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綿矢りさと芥川賞ダブル受賞をしてから13年っていうことに同世代のわたしは驚いてしまった。そっか、あれから13年か。。
綿矢さんの私をくいとめてより、わたしはこっちのが好きでした。むしろホラーとまで思ってしまった。
以下ネタバレあります。
家族というものに焦点をあてているのだが、こんなもんな気がする。ホラーだと思ったのは理有がパパとスカイプしているというのが幻想だったということ。そこから一気に見方が変わってしまった。歪みすぎている。自分の頭の中に蓄積している記憶を、理想という夢を、そして現実を、ごっちゃ混ぜにし新たな事実を作り上げていること。誰しもがそうだと思う。嘘を言い続けているとそれはやがて本当にあったことだと錯覚を起こす。その錯覚はやがて錯覚でなくなる、ような気がする。
あの時ママは自殺した。ママの自殺を見殺しにした。ママは心筋梗塞ということになった。ママのことを自殺ではと世間は噂した。だけど本当にママは心筋梗塞で亡くなった。現実は???
杏と理有、違うようで似ていて、読み手がオロオロするくらい不安定。そのギリギリさが、すごく、すごく好きだった。
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(連載終了時の感想)
朝日新聞朝刊で連載中の『クラウドガール』が12月30日で完結しました。
二人の若い女性の姉妹が交互に語り手となる記述法。
同じ日常を別々の語り手が語るという面白い趣向。
母親の死の真相はどうだったかというミステリー的な要素もあり、面白かった。
著者の金原さんは二人の娘とフランス在住ということです。
「クラウドガール」の主人公姉妹の母親は作家で、父親はフランス在住?ということで、著者の家族関係も設定に生かされているようです。
主人公の姉妹は、姉は優等生タイプで妹は奔放な性生活を送るヤンキー風。
その妹の交際相手は、浮気性の軽い男。
まあ妹チームは私とは相容れないコンビです。
しかし浮気性ということは、人当たりも良く誰とも仲良くなれるということ。
姉が付き合い始めた真面目な青年とも気軽に会話して仲良くなれるという特長を持っています。
そうなんですよねえ。真面目だけが取り得の石部金吉の私には絶対にできない芸当。
糞真面目な私とこの浮気性の二人と比べれば、人当たりがいいのは断然浮気性の二人です。
人間と付き合うには真面目だけでは駄目で、ある種の浮気性だとか軽さだとかも必要なのだと悔しく思いながら読みました。
作者の金原ひとみさんは、数年前に舌にピアスをして蛇のような舌になったとかいう小説で芥川賞を取って話題になりました。
金原さんは私には想像もつかない世界を知っているんでしょうね。
いい小説を描くには、色々な世界を知っていないといけないということです。
私のように真面目な世界に閉じ篭っていては小説が描けない、とまた自己嫌悪。
ついでに、金原ひとみさんと芥川賞を同時受賞した綿矢りささんも同時期に朝日新聞夕刊で連載が始まり、終わるという面白い試み。
わたせせいぞうの挿絵のイメージがほとんどですが、綿矢りさ「私をくいとめて」も、二組のカップルが描かれました。
こちらの主人公カップルは平凡ですが、幸せそう。
やはり日常生活は平凡で幸せなのが一番ですね。
http://d.hatena.ne.jp/nazegaku/20170105/p1
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全く性格の異なる姉妹のお話。姉妹でも物事の捉え方や価値観が違う。共有する場合もあれば反発する場合もある。血の繋がりも大切だけど価値観が合う事は人間関係において一番重要だと改めて思う。濃密な一冊だった。
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自殺した母が小説家という設定もあってか、金原ひとみという作者の作家性というか価値観というか精神性が姉と妹として分裂し、そして反応し合ってるかの様な印象で、それが思いの外作品として巧く整っている。
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「だからクラウドなん?」と、いまいちスッキリしないが、なんとなく意味を見つける。
「〇〇ガール」とすると流行るし「クラウド」も流行ってるしで、何匹目のドジョウなのやら?
