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『カルカッタの殺人』から一年。
1920年6月のインド、サンバルプールが舞台である。
世界で5番目に裕福な藩王の治めるこの国は、前回のカルカッタがおとなしく見えるほどに、素晴らしく豪華でディープなインドである。
サミュエル・ウィンダムは警部である。
スコットランドヤードにいた。軍の情報部にもいた。戦争にも行った。
そして、ついにイギリスになんの未練もなくなって、今はインド帝国警察の警部でいる。
部下は、スレンダーノット・バネルジー。
本当は、サレンドラナート"神々の王"という名だが、発音できないイギリス人から、そう呼ばれるようになった。
バラモンの家に生まれ、ケンブリッジ大学に行ったインドのエリートである。
そんな二人の目の前で、暗殺事件が起きた。
もちろん、二人は捜査をする。しかし、どうにもはかどらない。
証拠を追って行きたいと上司に願い出たが、言下に否定された。
『「論外だ、サム」タガートは言って、わたしのほうを向いた。「サンバルプールはイギリスの領土じゃない。われわれに捜査権はない」』(74頁上段)
しかし、そこはさすがサミュエル警部、機転をきかせて、軽やかに物事を推し進めたのだ。
向かう先は、ベンガルの南西部オリッサの藩王国、サンバルプールである。
白檀の香りがするタオルの用意されたお召し列車で着いたのは、正妻が3人、嫡子が3人、側室は126人、その子が258人からなる後宮と、嫡子の誕生を祝って、70を過ぎたマハラジャがプールをシャンパンで満たしたという宮殿、スーリヤ・マハール"太陽宮"だった。
『「宮殿というのは伏魔殿なんです。権謀術数が渦を巻いていて、忠誠を尽くす相手はころころと変わります。・・・・・・』(114頁下段)
『「誰を信用していいか慎重にお考えになったほうがいい」』(115頁上段)
深刻な顔をした駐在員には、そう忠告された。
誰も信用できないが、この地の勝手がわからない。
移動には案内人と車――メルセデス・シンプレックスや、アルファロメオ20/80が必要だ。
後宮は桁はずれで、そこの女性には男性が口を利くことが許されない。
乳母はイギリス人、運転手はイタリア人、シェフはもちろんフランス人。
狩りの対象は狐ではなく虎で、阿片は驚くほど上質、オムレツにはトウガラシが多すぎる。
『「われわれは野蛮人じゃありません、警部。どんなところだと思っていたんです。ベンガルの太守がイギリス人を大量殺戮したカルカッタの牢獄ですか」』(121頁下段)
わけても特徴的なのは、この国の信仰だ。
マハラジャから下々の者まで、国をあげて祀っている神がおわす。
『タガートは訊いた。「外見は?」
バネルジーの顔に困惑の表情が浮かんだ。「ジャガンナート神の外見ですか?」』(29頁上段)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%82%AC%E3%83%B3%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%83%88#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Statues_of_Lord_Jagannath_at_Bhubaneswar.jpg
その御姿はこれだ。
ヒンドゥーの神々はたいてい人の姿をして���る。肌が青いのや、頭部だけが象の姿をしている神もいるが、人の形をしている。
なのに、このジャガンナート神の様子は、異形だ。
話を聞こう現地に行こう動こうとするたびに、サミュエル警部は驚いたり戸惑ったりすることになる。
そして、読者もまた、サミュエルと同じように、驚いたり戸惑ったりするのである。
『「ここはインドなんです、警部。大英帝国の擁護者や東洋学の教授が信じこませようとしていることを前提にするのではなく、ありのままを見るようになさったほうがいい。でなければ、いつまでたっても、わたしたちを理解することはできないでしょう」』(231頁上段)
サミュエルとバネルジーが、頭を絞り、足を動かし、時に銃をつかって事件を追う点もさりながら、インド、しかもディープなインドの藩王国のあちこちを訪ねられるのもまた大いにこの本の魅力である。
しかし、ただ一点、私にとってまったく残念なのは、料理にまつわるあれこれがほとんどないことだった。
『カルカッタの殺人』では不味い料理をあれほど文学的に描写していたというのに。
その文学的素養と教養とを、美味しい料理に対して使って欲しいと願っていたのに、まったくない。
『インド人にとって、料理に半ポンドのスパイスが入っていないのは大罪であり、朝食であろうと例外ではない。それはそれでけっこうだが、イギリス人には朝は一枚のトーストと一杯の紅茶でいいと思うこともときにはある。』(97頁下段)
