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リンカーンが言っているように、ものすごくたくさんの人間を一時的に欺くことはできるし、少ない数の人間を長く欺くこともできる。しかしたくさんの人間を長く欺くことはできない。それが物語の基本原則だと僕は信じています。(中略)善なるものというのは多くの場合、理解したり嚙み砕いたりするのに時間がかかるし、面倒で退屈な場合が多いんです。でも、「悪しき物語」というのはおおむね単純化されているし、人の心の表面的な層に直接的に訴えかけてきます。(p.101)
頭で解釈できるようなものは書いたってしょうがないじゃないですか。物語というのは、解釈できないからこそ物語になるんであって、これはこういう意味があると思う、って作者がいちいちパッケージをほどいていたら、そんなの面白くも何ともない。(p.116)
僕は思うんだけど、人が人生の中で本当に心から信頼できる、あるいは感銘を受ける小説というのは、ある程度数が限られています。多くの人はそれを何度もなんども読み直しては、じっくり反芻します。(中略)そして結局そういった少数の書物が、僕らの精神性のバックボーンになっています。(p.188)
チャンドラーの比喩で、「私にとって眠れない夜は、太った郵便配達人と同じくらい珍しい」というのがある。これは何度も言っていることだけど、もし「私にとって眠れない夜は稀である」だと、読者はとくに何も感じないですよね。普通にすっと読み飛ばしてしまう。でも「私にとって眠れない夜は太った郵便配達人と同じくらい珍しい」というと、「へぇ!」って思うじゃないですか。「そういえば太った郵便配達人って見かけたことないよな」みたいに。それが生きた文章なんです。そこに反応が生まれる。動きが生まれる。(pp.217-218)
完全に囲われた場所に人を誘い込んで、その中で徹底的に洗脳して、その挙句に不特定多数の人を殺させる。あそこで機能しているのは、最悪の形を取った邪悪な物語です。そういう回路が閉鎖された悪意の物語ではなく、もっと広い開放的な物語をつくっていかなくちゃいけない。囲い込んで何か搾り取るようなものじゃなくても、お互いを受け入れ、与え合うような状況を世界に向けて掲示し、提案していかなくちゃいけない。僕は『アンダーグラウンド』の主催をしていて、とても強くそう思いました。肌身に染みてそう思った。これはあまりにも酷すぎると。(p.336)
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これはすごい。本人以上に知識量はすごく、多様な観点からぶつけてみたり、一つのことを違う切り口で粘り強くぶつけてみたり、聞きにくい下世話なことも切り込んだり、と川上未映子のインタビュアーとしての腕がずば抜けている。村上春樹の逃げはどこまで本気なのか… あと、彼女の小説も読んでみようか。
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「退屈でつまらない答えで申し訳ないけど、退屈でつまらない質問にはそういう答えしか返ってこない」と文豪アーネスト・ヘミングウェイは仰ったそうな。
礼儀正しい村上さんは、もちろんこんなことは口にしたことがない。(が、そう言いたくなる局面は何度か経験したらしい)
この対談はちがう。川上未映子さんは村上春樹ファン、書店員、小説家として、絶妙なタイミングでミーハーと本のプロの間を行き来しながらインタビューする。それが良いんだなぁ。
思わぬ方向に転がる会話の端々から、作家の普段の創作過程が想像できるようで本当にわくわくした。
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物語とは、マテリアルをくぐらせる作業。牡蠣フライを油にくぐらせるみたいに。
古代の洞窟スタイルの語り口。
文章の生成の中にしか自己は存在しない。
「つんぼじゃねえや」と、太った郵便配達人。
などなど。面白かったです。
「世界はメタファーだ」という自分自身好きだった言葉が用いられた時に、村上さんがそんなこと書いたのを全く覚えていなかったのには笑ってしまった。
川上さんの本も読んでみたいと思いました。
