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空をたなびく一筋のリボンのように。
ぎゅっと握れそうなのに直前で手の中をヒラリと抜けて躱されてしまうような、掴み所が無いようでいて確固たる芯が通った作品集だと感じた。
綿矢先生がちょうど結婚・妊娠・出産というライフステージを経験されたあたりに発表された作品群との事で、その心境が色濃く反映されていると思う。
先生がご結婚されたのが2014年12月、この年に発表されているのが《ベッドの上の手紙》(14.1)と《こたつのUFO》(14.6)の二作品。《手紙》はたったの4ページにも満たない短編ながらずっしりと質量を備え、本書中でもヘソの辺りに収録されているまさに重心のような一編では。また、この話だけが男性目線で書かれているというのも異質感を強める。が、振り返ってみれば「冗談」(p66)でしかないのかも知れないが。《こたつ》は巻末解説に曰く「太宰治の短編小説「千代女」へのオマージュ。」(p198)との事。綿矢先生は太宰治に傾倒されていたとの事で、恥ずかしながらその辺りを知らず、読んだ事も無い私には真意を汲み取れたとは言えないが、本書において綿矢先生が語りたいことの大半がこの話に凝縮されていると思った。特に「皺」(p61)ひいては‘老い’というものへの毅然とした姿勢は凄まじい。
《怒りの漂白剤》という話も台風のようなめくるめく一編。「しかし平常時にまで心が揺れている今の状況は、まずい。」(p115)との感じは物凄くよくわかる。私も独り身の時はのほほんニヘラニヘラと過ごしてあまり怒らない質であったが、結婚して子どもらが出来たあたりから常に何かに対して怒りを感じる局面が多く、それは「ストレスの対象への怒り、自分への怒り。遺憾だ、残念だ、プレッシャーを感じて気が重い。これらの感情を抱えているとき、自分はしょんぼりしていると思っていたが、心の底では苦境にある自分に“なんで私がこんな目に”とほんのり怒っているのだった。」(p119)という明文化には実にハッとさせられた。そしてその解決法として「好きを好きすぎないようにする。」(p126)という提言には本当に目が醒める思いがした。一人っ子で親元も早くに離れた私は独りの時間が好きだったし、起きたい時に起き、食べたい時に食べたい物を口にし、食べたくなければそれで許されたし気まぐれに映画を観るのも旅行に行くのも好きだった。好きすぎたのだ。だからそれらが叶わなくなった境遇にほんのりと怒っているのだ。そして、知らず全てに怒り続けているから余計に疲れるのだ。
当たり前かもしれないし我儘かもしれないが読んでなんだかスッキリした気がする。
綿矢先生の思考の波濤にざっぷりとダイブ出来る小説風エッセイのような読み物。
『リボン』をしっかり握って溺れないように。
2刷
2024.5.3