史実と想像を交えた生き生きとした物語
2023/10/07 21:55
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投稿者:マルクス・アウレリウス - この投稿者のレビュー一覧を見る
ペロポンネソス戦争期、アテナイにとって破滅的なシケリア遠征直前のアテナイのある1日という設定で、1時間ごとに一話の物語が紡ぎ出されていく。アリストパネス、ソクラテス、アルキビアデスほか有名人物も登場するが、市井の一般市民、メトイコス、奴隷など多彩な人物が史料に裏打ちされた想像の翼に乗って躍動する。一話完結のようで、互いに関連のある話もあり、また全体として古代アテナイの姿を描き出す一つの物語となっている。時代考証的には、解説、後書きにもあるように多少の問題はあるようだが、それにしてもアテナイは魅力的だと思わせてくれるのは、端役としてながら輝かしい人物や波瀾万丈な歴史的事件のみならず、普通の人々や日常の出来事を、それを補って余りある構想力で描き出す筆者の筆力によるものだろう。
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全然違い異文化と価値観の、それでも親しみと共感を感じる人々の生活を通して、古代ギリシャの実態を立体的に体感できる本。時々今の時代にも名を残す歴史家や哲学家が出てくるが、他の人たちに厄介がられたり、あきられたり、自分も悩んだりと身近なのが面白い。またこうして実際の資料に出てくる人や有名人も多いことはより躍動感を感じる。
特にアテネの住民たちの身分とそれぞれの関係、低い身分のものの多くが富を持つものだったり、くらいの高い正式な民のほとんどが農民だったりなどは実際にこうした本を読まないと中々掴みにくいような複雑なものであり、本書を読んでよく理解できる部分の一つだ。また特に奴隷は面白い部分で、奴隷は中々大変な身分だが、それよりも酷い自由民がいたり、奴隷にも地位の変動があったりするし、いい生活をしてほぼ普通の人と同じ奴隷もいれば、まさに地獄のような環境に晒される奴隷もいるのだ。奴隷と言っても一括りに悲惨とも悲惨でないとも言えないのである。
主人の新作劇で遊んだり、支配者を割と市民が馬鹿にしたり ソクラテスの意外な戦士としての一面、少年レスラーとしてのプラトンなとイメージを覆される描写ばかりだが、凄まじく天才の多い壮麗な都市としてだけでなく、下ネタ満載の劇だったり、女性がトイレをしている絵をかいた陶器だったり、割としょうもなくてアホくさい部分も描いているのが、古代文化に対して真摯だと思う。あと自分たちでもいうくらい非常事態を起こしやすいとか。あとついでに古代都市だから仕方ないが、随所に治安の悪さが滲み出ている。こうした部分こそアテネのリアルで立体的な姿を表す一番の要素なのだろう。
また生き生きとしているが、傲慢かつ残酷な他者からの搾取で成り立つ華やかなら古代ギリシャの生活や経済や軍備には、今の社会も似たようなものかもしれないが…色々考えるところはあった。アテネの技術や文化は今の人間社会にも大きく貢献してあることを考えると、それが血と涙なら生まれていることに戦慄を覚える。
ここからは一つ一つの回の感想を書いてみる。
まず初めに神殿を警備する複雑な一人の兵士の半生と権力闘争の話だ。一人の人生を丸ごと伝聞されるセレモニーに相応しい。
次に劇作家の奴隷達が主人の劇で遊ぶ話。比較的楽しそうで自由民に近い奴隷の姿だ。作家自身のキャラクターも面白いし、ソクラテスとの悪友感もいい。
次に神殿に呼ばれた医者の話。アテネの信仰とサスペンスじみた事件の話であり、中々緊張感がある。
次の船隊の監督の話。アテネの軍事と技術には驚かされるし、漕ぎ手がイメージと違って奴隷ではないのは驚いた。信用の問題である。またアテネの周りの都市への横暴さもここで顔をのぞかせる。
次に過酷極まりない鉱山奴隷の話。アテネを支える酷い環境の労働の話であり、読んでいて鬱々しくなるほど。アテネの負の側面だ。
次の壺職人の現代の我々に目を向けるような最後の言葉には感動した。彼自身も多くの前例を参考にしているからこそ、自信を超えることを後世の人々に挑戦するという姿はかっこいい。依頼者の��栄心やそれを自然に誤魔化そうとする職人の工夫、特に凄まじい視線誘導の工夫もみどころ。
次に女魔術師の話。あらゆる意味でしょうもない居酒屋と店主と、薬と幻覚を巧み扱う女魔術師は対照的。魔術が信じられた時代のやりとりは中々に興味深い。
次にレスラーとしてのプラトンと当時の人々の教育理念の話。
その次は外国の魚屋の回 。観光客がすでにこの時もいて、商人がこれを狙うという今とかわらない営みがある。モブキャラとしてソクラテスが出てきたのには笑ったし、さらにそれを魚屋が値踏みするのもおかしかった。魚の好みで値踏みする文化も面白い。高級かつ好まれる魚介としてタイやマグロ、イカやウナギが出てくるが、昔の人もこれらか好きなのかと親近感。口の中にスリ対策に金を隠すという文化は中々面白いまた最後のオチには笑った。まさか鰻を買い損ねただけで今に残るまでの物語を作られてしまうとは!
