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投稿者:ハム - この投稿者のレビュー一覧を見る
オリンピックは、政治利用禁止されていながら、ずっと政治利用されていたのかと思うと、なんか悲しくなりました。
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開始まで1年を切りながらもマラソンの札幌開催など、まだまだ何が起きるか分からない東京オリンピックであるが、オリンピックはいつから”アスリートファースト”の精神を失い、巨大な利権に操られた祭典となってしまったのか。
本書は近代オリンピックの父であるクーベルタンに始まり、2028年夏季が開催されるロサンゼルスまでの120年間の歴史を、自らもアメリカのサッカー男子代表としての経験を持つ著者がまとめたノンフィクションである。
これを読むと、オリンピックの初期から予算の超過というのは当たり前になっていたということが良く理解できる。だからといって東京オリンピックの組織委員会の無能さが許されるわけではないのだが。
また、当初認められていなかった女性アスリートの参加が徐々に認められれるプロセスや、巨大なスタジアム等の建設に際しての環境問題など、オリンピックの”ダークサイド”を知るには非常に一冊。あまり読んでいて、明るい気分にはならないが。
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オリンピックは当初から矛盾を抱えていたことがよくわかった。貴族主義・差別主義的な傾向と世俗化、商業化、ダイバーシティーとの折り合いの話はとても示唆深い。
祝賀資本主義、惨事便乗型資本主義共に純粋資本主義の発展を目指すことはないむしろ公民連携に関する美辞麗句を我々に提示する、という箇所も考えさせられた。
カーロス、エドワーズ、スミスの Twitter が使えたならばそれ何をしただろうか、という想像も刺激的だ。
巻末の二宮清純氏の、東京大会は超高齢化社会日本のためのパラリンピックを重視すべきというのは示唆に富んでいた。