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1995年の小説
近未来の日本、っていうか
今となっては現代日本のパラレルワールドが舞台である
月から帰った宇宙飛行士が
なぜか記憶喪失になっていたという話
失われた記憶を取り戻すために
宇宙飛行士は軟禁されていた精神病棟を脱走し
ホームレスになって
放棄された地下駐車場に住み着いて
記憶を取り戻した直後、彼を慕う女性看護師と再会する
日野啓三は「あの夕陽」で芥川賞をとってからずっと
夕景の赤い光に謎のこだわりを持ってきた
しかしここでは
月面の太陽光が物語のカギである
空気のない場所には朝焼けも夕焼けもなく
ただ完全な闇と光があるばかりで
そのことが、彼の世界観を崩壊させたのである
たかがそんなことで?と思うなかれ
感じ方は人それぞれである
そしてその、極私的な感じの伝わらなさが
虚言的なホームレスの自慢話と対比されるとき
反冒険小説、あるいは反私小説として
この物語は理解されるのだ
しかしながらそこに生じる楽観的ニヒリズムは
類型的な物語構造に回収され
逆に「特権的な個人」の存在を賞揚するものへと成り果ててゆく