次は外国から天才的医者がくる話で、最初の方にも出てきた医者の再登場、自分でも知る名医ヒポクラテスとの話であり、先進的な医療仮説には驚かさせる。怪我人がいると聞いて脇目も振らずに駆け出す二人には尊敬を禁じ得ない。テキパキと処置を行い後輩を教え自らの哲学に従って行動する姿もすごい。最近k2という医療マンガを読んだ影響かもしれないが強く印象に残った章だ。 最後に患者の元に飛んでいった時に落としたお菓子の代わりを求めるのもクール。
次は政府高官の妻が浮気する話。高官家族でもあくまで市民なので水汲みをするのは中々面白い 当時の価値観は現代とは異なっているが、それらが古くなった今はそれを比較する楽しみもある。そきて浮気相手役はアルキビアデスであろうか?彼もまた随所で顔をのぞかせる名キャラクターとなっている。
次は訓練する騎兵隊長の話。それぞれの都市に得意な兵科があるのはゲームみたいで面白い。また跳躍乗りはスタイリッシュでかっこいい。
次は評議員達の話。剣呑かつ皮肉な貴族議員と歩兵階級の議員の会話でたり、歩兵階級の方は浮気の章の主人公の夫である。途中で現れた奴隷が評議員にぶつかっても平然としており、評議員だけがキレているのも面白い。身代金で捕虜奴隷が解放される制度があり、そのために結構待遇がいいのである。自分もやり返されないためだ。また奴隷にも財産を溜め込むものが多く、そしてそれを盗めば窃盗になるため、ある程度害を与えられることはないと知っているのである。同じ奴隷でも最上階級だと市民と同格だと自認しているものがいるくらいらしい。奴隷と一口にいってもやはりいっしょくたにするべきではないのだろう。
しかし次の章の女奴隷はそうした身分であるとは言えないだろう。彼女やその周りの奴隷達は売春宿に売り払われたり殺人の容疑をかけられたり拷問されたりと、主人の政治的な思惑や気まぐれに翻弄されてしまっているのだから。そして最後に明かされる真相には実に肝が冷えた。アテネの裁判は公平とは言えないが、別に被告達も公正とは言えないのである。
次はスパルタに飛ぶ伝令の話。信じられない非常に長距離を走り抜けるプライド、人間業とは思えない長距離走の力!あまりに過酷で現実とは思えないおそらく幻覚のような体験をしている昔話も出���くるが、それもまた極限まで鍛え抜かれた人間の特権だろうか?過酷な仕事の中で生きる人間の生の感情だ。
次に重装歩兵の話。二つの都市をつなぐ長壁の歴史と当時の同性愛感が出てくる。しかしいつの時代もセクハラ親父のようなそんざいはいて、それが今でも演じられる劇作家だというのだから不思議だ。
次に外国船の船乗りの話。アテネでの貿易のもうけやアテネの貿易関係の優遇策はその繁栄を伺えさせる。船旅の楽しさに取り憑かれた老いた船乗りとその死にかけの相棒の話の話は面白く。モデルが実在する面白い人物、トラシュロスも気に入った。
次に居酒屋で都市計画者が愚痴を漏らす話。奴隷から市民、外国人まで集まる居酒屋で、町をけなす外国人と自分たちの町が好きでむっとする客達は緊張感が走ったが、なんと外国人と思われたのはかつての町を作った張本人だったのである。居酒屋の主人とソクラテスの弟子が即興で教室の小芝居する部分が好き。一目でわかるくらい欠点だらけだが都市計画者としてはとても優秀なヒポダモスが居酒屋で講釈をするのは少し侘ししげな光景だ。また最後の引用部分のプラトンのアンティステネスに対する辛辣な評価には笑った
次はヘタイラの話、すなわち売春婦な近い存在(決まった愛人がいるなど妾に近い)のことだ。なかなか波瀾万丈な経歴を持つアテネの政治家の妾とその弟子(これは昼1時の女魔術師だ)の話で、したたかで政治的な見識の深い女性アスパシアが強烈。ソクラテスの師とも言われるし、夫を育てた教師ともされ男性社会の中でも尊敬される女傑の政治的悩みと準備であり、そしてタルゲリアの秘密を暴き遠回しに脅迫してコントロールする恐ろしさ!まさしく彼女こそ魔女!また彼女らの先輩のタルゲリアは名前だけだがその経歴だけでも強烈な印象だ。アテネでは一人の人間によって常傭いされるのが恥なので、別に売春婦でも軽蔑はされないというのは中々面白い価値観だと思った。また、ヘタイラ同士で男を奪い合う熾烈な自由市場とうのは面白い。いまの婚活にも近いかも?
