、メモを取りながら読んだけど、やっぱりこんがらがってしまった。