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アンドリュー・ヤン、早川健治『普通の人々の戦い AIが奪う労働・人道資本主義・ユニバーサルベーシックインカムの未来へ』(那須里山舎、2020年)は2020年アメリカ合衆国大統領選挙の民主党候補の書籍である。ヤンは選挙戦から撤退したが、自由の配当(Freedom Dividend)と名付けたベーシックインカムの公約は大きな注目を集めた。
著者は台湾からの移民二世で、弁護士、実業家である。東洋人は欧米でも姓名の順序で通すというイメージがある。毛沢東は欧米でもマオ・ツートンである。移民は名姓になるのだろうか。田中芳樹『銀河英雄伝説』では名姓が一般化した世界でも東洋人はヤン・ウェンリーのように姓名を通している。
本書はアメリカ社会の荒廃を描き出す。薬物の過剰服用や自殺は交通事故よりも大きな主要死因となっている(16頁)。荒廃の原因として、人工知能AIなどテクノロジーの発達と普及が雇用を奪っていると主張する。この主張はステレオタイプに聞こえる。
特に日本ではAIが雇用を奪うという脊髄反射的な感覚に刺さりやすい。原題は「The War on Normal People: The Truth About America's Disappearing Jobs and Why Universal Basic Income Is Our Future」であり、タイトルにAIがない。ところが、邦題は「AIが奪う労働」とある。
AIが雇用を奪う議論は労働者の立場の議論である。しかし、消費者への価値を考えるべきである。AIの方が人間よりも正確かつ迅速に回答を出すならば人工知能の方が好ましい。公務員感覚の労働者は面倒臭がって一人一人に合わせた丁寧な対応をしないこともある。AIに置き換えられた結果、恣意的な対応がなくなったならば消費者にとって歓迎できる。そのような変化は積極的に進めたい。
逆にスーパーのセルフレジは消費者が商品をバーコードにかざすもので、店員の仕事を消費者に転嫁する。消費者にはあまり価値がない。このようなものは嬉しくない。
本書は機関投資家資本主義を批判し、人道資本主義を主張する(24頁)。機関投資家資本主義は大手銀行や政府機関などが経済の舵取りをする政治的かつ権力的な資本主義であり、市場型資本主義と対比される概念である(25頁)。つまり、人道資本主義は、機関投資家資本主義を批判し、市場型資本主義に親和性がある。市場原理が機能していないことを問題視しており、市場原理そのものを嫌っている訳ではない。