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千早茜さんの本は長編が好きなのだが今回の短編集はどのお話も満足だった
傷をテーマとした10の物語
中でも一番好きなのは「この世のすべての」
同じマンションの住人であるこの世のすべての犬が嫌いなトラブルメーカー男とこの世の全ての男が怖い女子高生の話
お互いに分かり合えているのかと思いきやラストに驚いた
傷をテーマにしているからか、どのお話も心が何かしら苦しくなった
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この作品を読んではじめて、今までの作品をどうして好きになったのかが深くしっかり腑に落ち、この作品は千早さんの真骨頂だと思った
傷と向き合って生きていく、ということをこんなにも真摯に様々な形で書き続けられる人がいる、それに勇気づけられて生きている
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この1冊から、「傷」は癒えたのではなく見えにくくなっただけなのだ、と教えてもらった。
きっかけがあればいつだって、生々しく痛みだす。
どんなに明るく見える人だって、必ず「傷」を抱えて生きている。
でも私たちは傷つかずに、傷つけずに生きることなんてできない。
あの人の「傷」は気遣うべきで、あの人の「傷」はスルーしていい、なんてこともないはずだ。
必要なのは、そんな不条理を知っておくことだと思う。
心に留めておくだけで、いつもより少し優しくなれる気がした。
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著者の本は長編2冊を読んだ。どちらも引き込まれ、長さが気になることなく一気読みでき相性のよさを実感。本作は10作の短編集、長編とは違った感じで楽しめそうなので読みたい
#グリフィスの傷
#千早茜
24/4/26出版
#読書好きな人と繋がりたい
#読書
#本好き
#読みたい本
https://amzn.to/4b49X7K
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あなたには『傷』があるでしょうか?
人の身体は軟いものです。ほんの些細なことで私たちの身体は『傷』つきます。駆けっこで転んで膝を擦りむいて血を流した、そんな経験は誰にでもあることだと思います。そして、人によってはもっと大きな怪我をした経験もあると思います。無傷のまま一生を終えました…そんな人生はそう簡単に送れるものでもないと思います。
しかし、人の身体は軟いとはいえ、私たちには『傷』を修復する力が備わってもいます。そして、多くの『傷』は跡形も残さずに消え去っていきます。とは言え、そう簡単には消えることなく一生残り続けるものもあります。当然そういった大きな『傷』はその『傷』を負った時に強い痛みに苛まれもしたのだと思います。『傷』を見ればそんな当時の記憶が蘇る、『傷』と共に生きていくということはその記憶と共に生きていくということかもしれません。
さてここに、『傷』に光を当てた10の短編から構成された物語があります。痛々しい記述にひぇーっと思うこの作品。こんな病名の『傷』があるんだと新たな発見を見るこの作品。そしてそれは、身体に刻まれた『傷』にさまざまな人生を見る物語です。
『申し訳ございません』と、『高くも低くもない声で言う』のは、主人公の『私』。『並んで立つ後輩の森ちゃんも私になら』いますが、『案の定、お客さんは「謝ればいいって思ってんだろ」と唾を吐くように言』うと、『顎を突きだし、受付カウンターに肘をのせて』きます。『なってないよ、まったく。謝罪ひとつとってもそうだよ。なってない…どうせ、あんたら派遣だかアルバイトだかなんだろ。責任ない奴らばっかりだから駄目になるんだよ』と続ける男の『白髪まじりの髪はべったりとして濁った光沢を放ってい』ます。『婦人服売場の店員の態度が悪かったという苦情が、私たちへの非難へ変わっている』という場で、『お客さまのご意見は必ず上の者にお伝えしますので』と『森ちゃんが横から言』うも、『ので?』