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まだ未開の地だったアラスカに渡り狩猟とガイドで身を立てた日本人の話。オイルブーム、毛皮反対運動と共に情勢が変わり、狩猟ガイドが主な仕事にはなったが、ワイルドワイルドウェストそのままを危険を通り抜けて生きてきた話は面白い。
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元奥さんだった人が、テープ起こしをしながら書いた。1人で子育てした彼女。強い!読んでいくと、アラスカの自然は、野生の中で過ごす事。でも、人との出会いが素晴らしい。命懸けのパイロット達。狩も同様。凄まじい。簡単に人が亡くなる。
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俺のアラスカ
伝統の“日本人とラッパー”が語る狩猟生活
著者:伊藤精一
編集・構成:すずきひさこ
発行:2020年1月10日
作品社
若い頃に会社を休んで3か月ほどアラスカ旅行をしたのがきっかけで、アラスカに移住し、内陸部(中央)にあるクリアーというところで、トラップ(罠猟)をメインに生活をしてきた著者の話を、当時妻だった女性が録音し、書き起こして本にした。1986年~98年にかけて録音されたもの。今、2人は離婚しているが、著者はいまもクリアーで暮らしている。
トラップのほか、ハンティングや、ハンティング・ガイドも生業にしてきた。
トラッパーとしての生活の様子はもちろん、アラスカで出会ったとんでもない人たち(まさにモンスターがいっぱい)の話、大自然のすごさなど、リアリティのある話は大変興味深く、非常に面白い本だった。とうてい日本人の常識や感覚では理解できないモンスターのような人たちと、どのように交流し、縄張りに厳しい狩猟民族たちにどのように受け入れられていったか、そのあたりも本当に面白かった。
カヌーイストの野田知佑さんが取材した時の対談が面白く、また、クマに襲われて悲劇の死を遂げた写真家・星野道夫氏とも交流があったとの記述にも興味が持てた。
当時、石油パイプラインの工事でアラスカに大勢の人が集まってきた。著者がたまたま見つけて入ったフェアバンクスの「クラブ・トーキョー」というレストラン・バーも大もうけ。彼もそこでしばらく働いていたが、そこでの経験もお化け級でおもしろい。
クリアーにうつり、トラッパーやハンティング・ガイドの生活をするようになると、ブッシュ・パイロットの操縦する飛行機で猟場へと行った。滑走路ではなく、平原や道路などで離着陸するブッシュ・パイロットにも伝説の人間がいた。よくそんな状態で飛べるなあといった飛び方、無謀ぶりには閉口するばかりだが、そうした人たちも自然の力にはかなわず、非業の死をとげていく。
***(メモ)***
グズリ(クロアナグマ)やオオカミは、罠にかかった時自分の脚を食いちぎって逃げる。
地元クリアーでクマに出会ったら、鳥撃ち用の細かい散弾を撃つが、クマは毛が多いから当たっても痛いだけで皮膚の中まではいかず逃げていく。
山は4、5センチぐらいの鼠が一番手強い。大変獰猛で、丸太の隙間のこけを突き抜けて侵入し、一晩中、食い散らかしていく。
ネズミと並んで被害を受けるのは、グラウンド・スコイルという地リス。点とのどっかを食い破って入り、あらゆる物を食い破る。
ゴートの群れが150メートルの断崖絶壁で草を食べていると、クマの親子に襲われた。逃げ遅れた5、6頭がギリギリのところまで追い詰められたが、それでも5メートルぐらい降りていった。それ以上は無理。湖に落ちる。クマは半身を乗り出して、ゴートたちを襲おうとするがあと少しで届かない。クマも諦めない。体制を入れ替えつつ半日、なんとかチャレンジするがついに諦めた。
クマをハンティングして、皮を剥ぐと、コヨーテとかタカとかがあっという間に来て食べてしまう。
石油パイプラインなど大がかりな工事仕事で移ってきた人のなかには、生活に行き詰まったり、困ったりしたような人たちも来ている。「アラスカに来ればなんとかなるだろう」どん底生活の経験者。高級レストランでもジーパンと作業服でいい。
東南アラスカのコルドバにすごい人間が住んでいた。石器だけで生活している。チェンソーも斧も銃も一切使わない。どこかの大学院ぐらいの学歴があった。大迫力の人間だった。邦題「荒野へ」(集英社)で紹介されているジーン・ロッセリーニという人物だと思われる。
ハンティングのベースキャンプで、クマじゃないかと思うボサボサで真っ黒けの男がこっちの食料をむさぼり食っている。銃も持っている。チーズの2パウンドとマヨネーズ持って食っているが、ライフル突きつけても関係なし。コルドバからシーカヤックで流れ着いたらしい。食い物もらったからお返しにと斧を研いでまたシーカヤックでどこかへ行った。
写真家の星野道夫氏は、クリアーのロッジ隣のガソリンスタンドに来ていた。アラスカ大の学生時代。声をかけるとびっくりされて、住所と電話番号を交換。星野氏はクマの研究家でもあり、習性をよく知っているから山に入る時も銃を持っていかない。危ないよと警告した。日本に帰った時に星野さんの父親にも心配されて聞かれていた。星野氏は1996年ヒグマに襲われて43歳で他界。
凍結した湖の上をスノーモービルで走っていると、真ん中あたりで対岸がせり上がってくる感じ。慌てて全開するも氷がへこんでスノーモービルごと沈む。外気温はマイナス30度、死ぬと思ったが氷の下の水は意外に冷たくなかった。
ある男をハンティング・ガイド。飛行機で行った先で7日間悪天候続きでハンティングできず。迎えの飛行機も来ない。3日ぐらいで煙草が切れると、その男は粗挽きのコーヒーの粉など吸えそうなものをプレイボーイの紙にまいて吸った。あの紙は質がいいから毒ガスが出る、半日、真っ青な顔になっていた。
クラブ・トーキョーが隣で酒屋をやり始めた。店番をしていた著者。ここはよく強盗に狙われた。警察官も年中来ていて、「相手が銃と持っていたら、ぜんぶ金をくれてやれ。銃を持っている素振りを見せるな。そいつが車に乗り込んだら、銃で車のウインドウをぶち抜け。アラスカの冬は寒くてウインドウやられたらもたないから」と指導された。
独身の時はインディアンやエスキモーの人たちと同じで、動物に対する哀れみみたいな気持ちはなかった。極端な話、リンクス(ヤマネコ)が罠にかかっていると100ドル札に見えた。ところが、女房子供を持ってからは、動物を虐待しているんじゃないかなと後ろめたい思いがじわじわ出てきた。子供と一緒に、猫や犬、リス、ウサギ、クマなどの野生動物の写真を見て、「わぁ、かわいい」とか言ったり、聞いたりしていると、楽しみとして撃つというのは納得がいかなくなってきた。スポーツ・ハンティングにつきあうのはもうやめた。
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別世界のような話に途中からドンドン引き込まれた。この本の語り手である伊藤さんはとても魅力的な人だ。だからアラスカの人々の間に溶け込めたのだと思う。