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川上さんの問いがすべからくスカっているところが、村上さんの特異性を炙り出すことになっていて面白かった。
「作者も物語がどうしてこうなったか、サッパリわからん」とハッキリと言い切ってくれて、何かスッキリした。
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長年の愛読者である作家 川上未映子が村上春樹にアレヤコレヤを延べ4日間10数時間にわたり、切っ先鋭く執拗に斬り込んだ25万字にも上るインタビュー集。
何と言っても川上未映子の綿密かつ丹念な準備。鮮明かつ仔細な記憶力。巧みで執拗な問いかけにたじろい、はぐらかし、時に饒舌に語る村上春樹。また、過去の様々な村上春樹のインタビュー記事にも目を通し、「あの時こう言ってましたよね?」と証拠物件を提示するかのような念の入れよう。入念な準備が余裕を生み、奔放なアドリブも醸し、「生き生きとした、限りなく素に近いであろう村上春樹」が紙面から立ち昇る、読み応えのある一冊。
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どこが良かったではなく、一冊のインタビューとして、本当に良かった。最後まで読んで、胸が熱くなったし、深いところで、影響を受ける内容だった確信があるw。
物語のちから。妙な切実感。
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さすが川上未映子、見事に村上春樹の懐に飛び込んでしまいには村上邸にまでお呼ばれ?されてありとあらゆることを、
率直に真摯に訊いて、他のインタヴュアーじゃ、こうはならなかったと思う。
春樹氏が書きたいことがなくなった晩年にはジャズクラブをやりたいって、絶対ものすごくファンたちが殺到して大変なことになるよ。あっ、会員制か…ものすごいセレブしか入れないような…?
川上未映子が絶賛する”TVピープル”の中に収録されている
”眠り”読みたくなる。
そこに出てくる女性が今までの概念を覆す”新しい女性”で
とにかく素晴らしい体験でした。とある。
相変わらず頭の中が活字で溢れていてその並外れた記憶力にも驚かされる。
村上春樹ファン、必読の一冊。
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川上さんが想定以上に村上さんに突っ込んだ質問をしていた。村上作品を深くよんでいるなあ。楽しくふむふむ読んだ。
非リアリズムと地下二階、地下一階はクヨクヨ室で、そこは目を伏せて通ること
村上作品を内面的に読書すること
太った郵便配達人
プラトンの話(おかしかった)
しかし村上さんも鋭い問いをうまくかわしているようなとこもあったのが惜しかった(登場する女性についてなど)ような気がするが、それが村上さんなのかも。
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初読。図書館。川上さんを1冊も読んだことがなかったが、とにかく面白かった。インタビュアーとしての川上さんは膨大な予習を背負って村上さんに迫っていくし、村上さんはそれを誠実に面白そうに受け止めて丁寧に返していく。読者と作家の両方の視点から放たれた問いは、過去に何度も語られた答えも新しい答えも取り混ぜて引き出される。p154からの「イデア」の件は、川上さんのひるまない突っ込みに感心すると同時に大笑いできる。p243からのフェミニズム的質問は川上さんの勇猛さに驚愕。川上さん、ぜひ村上さん専属インタビュアーに。
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物創りをする人の話を読んだり観たりするのが好きで、さらに今回は訊き手も常に注目している川上さんだったので、訊く側の視点もかなりおもしろかったし、なんだか小説の中にいるように読み進みました。時間を味方につける、キャビネットと抽斗、女の子に手を引かれたことのある記憶。村上氏の人となりももちろん興味深かったですが、やはり「職業としての」やり方、自然なことのようでやはりきちんと自分の中で何かを決めて考えて創り出し、創り終えている過程などが、覚書のように心に残りました。