そういって、サミュエル警部は、列車の朝食を遠慮してしまった。
その朝食イドゥリとは、米と豆の粉を発酵させて作った蒸しパンである。
それにピリッと辛いカレーやソースを添えるのだ。
食べようよ! と、思わず私は声をあげた。
そして、語ろうよ! 文学的に述べようよと。
どうも、サミュエル警部は食にあまり関心がないらしい。はなはだ残念なことである。
さて、このシリーズは間違いなくおすすめなのだが、中でもショーン・ダフィ・シリーズがお好きな方にはより強くおすすめしたい。
片や20年代のインド、片や80年代のアイルランドと、舞台は違っているのだが、どちらもイギリスの統治下であり、主人公はどちらも警察官で、独立独歩の気性で、読者には饒舌だが、女性に対してはうまくない、めんどくさい男である。
そんな男の目を通して、その地、その時、その歴史を、体感したい方々に、強くおすすめする。
この『マハラジャの葬列』はシリーズの2巻目になる。
いきなりこちらを読んでも、問題なく面白い。
けれども、面白かったから、さて1巻『カルカッタの殺人』をとなると、やはりどうしても興が削がれる点がある。
作者アビール・ムカジーは、インド系イギリス人、もとの職業は会計士である。
40歳の時、『 自己のアイデンティティを確立するために、イギリスがインドを支配していた時代を理解しなければならないと思った』ために小説を書いた。(『カルカッタの殺人』あとがきより)
それがシリーズ第一作『カルカッタの殺人』である。
これがデビュー作にしてベストセラーとなり、こうして続巻が出され、人気シリーズとなった��だ。
1年に1作のペースで出版されて、2021年11月には5巻目が予定されている。
Amazonを見れば、どの巻も5~600もの高評価がつく作品なので、面白いことは保証付きだ。
日本でも次々と翻訳出版されることを、強く望んでいる。
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1作目『カルカッタの殺人』の印象が強くあって、今作はその雰囲気を無難に置きにきた感がしないでもない。後宮事情は興味深かった。
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シリーズ2作目。前作より1年後。
ウィンダムとバネルジーのコンビは相変わらずだが、アニーの変貌にびっくり。1年でそんなになるか?
話としては今回は藩王国が舞台だった影響もあるか、英国統治下のインドの情景が色濃かった前作に比し、普通のミステリーという感じ。
次作は再び舞台がカルカッタとのことで期待。
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1920年代のインドの状況、イギリスに与しないマハラジャの治める国の描写が面白かった。前作もそうだが、知らない文化と人々の営みが緻密でまるでボリウッドを観てるかの様。ミステリそのものはありふれてるから迷ったが☆3個。
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1920年、インド・カルカッタでサンバルプール国王太子が車中で射殺された、車中にはウィンダム警部とバネルジー刑事部長も一緒だったが、犯人は逃亡し自殺、王太子は死亡した。
王太子の葬儀がサンバルプール王国で行われウィンダムとバネルジーは葬儀に向かい王太子殺害事件の真相を探る事となった。
舞台は、カルカッタから遠いマハラジャの国サンバルプールは地方の田舎街だが、幻想的で豪華絢爛な宮殿が思い浮かぶ。ストーリーはウィンダムとパネルジーの行動は現代なら違法捜査や不法侵入等のルール違反が多くて、ほぼ物語として成立しないが、時代的には何の問題も無く捜査がスムーズに進んで行くが、登場人物全員が怪しい、
2人の妻と100人以上の側室とその子供達、亡くなった王太子の弟や異母兄弟、イギリス人の財務官や王宮警察官僚、王妃や王子達の愛人等、物語がとても上手く構成されているので悩み所満載だが、物語はシンプルで煩わしい思考の必要が無いのでひたすらに刑事達の行動に浸る事が出来、面白い。時代小説ならではです。
また、シリーズ1作目の''カルカッタの殺人''同様にユーモアセンス抜群でミステリー小説なのに時々笑いが出てしまう。
ウィンダムが後宮に聴取に行くと言うとバネルジーは宦官と同様に去勢する必要が有ると教えると、ウィンダムは''君の母親の言う通りに結婚させられる事は無くなるからいいじゃないか'' と、、おまえが行かんのかい! とツッコミを入れたくなる。
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ゾウさんのところで映画『バーフバリ』を思い浮かべたり、カルタゴのハンニバル将軍思い出したり。
第1作から第3作目まで並べたら、表紙がかわいいのな。
