紙の本
ほどほど
2017/11/09 17:01
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投稿者:てくちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
初めて村上氏の作品を読ませて頂きましたが、妙なワールドでした。でも続きが読みたくなってしまいました。
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「騎士団長殺し:第1部 顕れるイデア編」
主な舞台は、小田原市郊外の山中に建つ一軒家。
「1Q84から7年」、そんな経っていたか・・・と思ったけど、新潮社から出た村上春樹の長編小説が7年であり、その間に”多崎つくる”が発売されてました。それをカウントすると4年振り?の様です。出版社毎に年を弄った所で読者へのインパクトって大したものを期待できないと思うので、普通に統一した表記にして欲しいです。
漸く1部を読了しました。久々の一人称”私”が主人公。”私”は、6年ほど共に結婚生活を送っていたユズと離婚調停中、外で男を作っておりいきなりのByeBye発言を喰らうというおまけつき、の絵描きであり、高名な日本画家である雨田具彦の旧アトリエ兼住居に引っ越した。
因みに、離婚調停中ということで相当落ち込んでいるかと思いきや、複数の女性と夜な夜なSEXを繰り返しているようでそこまで落ち込んでいない模様。となると男は性が無いと自我を保てないと言いたげのような村上春樹の大好きな手法が出てきそうだなと思いきや、やっぱり出てきました。村上春樹小説あるあるですね。
それは置いといて、前作”多崎つくる”と比べると「騎士団長殺し」は、随分とファンタジーになったなと感じました。ファンタジーのポイントになったのは、雨田邸に眠っていた1つの絵。彼の未発表作である「騎士団長殺し」です。如何様にも読み取れるこの絵には、歴史上の事件や雨田本人やその恋人やら色んな秘密が詰まっています。
極めつけは、その騎士団長を模して突如姿を現すイデアです。”私”の全てを見ていると言われ、SEXも見られていたのかとあたふたする”私”。勿論、「僕は僕を理解することは簡単じゃない」と絵画教室の教え子に話していた、まさにそれを実現する道を1歩1歩歩き始める。ここら辺は、どこか観念的でもありました。
不気味なファンタジーという点では、免色渉を語らずにはいられません。谷をはさんで向かいの山に建つ白い邸宅に住むこの中年男ととあるきっかけで交流を持つ”私”。そのきっかけとは、旧雨田邸付近で聞こえてくる”ある音”なのですが、「もしあなたが穴の中にいたのならば、私はそのままにしていたかもしれません」など言われたら怖くて今後付き合えないです。この不気味さの一方で、多面的な物事の見方を示唆する辺りは、役割としては重要な存在ではあると思うんですけどね。
今のところは、面白さがイマイチ掴めない。慌ただしい次の日曜日は、第2部へ。
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村上作品とは不思議とリンクする。
今回も主人公が同い年(前作に続き)。
スルッと非日常になるのが心地好い。
お馴染みの魅力的な少女が出て来たところで下巻へ。
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2017年13冊目。
いつかのインタビューで、「『カラマーゾフの兄弟』のような総合小説をいつか書きたい」と言っていた記憶がある。
今作のタイトルから「父なるものを殺す」というイメージが湧き、あの時の宣言に対する挑戦作なのではと想像した。
騎士団長と『海辺のカフカ』のカーネル・サンダース、穴の中にこもるシーンは『ねじまき鳥クロニクル』の井戸のシーン、など、過去の作品からの既視感が強い表現が多い印象を受けた。
が、それはやはり村上春樹さんの中の強烈なイメージが出てきている証拠で、それらのイメージが今作でさらに深まって、過去に出してきたものの集大成的なものとなる、という期待を第2部に。
芸術家の主人公であることからも、著者自身の「創作」に対する捉え方が如実に表れている気がする。
暗くて深い場所をくぐり抜ける体験を、物語を通じてしたい。
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私の求めていた村上春樹が帰ってきた!
と言うか
やっとこの世界に村上春樹が戻ってきた!