、『のでって、なんだ。だからさっさと帰れっていうのか…』と喚く男。そんな中、『左のふとももにある昔の傷』を思い出す『私』は、『自分の鬱憤をはらすために他人に頭を下げさせるってどんな気分だろう』と、その『きずあとは私を冷静にさせ』ます。『あなたの悪態はこの肌にはとどかない。私にこんな傷をつけることはできない』と思う『私』。『引き際を失った男性は警備員がやってくるまで怒鳴り続け、私たちはずっと「申し訳ございません」をくり返し、頭を下げた』という時間を経て、やがて男性はいなくなりました。そんな『私』は、『高校二年のとき』を振り返ります。『ある日、とつぜん、教室に存在しなくなった』という『私』。『前日まで一緒に昼ごはんを食べていた友人たちは私などいないかのようにふるまい、クラスの誰に話しかけても反応は返ってこなくな』りました。『返事はおろか、私を見ることすらしない。ひそひそ笑われることも、悪意をぶつけられることもない』という中に、『それは無視と呼ぶにはあまりに徹底してい』ます。一方で、『教師たちは私の名を呼』びます。『班を作るときにあぶれる私を面倒臭そうに見て、「早くどこかに入れてもら��なさい」と言』う教師。しかし、『私抜きで課題をこなし、何を話しかけても、俯いて泣いてしまっても、やはりこちらを見ること』のないクラスメイトたち。そんな状況に、『原因はいくら考えてもわからなかった』という『私』。『誰がはじめたのか、なにが原因なのか、わからないまま、一週間、二週間と過ぎてい』きます。『危害を加えられるわけではない。けれど、私の存在も声も消され続ける』という日々を送る『私』は、『休み時間を違う教室で過ごし』、『一年のころに同じクラスだった友人とお弁当を食べ』ますが、『続くにつれ「クラスの子たちとなんかあった?」と心配されるようになった』ことで『それが知られることでこの子たちにも無視されるようになったらと怖くなり、その教室にも行けなくな』ってしまいます。『きっと遊びのようなものだ。いつか飽きるだろう』と思うも、『成績はどんどん落ちて』いく『私』は、やがて『これは、いったいいつまで続くのか。クラス替えまで終わらないのか』という思いの中に、『声を放つ気力も奪われてい』きます。そんなある日、『自転車を立ちこぎして』学校へと向かう『私』は、『植木鉢をたくさんだしている家の横を通り過ぎたとき、一瞬ふとももに熱い線が触れたような気がし』ます。『感電でもしたのかと思ったが、痺れる感じはない』という『私』は、『もっとスピードをあげ』、学校に着くと、廊下を走り、『深呼吸をひとつして、戸を開け』ます。そんな瞬間、『あふれ返ったざわめきがゆっくりと消え』、『全員が驚いた顔で私を見てい』ます。『視線は下のほう、私の脚にそそがれていた』という瞬間を感じる『私』。『ひゅっと息をのむ音がした』…という教室のその後が描かれていきます…という最初の短編〈竜舌蘭〉。過去の苦い記憶を『傷』に絡めて絶妙に描き出す好編でした。
“2024年4月26日に刊行された千早茜さんの最新作でもあるこの作品。”発売日に新作を一気読みして長文レビューを書こう!キャンペーン”を勝手に展開している私は、2024年1月に恩田陸さん「夜明けの花園」、2月に阿部暁子さん「カラフル」、そして3月には柚木麻子さん「あいにくあんたのためじゃない」と、私に深い感動を与えてくださる作家さんの新作を発売日に一気読みするということを毎月一冊を目標に行っています。そんな中に、独特の世界観が特徴で、昨年「しろがねの葉」で直木賞を受賞もされた千早茜さんの新作が出ることを知り、これは読まねば!と発売日早々この作品を手にしました。
そんなこの作品は、内容紹介にこんな風にうたわれています。
“からだは傷みを忘れない ー たとえ肌がなめらかさを取り戻そうとも。「傷」をめぐる10の物語を通して「癒える」とは何かを問いかける、切々とした疼きとふくよかな余韻に満ちた短編小説集”