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シリーズ第二弾。1920年の英国領のインド。その中にある半独立国のような藩王国。そこでの事件にイギリス人のウィンダムとインド人のバネルジーが捜査する。前作同様にこの時代のインドの様子、権力者の持つ力、イギリスへの憎しみと読みどころはたくさんあって面白くどんどんと引き込まれていく。事件の裏にある駆け引きや裏切り、インドの国としての動きなど時代の動きも感じられる。ウィンダムとバネルジーのコンビも深まってきてこの先がますます楽しみになるシリーズ。
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英国統治下のインドで捜査に挑む、帝国警察のウインダム警部とインド人部長刑事バネルジーコンビのシリーズ第二作。
今回は『藩王国』が舞台になる。
聞きなれない言葉だったので調べてみたら『イギリス従属下で一定の支配権を認められていた藩王(prince)の領国』という説明だった。作品を読み進めると藩王であるマハラジャといえどインド国外に出るには英国総督府に旅券発行の申請をしなければならないし、インド政庁に財務報告書を提出しなければならないという義務があるとのこと。
だが政治や宗教、慣習や文化は認められているし『藩王国』内での捜査権は英国帝国警察といえど無い。
それをやってしまうのがウインダムの強引さとバネルジーの家柄の高さ。
カルカッタで暗殺されたサンバルプール藩王国の王太子とバネルジーは、英国ハロー校の同窓であり懇意とまで言えなくとも王太子から『厄介事』について相談されるほど頼りにされていた。
彼の本名はサレンドラナートというのだが、ベンガル語で『神々の王』という意味。またカースト上ではバラモンであり、王太子より上になるとのこと。確かに王太子と御学友であってもおかしくはない。
そのため、バネルジーは帝国警察の代表として、ウインダムは私人として葬儀に参列するという名目でサンバルプール藩王国で捜査をすることになる。
そしてもう一人、ウインダムが未練たらたらなアニーも来ている。
なんと王太子とも親しくしていたと言うではないか。それも王太子の弟・プニート王子から専用飛行機を手配してもらってサンバルプールでの葬儀にやってくるという高待遇。
プニート王子もアニーに執心しプレゼント攻勢を仕掛けるし、周囲の要人たちも虜にしている。まるで『ルパン三世』シリーズの峰不二子のような女性だ。
ウインダムはインド人のバネルジーとルームシェアをしたり、インド人とイギリス人の混血であるアニーに魅了されたりというところからあまり民族差別のような意識はないと思っていたのだが、意外にもこの作品では複雑な心境が吐露されている。
つまり、インド人男性が白人女性と恋に落ち、白人女性がそれに応えることが受け入れられないという感情だ。その逆はOKなのだが。
だがその心境はウインダムだけではない、現地のインドの人々にもある。サンバルプール王室の男性が白人女性を王妃として迎えることに対して非常な抵抗感を持つ民衆は多いということだ。
それはその時代的社会背景もあるだろうし、宗教的価値観によるものもあるだろう。単純に時代錯誤だと批判できない。
それを考えるとアニーは相当苦労したのではないだろうか。彼女がこれほど多くの男性を魅了するようになるまでにどれほどの努力と経験と勉強をしてきたのだろうと思うと、違う感情も湧いてくる。
もう一つ、ある登場人物の言葉『真実と結果は別物』であり『真実はかならずしも正義ではない』というのが印象に残った。
ウインダムのような英国人にとっては赦しがたいことであっても別の立場の人間からすれば受け入れるべきこと、逆に誰かにとっては大問題���あってもウインダムにとっては無視できるほど些細なこともある。
同じ言葉でも人によって全く違う意味になるというのも興味深い。
この作品ではあまたある動機のなかで何が当てはまるのか、そして犯人は誰なのかという点において最後まで二転三転して忙しかった。
いくつか疑問が残ったものもあるが、それも含めて『真実』ということだろうか。
それにしても事件に振り回され政治に振り回され宗教に振り回されアニーに振り回されインドという土地に振り回されれば、阿片も吸いたくなるのも分からなくはない。絶対ダメだけど。
※シリーズ作品一覧
(全てレビュー登録あり)
①「カルカッタの殺人」
②「マハラジャの葬列」本作
③「阿片窟の死」
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本編とは別にさ、毎度毎度「その前にやらなければならないことがある」て流れの後、アニーに会いにいくのやめてくれんか?笑
この時代ってそれがそんな最優先なの?英国のマナーなの?そもそもアニーて最初からかなり怪しくない?主人公が無能に見えてきた。それでも次も読むけどね!
