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まず第一に、本書は全くの初心者に向けたものではないことに注意が必要です。
ジャズの演奏をすでに始めていて多少の経験があり、専門用語の基礎知識をすでに少しは知っている、なんとなく理解しているという人が対象になっています(私です)。
とはいえ紹介される専門用語は豊富で、おそらく多くのプレーヤーが聞きなれないのではないかという言葉もあります。そのような専門用語の説明は、今ひとつ丁寧でない気がします。説明なしに登場して、後述、という用語もあります。新しい知識の記憶もそこそこに、勢いでどんどん読み進みたい人(私です)のために、巻末に索引が用意されていればよかったかと思います。専門用語が多いことで、ジャズの理論にあまりかかわってこなかったプレーヤーだと、中には途中で面倒になってつまづく人がいるかもしれません。本書は実際に聴衆の受講生を前にした10回の講義イベントで行われた内容の文字起こしを元にして書かれていて、完全な原稿が用意されてたわけではないんだろうな(ジャズマンなんだし!)、と思わせてくれます。もしかすると本書に先立って刊行されている納浩一著「ジャズ・スタンダード・セオリー」を先に学んでおくといいのかもしれません。
本書の始めのほうには #5 と ♭13 の違いについて説明があります。あ、やっぱり、と思いました(まだ少し自信ないのるのですが。ですが)。
肝心な演奏者のための解説の内容としては丁寧で、実際の演奏に役に立つ内容がたくさんあると思います。やたらに多くのスケールの種類を紹介する専門書もあるようなのですが、スケールも実用的なものを選んで挙げられているようです(教える先生による?)。ただ、ホールトーンスケールの記述はあってもよさそうなのに、なかったですね。
スケールの選択については、私がこれまで勝手な感覚でなんとなく選んでいたスケールと整合が取れているのかどうか、現状まだ理解不足なので、腰を据えて取り組む必要がありそうです。
また、あるメロディーと半音違いの音がメロディーと重なると濁ってきたなく聞こえる、という説明は、いまひとつ納得しかねています。低音の領域ではそうでも、中高音や1オクターブ程度離れていれば違和感を感じないことはあるのではないかなと(個人的な感想)。
実際に頻繁に演奏されるスタンダード曲が何曲もアナライズ(解析)されて、どんなスケールを想定してアドリブできるのかをていねいに解説していることは、高く評価できると思います。難曲になってくると思いのほか複雑で、また、正解は一つではなく、かなり面倒で時間がかかる作業となり、まだ詳細は理解が追い付けていません。私は未読ですが先行書籍の「ジャズ・スタンダード・セオリー」にも、本書と同様にアナライズされた曲が多数掲載されているのかもしれません。
本書中で曲の全体がアナライズされている曲:
- Mac The Knife
- All of Me
- There Is No Greater Love
- Softly As in a Mornin Sunrise
- Just Friends
- Blues (基本的な 3 パターン)
- All The Things You Are:
- Blue In Green
- Nardis
- On Green Dolphin Street
- Dolphin Dance
- Giant Steps
- Count Down (8小節のみ)
中には、理論としては外れているけれどもうまくサウンドするという説明など、まさに実践的な内容なのが好感されます。理論がすべてではないという意味ですね。
本書最後のシメの難曲 Dolphin Dance の解析では、これで決まり!とはならず、納先生自ら悩みながら書かれています。そうかあ、プロでも完全に理解して演奏しているわけでもないのだ、などと、妙に納得しました。
また、All The Things You Are については、スケールのアナライズだけでなく
- ガイドライン例
- ガイドラインを使ったアドリブの例
- モチーフデベロップメントによるアドリブ例
- ガイドラインとモチーフデベロップメントの組み合わせ例
- リハモ例
の対象としてみっちり解説されています。
Blue In Green のアナライズでは、著者は曲のキーを Dマイナーとみなしていますが、B♭メジャーにも聞こえうるとしています。個人的に私の場合は Dマイナーで始まり、最後の3小節が Aマイナーに聞こえます。ただしこのうち最後の 1小節 Dm△7 は AマイナーからDマイナーにつなぐピボットコードに聞こえます。頭が固いためか、曲のキーとして B♭メジャーには聞こえないようです。
アッパーストラクチャートライアードのページでは、ドリアンに対してドミナント進行するコード(5度上またはその裏コード)で使えるスケールを使う、という技も紹介されています。これも知らなかったのですが、使いたいです。
「ガイドライン」を使ったアドリブの方法の解説は、私にとって目から鱗が落ちる内容でした。実際に試してみると、転調のときに迷ってつまづきやすいですが、慣れてくれば私でも使えそう。
また、分子も分母もコードで、重ねて記述する縦積み分数コードがあるらしいのは何となく知っていましたが(3段積みもあるらしい)、実物は見たことはなく、実用的なのか疑っていました。しかしバークリー音楽大学では普通のスラッシュ(/)コード(ベースを分母にする分数コード)とは明確に区別して教える、ビッグバンドでは実際に使われている、などと知って驚きました。この縦積み分数コードについては、演奏の方法のみ書かれていますが、実際にいつこんなコードが必要になるのか、は気になりました(本書の趣旨からははずれてくる)。
本書に現れないことで気になるのは、ピアノの左手やギターでも頻繁に使われ、特にモーダルな曲で多用される、4度重ねコード(4thコード、4度ヴォイシング、例 C F B♭)です。5度を加えた sus4 (C F G Bb)についての丁寧な考察はあるのですが、4度重ねコードは独特の浮遊感があって、sus4 とはまた違うと思っています。
急ぎで読んで十分な理解にまでには至らないのですが、先行著書「ジャズ・スタンダード・セオリー」を学ぶと理解が早いのかもしれません。