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  3. 戸隠かれんさんのレビュー一覧

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    5つ星のうち 4.0 レビュー詳細を見る

戸隠かれんさんのレビュー一覧

投稿者:戸隠かれん

10 件中 1 件~ 10 件を表示

紙の本ぼっけえ、きょうてえ

2005/02/14 20:37

岩井節炸裂。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 物語は、遊女の一人語りの口調で描かれていて、
 姿は出てこないがもう一人、話を聞いている客がいる設定。
 語り口調なので雰囲気がある。
 草木も眠る丑三つ時(とまではいかんだろうが)…
 静まりかえったほのぐらい部屋。
 ぼんやり灯った灯篭の、明かりに浮ぶ遊女とその客。
 ぽつりぽつりと身の上を、語る遊女のなまめかしくも恐ろしい影。
 その様子を隅の“ついたて”からそっと覗いているような、
 そんな感じ。
 
 この本は、表題作のほか、三つの短編が収録されている。
 有名な『ぼっけえ、きょうてえ』は先に触れた通りだが、
 そのほかの話も負けず劣らず、素晴らしい。
 雰囲気は抜群で、文章のセンスも良い。
 そして何より、風情がある。
 読み進めていけばいくほど、目の前に物語の情景が広がってくるのは、
 著者.岩井志麻子の繰る文の美しさによるものだからだと思う。

 あと、この表紙がいい。
 この『横櫛』という絵の遊女だか、花魁だか、
 それとも普通の女であるのか、そうでないのか。
 妖しい笑みを浮かべた顔色の悪い女のイメージがそのまんま、
 物語に登場してくるようで、薄気味悪ぃ(笑)。

 話自体よくできていて、
 この絵を彷彿とさせるものがあったからこその装丁だろうが、
 それ以上に、この絵の生み出す恐怖の効果は大きい。
 絵を見るだけで、この本を読む価値アリ。 
 とまで言えるのではないかと思う。
 
 『ぼっけえきょうてえ』は。
 岡山弁で『すごく、怖い』という意味とある。
 これが誰の台詞なのかは、読んでのおたのしみ。
 ちなみに。
 長崎田舎出身の戸隠に言わせれば、
 『ばり、おとろしか』
 と、なるのである。

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紙の本ブルータワー

2004/11/15 17:32

あまりにも近未来として可能性の高いファンタジー。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

あらすじ─末期の脳腫瘍に犯され、硫酸モルヒネを打ちながら死を待つばかりだった瀬野周二。
あるとき。
脳腫瘍が起こす激しい痛みによって、精神だけが200年後の未来へ飛ばされ、そこに生きるセノ・シューという男と入れ替わってしまう。
そこで彼を待っていたものは、
現代から想像する華やかな近未来ではなく、
世界を滅ぼした改良型インフルエンザウィルス黄魔と、
それに怯えて暮らす人間の存在だった。
戦争の兵器として使われたウィルスのワクチン開発もできぬまま、
人々は、黄魔の魔の手を逃れるため、高さ2キロの塔を建て逃げ込んだが、
その限られた空間の中でも貧富の差は激しく、
地上に残された(残った)人々と塔の住人とで争い合うという
最悪な事態となっていた。
そんな夢も希望もない世の中で、地上に住む人々は、
いつかこの世界を救うという救世主言い伝えにかすかな夢を見ていた─。


ファンタジーというにはあまりにも現実的で、
可能性としては、在り得るのではないかと思う。
しかし、テーマが重いわりに読みやすく話の進みがいい。
そのうえ。
主人公の瀬野周二が現代と未来を行き来するわけだが、
時代背景がよくできているせいか、
時間を越えるということにあまり抵抗なく、物語に溶け込むことができる。
そのせいだろう。
いつの間にか自分も瀬野周二とともに頭を悩ませ、心を痛めていることに気づき、笑いを覚えてしまった時があった。


読後。
私の心に波打つ確かなものは、
「他人から受ける信頼と期待、
それは心強く思う反面、ときとして重く圧し掛かったりもする。
しかし。
それを乗り越えたときヒトは成長できるし、
あるいは。
そうなることが、誰かの役に立つことかもしれない」
と思いだ。
自分自身、そうなることを願っているだけに心に残る特別なものとなった。


「小説は無責任だから自由だ。だから何を書いてもいい」
と書いた作者の意図を超えて、
もう無責任とは言わせない、人間が考えねばならない大切なことを生み出したのではないだろうか、と私は思う。

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ときには大きく深呼吸でもして、心をリセットしてみませんか?