クロニクルの後の作品は
戸惑ったり、ガッカリしたり、反応すらできなかったり。。。
今回も恐る恐る読みはじめた感じだったけど
第1部読み終わった時点で
どっぷり世界にハマってます
羊シリーズ や 世界の終わり〜、ねじまき鳥〜
の世界観が好きな人にはたまらないと思いますた!
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★評価は読了後まで保留。
主人公の年齢設定が中年となり、抱えている問題が過去作品より現実社会に関連しているように見受けられる。というのも色んな設定・キャラ・モチーフ等が過去作品を連想させるものの確実に違う感覚を想起させるから。この辺は作家が自身のキャリアを有用に利用しているのもさりながら、終焉を意識しているのかもしれないなと深読みしてみたり。まぁ楽しみに次に進みます。
しかしなんですなぁ、ファンもアンチも日本におけるこの作家への反応は金太郎飴的です。例えばアンチの典型の某芸人は毎度同じ自分の反応を恥ずかしく思わないのか?と余計な心配をするくらい(まぁ当方もこの作家の相も変わらず妙なセックスへの拘りには多少うんざりしているので変わらんのですが)。一方、ハルキスト(村上主義者ですか?)の時を争う購入態度は、新作ゲームを待つみたくで作家をある意味冒涜しているようにも思える。
そもそもこの作家の作品ってカルト的人気を誇る方が相応しいと思うんですが、何故か爆発的に売れる。結局このズレが皆を刺激するのかと思われ。
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1Q84を積読にしたまま、読まずにいるので、久しぶりの村上作品。
まだ独特の世界観が掴めないのか、ペースがいまいち。第1部では、話の展開がどこに向かっていくのか、全く分からないので、第2部に期待。
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20170224
購入してからランチの持ち帰りてんやの天丼待っている間に読んだだけで、もう主人公とおぼしき男は人妻二人と関係を持った。
いつもの調子ぽい
20170226
安定のハム・サンドイッチ(でも今回サンドウィッチじゃない)に、やれやれ、もはや自己パロディ
20170227
一人を様々角度からスケッチ(クロッキーだか分からないが)し、どのスケッチを元に仕上げたか、の違いみたいな本が続いている様だ。
村上春樹が書きたいことはひとつなのかもしれない
それが何かは分からないけど
でも今回は既視感が強い気がする
20170227
読了1日後
急に思ったが、アンの娘リラとかドラゴンボールみたいに次世代で第3部とかないよね?
20170227
あんまりにも細切れにすっ飛ばして(スピード)読んでぼぉっとしていたが、第1部の頭でその後も関わられているのだから、第3部あるのか・・?
スバルの男、顔がもやの帽子の男、名前も、たいした描写もない主人公
そういえば知人の小学生の息子が「騎士団ながごろし」と読んでいたのは笑った。
じわじわ殺されそう。
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不思議と読んでしまう。物語をどう結論づけようとしているのか上巻を読んでもよくわからない。会話は翻訳的。こんな話し方をする日本人はいない。
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今回も発売日に書店へ急いだ作品。学生時代からずっと村上春樹ファンの自分にとって「1Q84」以来の長編である今作は発売前からワクワクが止まらなかった。
まずそのタイトルには興味をひかれサスペンス要素が盛り込まれた作品になるのかなど色々と想像して楽しんでいたが漸く読める事になり嬉しいの一言に尽きる。
なぜ村上春樹の作品にこれほどまで惹かれるのか、改めて考えてみたが正直分からなかった。文体が好きなのは間違えないのだが、日常生活の何でもない一コマを丁寧に描写してあるその味わい深さが好きなんだと思う。他の作家ではなかなか感じられないものでもある。
今作もとても興味深い登場人物の出現にイデアやメタファーなど概念的要素を主体に「穴」や「鈴」の出現でさっそくワクワクしながら読み進めている。
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いつもの如く、冒頭は全く頭に絵が浮かばない。
合わないのだろうか?と。
突然、その世界に入ったかのように、止まらなくなる。今回もそう。
あの鈴。どうなるのだろうか?
