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「スバルバールでは、ホッキョクグマが街中に出てくる可能性がある。だから地元の人々はいつでも人が逃げ込めるよう、建物や車のドアに鍵をかけないでおく。しかし野外ではそうもいかないので、自衛のため、ライフルを担いで歩くことになる。」
本書、『菌世界紀行』の一文から。
クマから逃げるために鍵をかけないでおく、というのも驚いたが、「菌」の話なのにホッキョクグマなのにも驚いた。著者が研究しているのは雪腐病菌というマイナーな菌だ。ここはノルウェーの無人島だった場所。ホッキョクグマではなくトナカイと遭遇する。ノルウェーの次はグリーンランドへ。ここではジャコウウシに遭遇する。いや、トナカイやジャコウウシ以外にも、菌類との出会いがあるんだけど、よくわかんなくて…。そしてロシアへ。ロシアでは昼食がないことを知る。ウオッカを飲んで通路で寝る。一泊7.5円の宿では、襲撃者対策にナイフを咥えてトイレに入れと言われる。南極では条約で定められたアザラシとの距離に苦労する。
これ、「菌」の本である。けれどタイトルは「世界紀行」だから、これでいいのである。
どマイナーな生物と、それを取り巻くおかしな人たち、そして世界各地での想像もできないような出来事。これだけで十分面白いのだが、著者はあきらかに「何か面白いことを書こう」としてスベっている。これが惜しい。講義とか講演とかだとウケそうな話も、体温が伝わりにくい書物に書かれているとイタい。しかしこの人はそれを貫き通している。プロフィールもずいぶんふざけている。これが「傾くなら傾きとおせ」というやつだろうか。
著者は植村直己に影響を受けているというが、高野秀行の著作にも似た雰囲気を覚える。菌を口実にした冒険譚である。