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

う〜〜ん。どうしても。気の利いた言葉が浮かんでこない。
立ったり座ったり、寝たり起きたり。考えるフリまでもしてみる。
いかん。
どんなに頭をひねったところで、
この本がどんなに素敵ですばらしいか、
この本が何を自分に教えてくれたのかを簡単に言い表せない(汗)。
しかし、よく考えてみるとたぶんそれは、
自分の今の状態が、心身共に健康そのものであるからだと思う。
心が弱っているとき。
他人の、どんなに暖かい励ましの言葉でさえ何の力にもならないものだ。
「頑張って」と気軽に声をかけられることが、
どれだけ、その人の状態を悪化させることか。
どれだけ、プレッシャーを与え、足かせとなってしまうのか。
分かっているようで、分かっていない。
しかし。
著者の山川氏はインターネットのブログを媒体として、
たくさんの悩みと考え、そして気持ちをいろんな人と共有している。
それらを知ったうえで、

「無理しないでね。頑張り続ける必要はないんだよ」

とやさしく声をかけてくれるのだ。
ありのままの自分を認め、好きになる。
肩の力を抜いて物事にあたる。
いろんな方法を例に挙げて、
「やってみないかい?」
と囁き、
「大丈夫。きっとやれるから」
と背中を押してくれる。

読み手の気持ちを考えた、
ゆっくり歩こうという意味の「イージーゴーイング」。
半透明のカバーに覆われた、鮮やかな表紙のこの本が、
まるで人の心をあらわしているように思えてしようがない。
たぶん、いや、きっとそうだ。
きっとこれは、山川健一氏がすべての人へ贈る、
彼の優しい言葉でつづられたエールであり心そのものなのだ。

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紙の本三月は深き紅の淵を

2003/10/01 13:26

書を愛する人々、すべてに捧ぐ幻の本。

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

最後のページを閉じると同時に、溜め息が漏れた。
「自分は幻の本『三月は深き紅の淵を』を読んだ」
という満足感がどっと押し寄せてきたのだ。

あらすじは、大抵の方がわかりやすく書いておられるので省く。
いや、決して面倒くさいわけではない(ほんとか?)。
拙文くらいでは、他の人のようにうまく説明する自信がないのだ。
説明できないほど、巧妙にできているというのだろうか。
これは読んだほうが断然早いなと、単純に思った。

「あらすじがわからないと、買って損をするかも」

そういう心配はご無用。
書をこよなく愛する人ならば、必ずお気に召すはずだ。
すべては「第1章の待っている人々」に登場する方々が、
親切丁寧にこの本をのことを教えてくれるから、
まずは彼らに会って話を聞けばよい。

ちなみに。
著者の恩田陸は多読の人だと解説にあるが、彼女の好きは半端じゃないようだ。
それは、第1章の登場人物に反映されているし、彼らの口を借りて語ってもいる。
特に私が気に入っているところは、
一色という大学教授が「三月……」を借りて読もうとするところのセリフ。

「……楽しみにしてる本って、逆になかなか読み出せないじゃないですか。
撫でたりさすったり、ちょっとだけ出だしを読んでみたりね。……」

これだけを読んでも、いかに読書が好きであるか。
また、その時間を大切にしているかがわかるような気がするのだ。
なぜなら、かくいう私がまさにそれ。
本を買ったら、一色と同じ行動をとってしまうから…驚いてしまった。
どこで見られたんだっ?! なんてね。

物語の中に、いつの間にか自分も参加している。
こういう醍醐味があるから、読書はやめられない。

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紙の本ネバーランド

2003/09/25 11:03

若者に贈る、恩田陸のメッセージ?

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

長い人生の中で、青春はほんの1コマだ。
同じような場面はあっても、同じ時は二度と訪れることはない。
だからこそ。
過ごしているこの一瞬が永遠になるように、大切にしてほしい。
そんな、著者の切なる願いがこめられているような作品だ。

もちろん、青春時代の若者だけでなく、
それを経験した大人の方にもオススメしたい。
読んでいるうちに、あの頃の、あの気持ちがフィードバックしてきて、
言葉にできない思いがこみ上げ、胸の奥がキュンとなる。