続きが楽しみ。
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待望の村上春樹さんの新作です。
今回の作品は長編で前後編なので読み応えありました。
こちらは起承転結の起・承の段階ですかね。
主人公が画家というのも面白いです。
ねじまき鳥のような巻き込まれ系。
面白いのですが、主人公と仲良くなるお金持ちの免色さんが完璧超人の気持ち悪さを強く感じさせてくれたのでなかなか読み進めるのに時間がかかりました。
ちょっと居心地が悪い作品の中でも騎士団長がコミカルでいい味出してました。
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今日、短い午睡から目覚めたとき、〈顔のない男〉が私の前にいた。
…でもそのときは紙がどこにもなかったから、あなたを描くことはできませんでした」と私は言った。私の声も同じように抑揚と潤いを欠いていた。「そのかわり代価として、あなたにペンギンのお守りを渡しました」
私は戸惑った。「しかし、急にそう言われても、ぼくはまだ顔を持たない人の肖像というものを描いたことはありません」
「待ってください。あと少しすれば-」
男は帽子をかぶり直し、また顔を半分隠した。「いつか再び、おまえのもとを訪れよう。そのときにはおまえにも、わたしの姿を描けるようになっているかもしれない。そのときが来るまで、このペンギンのお守りは預かっておこう」
そして顔のない男は姿を消した。
いつかは無の肖像を描くことができるようになるかもしれない。ある一人の画家が「騎士団長殺し」という絵を描きあげることができたように。しかしそれまでに私は時間を必要としている。私は時間を見方につけなくてはならない。
その年の五月から翌年の初めにかけて、私は狭い谷間の入り口近くの山の上に住んでいた。
その家に越して最初にやったのは、安価な中古車を手に入れることだった。それまで乗っていた車は、少し前に廃車処分にしていたので、新たに車を購入する必要があった。地方都市では、とりわけ山の上に一人で住んでいるような場合には、日々の買い物をするのに車は必需品となる。小田原市郊外のトヨタの中古車センターに行って、格安のカローラ・ワゴンを見つけた。セールスマンはパウダーブルーと言ったが、病気をしてやつれた人の顔のような色合いの車だった。
雨田政彦 美大でクラスが同じ
雨田具彦(ともひこ) 父親 高名な日本画家 認知症
妻と別れてその谷間に住んでいる八ヶ月ほどのあいだに、私は二人の女性と肉体の関係を持った。どちらも人妻だった。…彼女たちと肉体関係を持つことは、道路でたまたますれ違った人に時刻を尋ねるのと同じくらい普通のことのように思えた。
その次に関係を持ったもう一人の人妻は、幸福な家庭生活を送っていた。少なくてもどこといって不足のない家庭生活を送っているように見えた。そのとき四十一歳で(だったと記憶している)、私より五歳ほど年上だった。
肖像画家 結婚 独立
そんな自分自身に対して、どこかで私は見切りをつけるべきだったのだろう。何かしらの手を打つべきだったのだろう。しかし私はそれを先送りにし続けていた。そして私より先に見切りをつけたのは妻の方だった。私はそのとき三十六歳になっていた。
その夜の七時までに、私は身の回りのものをビニールの大きなジムバッグに詰め込み、赤いプジョー205ハッチバッグの荷台に積み込んだ。
「ねえ、私にもひとつだけお願いがあるんだけど」と彼女は言った。「もしこのまま別れても、友だちのままでいてくれる?」
「さあ、どうだろう」と私は言った。それ以上の言葉は見つからなかった。たぶんそこに立ったまま一週間考えても、言葉は見つけられなかったはずだ。だからそのままドアを開け、外に出た。