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小説家 川上未映子が村上春樹にインタビューする形で進む対談。対談ものは、何となくしょぼく終わることも多いが、この本は川上さんが事前にもかなりしっかりと準備をして対談に臨んでいるおかげで、とても興味深いものに仕上がっている。村上春樹という作家が、その作品を仕上げていく過程におけるメソッドや込める想いを言葉にして取り出して読者に提示することに成功しているからだ。そこには、川上未映子の村上春樹に対する一ファンにも近い思慕が感じられる。その意味で、村上の本というよりもあえて言えば川上未映子の本と言えるだろう。
特にこの時点で直近に書き上げた長編小説である『騎士団長殺し』についてのモチーフや文体の話が興味深い。村上春樹によると、『騎士団長殺し』は上田秋成の『春雨物語』に入っている「二世の縁」がモチーフだったという。また、出だしの文章は過去のすでにどこかの時点で書いたものであるが、それと『騎士団長殺し』というタイトル、の三つが一つに結びついて生まれたとのこと。また、この小説は、村上春樹にとって久しぶりに一人称で書いた「私」が主人公の小説となっている。再び「私」が主人公となったのはチャンドラーの翻訳の影響であり、また「僕」でなく「私」であるのは年齢的なものもあるとのこと。
【作者の意図】
小説の中に隠された作者の意図、というものを村上春樹は拒否する。
「頭で解釈できるようなものは書いたってしょうがない」というのだ。そして、解釈できないからこそ物語になるという。「作者にもよくわかっていないからこそ、読者一人ひとりの中で意味が自由に膨らんでいく」と村上春樹は言う。
「結局ね、読者って集合的には頭がいいから、そういう仕掛けみたいなのがあったら、みんな即ばれちゃいます。あ、これは仕掛けているな、っていうのがすぐに見抜かれてしまいます。そうすると物語の魂は弱まってしまって、読者の心の奥にまでは届かない。
書いている人だって正解みたいなものは持ち合わせていないんだという、そのもやっとした総合的なものを、読者がもやっと総合的に受け入れるからこそ、そこに何かそれぞれ自分なりの意味を見出すことができるんです」
それでも「白いスバル・フォレスターの男」が主人公のオルター・エゴのように取れるとも思う、と言ってしまうところは川上さんとの対話の中で少し気が緩んだからだろうか。確かに「白いスバル・フォレスターの男」は気になるアイテムだ。
また、『騎士団長殺し』における『ギャツビー』へのトリビュートに関しても言及される。谷を挟んでわざわざそのために購入した家から家の明かりを眺める様子はギャツビーそのものである。語り手である主人公に訪問を仲立ちしてもらうところも同じだ。川上さん、そこをよくぞ聞いてくれた、というポイントである。村上さんの『ギャツビー』への愛を確認できるエピソードである。
【文体】
村上春樹は文体を大切にする。
これまでの40年間の作家生活でやってきたことは、文体を作ることだけだという。「とにかく文体をより強固なものとすること、おおむねそれしか考えていないです。...でも文体は向こうからは来てくれま���ん。自分の手でこしらえなくちゃならない。そして日々進化させていかなくちゃならない」
具体的に、『ノルウェイの森』でリアリズム小説を試し、『スプートニクの恋人』でそれまでの文体の総決算をし、『アフターダーク』で、シナリオ的な書き方を試した。『多崎つくる』ではグループを描く小説を書いたという。ここに挙げた中程度の長さの小説では割と突っ込んだ実験をしているのだと。それが理由か、おおむね読者の評判はよくないということだ。
【読者との信頼関係】
読者との「信頼」について語る。
読者がついてきてくれる理由について、次のように語る -「僕が小説を書き、読者が小説を読んでくれる。それが今のところ信用取引として成り立っているからです。これまで僕が四十年近く小説を書いてきて、決して読者を悪いようにはしなかったから」
「「ここには何かがあるし、それは決して悪いものではない」ということをある程度の数の読者と僕は多分、お互い理解し合っているんだと思う。というか、僕としてはそのように思いたいです」- 僕としてもそのように思いたい。