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紙の本六番目の小夜子

2003/09/19 15:27

曖昧な年頃の葛藤と成長

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

この学校の生徒だけしか知らない秘密の言い伝え。
それは、昔、流行った「不幸の手紙」や「幸せの手紙」の類なのだが、
ちょっと違うところは、現実に、誰かが、あることを、しなければならないということだ。
それも人に見られてはいけないし、誰にも話すことはできない。
期待と好奇心と恐怖に心を支配される生徒たちを翻弄する、
伝説の人物と同じ名前を持つ転校生と、それを取り巻くクラスメイトの話。

というのがあらすじだが、ただのサスペンスではない。
秘密というのは、これだけ人を結束させるものかと感じずにはいられないほど、
高校生の心理をよく描いてあると思う。
たとえば。
高校生という年齢は、大人と子供の中間で、右往左往している。
どっちに転がれば良いのか、どう表現したら良いのか、
いろんな葛藤が頭を混乱させ、時には道を間違えることもある。
そういう時。
この小説にある「小夜子伝説」のようなものが、
思考回路を支配しているなら、これが戒めやすべり止めという役割になったりも
するのではないかと思うのだ。

しかし、この小説のよくできていること。
一時、流行った「リング」のように現実にある話かと錯覚してしまった。
ただのエンターテイメントのはずだが、どこかに、自分が知らないだけで、
存在しているのかもしれない。
それを思うと、ゾッとするのである。

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紙の本三国志 1

2003/06/04 12:34

三国志指南書。

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

三国志演義の物語は、いまも中国のみならず日本でも根強い人気がある。
老若男女問わず、一度読むと更なる三国志ワールドを期待して、なかなか抜けられない魅力。これが人気の秘訣と言える。
 しかし、そこまでの人気ぶりは、たとえば中国で稚拙な三国志を描いたり、映像にしたりするとして、その作品が視聴者や読者の反感をかうと、作品の作者や会社は潰されてしまうほどだという、なんだか恐ろしい話だ。
 そんな中国に日本の三国志同人誌を持って行ったならばどうなるだろう…という好奇心もあるが、やめておこう。まだ死にたくない。いや、死ぬならいいが、生半可に生かしてしまう、そこが恐ろしい中国の歴史。
 と、まぁ余談はこのへんで。
 吉川三国志、である。
 日本人にしてよく資料を集め、日本人にしてよく中国人の気質までをも理解して描かれてあるこの作品は、陳舜臣氏曰く「吉川英治さんが、レベルの高い三国志を描いてしまったので、後に書く者が非常に難しくなった」とものの本で言っている。また続けて「吉川三国志を乗り越えようと壁にぶち当たり、挫折するものも多かった」とまで。
 それほど、日本の小説家に多大な影響を及ぼし、かつ人々の心を魅了し離さないこと現在進行形であるこの小説は、私は、三国志の指南書であると思うのである。
 読みやすい文体、わかりやすい説明は、はじめて三国志を手に取った人も理解しやすいと思う。そして、吉川英治独特の文字の配列によって生み出される臨場感にどっぷりと浸られるとよい。
 そして、貴方も、三国志ワールドから抜けられず、とうとう検証本や関連本、ひいては中国史の本を買いあさる我々の仲間と化すだろう。
 待っていますよ(ニヤリ)。

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紙の本ユージニア

2005/02/21 09:56

人間の「罪深さ」を問うミステリーの原点?

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 これは暑い、暑い夏。
 頭もぼんやりとするような、暑い夏の話だ。
 町のシンボルである青い丸窓の家で毒殺事件が起こる。
 その日はちょうど米寿の祝いの席であり、家族と親類縁者のみならず、
 近所の大人から子供といった祝いに訪れた人々を無差別に毒殺するという
 悪質なものであった。
 死亡したのは17人。生き残ったのは2人。
 犯人が特定できず事件は難航し、
 結局、自分が犯人だという遺書を残して死んだ男によって、
 あっさり事件は幕を引かれる。
 現場に残された謎の言葉を綴ったメモ用紙の意味、
 そして事件の動機も男の素顔も謎のまま…。

 物語は、事件当時まだ子供だった雑賀満喜子がその事件を書いた本、
 『忘れられた祝祭』が世に出されてから20数年後。
 何者かがこれに関わる人たちを尋ね歩くという視点ですすめられている。
 途中までは、この人物が何を探しているのかがわからない。
 ただページを追うごとに、
 私も『忘れられた祝祭』が読みたくてたまらなくなった。 
 もしかしてここらへんなのかも、と目星をつけるのだが曖昧で、
 どこかに記載してあるのかも、と危うく先を覗きそうになった。
 ちなみに。
 『忘れられた祝祭』の本文だと断った記事はどこにも記載されていないから、
 やきもきしながらも物語に従って進むしかない。

