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災害エッセイ ある消防官の見聞録
「災害と人間と消防との関わり」を見つめて!
著者:加藤孝一
発行:2022年1月20日
近代消防社
「社会死状態」
こう呼ぶらしい。
頭部や胴体の切断、四肢の硬直、死斑等、医師が判断するまでもなく誰が見ても死亡している状態のことを、消防ではこう呼ぶのだそうだ。その場合、救急隊は現場保存と警察官の現場への要請を行う。ただ、もし現場に医師が来て「まだ心肺停止状態だ」と言えば、救急車に乗せるのだろうけれど・・・
以前、FB上である大災害のことを書いたら、マスコミは「心肺停止」などとまどろっこしい書き方をしないで死亡と書いたらいいじゃないか、という意見をいただいた。僕はマスコミの仕事をしている身として、「死亡は医師が診断しないと確定しないので、現場で発見された人たちについては、報道としては心肺停止としか書けないのです」と一応の解説をした。すると、その道の専門医である友人もなども議論に参加し、「そうは言っても蘇生する見込みのないのは医学的には心肺停止とは言わない、死亡でよい」という意見や、「死亡だと救急車に乗せられないのであえて心肺停止にしているんだろう」という意見なども出た。
その答えに近いものが、この本に書いてあったというわけだ。ただし、これ以外、この本で印象に残ったことはなかった。とても期待して読んだが、つまらない本だった。長年、消防官を務めた経験から(広報広聴も経験)、世間の人が知らないような現場での話や、教訓となったような体験、そこに垣間見えた人間模様などのエピソードを期待するのだが、そんな話はほとんどなし。それどころか、消防に関する話題すら少ない。全20話、消防専門雑誌に連載されたものを集めた本で、業界の人が読むとそれなりに面白いのかもしれないが、一般の人が新たな知見を得るような内容ではない。文章が少しうまいおじさんが書いたエッセイという趣。文学作品の引用やことわざなどがやたら出て来て、消防もこうあればいい、こういうことかもしれない、などとつぶやくばかり。消防に関する新聞記事なんかの引用も多いが、ただ紹介しているだけで、「このようにありたい」というような意見を付け加えている程度だった。
例えば、読者が期待した話は、下記のようなエピソードとかではないか。一つだけ書かれていたので紹介する。
正月早々に旅館の火事、出動。火元旅館の経営者夫妻の安否確認ができないなか、以前にその旅館で働いていた女性から情報を得る。ご主人は病気で入院しているらしいが、奥さんは旅館に住んでいる、と。また、別の人からの情報で、奥さんは避難しているとのこと。そこへ行くと奥さんはいたが、主人は正月なので病院から帰ってきているという。4階の主人の部屋のベッドで寝ているはずと抑揚のない言葉で語る。現場に駆けつけるどころか、淡淡とした話しぶり。
ご主人は遺体で発見された。2人を知る人からは「奥さんとご主人のとの仲は、ある事情から冷えきっていたようだ」との情報も。
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2004年にパラグアイの首都アスンシオンにある大型スーパーで火災。オーナーであ���ダニエルは爆発が起こった直後、父親に連絡して支持を仰いだ。すると「金庫のお金を全部持ち出し、火事場泥棒を防ぐために出入口のシャッターを閉めろ」と支持された。逃げ場を失った394人が犠牲になった。
(*1972年の大阪・千日デパートビル火災でもアルサロの客が飲み逃げしないように出口を閉めたと報道されたことがあった)
昨今の気象現象は「異常気象」というよりも「極端気象」と表現する方が適切(防衛大、小林文明教授)
新築工事現場で工事用の機械が倒れ、周辺のアパートや民家数棟が潰れた。アパートでなくなった学生の実家に電話をする役目を言われた筆者。悲しい電話をしたくないが、淡淡と伝えるしかないと思った。アメリカでは、このような電話をかける仕事は専門のトレーニングを受けた人が担当すると、著者は聞いたことがあった。
2019年10月12日、台風19号が東京を襲う。路上生活者が支援団体に促されて台東区の自主避難所へと行ったところ、区内に住所がないからと避難所の利用を拒否された。また、ある路上生活者たちは、避難所の利用を断られたために上野公園内の東京文化会館で雨風をしのいでいると、「ここは避難場所の入口なので移動してください」と屋外への退去を要求され、外で過ごした。
2階建アパートの2階、火元の部屋は外から鍵がかかっていた。鍵を壊して入る。すでに消火され、濃煙が立ちこめていた。部屋の中を探すも、誰も見当たらない、外から鍵もかかっていた。ある消防官は「要救助者なし」として立ち去った。しかし、衣装ケースの中で死んでいる男性をあとから発見した。その人は、アパートの借主の友人で、前の晩に泥酔してそこに泊まり、寝ている時に火事が起きた。借主は寝かせておこうと外鍵をかけて出かけていた。死んだ人は苦しいから衣装ケースに潜り込んでいたとのこと。こういう逃げ方はよくあるとのこと。
大型トレーラーの下にスポーツカーが潜り込む交通事故。スポーツカーのなかから挟まれた人のうなり声。駆けつけた消防隊員は通りがかった大型クレーン車に声をかけ、事情を説明して協力を求め、吊り上げてもらって救助した。スポーツカーの中の男性は幸いにも大した怪我ではなかった。
フラッシュオーバー:
室内の局所的な火災が数秒~数十秒のごく短時間に部屋全体に拡大する現象の総称で、物理的に明確な定義はない。局所的な火災によって熱せられた天井や煙層からの放射熱によって、局所的火源のもの、あるいはその他の可燃物が外部加熱を受けて、急速な延焼拡大が引き起こされる。機密性の高い室内火災で酸欠状態となったときにドアを開けるなどして新鮮な空気が入って充満していた可燃性ガスが爆発的に燃焼するバックドラフトと混同されがち。
阪神・淡路大震災は、家屋の下敷きになった約16万4000人のうち、12万9000人(8割)が自力脱出、2万7000人が近隣住民による救出、7900人が消防や警察、自衛隊による救出だった。