憲法入門 ６訂 みんなのレビュー

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憲法を知らない者は、今日の日本で義務教育を修了した人間の中には、まずいないだろう。憲法の条文は覚えていなくとも、憲法がどのようなものであるか、何を謳っているか、何を保障しているかといったことは非常に多くの人間が理解している。では、誰がいつ定めたのか、また現行の憲法はどういった性質であるかという、少し踏み込んだ問いに答えられる人間はというと、その数はそれほど多くないように思われる。ある程度の知識を持つ者でなければ、その簡単に見える問題にさえも、正確に答えることは難しい。かくいう私も例外ではなく、憲法の三大原則は、国民主権・基本的人権の尊重・平和主義の3つであるといった、憲法についての一般的な知識しか持っていなかった。そんな私が、憲法について知見を深めるための第一歩として手に取ったのが、『六訂 憲法入門』である。この本では、憲法学者の樋口陽一が、憲法の性質や経緯といった基礎知識を読者に説く。歴史において、点として見られがちな歴史的な事実の数々は、突発的なものではなくて、連綿と続いて現代に至っているということを、改めて理解した。それだけではなく、現代日本においての、憲法のあるべき姿とはどういうものかということも、この本の中で述べられている。事情を知悉しているわけではない私も、現代に生きる者としての当事者意識を持った。
この本を読んで、特に私の印象に残った箇所は、主に3つある。1つ目は、憲法と人権との関係性、2つ目は裁判において発揮される憲法の性質、3つ目は、経済的自由の現状と問題点である。それらについて、簡単に述べていく。
まずは1つ目の、憲法と人権との関係性について。前提として、近代憲法は個人の尊厳を重視して作られている。樋口はこれについて、「…個人の尊重という原理の宣明は、その意味で、憲法の中でもいちばん中心的な規定だといってよい」と述べている。また、人権という言葉は、集団から解放された個人を主体とするものを指す。つまり現行の憲法において中心に置かれているのは、社会的公正を念頭に置いた人それぞれではなく、ひとりひとりの個人であるということだ。普段目にする言葉でもある人権は、憲法の中において厳密にはどのように定義されているのかという点が、印象に残った。
次に2つ目は、裁判における憲法の性質と、我が国の現状である。我が国は、定められた憲法や法律などの成文法を第一において裁判が行われる、制定法主義国家である。制定法のもとでは、判例ではなく法の文言が優先され、判例そのものに法源性を見出すことは否定されがちだ。ところが、近年の日本では、最高裁判所が出した結論に従うべきだという、判例が拘束性を持つことに否定的でない状況である。これは、判例の持つ拘束力が、法的ではなく事実的であるという見地からの意見である。これにより、かえって判例に強い拘束性が見出されているという樋口の意見に、私は同意する。判例法主義と制定法主義のどちらが現代日本において通用するべきか、といったことはこの際置いておいて、制定法主義を採用している以上、この現状は歓迎されるものではないだろう。憲法の視点に立った改善が待たれる。
最後に、3つ目の経済的自由と問題点について。憲法は、個人を巡��社会権のみならず、経済的な自由をも「公共の福祉」によって規定している。このとき、追求されるべき価値としての「自由」という存在の中には、相反する2つの自由がある。独占禁止法一条に、その問題が表れている。独禁法は「公正かつ自由な競争を促進」することを目的にしている。経済的自由を促進させるための法であると、それ自身を定義づけている。この定義の側に立つならば、独禁法を強化することは自由の促進であり、市場経済の競合による活性化も促すことにも繋がる。一方で、そんな独禁法の強化に反対する人々もいる。反対する人々の狙いは、国家からの自由を掲げ、国家の手出しをさせないようにした後、国家によって放任された環境のもと経済活動の結果として独占を発生させることにある。そしてこれが、先ほど述べた促進の自由に対する制限の自由である。これら2つの経済的自由は時代とともに登場し、どちらがより良い市場経済の形態かといったことも議論されてきた。自由という言葉も立場や目的が違う者たちが使ってしまえば、自らの意見を押し通すための武器でしかない。独禁法そのものは憲法で違憲であるとの判断は受けておらず、そこには一定の妥当性があるといってよいだろう。また、規制はこれまでの歴史の過程で生み出された智慧である。これを自由の名の下に強化するか否かが、国民の手に委ねられている。
この本は、憲法が相対してきた事例や、憲法が抱える問題などを、のべ15章に渡って丁寧に記述している。それらはどれも以前からあった事実であり、知ろうとしなければ知り得ないものであった。これを機に法についての理解が少しは深められたと思うし、これからも学んでいきたい。