 そうこうしてようやく辿りついた結末。
 謎だった事件の背景と事件の犯人が分かるのだが、
 著者の投げかける問いの重さをそのまま受け止めると、
 どうも爽快感がない(笑)。
 何となくモヤモヤっとしている。
 実はそれがポイント。
 本を閉じ最初に戻ったそのときにすべての謎が解けるんだな。
 『壊れかかった不安定な本』というコンセプトで作られた本。
 いざ手にとってみれば、想像していた以上に異質で、
 これまで出会った本のどれにも似ていない。
 しかし、読み終えれば本の作りの謎も解ける。
 あとは読んでのお楽しみ。 

 途中、既刊されている作品のような既視感を覚えるものの、
 身に染みるラストはそれを補って余りあるし、
 ノンフィクションとフィクションを上手く織り込むことで、
 読者を物語に参加させてしまう話の進め方。
 どれをとっても、彼女の持ち味が生きている。

 裏返せば明らかになる記憶の扉。
 露草に留められた見開きの二枚メモ用紙を手に、
 物語だけでなく表紙や雰囲気、著者の情熱(?)など、
 余すところなく堪能して欲しい。
 読むたびに表情の変わる至極の一品。

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紙の本泣き虫弱虫諸葛孔明 第1部

2005/01/12 15:44

面白いけど初心者向けじゃないね、これは。

2人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

これがあの名軍師と名高い諸葛孔明像?? 何かの間違いじゃないだろか。
と思わず、目をこすってみたくなる。
しかし。
実は三国志を幅広くみていると、
演技でもはや神仙化されている孔明も、正史を見るとそうでもない。
作者が蜀の人間だから、筆を押さえて書いてはあるけど、
名軍師ではなく名政治家だったことがわかるし、妙な行動も多い。
かといって、[蒼天航路]の孔明のように破廉恥(失敬)ではないか。
おっと、話がそれた。

その、妙な行動。
それに目をつけた本書。

はっきり言ってかなり笑ってしまう。
まるでコメディを見てるようにページも進むし、
思わず笑ってしまうこと請負。
ただ、惜しむらくは。
同じようなペースで進んでいるため、最後に少し息切れがしたか。
少し飽きた。
そして。
せっかく好敵手、司馬仲達にも少し触れてあるのに、
見所、活躍所の五丈原まで続かないのは残念だった。
機会があるなら、彼らの駆け引きを読みたいところである。

しかし、この孔明。
こんなヤツに天下を切り盛りさせたら、
さぞ楽しい世の中になったろうなぁと想像すると、おかしくてたまらない。

ちなみに、本書は。
三国志初心者で、演技だけをかじった人にはオススメしない。
どちらかと言えば、演技、正史、漫画などに精通した人向けだと思う。
斬新な孔明像に、三国志熱が再燃して、
またいろんな角度から新しい発見できそうだ。

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紙の本荆軻と高漸離

2003/04/29 10:40

死ぬことは美学ではない。

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

親として我子のためなら死ねる人は五万といても、人として、他人のために死ねると答えられる人が、果たして、今の世に何人いるだろうか?
答えは、容易に出るものではない。
なぜなら、この者のためなら命を投げ打っても構わない。
心底おもえるような人に出会うことがないからだ。
しかも、他人のために命を棄てることは、命を大切にしていないということではなく、大切だからこそ、捧げるのだという。
この本を読み進めていけば、いろんなことを考えさせられてしまうだろう。
そして、自分たちがいかに、くたくたになるほどの甘さの中で生きているのかを知る。
言葉の重さ、発言の責任、頼まれ事を引きうけたからには、1ミリとて許されない妥協。
『義』に生き、『義』に死んでゆく「壮士」の命をかける難しさ、尊さ、そして難しさ。
死とは美学ではない。本当は悲しいものである。
これはすべて現代人が忘れようとしていることだ。
今の時代。
命をかけるほどの出会いが、果たして何度訪れることだろう。
出会うことが幸せか、出会わないことが幸せなのか。
私には、まだわからない。
が、そういう人に出会えた昔の人は、軽薄な付き合いしかない今の人よりも、幸せだったのではないだろうかと思う。
真っ正直に生きたい。
そう強く感じさせられた作品だった。

すべてに別れを告げる易水の場面。
親友の高斬離と音曲を共にして心のうちを行き交わすところは、各段の見ごたえがある。


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