【小説の中のジェンダー】
女性に対する描写については少しはぐらかされる。
「物語とか、男性とか井戸とか、そういったものに対しては、ものすごく惜しみなく注がれている想像力が、女の人との関係においては発揮されていない。...なぜいつもの村上さんの小説の中では、女性はそのような役割が多いんだろうかと」と、川上さんとしては踏み込んだ、そして準備をしてきた質問をぶつけたのに対して、「僕は登場人物の誰のことも、そんなに深く書き込んでいないような気がするんです」と答える。
川上さんは「私はフェミニスト」と宣言してさらに切り込もうとするが、話は若干噛み合わない。それは川上さんがひとつの結論を前提として話を持っていってしまったからかもしれない。『1Q84』の青豆や『ねじまき鳥』のクミコ、『眠り』の話などが持ち出されて議論は進んでいるように見えるのだが、川上さんの期待する答えではないことによる戸惑いが見られる。果たしてどのような答えを川上さんは期待していて、どのように返そうと考えていたのだろうか。ちょっとした緊張が感じられて、もっとも面白いところでもあった。
【まとめ】
対談形式と思って高をくくっていたら、意外にやられた。特に『騎士団殺し』を読んだ後に読むとよいでしょう(読む前には決して読まないように)。
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印象的な箇所のまとめ
・ものを作る人って、やはり自分にしか作れないものを追求するのが何より大事になってくる。
・自分が見定めた対象と全面的に関わり合うこと、そのコミットメントの深さが大切。
・深さというのはどうしても必要。その深さを支えきれるだけの胆力がないと、どこにも行けない。
・家の地下二階で起きていることを書く
・できるだけわかりやすい言葉で、できるだけわかりにくいことを話す。
・言いたいことを直接言わないというのが小説の基本。
・ストーリーは向こうからやって来る。文体は向こうからは来てくれない。自分の手でこしらえなきゃいけない。そして日々進化させていかなくちゃいけない。
・地下1階はエゴ。地下2階はエゴの下にあるもの。
・小島信夫「抱擁家族」おすすめ。
・物語は5つか6つのパターンを繰り返す。それでも前進していると感じるのは文章のおかげ。文章が全て文章が新しくなれば、あるいは進化していけば、何度同じ物語を書こうと新しい物語になる。
・文章を磨き上げるという行為の中にある一瞬、体験こそが、自分にとっての小説家としての喜び。
・小説的な面白さ、発想、構築の面白さよりまずは文章が先。
・文体が大事。日本の文芸誌は文体について考えていないというか評価していない。文体は読んで数ページでわかる。(日本の純文学が評価する文体と村上春樹の評価する文体は違う)
・ドラマ、対立、葛藤を作る。そして比喩を入れる。読者が読み飛ばせない文章になる。
・読者にとっても面白いものになるという確信がないと長編小説は書けない。
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「騎士団長殺し」を読む前にこの本読んで良かったのか。逆だった。「騎士団長殺し」読み終えてまた読み返したい。
川上未映子さんもすごい。
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[語り語られ,書き書かれ]小説家である川上未映子が,小説家である村上春樹に対して行った4回にわたるインタビューを書籍化した作品。書くことについて,男女の性について,そして村上氏による新作の『騎士団長殺し』について,突っ込んだ対話が重ねられています。
インタビュアーの川上氏が村上春樹のファンであることもあり,かなり前のめりに質問している様子がところどころで垣間見えるのですが,その熱が村上氏にも伝わるのか,とても活き活きした対話であるように感じました。また,投げかける質問も興味深ければ,それに対する回答ももちろん興味深いので,一言一句を堪能しながらも,あっという間に読み切ってしまう一冊です。
〜リズムが死んじゃうんだよね。僕がいつも言うことだけど,優れたパーカッショニストは,一番大事な音を叩かない。それはすごく大事なことです。〜
『騎士団長殺し』を読んでから本作を手に取るのが断然オススメ☆5つ