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民主主義のための社会保障 香取照幸
1月は社会保障をテーマにインプットを続けていたが、自分自身の問題意識とピッタリの題名の本書がAmazonでレコメンドされ、すぐに購入、読了した。
著者である香取氏は元厚生省官僚であり、内閣官房に在籍時に「社会保障・税一体改革」を取りまとめた社会保障のスペシャリストである。また、直近はアゼルバイジャン特命全権大使でアゼルバイジャンに赴任しており、最新のヨーロッパ・海外からの日本の評価にも触れている。
個人的に、コロナ禍における世界の混乱やトランプ支持者による国会議事堂占拠など、民主主義への危機感は募るばかりである。そして、民主主義の危機の一つの原因が、格差の拡大である。社会保障は格差を是正する富の再分配機能を担う。社会保障が機能せずして、民主主義の前提となる分厚い中間層の維持はままならない、そんな危機感を持って本書を手に取った。
香取氏は、社会保障の意義をまさしく1ページ目で簡潔に示している。
社会保障とは「市民が直面する様々な生活上のリスクを社会連帯の仕組みを通じて軽減することで市民が貧困や生活困窮に陥ることを防ぎ(防貧機能)社会の安定を守る(民生の安定)とともに、市民一人ひとりが思い切って自分の可能性に挑戦できるようにすること、まさしく市民の自己実現への営為を支えることにある」としている。つまり、社会保障とは防貧による民生の安定を実現し、市民の自己実現、そして社会の持続的な発展に寄与するために仕組みである。
ゆえに、社会保障の機能不全は何をもたらすかといえば、市民の貧困化・中間層の没落→民生の不安定化を起こします。そして、中間層が没落は自立した市民の減少を意味し、その結果、さらに社会保障制度への負荷がかかります。そして、継続的な負荷であり社会保障が機能不全を悪化させ、格差はさらに拡大します。最終的には中間層の崩壊による消費の減退が起き、市場が縮小、そして、経済成長にストップがかかります。
この流れを見るだけで、社会保障の重要性を痛感しますが、実際に現在、上記のような流れはできつつあります。
本書で取り上げられているテーマは同じ厚生省官僚の山崎氏による『人口減少と社会保障』と重複する部分があります。しかしながら、『人口減少と社会保障』に比べ、社会保障と経済成長の関係性について、詳しく述べている点です。
本書でも、日本の社会保障が人口増加トレンドの中で、高齢者を現役世代が支える制度設計にあることを指摘します。さらに、非正規雇用が浸透しておらず、家族による紐帯を前提に、現役世代における困窮者に対しては社会保障を頼る前に、一定レベルで会社や家族で面倒を見るという認識の中で、現役世代への支援はそこまで重点を置かれていませんでした。
しかしながら、現在では非正規雇用の拡大や核家族化や孤独化、人口減少など、社会保障制度を設計した当時の前提はなくなっています。そうした中で、現在は現役世代への支援にも注力した全世代型の社会保障へのシフト、および年金制度における現役世代への負担軽減が叫ばれています。
本書で印象的であったのでは、人口減少に対する対策とマクロ経済スライドを前提とした経済成長のために社会保障という観点です。
まず、1点目に少子高齢化と人口減少に対する対策ですが、現在、少子高齢化問題に対しては少子化克服戦略と少子化対応戦略を行うことが述べられています。少子化克服対策とは、単純に子育て支援を中心とした出生率向上を目的としています。そして、少子化対応戦略とは、少子高齢化における現役世代の負担を少しでも軽くするために、社会保障における担い手(女性や高齢者)を増やすことを目的としたもので、主には雇用延長や女性の社会進出です。それぞれの対応策は至極真っ当ですが、実際にやるとなると、女性への負担はかなり大きなものになります。これまでの日本社会は女性に対して、働くか子供を産むかの二択を迫ってきました。そうした状況の中で、少子化克服と少子化対応を行うということは、女性に対して、出産することと働くことを求めるという極めて困難な要求をすることになります。しかしながら、現在の支援体制ではほぼ無理といっても過言ではありません。少子化克服と少子化対応を同時に実現するには、男性の育休取得による女性の職場復帰への時間短縮化や、育児休暇時の手厚い収入補償などの政策の変革が必要です。そして、そうした支援体制は国家だけでは不十分であり、企業自身もその担い手になる必要があります。少子化対策への成功事例として紹介されるフランスでは、これらの少子化対策の6割を企業が拠出しています。現在の日本市場はジリ貧となっている日本のマーケットで小さいパイを取り合うことに終始しています。長期的なマーケットのパイそのものの拡大のために、企業が主体となった少子化対策が必要であり、福利厚生制度の一環として、各社が組み込むべきであると考えます。現在、健康経営という概念が急速に叫ばれているのは、労働者を使い倒すという短期的な利益追求の致命的な欠陥に社会全体が気付き始めているからであると考えます。企業全体として、従業員の育児に対する支援体制を整えることに取り組む必要があります。