次は密輸業者の話。さっきまで都市計画者が演説していた居酒屋にやってきた怪しい農家の男と、それに合う男と船の章で登場した船乗りがやってくる。イチジクを好むアテネ人やそれを育てる農家、そして彼らの政策への不満、市民にしか向けられない政治などは現代にも根深い近似例ありそうである。
次はスパイ。再び件の居酒屋に現れたのは元スパルタの亡命者しかしその正体はスパイだ。脳筋と思われるスパルタだが実際にはいろんな面で高度な軍事国家なのだ。そしてそれすらも上回るアテネの陰謀、スパイに情報を渡すことも計画だったのだ。
次は結婚式の話。結婚式の準備の様子を客の1人、広名な海軍提督の視点から描く。政策の余波で月が伸び縮みするので色々困るというのは時代特有の困り事だ。また未婚男性が年頃の娘を持つ母親に群がられる図は一昔前には日本でもあったことであり面白い。また戦争に乗り気で古い将軍達を見下し戦争にも勝てると思う若者とそは思わないベテランの戦間期ならではの雰囲気も好き。若者が疫病とそれを招いた政治家、アスパシアの夫について怒りを向けてる様子は過激だが、最後に彼こそその政治家とアスパシアの息子であり、責任を感じているという言及は印象を反転させる。彼はのちの戦争で処刑されることになるというのも侘しさを感じさせる。
次は件の結婚式の花嫁の視点。結婚への不安と期待、家を移すという中々重い意味の儀式などが見どころだ。またソクラテスの悪妻で知られる配偶者がサプライズ出演もあり、語られるエピソードからはソクラテスのわがままに振り回され、おまけに悪妻呼ばわりされるクサンティッペの苦労が伺える(それはそれとして2人は結構仲良さげだ)。いまの時代も女性が楽で男性と対等とは中々言い難いが、やはり古代はそれにも増して大変だったようだ。そして、アテネにはコモスという飲んだくれ行列が名前がつくくらいいっぱいいるらしいのが驚く。突如始まった喧嘩にワクワクする花嫁には思わず釣られてワクワクしてしまった。
最後の章は前々から話されていた宗教的酒宴に出席する芸人達の話だ。ずっと憎まれ役として出てきていたアルキビアデスが酒をヤケクソ気味にがぶ飲みし眠りこける姿には侘び寂びを感じる 妻のことをそれなりに評価しているし擁護するソクラテスも印象的。2人は噛み合わないが仲が悪いわけでは無いのだ。ソクラテスは道化役をやったり、芸人達に次の出し物の提案をしたり、口がうまかったり、なるほど煙たがれつつも妻や信奉者を惹きつける男なのだな、ということがよくわかる。またプラトンとクセノポンというこれまでで見知った中になった2人の描いた古典の合作的パートであり、今も昔も結構変わらないところも変わるところもあるのだなぁ、と思ったりするのだった。
エピローグにはアテネのその後の顛末が、いくつかの人々の顛末と共にが描かれる。のちに新たなアテネとして復活するにしてもかつてのアテネが滅びゆく最後を我々は観たのだと寂しい気持ちにさせられる。
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夜の第七時(0:00‐1:00)―神殿の衛兵が回想する
夜の第八時(1:00‐2:00)―奴隷たちがふざける
夜の第九時(2:00‐3:00)―医者がアレポロスの治療をする
夜の第一〇時(3:00‐4:00)―船隊が出航する
夜の第一一時(4:00‐5:00)―鉱山奴隷が仕事にかかる
夜の第一二時(5:00‐6:00)―壷絵師が新たな作品に取りかかる
昼の第一時(6:00‐7:00)―女魔術師が魔術を用いる
昼の第二時(7:00‐8:00)―レスリング教師が授業の用意をする
昼の第三時(8:00‐9:00)―魚屋が露店を出す
昼の第四時(9:00‐10:00)―訪問者が人命を救う〔ほか〕