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バナナのグローバル・ヒストリー ピーター・チャップマン著
軍事独裁支えた多国籍企業
2018/6/30付日本経済新聞 朝刊
幼い頃、病気になっても、ひとつだけ楽しみなことがあった。バナナを食べさせてもらえたのだ。あの貴重なバナナも、今ではありふれた果物のひとつとなった。19世紀末から中米、カリブ海地域を拠点に、バナナの急成長と世界的な普及を強力に推し進め、20世紀に入り世界のバナナ産業をほぼ独占したのが、本書の主役、米国のユナイテッド・フルーツ社(UF)である。
本書は、BBCの中米・メキシコ特派員としての経験をもつ、イギリスのジャーナリストの手になる名著だが、そこで描かれているのは、資本主義モデルを生み出した最初の近代的多国籍企業、多国籍精神の先駆者的存在としてのUFの姿である。
1874年、米国人マイナー・クーパー・キースは、コスタリカの軍事独裁者と手を結び、鉄道建設と一体化したバナナ産業開発に着手し、急速に中米各国に勢力を拡大する。1899年には競合12社を統合しUFを設立、「バナナ帝国」が出現する。米国の国家戦略と連携しつつ、1911年にはホンジュラスへの米軍の侵攻、28年にはコロンビアのストライキ労働者に対する虐殺事件に関与したほか、54年にはグアテマラ政府の転覆、61年にはキューバ革命の打倒を目指したピッグス湾事件にも直接協力するなど、各国の国内政治にも積極的に介入する。
一方、米国国内では心理学者を動員して、雑誌、映画などメディアを活用し、理想的な企業イメージを広め、バナナの消費拡大に成功する。その重要な役割を担ったのが「セニョリータ・チキータ」という、世界初ともいえるブランド・キャラクターの活用であった。
大規模経営には、病虫害が一気に広まる危険性がともなう。しかし、そうなれば別の地域に、あるいは他国へと生産拠点を移動する。その後に残されたのは荒廃した大地と極貧の農民、そしてUFに支えられてきた軍事独裁体制であった。その後UFを買収した米国企業はフィリピンに拠点を移し、日本のバナナ市場を席巻する。
巻末の50ページにわたる充実した解説もふくめ、ラテンアメリカ現代史としても必読の一冊である。なお欲をいえば、年表がないのが惜しまれる。
《評》慶応大学名誉教授
清水 透
原題=BANANAS
(小澤卓也・立川ジェームズ訳、ミネルヴァ書房・3500円)
▼著者は英国のジャーナリスト。