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フランスの本を翻訳している新書の「文庫クセジュ」の一冊だ。「百科全書」という事典のように、様々な事柄に関して、各々の専門家が執筆して広く一般の人達が知識に触れられるようにというのが、フランスでの叢書の趣旨であったようだ。その叢書が翻訳で送り出され続けている。1950年代以来続くというから大変なものだと思う。
「地政学」というのは「ゲオポリティク」(Geopolitik)というドイツ語の訳語として用いられるようになった用語だ。この用語で表現されるモノに関しては、方々で様々な経過は在るようである。が、概して「その地理的条件等を重視しながら国際関係等を考察する」というような感じなのだと思われる。
本書は、「ウクライナ」に関して、1990年代以降の経過を概観しながら、ロシア、EU諸国、その他との関係性の変遷を、様々な調査で伝えられる事柄も織り込みながら考えるという内容になっている。「ウクライナの地理的条件等を重視しながら国際関係等を考察する」という訳である。
本書の原書は、2013年頃から2014年頃の「マイダン革命」、「クリミア併合」やウクライナ国内での紛争というような情況を踏まえて登場したモノだというが、2022年2月の「侵攻」という情況を受け、一部に加筆等もした「第2版」が2022年10月に出たという。本書はその2022年10月登場の「第2版」を翻訳しているという。或いはフランスでの叢書は、古典的な事象や古い時代の歴史というようなことでもない、少し動いている事象が入っている場合等に加筆等も或る程度積極的に行っているという。そういう姿勢が反映されているのだ。
「ウクライナ」が「現在知られている版図の国」として発足したのは「1991年」である。「ソ連の中の“共和国”」の版図が、ソ連の旗が下ろされた後にそのまま“独立国”ということになったのだ。“共和国”としての版図も、1922年の「ソ連」がスタートする前、それ以降と変遷が続き、少なくとも1950年代にクリミアについて移管という措置が取られた辺り迄は変化していた。色々な要素、背景の在る人々や地域が寄せ集まっている「ウクライナ」であり、様々な調査で示される“傾向”に「地域差」や「偏向」は絶えず在るということが本書にも言及されている。
2022年2月の事態に関して、何か「唐突に軍事侵攻が始まった」かのように捉えられ、伝えられていたかもしれないがそうでもなく、2014年頃からの伏線のようなモノが在る。ウクライナとロシアと、ウクライナとEU諸国とというような関係性も、1991年以降は色々と揺れて現在のようになって行った。本書はそういうことを考える材料を、フランスの研究者の目線で学ぶことが叶う。有益であると思う。
大きな出来事に関しては、その「以前」(avant)と「以後」(apres)とで随分と違いが生じるモノであるということが本書の本文で、更に訳者後書で話題になっている。現在も進行中である「ロシア・ウクライナ戦争」であるが、既に「以後」(apres)ということになっている中、「以前」(avant)のような様子に簡単には回帰しないであろう。
ウクライナとEUとの関係だが、最近は何か簡単にEU加盟国か何かになって行くかのように感じられるような伝わり方をしているが、実はそうでもない。長い年月に亘って、ウクライナがEUと接近する中で「課題」が幾つも出ていて、それらは然程多く解決しているのでもないようだ。そういう辺りも、EUの国からの目線で本書には綴られている。
ウクライナとロシアとの関係だが、間違いないのは、「ロシア・ウクライナ戦争」の「以後」(apres)に「ロシアへの印象の悪化」が見受けられるということだ。そういうことで、ウクライナの周囲の国々との関係性というのは、「非常事態」とでも呼ぶべき状況が或る程度落ち着いた後、如何いうように整頓されて行くのか、先行き不透明ではある。
目下の「ロシア・ウクライナ戦争」は、多くの人命が喪われ、加えてウクライナの将来が色々な意味合いで擦り減らされるような様子になっていること、その他に巻き込まれた形の諸国で変な経済的な影響も生じていると言わざるを得ず、非常に残念であるように思う。が、残念であろうと如何であろうと、事態を観続ける他無い。その観続ける場合の「観点」を一定程度支えてくれるような本書は有益であろう。