“短編小説集”とある通り、この作品は月刊文芸誌「すばる」に2022年11月から2023年6月にわたって連載された8つの短編に、書き下ろし2編を加えた10の短編から構成された短編集となっています。連作短編というわけではありませんが、元々「すばる」に連載していた時のタイトルが「傷跡」だったということもあり、全ての短編が何らかの『傷』に光を当てていくものであることが特徴です。私は『血』を見ることが得意ではなく、注射の時も目を背けます。『傷口』を見ると意識が飛びそうにもなるくらいに苦手なので『傷』に光が当たっていくということに、若干引き気味で読み始めました。もちろん、『傷』というのが単に物理的な意味合いだけでもないことは想像いただけると思いますが、一方で物理的な生々しい描写に読んでいて意識が飛びそうになるようなシーンもあります。私同様、『血』が苦手!という方は、この点理解いただいてから手にされることをおすすめします。
さて、上記の通りこの作品では物理的な『傷』について取り上げられています。私が今までに読んできた作品の中でも”病気”に光を当てる作品がありました。加納朋子さん「トオリヌケキンシ」、山本文緒さん「シュガーレス・ラヴ」などですが、そこには、そんな“病気”と共に生きていく人たちの姿が描かれていました。それに対して、この作品は『傷』ということでその症状をさらに絞ります。加納さん、山本さんの作品では見た目には分かりにくい”病気”も多々登場しました。それに対して、千早さんのこの作品が取り上げる『傷』は、想像するだけで痛々しい感覚が伝わってくるところがポイントです。具体的にどういうことか少し見てみましょう。
『動物咬傷』: 『野良猫に咬まれ関節炎をおこし変形してしまった指、壊死してしまった手の甲、犬の牙が貫通した頰、ちぎれかけた耳』
短編〈この世のすべての〉で取り上げられるのが『動物咬傷』ですが、この具体例の羅列だけで意識が飛びそうです。普段、動物との関わりというとペットとしてのふれあいという前向きなイメージを持ちますが、この短編で描かれていく世界はそのマイナス面に光を当てるものです。
『低温熱傷』: 『熱湯じゃなくても火傷ってする』、『ゆっくりじっくり火が入って皮下組織まで壊死する』、『低温調理された肉みたいにきれいな桃色』
短編〈林檎のしるし〉では、これも『傷』と言えば『傷』なのか…という『低温熱傷』が登場します。『湯たんぽ』が原因になるという『低温熱傷』については、そんなことがあるんだ、と知識が増えた思いですが、『低温調理された肉みたい』という表現で今夜は肉が食べられそうにありません…とほほ。
『処女膜裂傷』: 『初体験の傷は裂傷』、『スポーツなんかで自然に破れることもあれば、初めてでも出血も痛みもない人もいる』
最後にご紹介するのが短編〈結露〉で光が当てられる『処女膜裂傷』です。そんな風に冷静に書くものなのか?と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、『施術の名前があるってことは、傷』ということになるのだそうです。いずれにしても女性な千早さんが書かれるあくまで女性視点でこの『傷』を見る物語であることは付記させていただきます。
というように、この作品に収録された10の短編では、多種多様、さまざまな『傷』に光が当てられていきます。書名に冠される「グリフィスの傷」とは『目に見えない傷』を指すようですが、痛々しい感覚が読み手に伝わりやすいのが『傷』でもあり、痛々しい表現がそれをさらに演出してもいきます。う〜ん、ある意味で読む人を選ぶ作品とは言えるかもしれません。
では、そんな10の短編の中から3つの短��をご紹介しましょう。
・〈指の記憶〉: 『蜜柑、ひとつもらっていい?』と『下の名前しか知らない女の子』に尋ねるのは主人公の『俺』。『右手の親指を蜜柑の裏のくぼみに押し込む』俺は『この指さ、ぜんぶちぎれたことあんの』と『右手をひらいて見せ』ます。『大学の時のバイトで。もう十年以上前…でっかい電動の糸鋸みたいなやつで切断されちゃってさあ』と語る俺に『えーすご、くっつくもんなの?』と返す『女の子』。それに『くっついてるじゃん。ばっつり切れたのが良かったみたいだよ。潰れたり、引き抜かれたりしたらすんなりはいかないらしいし』と説明する俺。『でも、切れちゃったものがほんとにちゃんと戻るの?』と訊く『女の子』を『抱き寄せながら「俺の指の動き、ぎこちなかった?」』と訊く俺は…。
