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アンソロジー『疫病短編小説集』
https://booklog.jp/users/fukagawanatsumi/archives/1/4582769152
を読み、「集中ケアユニット」に衝撃を受けて、
長年何となく難解そうだからと手を出しかねていた
J.G.バラードの短編全集を一括購入。
第4巻は1966~1977年の間に発表された22編。
下り坂カーレースにみたてた
ジョン・フィッツジェラルド・ケネディ暗殺事件
(The Assassination of John Fitzgerald Kennedy
Considered as a DownhillMotor Rce,1966)
希望の海、復讐の帆(Cry hope,Cry Fury!,1967)
認識(The Recognition,1967)
コーラルDの雲の彫刻師
(The Cloud-Sculptors of Coral D,1967)
どうしてわたしはロナルド・レーガンをファックしたいのか
(Why I Want to Fuck Ronald Reagan,1967)
死亡した宇宙飛行士(The Dead Astronaut,1968)
通信衛星の天使たち(The Comsat Angels,1968)
殺戮の台地(The Killing Ground,1969)
死ぬべき時と場所(A Place and a Time to Die,1969)
風にさよならをいおう(Say Goodbye to the Wind,1970)
地上最大のTVショウ
(The Greatest Television Show on Earth,1972)
ウェーク島へ飛ぶわが夢
(My Dream of Flying to Wake Island,1974)
航空機事故(The Air Disaster,1975)
低空飛行機(Low-Flying Aircraft,1975)
神の生と死(The Life and Death of God,1976)
ある神経衰弱にむけた覚え書
(Notes Towards A Mental Breakdown,1976)
六十分間のズーム(The 60 Minute Zoom,1976)
微笑(The Smile,1976)
最終都市(The Ultimate City,1976)
死者の刻〈とき〉(The Dead Time,1977)
索引(The Index,1977)
集中ケアユニット(The Intensive Care Unit,1977)
奇怪な幻想譚あり、『残虐行為展覧会』収録の
濃縮小説(コンデンスト・ノベル)あり、
シリーズ《ヴァーミリオン・サンズ》ものもあり。
この時期、複数の長編小説を物したことと
関係があるのかどうか、短編群はやや薄味な印象だが、
テーマは主に戦争とテクノロジー、あるいは生と死だろうか。
面白かったのは「認識」。
夏至の前夜、移動遊園地の到来に湧く町へ、
同じタイミングで現れたみすぼらしいサーカス団――
と言えば聞こえはいいが、実際は男女二人組が
馬に荷車を牽かせて運んできた檻を無料で覗かせるだけ。
たまたま行き会った語り手「わたし」は憐れを催し、
彼らの準備作業を手伝ってやったが、
檻の中の動物たちが何なのか、輪郭も朧で判然しない。
不気味で掴みどころのない奇妙な話だが、
不思議に物悲しく、心を揺さぶるものがある。
それから「航空機事故」。
千人の客を乗せた旅客機が
メキシコのアカプルコ近くの海に墜落したとの一報を受け、
映画祭の取材に赴いていた「わたし」は
他のジャーナリストら同様、事故現場へ急行した――
つもりだったが、飛行機の墜落地点がわからない。
特ダネのスクープと、それに伴う栄誉に胸を膨らませ、
また、同時に苛立ちを募らせつつ、
「わたし」は事故機と遺体の山を探して現地住民��情報を求め、
辺鄙な山奥へ車を進めたものの……。
名誉欲に駆られ、金で何でも解決できると考えた
傲慢な文明人に肩透かしを食わす、貧しく無教養な人々
――というディスコミュニケーションの叙景。
あるいは「死者の刻〈とき〉」。
太平洋戦争終結直後、日本軍の強制収容所の門が開いた。
語り手の青年「わたし」や仲間は三年ぶりに外の世界に出たが、
車を運転できる者には過酷な任務が課せられた……。
作者自身の収容所体験が下敷きになった短編であり、
自伝的長編『太陽の帝国』の準備段階に位置付けられる佳品。
そして、何といっても「集中ケアユニット」。
家族でさえ衛生と安全のため、
別々に引き籠もって暮らすのが当たり前の世の中。
あらゆるコミュニケーションが
モニター越しの遠隔操作で交わされる社会で、
掟を破った一家を襲った惨劇とは……。
現今の新型コロナ禍の読者にとって違和感のない、
古くも新しくもない世界観。
会わずに済ませられるなら、ずっと会わない方が
互いの身のためなのかもしれない。
曰く「愛情と思いやりには距離が必要なのだ」(p.394)