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装丁の優しい馬の瞳に、心穏やかになり目を惹きつけられた。新千歳空港で出逢った、静謐な佇まい。
このブックデザインだけで、1時間は語れる美しさ。内容や写真の雰囲気とのマッチ感、相乗効果もすごい。
ユルリ島。
今は無人島で、馬がいる。
そこに住んでいた人やその経緯、個人だけでなくロシア含めた国としての歴史の中でのユルリ島、そこに暮らしていた人の文化的なことや、地形や気象、植生や生態系といったことが丁寧に、静かな口調で綴られている。
写真からの空気感もとても気持ち良い。
一枚見るごとに、少し遠くを見たり、目を瞑って、深呼吸してしまう。一呼吸置きたくなる。
なんて気持ちの良さだろう。
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根室の沖合に周囲8キロメートルの小さな島がある。
ユルリ。
アイヌ語で「鵜のいる島」を意味する。
かつては人が住んだこともあったが、今は無人である。野鳥保護のため、現在、その全域が原則、立入禁止となっている。
そこに馬がいる。
以前の住民が運び込んだ馬の子孫で、住民が去った後もそこで生き続けている馬だ。
野生となった馬たちは、霧に囲まれた島の草原を自由に駆け回っているのだという。何だか夢のような話である。
著者は写真家。
人によっては「幻の島」とも呼ぶ、ユルリ島のことを知ったのは10年以上前のこと。心魅かれ、撮影をしたいと思ったが、実際、島に上陸し、撮影ができるまでには長い年月がかかった。
北海道の東端に近い地。地理的にも遠いが、ユルリにはさらに、上陸禁止の社会的障壁もある。
粘り強く交渉し、どうにか許可を得ても、さて、島に渡れるかどうかは、その時、島まで送ってくれる漁師が見つかるかどうかにかかっている。島への交通手段は小さな漁船しかないからだ。波が高ければ島には接岸できないし、波が穏やかなら漁師は漁に出てしまう。漁が暇な時期ならよいかといえば、そうした時期には船は港から引き上げられてしまっている。
苦労しつつも、著者は上陸を果たし、以後、何度も島を訪れ、馬たちの写真を撮り続ける。
そうこうするうち、なぜ馬たちがここに残され、そしてこの後、どうなるのかに関心を持つようになる。
島と関わりがあった人々を訪ね、その話を聞き取っていく。
馬たちはなぜユルリに運ばれ、なぜ残されたのか。その軌跡から、道東の人と馬との歴史が浮かび上がってくる。
本書は、ユルリに関する著者の聞き取り・エッセイと、ユルリの写真とで構成される。
ユルリは霧の多い地だという。根室半島周辺では、春から夏の終わりにかけ、毎日のように霧が発生する。この霧が、島に湿原を作り、水脈を生んでいる。そのため、この地には植物も豊富であり、そして動物たちもここで生きることができる。
霧の草原を疾走する馬たちの姿は忘れがたい印象を残す。
根室半島は昆布漁で栄えた地である。
戦後、昆布を引き上げて干す浜が不足した際、半島からほど近かったユルリ島を干場として使う人々が出てきた。彼らは島に番屋を作って住み込み、昆布の運搬などに使うため、馬を運び入れた。番屋の数は十軒ほどあったという。
馬たちは昼の間は仕事に使われ、夜は放牧された。春になれば子を産み、島での暮らしに彼らは馴染んだ。
だがやがて、根室の干場の整備も進み、不便な島の暮らしを捨てて、一軒、また一軒と浜に戻っていった。最後の島民が島を後にしたのは1971年のこと。馬たちだけが残された。
水も豊富であり、馬の好物であるアイヌミヤコザサも繁茂する。
人が去った後も、ユルリはしばらく、自然放牧場としての役割を果たした。雄の一歳馬は捕獲され、船で島外に運ばれ、競りに出された。
だが、こうした馬たちはそもそもが使役馬である。近代化が進むにつれ、使役としての馬の役割はどんどん縮小されていく。それにつれて、馬を捕獲したり管理したりするノウハウも急速に廃れていく。かつての島民たちの高齢化も進み、馬の管理は困難になっていく。
そして、雄馬が除かれ、ユルリの馬は「滅び」を運命づけられることになる。
タイトルの「エピタフ」は墓碑銘を意味している。
写真の美しさの一方で、著者が聞き取る、馬をめぐる現実の厳しさも印象に残る。
使役の役割を期待されなくなった馬は、とにかく売れないのだという。馬肉としての価値もさほど高くはない。餌代はかかる、飼育に慣れた人手もないとなれば、未来は決して明るくはない。
ある意味、草原を疾走できるユルリの馬は、やはり楽園に住んでいるのかもしれない。
2018年、このままユルリの馬が途絶えることを憂えた市民有志により、新たに仔馬が島に導入された。この後、ユルリの馬が野生馬として定着するのか、答えは霧の中だ。
道東の使役馬は、国後に残る馬とも血がつながっている可能性があるという。
最果て、北の地。
その地の馬と人の歴史に思いを馳せる。
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積読チャンネルから購入。
めちゃくちゃいい本そうと思って買ったけど、マジでめちゃくちゃいい本でした。読みながら、著者がこの打ち捨てられ忘れ去られようとする小さな島の現状、来歴、ルーツをどんどん過去へと遡り、エリアを広げながら追っていくその情熱はどこから来るのかと思っていたけど、あとがきを読んでわかりました。この人のライフワークなんですね。馬たちの個としての命だけではなく、群れとして、この島に生きる草食動物として、そこにいる意味を考える。さらに絶滅危惧種の海鳥たち、ここにしか育たない植物、関わる人間たちの想いまで含め、それら全部がほんの少し天秤がどちらかに傾いたらすぐに崩れてしまいそうな絶妙なバランスで今のこのユルリ島を作り上げている。それを、なくなるにしても存続させるにしても、どちらの結果になっても生涯追い続け記録に遺そうという著者の静かな決意がこのエピタフとつけられた書名に込められている気がする。飯田さんも仰ってたように、この書名の意味のさりげない明かされ方が本当にニクい。
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積読チャンネルで紹介されていたので。
写真が美しく、登場する人の魅力に惹き込まれた。装丁も美しく、内容を含めて心に留めておきたい1冊になった。