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子どもや孫がいたって近くにいるとは限らない時代、少しのずれで無縁遺骨になってしまう可能性が誰にでもあると思うと、考えさせられる。
親戚がいたって最後の1人は無縁遺骨。
別に大きなお墓や盛大な法要は必要とは思わないけど、後々の人を困らせるのは避けたいな…。
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はじめに、と著者が記しているように、誰しも「無縁」になる可能性がある中、自分はどうなるのだろうと考えながら読み進めた。
自ら選んで無縁になる人、結果として無縁になってしまった人、死生観を試されている気分だった。
著者は大伴旅人の歌から、無縁でも何とかなると心を軽くした様だが、果たして私はどうだろうか。
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死の外注、終活がうまく出来なければ無縁遺骨になるとは、ショッキングですが、その通りだと思います。台湾では複数人の連合葬儀火葬を、週に複数回、行政が行う事例がすでにあり、市民の葬儀火葬は、血縁者から行政手続きに移行される日も遠くないのかなと思えてきました。
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勉強になりました
と同時に神奈川県が心配になりました。
著者は文春の狂犬と言われてたそうですが
読者としては得意分野ではありませんでした。
自然葬が無料の台湾が心から羨ましいです。
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俳優島田陽子さんが無縁遺骨になったことがニュースになっていた。
このルポは、それが特殊なことではなく、我々にも身近なテーマであることを
切々と語っている。
先日、桜満開の中、八柱霊園を花見ランした。
広大な敷地。千葉県松戸市にありながら、所有は東京都。
都民と、松戸市民がここに入ることができることは知っていた。
東漸だが、どこもかしこも墓だらけ。
そんな中、無縁仏のお骨もここに来る、というのはこの本を読んで初めて知った。
実際私自身、墓についてはいろいろ考える。
すでに両親は他界しているが、妹が見る形になっている。
が、妹は独身。今年で定年。このあとどうすることやら。
その意味で私は自分で墓を建てることもできるわけだが、
その気はない。
町を墓だらけにしても仕方ない。
樹木層でも散骨でもいい。八柱にその制度がなければ合同葬でも、、、
そのあたりをどう考えればいいかが、この本には書いてある。
少子化で、これからは少ない若者が遺骨を背負うことになる。
そうさせては申し訳ない。
将軍家だって墓じまいするのだ。
自治体で対応、といっても、原資は若者の税金だ。
貧しくなっている日本。
パイの取り合いで国会議員や役人がやくざのように自分の利益だけ考えるのでなく、
市民目線で国富を市民に配布してほしいものだ。
こうした終活、遺骨にも目を向けて。