まぁ、中身は面白かったし良かったけど。
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久しぶりに金原小説を読んだ。
今まではなかなか同調できなかったこの世界に今回はすんなりと入り込んで読んだ、読んだ、けど、やっぱり金原小説だねぇ、と。
「オンナ」という生き物に対する嫌悪というか忌避というか、そういうのが底辺にあって。そういう部分をどうだどうだと見せつけられるので結構つらい。
だれもかれもが普通という枠組みからずれている。狂気の一歩手前はもしかすると生きやすい場所なのか。
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????
ごめんなさい。テーマと意味がわかりません。一時間ほどでさくっと読めちゃうけど、オチが理解できない。
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母親や互いに対して複雑な感情を抱える姉妹の話…のはずなんだけど何かがおかしい。特に共通の知人の広岡が2人の視点を通すと印象がまるで異なるのである。不穏な空気を感じつつ読み進めるとクライマックスでヒューマンドラマから情報化社会を描く現代的な内容に変貌。「どの情報を採用するかという選択」か…
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刹那にリアルを感じる美しい妹・杏と、規律正しく行動する聡明な姉の理有。二人が「共有」する家族をめぐる「秘密」とは?姉妹にしか分かりえない濃密な共感と狂おしいほどの反感。スピード感と才気あふれる筆致がもたらす衝撃のラスト!
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母と娘、父と娘、姉と妹。家族でありながら、ひと塊としての家族とは言えない家庭で育った姉妹の、複雑な親とのそして姉妹間の関係が描かれている。あるひとつの事象に関して、全員が同じように受け止め感じているわけではないことは当たり前のことでありながら、年齢や感受性、互いの関係によってこれほどまでに大きく違うことがあるのかと驚かされる。それほどまでになにもかもが違っている姉妹でありながら、共依存とも言える離れがたい関係でもあり、それが歪な印象を抱かせる。他者との関係の前に、誰かを通してでないと判断できない自己との向き合い方の稚拙さも印象的である。ともかく、しあわせになるのがとても難しそうな姉妹で、やり切れなくなる。一度からっぽになってみればいいのに、と思わず言いたくなる一冊でもある。
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何が本当で、何が違うのか
よく分からない。
それが今の若い人達の姿なのか。
それとも自分が単純過ぎるだけで、世の中の大部分の人がそうなのか。
それもよく分からない。
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悲しい死に方をした母親を姉妹がどうとらえたのか。母親の死を境に姉妹の仲に亀裂が・・・。真逆の性格の姉妹がこの先、どういうふうに仲を修復していくのか。お互いを思いやる気持ちはあっても、その方向性の違いですれ違ってしまう。その歯がゆいさがなんともいえない内容でした。
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妹・杏の「私」、そして姉・理有の「私」。
刹那にリアルを感じる美しい妹・杏と、規律正しく行動する聡明で堅実な姉の理有。
その二人の「私」が交互に語るかたちで構成されている作品。
その姉妹は「頑ななまでに一人で在り続け、ある一線を誰にも超えさせず、ただ小説とのみ溶け合っていた」母に育てられる(というよりは、共に生活する)なかで成長してきた。
そんな理有は自らを振り返って語る。
「そんな母の一番近くにいながら、私は生まれてこのかた、ずっと虚しかった。そして気づくと私も母と同じように、誰とも溶け合えない人間になっていた」と。
あからさまではないネグレクトを受けて育った姉妹の濃密な共感と狂おしいほどの反感が連綿と綴られてゆく。
作品のクライマックスで語られるところの、出来事は一つでも真実は無数にあること、情報の取捨選択と解釈の在りようは、なんだか付け焼刃的に感じた。
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自分の信じたいことを信じる、生きたいように生きる......その代償として、私たちは分かり合えない。
憎悪や嫉妬や、醜い感情は現実の至るところに渦巻いているのに、どこにも絶対的な間違いも悪もなくて、誰が罰せられるいわれもない。
勧善懲悪のアニメが「意味わかんない」という杏の心理こそ、現代のリアルなのかも。
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金原ひとみは動物化するポストモダンでも読んだのかい…って感じだった。
ラストは「え」って口に出してしまいました。
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小説家であるママの世界は、「小説が完成した世界」と「小説が完成していない世界」しかない、という描写は、小説家である著者の苦しみや感じ方をも表現しているのかもしれない。