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芥川賞候補。
やっぱり純文学と言う物が自分にはよく分からない…
これからも強く生きていくよお母さんと言う事何だろうとは感じ取れたけど、他の深い部分までは自分の力量じゃ読み取れなかった。
ちょっと人死にすぎでは?とも思ってしまった。
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話の入りから前半はサクサクと読み進めましたが、話が核心に迫るにつれ、いろんなことを詰め過ぎているような印象を受けました。登場人物たちに起こる出来事の理不尽さは、私にとってはちょっと現実味が無く、共感しづらかったため、次から次にいろんなことが出てくるなぁという感じでした。ただ、芽衣子が「私、もう一度あの人をここへ連れてきたかったんだ。今わかった」というのを言葉にした時、こういうことってある、わかったことで救われることってあるよなぁと思いました。最期の、千夏の「嫌だったことも忘れない」というのもよかったです。
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【社会派劇作家の鋭い筆致が光る、渾身のデビュー小説】お母さん、聞こえる? 私は生きていくよ――幼くして死んだ弟、世間に抗い続けた母。ブラジルの大地に母娘のたましいの邂逅を描く。
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サンパウロ州の日本人が開拓した農場で生まれ育った芽衣子。芽衣子は本作品の語り手である千夏の母親のお手伝いをしていた。千夏と芽衣子は、芽衣子の故郷である香月農場にバスで向かう。二人とも母親を病気で亡くしており、芽衣子は酷い旦那を亡くしている。千夏の父親はいない。二人とも男運がないと言ってしまえばそれまでだが、近親者の死や母親との関係、国籍、戦前戦後の女性の地位のようなものが絡まって、なんとも重い。読みやすいのだが、人間関係が複雑で、主題を読みきれなかった。
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太宰治のお孫さんとか,そういう話しはいらない。とてもみずみずしく、親を受け入れること,親から自由になること,自分の生き様を肯定することを静かにブラジルで省察する、素敵な物語だ。
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第163回 芥川賞候補作、祖父が太宰治ということで話題になった劇作家の石原燃さんの小説デビュー作。画家の母親恭子を亡くした千夏は、母親の友人である芽衣子とふたりでブラジルへ旅に出る。ブラジルの地で千夏は母親を中心とした家族との過去を回想する。テーマは「死」であり、作中さまざまな「死」が語られる。登場人物が多く、頻繁に場面切り替えもあるので、読んでいてなかなか全体像をつかみきれなかったかな。
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身近な人の死を真正面から取り上げた作品だ。主人公の千夏は母を、千夏と共にブラジルに行く芽衣子は夫を、それぞれ亡くしている。思い出はいいことばかりではない。人には言えない気持ちもある。死者に対する様々な思いを抱えて、それでも人は生き続ける。第163回芥川賞候補作。
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亡き母の代わりに、亡き母の友人と共にブラジルの大地を踏む千夏。
広大で荒々しい、乾ききった大地に舞い上がる赤い砂がとても印象的。
表紙に広がる鮮やかな色彩のイメージそのままに、見る者の気持ちをわき立てる。
近しい人を亡くした虚無の心も、ありのままに受け止めてくれる母なる大地に包まれながら、千夏は亡き母を悼むと共に、生きる力を取り戻していく。
自分の一度きりの人生をあきらめるな。
千夏と共に私も力強いメッセージを受け取った。
あの太宰治の孫、しかも芥川賞候補作という好奇心から読了。
お祖父さんの作品同様、私にはちょっと手強く、読み終えるのに苦労した。
敢えて比較するならば、太宰治がマイナス思考なのに対して、お孫さんは物事を肯定的に考えるプラス思考の人なのかな。
生も死も全てをそのまま受け入れる母性を感じた。表紙がとにかく綺麗で一枚の絵としてずっと眺めていたくなる。
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太宰治(津島修治)の孫であり、津島佑子の子。
その身の上を知ったのがきっかけで、読もうと決めた。
比較したいという気持ちはなく、どういう文章を書くのかとても気になった。
母親を亡くした主人公・千夏と、夫を亡くした芽衣子。
芽衣子が育ったブラジルへと旅立った二人の姿を見ていると、景色や習慣は初めて知るものばかりなのに、なぜかとても懐かしい気持ちになった。
読み進めていくうちに、私の記憶が掘り起こされるような感じがした。
