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自己と他者の間にある絶対的な壁をどう乗り越えるかというのが、この作品の主題。
人は相手を信用するよう初期設定されているというトゥルースデフォルト理論。人の感情は、表情に如実に現れるという透明性の嘘を暴く誤謬。飲酒によって目の前の経験が見えなくなる近視理論。行動と場所が密接に関連しているという結びつき理論。小難しい理論を並べたが、この本にはそれらのモデルとなるエピソードがそれぞれ挿まれるので、その話により理解できる。
しかし本著が最もこだわった黒人女性のケース。この話からの学びは何だろう。サンドラ・ブランドは、車を運転中に方向指示器の合図を出さなかったとして警官に止められた。警官は車から出るように命じたが、彼女はそれを拒み、警官の対応はエスカレートする。
黒人への偏見?挙動に対しての過剰反応?素直に車から出れば良い、と先ずは思う。彼女は身体や精神の問題を抱えながらも、生活を何とか立て直そうとしていたところ。新しい街に引っ越し、新しい仕事を始めるところだった。逮捕された彼女は取り乱して泣き続け、3日後に自殺した。
アメリカの世論は彼女に対して同情的だ。確かに、警察はやり過ぎた。しかし、彼女が問題を抱えていたなんて、だから警官の指示に従わなくて良いなんて事があるだろうか。そして、自殺されても、そこまで感情移入してのケアはできない。それぞれの巡り合わせの悪さだ、と思うが。
どんな理論を並べようと、私はあなたにはなれない。世論は、人ごと。同情も、人ごとだ。その人の精神や肉体の保有者ではないのだから、他者を知るなんて事は、部分的にしか出来ない。