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新聞紙上で話題となったM&A事例をもとにスキーム構築のノウハウを解説。非常に豊富な事例が挙げられており、なぜこのようなスキームが採用されたのかが理解できた。M&Aに関与する弁護士や会計士には必読の書の一つと言えよう。
P126
株式会社NTTドコモ(以下、「ドコモ」という)は2000年以降、AT&Tワイヤレス(アメリカ)等に投資するなど積極的な海外展開を仕掛けたが、その多くは失敗している。~ドコモは2000年にKPNモバイル(オランダ)、KGテレコム(台湾)、AT&Tワイヤレスおよびハチソン3G UK (イギリス)に合計1兆7,622億円の投資を実施したが、ドコモの有価証券報告書によると、2002年3月期および2003年3月期にこれらの出資に係る評価損として、それぞれ8,129億円および3,135億円(合計1兆1,264億円) を計上している。投資してから2、3年で投資額の60%以上の損失を計上することとなった。
ドコモの戦略としては、これらの出資をいずれもマイノリティ出資(出資割合が15%~30%) とし、対象企業に一定の影響力を与えつつ、投資リスクの回避を図ろうとしたと想定されるが、結果として支配権を獲得しなかった点が主たる失敗原因となったと思われる。
一方、ソフトバンク株式会社(当時。以下「ソフトバンク」という)は、ドコモとは異なった海外投資戦略を採用しており、銀行融資や社債等により多額の資金を調達し、投資対象の支配権を獲得している。
P227
無償での自己株式取得
事業再生の局面において、債務者企業の大株主や役員・創業者等が保有する株式を当該企業が無償で譲り受ける(自己株式を取得する) ものである。また、債権者からの協力を得る前提として、債権者に劣後する立場にある既存株主の責任をとるための手法として多用されている。
無償による自己株式取得では、有償の場合と違い、分配可能額の財源規制がなく、取締役会の決議のみで実施することができる。なお、取得した株式を消却しても、発行可能株式総数は減少しない。
P228
減資とは、資本金の減少行為をいう。減資を実施することにより、資本金を減少させその他資本剰余金を同額増加させる。減資の目的としては、剰余金の増加により、過去の経営不振の結果累積した欠損を填補し、分配可能額を確保することを通して、将来の剰余金の配当および自己株式の取得を行いやすくすることが挙げられる。再生型M&Aにおいて、スポンサーに対する株式発行と同時に行われることが多い。
なお、事業再生の局面において、「100%減資」という表現がよく見られるが、減資それ自体は計数としての資本金を減少させ、純資産の内訳を変動させる行為に過ぎないため、既存株主の持分(株式数および価値)を変化させるものではない。つまり、減資は、会計数字上の概念であって、株式数には直接関係のない概念である。
また、「90%減資」や「99%減資」という表現も同様に、資本金の減少割合のみを指す限り、既存株主の持分を減少させるものではない。新たな出資者が1株当たりいくらで、何株の出資を行うかのみが既存株主の保有する株式価値に影響を与えるのであって、減資規模と株式価値は関係がないことを強調しておきたい。新聞等で、減資が90%なのか99%なのかを強調するような報道が時折みられるが、株式価値に���響するのは株式数や出資単価であって資本金額ではない。減資が何%であるかは株式価値には全く関係ないのである。
ただし、減資と同時に、すべての既存株式を無償で自己株式取得し消却を行う場合、資本金の額の減少と同時に既存の普通株式の発行数がゼロとなり、既存株主の権利がすべて消滅することになる。これが、いわゆる「100%減資」である。100%減資が行われると、既存株主の持分価値が消失することになるが、これは、資本金がゼロになるから消失するのではなく、既存株主の株式数がゼロになるからである。
P231
会社更生法による減増資(JALの再生)の事例では、更生手続による資産評価損、特例欠損金を損金として認識し、更生計画を終了し再上場した後も、欠損金繰越控除限度額を100%とする上記優遇によって、法人税等の額を大幅に圧縮することができた。このため、同業他社から、健全な競争環境を害するほどの過剰な再生支援との批判が上がっていた。この点に関し、平成27年度税制改正では、再建会社が上場した場合には欠損金繰越控除限度額を100%とする優遇を適用しない旨の改正が図られJALに対する税務上の優遇は後退することとなった。
P232
価値の希薄化
債務者企業が上場を維持しながら再生を目指す場合には、既存株式が取得・消却されるプロセス(100%減資)を経ずに、スポンサーの増資が実行されることがある。
既存株主にしてみれば、持分比率(議決権比率)の観点では、第三者による増資によって持分割合(議決権)が低下させられることにより、一定の責任を取ることになるが、価値の観点からは、スポンサーに著しく有利な価格で発行しない限り、必ずしも責任を取ることにはならない。例えば、増資前に既存株式の価値がゼロに等しいとみなされているケースでは増資によって何らの対価を伴わずにスポンサーから既存株主へ価値が移転し、増資前後で既存株主が得をする場合がある。すなわち、既存株主を完全に排除しない限り、スポンサーの増資で復活した株式価値は、発行済株式数に対する保有株式数に比例して既存株主にも帰属するため、本来ゼロとみなされていた株式にプラスの価値が生じるのである。また、債務者企業が再生局面から脱し、企業価値が上昇する場面では、既存株主が企業価値上昇の恩恵を受ける機会もある。
このため、債務者企業の主要株主には、無償自己株式取得に応じてもらう、あるいは備忘価格で株式を譲渡してもらうことにより、株式に関する権利を一切放棄させるケースが実務上見られる。