私が初めて妻に出会ったのは、三十歳になる少し前だった。…それなのに私は一目見ただけで唐突に、まるで雷に打たれたみたいに彼女に心を奪われてしまった。どうしてだろう?その原因に思い当たるまでに数週間がかかった。でもあるときはっと思い当たった。彼女は、死んだ妹のことを私に思い出させたのだ。とてもありありと。
私はそのままプジョーを運転して東北地方を縦断し、東京まで戻るつもりだったのだが、国道六号線のいわき市の手前でついに車の寿命が尽きた。
…車を処分してもらうお礼に、テントと寝袋とキャンプ用品はその修理工に進呈した。最後にプジョー205のスケッチをしてから、私はジムバッグひとつを肩に担ぎ、常磐線に乗って東京に戻った。
広尾のマンション
…そして窓際に立って、降り続く外の雨をしばらく眺めた。オレンジ色の東京タワーがその奥にほのかに浮き上がっていた。それから部屋の鍵を郵便受けに落とし、車を運転して小田原に戻った。おおよそ一時間半の道のりだ。でもまるで日帰りで異国に行って戻ってきたみたいに感じられた。
小田原駅前のカルチャー・スクール 絵画教室
「どうしてかな。こんなすてきな身体なのに」と私は言った。
彼女は小さく肩をすくめた。「結婚して十五年以上になるし、子供も二人いるし、もう新鮮じゃなくなってしまったのよ」
「ぼくにはとても新鮮に見えるけど」
「ありがとう。そう言われると、なんだかリサイクルでもされているような気がしてくるけど」
「資源の再生利用?」
「そういうこと」
「とても大切な資源だよ」と私は笑った。「社会の役にも立つ」
彼女はくすくす笑った。「正しく間違えずに仕分けさえすればね」
そして我々は少し時間を置いてから、もう一度資源の入り組んだ仕分けに意欲的に取りかかった。
私は天井を見上げ、ユズのことを考えた。彼女もどこかでほかの誰かと、これと同じことをしていたのだろうか?
…もしそんなところを写真に撮ったら、大半の女性は嫌がるだろうし、そういうことをする相手に嫌悪感や警戒心を抱いたりもするだろう。しかしそれが素描であれば、そしてうまく描けていれば、彼女たちはむしろ喜んでくれる。そこには生命の温かみがあるからだ。少なくても機械的な冷やかさはない。
私は三十六歳になっていた。そろそろ四十歳に手が届こうとしている。四十歳になるまでに、なんとか画家として自分固有の作品世界を確保しなくてはならない。私はずっとそう感じていた。四十歳という年齢は人にとってひとつの分水嶺なのだ。そこを越えたら、人はもう前と同じではいられない。それまでにまだあと四年ある。しかし四年なんてあっという間に過ぎてしまうだろう。
私がその「騎士団長殺し」という不思議な題をつけられた雨田具彦の絵を発見したのは、まったくの偶然の成り行きによるものだった。
幾重にも重ねられた茶色の包装紙の下には、さらしのような柔らかい白い布でくるまれた簡易額装の絵があった。私はその布をそっとはがしてみた。重い火傷を負った人の包帯をは���すときのように、静かに用心深く。
地面に開いた穴?四角いマンホール?
モーツアルトのオペラ「ドン・ジョバンニ」
インターネットの株取り引きで儲けた人間や、IT関係のアントレプレナーたちが、いくら金が余っているにせよ、たとえ経費で落とせるにせよ、自分の肖像画を描かせて備品としてオフィスの壁に掛けたがるとは私には思えなかった。その多くは洗いざらしのジーンズとナイキのスニーカー、くたびれたTシャツにバナナ・リパブリックのジャケットという格好で仕事をし、スターバックスのコーヒーを紙コップで飲むことを誇りとするような若い連中だ。
銀色のジャガーのスポーツ・クーペ 免色渉
Blessing in disguise.