カルカッタの殺人でも思ったけれど、歴史や宗教、当時のインド情勢の描きかた、そこでの人種差別に基づく人間関係・利権が絡んでくるあたりが面白いし興味深い。
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前作『カルカッタの殺人』のレビューにて、「早いとこ次の現場に急行せねば!」と大口を叩いてから1ヶ月強。他の作品に気を取られてかなり出遅れてしまったが、こちらの2人も手遅れだったようだ。
2人というのは主人公ウィンダム警部とその部下バネルジー部長刑事のこと。
2人が警護していたにも拘らず、不覚にも藩王国の王太子が序盤で暗殺されてしまった。その刺客にも後々死なれてしまい窮地に陥るという、早々から手に汗握る幕開け。
都市部のカルカッタとは違い舞台となるサンバルプールは藩王国で、珍しく英領に入っていない。おまけに被害者(王太子)の生まれ故郷とは言え、ウィンダムらが所属する帝国警察には捜査権がなく…。
彼らはどう出るのか?この先は手に汗握るどころか、身を乗り出すことにもなる。
バネルジーが上司(兼ルームメイト)のウィンダムに自由に意見や質問をするようになっているのが良い変化の一つだった。前作終盤で、ひょんなことからすることになったルームシェアが攻を奏しているのか。女性が苦手なところも次作では克服出来ているといいね!(誰目線…)
本作は全体的に豪奢。近代化が進みつつも、エキゾチズムに溢れる王朝文化が好奇心をくすぐってくる…(にやり) マハラジャの宮殿やマリーゴールドに彩られた王太子の葬儀。映像化する際は是非総力を上げて再現して欲しい。(だから誰目線…)
「ありのままを見るようになさったほうがいい。でなければ、いつまでたっても、わたしたちを理解することはできないでしょう」
ラストは後味が悪い…というか、ぼやけた味がした。ことの成り行きに身を乗り出したまでは良かったが話は前進しない、手がかりになる人物らを毎回あと一歩のところで逃したりと色々歯痒かった。
あとサンバルプールがイギリスの統治下であれば、より綿密な調査や真犯人を公正に裁くことも叶っただろう。綺麗に幕も閉じられたはず。
だが2人をここまで遠回りさせたのは、他でもない藩王国。インド自体が(イギリスからの)独立への気運に揺れる中で、未だに独自の文化や産業で成り立っている。勿論独自なのは法律(実質的には習わしかも)も同じ。だからラストの時点で「あれからどうなった?」「これからどうなる?」な人物がわんさかいても、その国ではお構いなしでいられる。
それがぼやけた味の正体かもしれない。
次作は全く別物の事件で舞台は再びカルカッタに移るみたいだから、これ以上本案件に携わることはないだろう。
もし作中に入れるなら、終盤のモンスーンにあたって頭をスッキリさせたい気分…
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本作も面白くて夢中で読んだ!
象や虎、マハラジャたちの豪華絢爛な生活。埃っぽい農村や豪雨。全ての描写に異国情緒やその時代特有の空気感を感じることができ、それが楽しみでどんどん読み進めた。
インドが舞台の小説はあまり読んだことがない中で、この作品は単なるミステリーに留まらず、どっぷりインドの世界観に浸ることができるのがうれしい。
最後のオチはなるほどね〜思ったものの、結局カルカッタの駅で私服のドーソンが何をしていたのかがよく分からず気持ち悪い。
たまたま居合わせただけなの?
あとまあ別にいいんだけど、ウィンダム警部は女性にうつつを抜かしすぎな気がする…別にいいんだけど…
シリーズ1冊目も2冊目も、たった数日のうちに目まぐるしく物語が展開している中、よくそんなにしょっちゅうアニーやペンバリーのこと気にかけてられるね?!とちょっとびっくりしてしまう笑
ただそこも含めたウィンダム警部の人間くささ、バネルジーの素直さに好感が持てる。
二人の掛け合いはもう少し多くてもいいんじゃないかと思うので、次の作品に期待!
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この著者の作品は、ほとんど知らないインドと英国の関係や歴史なんかが知れるところに興味の半分がある。3冊読み終えてしまった。
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1920年6月、英国統治下のカルカッタで藩王国サンバルプールの王太子が暗殺された。現場に居合わせた英国人警部ウィンダムはインド人部長刑事バネルジーと犯人を捉えるが、それは序章に過ぎなかった。舞台は藩王国サンバルプールへと移る→
英国統治下のカルカッタを舞台に英国人とインド人がバディを組んで事件を解決する歴史ミステリ第二弾。今作はインド東部の小国、サンバルプールが舞台。これが豪華なんだよー。インド映画みたいな感じ(知らんけど)で、読んでいて面白い。象に乗って虎狩りとかすごい……。→
ウィンダム警部は相変わらず阿片中毒やし、バネルジーも地味にコツコツタイプで、主要キャラに華はないんだけど(オイ!)イギリス統治下のインドという世界観がめちゃくちゃ濃厚。このシリーズは歴史ミステリ的に面白いと思う。
あと、女は強いね。以上!(笑)