・〈あなたの繰り返し〉: 『あなたの唇の横の黒子をおぼえていました』と、『あなたのことを実際に見たことは』ないものの『SNSにあがるあなたの画像』を見つめていたというのは主人公の『わたし』。しかし、『あなたのSNSが削除されて、あなたが所属していたグループも解散して、あなたの情報は更新されなくなりました』という今を思う『わたし』は、『週に二日か三日』公園で『弁当をひろげて昼休憩をとるわたしの横に座』る『あなた』のことを見ます。『リスカ跡のある女は萎えるんだって。知るかよ、そんな性欲…』と言う『あなた』に、『わたしも一本あります』と返す『わたし』。『そうなの?』と言う『あなた』は、『一本だけならレーザーで薄くできるみたいだよ』と続けます…。
・〈あおたん〉: 『うちはお金がなくて』『兄のお下がりの黒のランドセルを背負っていました』と過去を振り返るのは主人公の『私』。ある日、下校後、『なんの店だった』か、『あおたんのおっちゃん、と呼んでい』た『おっちゃんの店』へと赴いた『私』が、『「あおたんのおっちゃん!」と叫ぶと』、『あおたんやのうて刺青やって言うとるやろが』と言われます。『刺青で覆われてい』たというおっちゃんと『散歩にでるのが常』だったという『私』は、『私も刺青を入れたい』と言いますが、『子供はあかん』、と首を振られてしまいます。そんな日々の中で『新しい担任』に、『身体を触られ』るようになった『私』は、そのことをおっちゃんに話しますが、それを聞いたおっちゃんは…。
3つの短編がいずれも何かしらの『傷』を取り上げていることはお分かりいただけるかと思います。特に『指の記憶』は、もうすでに痛々しさが伝わってきて人によっては、この作品は絶対に読まない!と心に誓われた方もいらっしゃるかもしれません(笑)。他の作品も『リスカ跡』、『刺青』というようにあまり明るいイメージはありません。やはり、『傷』というもの自体が前向きな心持ちの象徴になどはなり得ず、負の側面を強く印象づけるものであることには違いないと思います。そんな物語は、”からだは痛みを忘れない”、と内容紹介に記される通り、『傷』の”痛み”が癒えない主人公たちが物語を引っ張っていきます。そして、それぞれの『傷』と向き合ってもいきます。
『きずあとは私を冷静にさせる』
“痛み”を伴った記憶が、その”痛み”は消えても残り続ける『傷』自体を見ることで過去の記憶がワンセットになってそこに残り続けていることが分かります。
『頭の記憶はなくても体は覚えている。傷の記憶は体の奥深くで疼き続けて消えることがない』
そう、『傷』とは、『傷跡』となって残り続けることも多いものです。特に強い”痛み”を伴ったものであればなおさらであり、また、そこにはその『傷』を負った時のさまざまな記憶が封じ込められているのだと思います。
“傷のネガティブ感を覆したいというのもありました。傷痕を自分の中で肯定的に受け止められたら、それはもう傷じゃなくなるんだろうな、という気持ちで書きました”。
『傷』に光を当てたこの作品にそんな思いをこめられる千早さん。上記した通り、『傷』を前向きなものとして捉えることは困難だと思います。しかし、そんな困難に立ち向かい、”ネガティブ感を覆したい”とおっしゃる千早さん。この作品には、千早さんがおっしゃる通り、”それはもう傷ではなくなる”という瞬間を見る主人公たちの姿が描かれていました。『傷』というものに対する見方が変化もするこの作品。『傷』というものが持つ奥深さを思うこの作品。
千早さんの筆が見せるリアルな痛々しさが伝わる物語の中に、『傷』というものの意味を改めて思う、そんな作品でした。
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「傷」についての10のお話。
「傷」と言ってもいろんな「傷」がある。
見える「傷」見えない「傷」
自分も体に大きな「傷」を負った事がある。
今はほとんどわからない状態になってる。
小学生の頃の「傷」
母親は「その傷のせいでイジメにあったらどうしよう」とか、大きくなって「手術して目立たなくしたい」って言われたら、その時は本人が望む対応をしてあげようって考えていたらしい。
数年前に聞いた話。
別に母親が悪いわけじゃない。