千夏の母親が亡くなるシーンでは、今年の夏に亡くなった私の義母のことを重ねてしまい、胸が苦しくなった。
身内を亡くして不安定に揺れる気持ちを、旅の中で記憶とともに少しずつ受け入れていくような物語だった。
とても好きな作品だった。
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読みながら「光の領分」のさまざまなシーンを思い出した。 光あふれるビルの一室、 屋根になげられたおもちゃ、 飲んだくれてベッドから出てこない母親、 そして、娘を連れ出したままなかなか帰ってこない別れた夫への平手打ち。 このシーンが、「赤い砂……」にも出て来た時はどきどきした。 繋がっているってすごいな。 自由奔放な母親は、死ぬまでそうやったんかな。 「子どもには親を嫌う権利があるんだから」 かもしれん。 どうぞ嫌ってくれてもええよ。 たこ八郎の「迷惑かけてありがとう」って言葉も思い出した。
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「芽衣子」の生まれ故郷のブラジルへの旅において、似た光景を見る度に、過去のエピソードが時系列バラバラに織り込まれる構成は、初読だと分かりづらい部分もあった中で、後半突然に訪れた「千夏」の、母親「恭子」への想いに、こみ上げるものがあった。
それは、お互いの存在意義を認め合うこと。親子だけど対等に相対する関係は、再読すると、その想いに至った過程が丁寧に積み重なっているのが分かるし、既にそうした想いで旅に臨んでいた千夏の気持ちを考えると、また異なる趣がある。
弟「大輝」の死、浅ましい義父、大輝の絵を描き続ける恭子、憶測で偉そうな一般論をひけらかす周囲の他人たち、病気の恭子への気遣いが支配欲だったと悟った千夏、等々、バラバラな構成が実は綿密に組み合わされていることに気付かされる。
そこに加わるのが、恭子の友人の「芽衣子」で、彼女は彼女で、アルコールに依存する夫や、おそらく外国籍を理由に厳しくあたられた義母に対する悩みをもっているが、彼女なりの努力で対応する。
千夏と芽衣子は恭子を共通点に知り合い、それぞれ家族の死をいくつか迎えながらも、お互いの細やかな話でそっと支え合っている光景に、ブラジルの暖色系の風景描写と過去の出来事の寒色系の対比が、重なる様は、なんとも言えない感じがある。
芽衣子の夫や義母にしても、実は同情するような出来事があって、それを思いやる芽衣子の行動が、少々行き過ぎているのではないかとも感じたが、芽衣子の本音も後半に明らかにされ、そこで彼女なりの思いの深さを知る。ここが、上記した千夏の恭子への想いと重なり、これは千夏と芽衣子それぞれが主人公の物語なのだと思った。
最後に、最も印象深かったのは、千夏が、恭子と大輝の死の事実を肯定することで、自分の人生を肯定することになると思ったことです。家族の素晴らしさを感じました。どんなイレギュラーなことがあろうとも、死が訪れようとも、存在意義はある。
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近しい人の死。故人に思いを馳せるとき、故人への懺悔と後悔、葛藤、さまざまな思いが駆け巡る。
どんな関係性であれ、故人の思いと対峙し、思い出を一つひとつ辿り内省することは、辛くても、その人との関係にきちんとした決着をつける儀式の様なものかもしれない。そのような内省の旅に、ブラジルの風景がしっくりと合う。
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太宰の孫で、津島佑子の娘、まあ、なんというか、「小説」を書くということに勇気がいったでしょうねえ。今どき、「太宰の文章と比べてこの人は・・・」なんていうことを言われる人も言う人もあるとは思えないのですが、この出自だけで言われそうですよね。
お若い方かと思って読みましたが、幸田文のデビューを思わせるお年のようで、次にどんな作品をお書きになるのか、ちょっと楽しみですね。
ブログであれこれ書いてます。そちらもどうぞ。
https://plaza.rakuten.co.jp/simakumakun/diary/202112110000/
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お母さん、聞こえる?
私は、生きていくよ。
幼くして命を落とした弟。
心ない世間の声に抗い、それでも母は、自由に生きた―。
ブラジルの大地に舞い上がる赤い砂に、母と娘のたましいの邂逅を描く渾身のデビュー小説。
(アマゾンより引用)
何か話があっちこっち移動して分かりづらい
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面白かったと同時に読んでいて少し苦しかった。家族と何かわだかまりがある人は読んでいてわかるところがあると思う。
自分の人生を否定したくないから、その人の存在を含めて肯定したい。よかったところだけ覚えておけたら。
お母さん、聞こえる?私はかわいそうじゃない。嫌だったことは忘れない。でも生きていくよ。
太宰治の孫の作品だとは読んだ後に知った。