妹は中学校からの帰り道、西武新宿線の駅の階段を上っているときに意識を失って倒れ、救急車で近くの救急病院に運び込まれた。…そして次に顔を合わせたとき、彼女はもう呼吸することをやめていた。大きな目は永遠に閉じられ、口は何か言いたそうに小さく開かれていた。その膨らみ始めたばかりの乳房はもうそれ以上膨らむことをやめていた。
…私としては、そんな狭苦しい箱の中に妹の華奢な身体を詰め込んでほしくなかった。…でも実際には彼女は小さな、馬鹿げた棺の中に収められていた。まわりに飾られているのは、鋏で切られた花瓶にいけられた不吉な白い花ばかりだった。狭い部屋を照らしているのは色を抜かれたような蛍光灯の光だった。天井に埋め込められた小さなスピーカーからは、オルガン曲が人工的な音で流れていた。
私は彼女が焼かれるのを見ていることはできなかった。…
もうひとつ妹の死が私にもたらしたものがある。それは極度の閉所恐怖症だ。…
また私は人並み以上に大きな乳房を持つ女性に対して、怯えに似た感情を抱くようになった。それが十二歳で死んだ妹の、膨らみかけた乳房と関係しているのかどうか、正確なところはよくわからない。しかし私は昔からなぜか小振りな乳房を持った女性に心を惹かれたし、そのような乳房を目にするたびに、それに手を触れるたびに、妹の胸の小さな膨らみを思い起こすことになった。
祠
…それから彼女は急に立ち上がり、履いていた黒い上品なパンプスを放り出すように脱ぎ捨て、ワンピースの下に手を入れて手早くストッキングを下ろし、下着を下ろした。そしてもう一度彼の膝の上に乗って、片手を使って彼のペニスを自分の中に導き入れた。それは既に十分な湿り気を帯び、まるで生き物のように滑らかに自然に活動した。すべては驚くほど迅速におこなわれた(それもどちらかといえば彼女らしくないことだった。ゆっくりとした穏やかな動作が彼女の特徴だったから)。気がついたときには、彼はもう彼女の内側にいて、その柔らかい壁が彼のペニスをそっくり包み、静かに、しかし躊躇なく締め上げていた。
それは彼が彼女とのあいだでこれまで経験したどのようなセックスとも、まったく違っていた。
…彼女の動きは時間を追ってますます大胆にダイナミックになっていった。彼女の求めることを妨げないようにする以外に、彼にできることは何ひとつなかった。そしてやがて最終的な段階がやってきた。彼が耐えきれず��射精すると、それに合わせて彼女は異国の鳥のような声を短く上げ、彼女の子宮はそのときを待ち受けていたかのように、精液を奥に受けとめ、貪欲に吸い取った。暗闇の中で自分がわけのわからない動物に貪り食われているような、そんな混濁したイメージを彼は持った。
…それが彼女に会った最後だった。
結婚 出産 手紙
上田秋成 春雨物語 造園業者
私が家を出ていくとき、妻が最後に口にした言葉を忘れることができなかった。…「さあ、どうだろう」としか答えられなかった。そしてそれが私が彼女に面と向かって口にした最後の言葉になった。最後の言葉としてはずいぶん情けないひとことだ。
肖像画の完成
「早川漁港の近くに、昔から親しくしているフレンチ・レストランがあります。その店の定休日に、コックとバーテンダーをこちらに呼びましょう。腕の確かな料理人です。…」
でもその長い旅行のあいだ、ただ一度だけ生身の女性と性交したことがある。わけのわからない不思議な成り行きで、私はその見知らぬ若い女と一夜のベッドを共にすることになった。私の方から求めてそういうことになったわけではなかったのだが。
それは宮城県の海岸沿いの小さな町での出来事だった。
白いスバルフォレスターの男
「いらっしゃいよ」と彼女は私に言った。「せっかくこういうところに来たんだから、セックスをしよう」
…それが宮城県の海岸沿いの小さな町で私が経験したことの一部始終だ。
そのとき私は、居間のソファの上に何か見慣れないものがあることにふと気づいた。クッションか人形か、その程度の大きさのものだ。しかしそんなものをそこに置いた記憶はなかった。目をこらしてよく見ると、それはクッションでも人形でもなかった。生きている小さな人間だった。