母親がいない時に起こった事故で、近くに大人もいた。
治療中は辛かったけど、その後は何とも思ってなかった。
イジメにもあったこともない。
それなのに母親はあの時からずーっと心に「傷」を負っていた。
ごめんね。
そんな事を思い出した作品だった。
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好きな作家さんである千早茜さんの新作ということで本作を手に取りましたが、「傷」に対するエピソードがこんなにもあるのかと思うとともに、千早さんの繊細な描写が心地よくてとても面白かったです。
本作は「傷」にまつわる10の物語が集まった短編集。傷つくことで得られる痛みや、トラウマとして残る傷、思い出としての傷など、傷に対する様々な思いや考え方がある。
個人的に好きだったのは「竜舌蘭」と「林檎のしるし」で、「竜舌蘭」は心の痛みと、リアルな痛みを対比させており、傷によって生を見出されてる感じが良かったです。それに対して、「林檎のしるし」は、まさしく千早さんの作品って感じで、女性の感情と行動が生々しく描かれてるエピソードだったと思います。
1つ1つの短編が数ページでまとまっており、隙間時間にも読みやすい作品なので、個人的にはオススメの1冊です。
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本人にしかわからない傷、その傷にまつわる苦しく辛い過去。傷の深さは、他人の尺度では計り知れず、本人が打ち明けなければ傷の歴史を知ることはできない。しかし誰にも知られないことでかえって深まる傷もある。
登場人物は個性的、というか影のあるひとが多かったように思った。サイコパス的な気質のある登場人物も含まれていて、読んでいて生々しくもあったが、その生々しさも含めて視点が斬新で面白かった!
通勤時間と休憩時間に一気に読んでしまいました。
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(竜舌蘭)
‣ 自分の鬱憤をはらすために他人に頭をさげさせるってどんな気分だろう
‣ あれだけ徹底して無視していたくせに、こんな血くらいで私をみるのか。こんな、ほとんど痛みともいえない痛みで。沈黙の苦しさに比べたら、こんなもの、なんてことないのに
‣ 興味がないものは見えないの。じっとしている植物ならなおさら
‣ 私もわからない。誰かの存在を消し続けた気持ちが。傷つけている意思もないまま誰かを傷つけたときにどうやって謝り、どう自分を納得させて生きていくのか。人は驚くほど、人の痛みに無自覚なのだ。
‣ 嬉しかったのだ。沈黙に殺される中、目を背けようもない傷をつけてくれたことが。私が在ることを、私の痛みを、暴力的なまでにはっきりと示してくれた
(結露)
‣ こういう更新されていない価値観で生きている人を見ていると少しだけほっとする。自分はまだましなのだと自覚できるから
‣ 私は、好きなのはなかったのって訊いているの。正解を探そうとしないで。好きは考えなくても出てくるでしょ
‣ 施術の名前があるってことは、傷なの。初体験の傷は裂傷なんだって。処女膜裂傷。きずものって言葉が女にしか使われない意味がわかった
(この世のすべての)
‣ ひそめれば、ひそめるほど、声は尖った針のようになることを、噂する側の人間は知らない
(林檎のしるし)
‣ 「彼女はぼくの傷口だから」
「キズグチ?」
(中略)
「うーん、変だな、弱点かな。家族ってそういうものじゃないですか」
(指の記憶)
‣ バンドソーが俺の指を切断し、音が消えていたわずかな空白の時間、自分がなにをかんじていたのかまったく思いだせない。痛覚もなにもなかった。指と一緒に自分が自分からちぎられていたかのようだ。
あの日から、ある、と、ない、の境目がぼんやりしている。ずっと。
‣ どんどん走った。心臓が跳ね、指先がどくっどくっと脈打ち、指がやっと戻ってきた気がした。けれど、それを話したい人はもういなかった
(グリフィスの傷)
‣ 無数の傷を刻むあなたは、わたしの臆病な一本の傷を笑いませんでした
