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ヨーロッパの食べ物というと肉を想像するが、西洋の食の中心が肉というイメージが確立するのは、18世紀に、肉類を一年を通して供給するシステムが確立してからのことであり、それまでは、魚の方が肉よりも消費量が多かったそうだ。それには、当時のカトリック教会の世界では一年のおよそ半分が断食日であったが、魚を食べることは奨励されていたためということもあったらしい。
こうした経済的需要を満たすために、それを支えるための漁獲、保存加工、輸送の経済システムが発展したのだが、その主要な商品だったのがニシンとタラ。そして漁業と言えば船と船乗り。それはこの時代、海軍のベースであり、国家の盛衰を左右するものとなる。本書は、そんなニシンとタラを通して巡る世界史の旅。今までほとんど考えたこともない視点から眺めた歴史ということで、非常に面白かった。
とても勉強になったと思ったところは、次のような箇所。
〇ニシンについて
回遊魚であるニシンは、なぜか回遊コースを変えることがあり、11世紀にはバルト海に押し寄せていたニシンが、16世紀には北海に移動してしまう。これが、リューベックを中心とするハンザの繁栄が、オランダに移る大きな要因であったとのこと。そして、オランダはシェットランド諸島からスコットランド、イングランドと南下して漁獲をするのだが、当時のイングランドの漁船や加工技術ではオランダに太刀打ちできなかった。国内漁業の保護のためそれを何とかしようとしたのがスチュアート朝下のイギリス。
直接的にはスペインやポルトガルの覇権を打破するためではあったが、こうした時代だからこそ書かれたのが、グロティウスの『自由海論』であり、オランダの主張に反駁するためにチャールズ一世がセルデンに命じて出版させたのが『閉鎖海論』であった。
〇タラについて
ニューファンドランドがカボットにより発見されたが、そこはタラの大漁場であった。そしてタラのメリットと言えば、加工品の日持ちが大変良いということ。ニシンの塩漬けが良くて2年というのに対し、タラは5年は持つらしい。これは長期の航海には大変重宝される。
このタラの供給を巡って、イングランド→ニューファンドランドにタラ漁に必要な塩などの物資が、ニューファンド→イベリア半島にプア・ジョン(捌いたタラに塩をして数日置き、その後日干しにしたもの)が、イベリア半島→イングランドにサック酒(イベリア半島、カナリア諸島等で造られた白ワイン)が、という三角貿易が成立した。
そして、タラの漁場であるカナダ東部からニューイングランドの地域に関して、オランダ、フランスを駆逐して、イギリスが覇権を確立することになる。
なお著者は元々英文学者なのだが、シェイクスピアの『テンペスト』の中に、「お前を干ダラ(ストックフィッシュ)にしてやるからな」という台詞があり、ストックフィッシュとは何だろうと思ったのが執筆のきっかけだったという。そんな英文学者の著者の面目躍如なのが、第5章の「『テンペスト』の商品ネットワーク」。舞台となる島はどこにあるの���、先住民のキャリバンのイメージは何かを問いつつ、サック酒やプア・ジョン、ストックフィッシュというワードが出てくることなどを指摘する。『テンペスト』を読んだ時には完全に読み飛ばしていたが、当時の時代背景がそんなにも読み取れるものかと驚いてしまった。