「かまうもかまわないもあらないよな。雨田先生はもうおぼろで平和な世界に移行してしまっておられるし、騎士団長だって商標登録とかされているわけじゃあらない。ミッキーマウスやらポカホタスの格好をしたりしたら、ウォルト・ディズニー社からさぞかしねんごろに高額訴訟されそうだが、騎士団長ならそれもあるまい」
…午後六時ちょうどに、黒塗りの大型セダンがしずしずと坂道を上がってきた。それは私に霊柩車を思い出させたが、もちろん霊柩車なんかじゃなくて、免色がよこした送迎リムジンだった。車種は日産インフィニティだった。
「バラライカを」と私は数秒考えてから言った。とくにバラライカを飲みたかったわけではないが、本当になんでも作れるかどうか試してみたかったのだ。
…ウォッカとコアントローとレモン・ジュースを三分の一ずつ使って人はバラライカを作る。成り立ちはシンプルだが、極北のごとくきりっと冷えていないとうまくないカクテルだ。腕の良くない人が作ると、ゆるく水っぽくなる。しかしそのバラライカは驚くばかりに上手につくられていた。その鋭利さはほとんど完璧に近かった。
秋川まりえ 絵画教室の生徒
私はやってきたガール・フレンドに、免色の家での夕食会のことを話した。…彼女は熱心なスポーツ・ファンが、贔屓チームの昨日の試合の得点経過を事細かに知りたがるように、食卓に供された食事の詳細を知りたがった。
騎士団長殺し 1938年にウィーンで実際に起こった暗殺未遂事件をモチーフ
あくる日の午後、私は署名捺印した離婚届の書類を投函した。
…そして日曜日の朝、十時少し前に秋川まりえがうちにやってきた。明るいブルーのトヨタ・プリウスがほとんど音もなく坂を上ってきて、うちの玄関の前にそっと停まった。車体は日曜日の朝の太陽を受け、晴れがましく鮮やかに輝いていた。まるで包装紙を解かれたばかりの新品のように見える。…秋川まりえの叔母がどのようなわけでブルーのトヨタのプリウスを選択したのか、もちろん私には知りようもない。いずれにせよその車は、自動車というよりは巨大な真空掃除機のように見えた。
「ねえ、わたしの胸って小さいでしょう」とまりえは言った。
「そうかな」と私は言った。
「膨らみそこねたパンみたいに小さいの」
前妻からの手紙 白クマのカード
それから私は日曜日に自分が秋川まりえに、離婚後の生活について口にしたことを思いだした。
彼女と最初に性交したときのことをよく覚えている。我々は地方の小さな旅館に行って、そこで記念すべき最初の夜を迎えた。…この女を手放すようなことは絶対にするまいと、私はそのときに堅く心に誓った。それは私にとって、それまでの人生における最も輝かしい瞬間であったかもしれない。ユズをようやく自分のものにできたこと。
ぼくもぼくのことが理解できればと思う。でもそれは簡単なことじゃない。
それは私が秋川まりえに向かって口にした言葉だった。私はタオルで身体の汗を拭きながらそのことを思いだした。
「わたしはドイツ兵のために色彩画を描いている。…でもな、誰がなんと言おうと、わたしが描きたいのはドイツ人たちの家族なんかじゃない。わたしは〈隔離病棟〉に積み上げられた子供たちを、白黒の絵にしたいんだ。やつらが殺戮した人々の肖像画を描き、それを自宅に持って帰らせ、壁に飾らせたいんだよ。つくしょうどもめ!」
画家はこのときとりわけひどく神経を高ぶらせた。
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春樹作品の長編は目次の章タイトルを見ただけでゾクゾクする。今回は章タイトルを全て暗記しながら読もうと思い立ってしまったので、変に肩に力が入って読み終わるまでにすごく時間がかかってしまった。何も考えずにスルスル読むのが一番。
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村上春樹の最新作。
近年は作品の内容より前にお祭り要素だけが独り歩きしているような気がするが(この点に関しては若干引いているw)、読んでみるとやっぱり面白い。
第1部である本書は不気味なモチーフが頻出して、時折、ホラー映画のような印象も受ける。