‣ ガラスはほんとうはとてもとても頑丈だけど、目に見えない傷がたくさんついていって、なにか衝撃を受けたときに割れてしまうものだって。あなたが割ったように見えるけど、いままでの傷がつみ重なった結果だから気にしなくていいのって
‣ そういう目に見えない傷のことをグリフィスの傷っていうんだって教えてくれた
‣ 傷痕を消しても、記憶は消せません。あなたの腕に刻まれた傷の数だけ、いやきっと、もっとたくさん、あなたは言葉の暴力を浴びました。その見えない傷が、いつの日かよみがえってあなたをこわしてしまわないよう、わたしはずっと祈り続けます
(からたちの)
‣ 自分のからだを、傷痕を恥じていた。祖母に『恥ずかしい』と言わせるすべてを私は憎んだ
‣ 不条理を呑み込んで生きるからだだ。でも、心は不条理を受け入れてはいない。君の目はずっ���、どうして、と語っている。そのアンバランスさが美しい
(慈雨)
‣ 傷つけられた本人は忘れている。でも、傷つけたほうは覚えていて、見るたびにその体に残る傷痕を探してしまう。どんなに薄くなっても、後悔の味はそのたびによみがえるのだろう。哀れだけど、優しい痛みに思われた
‣ 可哀想だとは思ったけど、あの人があんまり何度も言うから、なんか苛々しちゃって、できたものは仕方ないでしょって言っちゃったの。 額に傷ひとつあるくらいで女の価値が損なわれると思うような相手なんて願い下げだし、結婚のときのいい判断になるじゃないって
‣ 傷痕が消えますように。もう傷を負いませんように。雨音の中、そう祈っていたのだろうか
‣ 傷なくして生きていくことが不可能だとわかっていても、祈ってしまう気持ちを私は知っている
(あおたん)
‣ 自分の身体のことに親は関係あらへん。なんやかんや言う奴がおっても聞かんでええ。所詮は他人や。自分の身体のことは自分にしかわからん
‣ 自分が自分を認められないと賛辞は届きません。私はずっと心から笑うことができませんでしたし、そういう人間の表情は暗いものです
‣ 美しい顔をわざわざ醜くする女がいることが信じられませんか。では、刺青は誰もが美しいと感じるものでしょうか。誰もに認められるものでしょうか。一般的な美とは違っていても強烈に惹かれる人はいます
(まぶたの光)
‣ 光は裂けめ。ひらいたところからあふれていく。
にじみ、ゆらめく、視界。光の底に沈んでいるみたい。
あたしが初めて見た景色はこんなふうだったんじゃないかって、いつも思う。思いたくて、水に潜る。生まれなおしたみたいに、まっさらな気分になれるから
‣ あたしの目がさやちゃん先生につけられた傷だと思うと、なんだかどきどきした。あたしの光あふれる世界はさやちゃん先生がくれた傷でできている
‣ あたしの初めてはぜんぶ、あなたがいい
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静かで優しくて冷たい傷の短編集。
痛い傷もあれば、生きるために必要な傷もある
見える傷、見えない傷、見せるための傷
読みやすくジンと染み入って来るお話ばかりだった
千早さん、やはり好き
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どのおはなしも、本当にすてきでした。
ちくりと痛む傷口からかすかに漏れるやさしい光が、読者を包んでくれます。
千早さんの作品は2つめですが、読むとこころが落ち着きます。
わたしの中にある純度の高い部分が、ゆっくりじっくり、広がっていくようです。
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『傷』をめぐる短編集。
目に見える傷、目には見えない心の傷について、どのエピソードも短いながらも重みのある内容でした。
個人的に印象に残ったのは『この世のすべての』で、主人公と顔のひきつれた男が、傷を負わされた対象に向かう恐怖心が逃避だったり怒りだったり、共通した思いを持っているかと思いきや…ラストに驚きました。
『林檎しるし』は、千早さんらしい男女の機微を描いている作品です。
最近読んだ【桜の首飾り】の『背中』という作品が、本作の『あおたん』に共通する内容があって、思わぬ所で発見がありました。
千早さんの文章は読んでいるだけで心地よく、また千早さんの文章に浸りたいと思う作品でした。