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東京の弁天代警察署で生活安全課係長を務める無紋大介。46歳の警部補である。
東大卒だがノンキャリアの道を選び、昇進試験や本庁捜査一課への栄転を断り続けているという変わり種だ。
その無紋には「こだわり無紋」と呼ばれるあだ名がある。疑問を感じれば些細なことでも徹底的に調べ上げずにはいられないというところからついた異名らしい。
そして、そのこだわりから判明した事実をもとに組み立てた無紋の推理で解決に結びついた事件も少なくなく、無紋は自然と一目置かれる存在となっている。
そんな東京下町の名物捜査官、無紋大介の活躍を描くサスペンスミステリー。
◇
ある日、弁天代署に本庁公安部から女性キャリアが管理官として出向してきた。
桐谷杏華という28歳の警視で、その非の打ち所のない美しい容姿に署内は騒然となる。
けれど前例のないこの急な人事には裏があった。
その少し前、国会議員秘書の男性がホテルの部屋で刺殺体で見つかるという事件が起きた。重要参考人として指名手配されたのが殺害された男性のパパ活相手の女子大生だが、間もなく彼女も首を吊って死んでいる状態で発見された。
その女子大生が事前に大学の指導教官に死をほのめかすメールを送っていたことから自殺との見方が強かったが、疑問を持った刑事課の徳松は無紋に協力を求めてきた。
生活安全課の無紋にとり殺人事件は担当外だったが、徳松から提供された情報に腑に落ちないものを感じた無紋は、もうじっとしていられない。徳松の狙い通り、「こだわり無紋」が腰を上げ非公式の捜査に乗り出した。
すると、偶然を装い無紋に接触を図ってきた人物がいる。管理官の桐谷杏華だった。 ( 第1章「出向者」) 全5章とプロローグおよびエピローグからなる。
* * * * *
本作の大きな柱は2つあります。
その1つは、無紋大介という捜査官の公正無私な佇まいです。
上昇志向や虚栄心を持たない無紋にあるのは、真実を明らかにしたいという欲求です。そんな無紋の捜査からは凡事徹底ということの大切さが見て取れます。
ほんの小さなものであっても、疑問に感じたことに無紋は蓋をしません。「これぐらいいいか」とか「大したことなかろう」と思ってうっちゃっておくことを、無紋は決してしないのです。
真相解明が捜査の目的です。曖昧さを残したままでは目的を果たすことはできない。なのに曖昧な点を黙殺してしまう捜査官が存在するから、冤罪が少なくないのでしょう。
真摯な捜査姿勢と正確な情報分析、そこから導き出す無理のない結論。そんな捜査官としての無紋の佇まいからくる魅力は、公安のスパイだった杏華を寝返らせるに十分でした。
2つ目は、公安部のスタンスです。
犯罪そのものではなく国家体制にどう影響を与えるかで事件への対応を決める。
公安警察官の全員がそうだとは思いませんが、浜岡哲也公安総務課長のような信念を持った人間はいるだろうと思ってしまいます。(『新宿鮫』で鮫島のライ��ルとして登場する香田もそんな人物でした。)
そして、この浜岡も職責に対して、公正ではなくとも「無私」であるのは間違いありませんでした。
そんなコインの表裏のような2人の対決は、とてもおもしろかったし、残虐な殺害シーンなどのバイオレンス描写もなくて、ビビリの自分には読みやすかったのもよかった。
無紋の能力が神憑りすぎていてリアリティに欠けると感じる向きもあるかも知れませんが、無紋は別に、室内にいながらにして事件の謎を解き明かすわけではありません。こだわりの徹底捜査をしながら真相に近づいているだけなのです。
無紋は湯川ではなくコロンボに近い。個人的には無紋大介もののシリーズ化を期待しています。