二つ目は経済成長のために社会保障という視点ですが、人口減少社会において、年金制度の延命機能をビルトインしたのがマクロ経済スライドです。マクロ経済スライドの導入は端的に言えば、「現役世代が生産する付加価値の範囲内で年金を給付するシステム」と言えます。つまり、現役世代の生産する付加価値によって、年金額が決定します。社会保障費の財源の約半分は国庫支出であり、その支出は赤字国債によって成り立っています。社会保障制度、さらに言えば社会保険制度として自立するためには、付加価値の増大、つまり経済成長が必要となります。世界市場はこの30年間で約2倍に成長しました。しかしながら、日本はわずかな成長しかしていないため、日本のプレゼンスは単純計算で1/2です。経済成長に有用である有効需要の創出や消費性向の最大化には、やはり社会保障制度を基盤とした格差の是正が必要となります。富裕層は、消費が飽和しています。消費が飽和しているゆえに、余った資産は運用します。そして、その運用により、さらに資産を増やすことができます。しかしながら、富裕層がいくら資産を増やしたところで一向に消費は増えません。消費性向の減退の要因である中間層の転落を早急に解決しない限り、消費性向は下がり続け、社会全体として生み出す付加価値を上げることはできません。そして、付加価値を上げられなくなった社会では、その分の年金しか支給されません。
上記2点が印象に残った点ですが、『人新世の資本論』では、経済成長に対して否定的です。日本は赤字国債という形で次世代に負債を残し続けていますが、経済成長を実現した国もまた経済成長の名のもとに正当化された環境破壊によって後世に負担を残していると、『人新世の資本論』では指摘されています。無論、日本一国の社会保障問題は憂慮すべき問題ですが、環境問題という新たな変数も織り込んだ、環境や制度などの社会共通資本を含めた、最適化という議論もまた、されたしかるべきでしょう。
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社会保障の役割は安定的な中間層の形成のための防貧にある。安定的な中間層が民主主義を支える。競走は良い。格差は課題。
さすがという感じ。勉強せねばと、思った。日々の業務に時間とエネルギーを取られすぎて、何も勉強できてない。経済と英語。社会保障。今年の目標、学ぶ。
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前著『教養としての社会保障』は、厚労省官僚として「社会保障・税の一体改革」をリードした著者が、「社会保障は経済成長のために不可欠」であるということを、
・経済成長のためにはイノベーションが必要
・しかし、イノベーションはむしろ失敗の方が多いのが現実
・そこで、社会保障はセーフティネットとして、失敗しても再チャレンジできる環境を整備することで、イノベーションのようなチャレンジを促進し、経済成長に貢献する
という論旨で主張した名著であり、個人的にも社会保障の意味合いを再考するきっかけとなった一冊であった。
厚労省を2017年に退官した著者による本作は、その主張をさらに推し進めている。具体的には、社会保障による低所得層への所得移転は消費需要の活性化をもたらし、経済成長の起爆剤となるというのが、本書での主張である。
また、本書では具体的な所得移転を考えたときに、企業、特に赤字によって所得税の支払いを猶予されている多くの中小企業の存在を問題視しており(このあたりは当然、デイヴィッド・アトキンソンの強い影響下にある)、全てに賛同するわけではないが、大企業・中小企業問わず、企業の社会的責任として投資や分配を今以上に義務付けべきである点には強く同意する。
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社会保障の問題は経済や社会とも関わってくることを分かりやすく解説されています。民主主義を維持するためには中間層を支えて分断を防ぐ必要があるし、国民が作り出した付加価値を分配する手段としての社会保障が重要…と理解しました。
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前著に増して憂国の感じが強い。最初から世界の市場が一つになっていることに対応した人材かぁ。耳が痛い。
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前半は前著の焼き直し?のような印象もあったが、後半の経済の関係の分析、世界からみた日本の至らなさのくだりは、まさにその通りと感じたし、自らも大いに反省するところがあった。もはや取り組むべき方向は決まっているようにも思わされるが、実現にはたくさんの合意、調整をしていかなければならない。
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前作が印象的だったので読んでみた。社会保障の目的が富裕層から貧困層への所得移転である救貧でなく、社会を安定させる中間層の貧困化を防ぐことというのは目からウロコだった。
最近、良く話題になる再配分などを深く考えるヒントになると思う。
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日本というブランドを信じていたのですが、海外から見れば既に後進的な国である、というがハッキリ分かりました。
もらえる年金がいくらか、も大事ですが広い視野で制度や問題全体を見ないといけないと思いました。
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前著「教養のための社会保障」と被るところもあるけれど、社会保障の大切さ、その課題が分かりやすく書かれていて、もっと社会保障に関心を持たなくては(個人的なミクロ視点だけでなくマクロから)と思わされます。
日本か、こういう本がたくさん出て、たくさん買われる国であってほしいなと思います。
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前著『教養としての社会保障』から、そこまで大きく内容がアップデートされている感じではない。同様のテーマを同じ人が少し違う視点で書いている、という意味では、続けて読むと勉強にはなる(繰り返しという意味で)が。