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  3. 浸透圧さんのレビュー一覧

浸透圧さんのレビュー一覧

投稿者:浸透圧

24 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本四人の兵士

2010/01/08 00:52

魂の美しさに裏打ちされて。

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

―― 魂の美しさ ―― マンガレリの作品に接するたび、
なかば気恥ずかしいこの言葉を感嘆しながら発せずにはいられない。
作中人物のもつ特性として、また、作品自体を支える基盤として、
そして、たぶん、マンガレリ自身の気質として、
どうしても、「魂の美しさ」に思い至ってしまう。
少なくとも僕にとって、彼の作品に触れる喜びは、
まさに魂の美しさに触れる喜びと同義だ。

四人の兵士と、途中から加わるひとりの少年を含む五人の日々は、
戦時ゆえに美しくも儚い。
彼らのささやかな日常がマンガレリ特有の飾らない筆致で描かれる。
彼らが生きることを慈しむ根底には、戦時の不安と怯えと同時に
存在自体の不安と怯えがあるのだが、マンガレリは、それらを
ことさらにとりあげず、むしろ、日々の変わらぬ美しさを淡々と描いて、
静かに影を際立てる。
影の濃い陽だまりに読者はまどろみながら、根底に流れる不安を
遠くに感じ、それでもいつしか彼らのかかえる痛みと怯えに思い至る。
マンガレリの手にかかると、その痛みすら透きとおってしまうのだ。

マンガレリらしい透明感を最初から感じさせる『おわりの雪』や
『しずかに流れるみどりの川』に比べ本作は、陽光に照らされた
明るい景色が前半から後半にかけてのんびりと続く。
しかしその輝きは、鉄槌へ向けて周到につまれていることを
読者はのちに思い知らされる。

僕がマンガレリに惹かれる理由のひとつに、彼の「死」に対する
スタンスがある。彼の描く「死」の情景はそっけなく乾いて厳しい。
感傷から遠いのに揺さぶられる。しかも今まで経験したことのない
やり方で揺さぶられ、そうして、初めての感覚にとまどいつつ、
胸を穿たれ、しばし頭をたれる。
思いも寄らぬ方法で、あずかり知らぬ場所に触れられる喜び。
彼の作品は、いつもこうして至福の時を与えてくれる。

巷には、読書歴の貧困な僕でも既視感に悩まされる作品が溢れる。
そんななかでマンガレリは稀有の作家だ。
少なくとも僕にとっては秘蹟に近い。

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紙の本宮殿泥棒

2009/12/29 01:06

人間の不可思議さを誠実に描き切る。

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

この作家の美質は予想外な展開をあざとく感じさせない誠実さにある。
ありがちな展開をあちこちで想起させながら、決して安きに流れない。
他者に対し進歩的で理解ある人々が登場する。それでも齟齬をきたし、
別の関係を模索する様が実直で、解決が困難である点もリアル。
そして、描きすぎない。程よいところで手を離し読者に委ねる。
あるいは、そのまま放置する。そんな作風も現実味を醸し出す。
説明できることばかりでないのが現実というもの。
一見地味だが、実に素晴らしい作品群だ。

『会計士』  
騒乱を欲しながら実直に生きた人生をはたと振り返る主人公。
会合直前に会合相手が宝にしている物を瞬間的に盗んでしまうのは、
まさしく破壊衝動だ。実直な彼の中で何かが目覚める。
そうして初めて最愛の娘が強い関心を自分に擁いたというくだりは、
おかしくも切ない。そもそも彼は若い頃、知的で節約家の恋人をふり、
あることで一瞬好ましく感じた浪費家の女を選び結婚している。
実は結婚では既に破壊的な道を選んでいたのだ。無意識に。

『バートルシャーグとセレレム』
細部が魅力的で舐めるように読み進める。
いったいどこに落とすか、今作も見当がつきそうでつかない。
兄に対する弟の葛藤に照準を合わせると思わないでもなかったが、
それでも見事、ラストで愕然とさせられる。
絶好調な兄の人生が頓挫するのを望む気持ち。
兄弟のいる者なら誰しも思い当たる節があるだろう。
兄が決定的な場面を迎えたとき、「これで僕の上昇が始まる」
と感じるくだりが、ひりひりして痛い。
それゆえ、15年後の弟の痛みが鮮やかに決まる。
人間の暗部を照らすだけでなく、救済も用意されている。
うなったシーンに、いつも寄り添う隣人が深夜、タバコの吸殻を
主人公らの庭に投げ捨て、それを偶然、主人公らが目にする場面。
実にいい。ありそうなことで、それについて深く追わないのもいい。

『傷心の街』
これも予想外な展開。落とし所が予感できず、最期まで読まされる。
再生の物語にみせかけて、実は喪失の物語。
そこへラストをもってくるところに、この作家の知性を感じる。
再生の物語は語り尽くされ、逡巡から幸せに踏み出すまでといった話に
なりがちだ。しかし、この作品は違う。
目前の幸せがただの復元でしかないと気づかせ、さらに最愛の者を
ある意味で失う哀しみを描いてみせる。一筋縄でいかない。
ラストで置いてきぼりを食う読者がいるかもしれない。
似た経験をした人間しか実感しにくいかもしれない。
僕は読後しばらく、ぼおっとするほど唖然とした。
しかも奇を衒わないからリアルでもある。
なるほど、こうくるかと感心ひとしきり。

『宮殿泥棒』
最初の数ページで、映画化され観た記憶に思いあたる。
結末を覚えているし展開もそこそこ思い出した。
しかし、原作のほうが格段に素晴らしい。映画は原作を超えられぬか。
枠からはみ出せない小心者たちの物語は胸に染みる。
ラストが滋味深い。この作家の世界に対する眼差しとスタンスを感じる。
教職にあった主人公は物静かな元生徒と飲みながら、互いに過去の
ある部分には決して触れない。元生徒の老人になった様に主人公が
はっとするくだりは感無量。彼らを照らす光や風まで感じる光景だ。

イーサン・ケイニンが描いてみせる世界は、いかにも小さい。
しかし細部に神がやどるように、感慨をもって読ませる筆力がある。
バランス感覚に富み誠実で知性的な主人公たち。
しかし自分の「宮殿」を追われ、追われることに自ら加担してしまう。
彼らに注がれる作家の眼差しとスタンスは人間への尊厳に満ちて誠実だ。
この作家は医者と小説家の兼業らしい。緻密で堅実な作風に納得。
めだたない脇役を主人公にしたケイニンの作品をまた読んでみたい。

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紙の本しずかに流れるみどりの川

2009/12/23 00:21

滋味深い光に照らされて。

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

『おわりの雪』より先に書かれた本作は、
その後の傑作へ続く片鱗が随所にみられる。
少年プリモは、「神さまがつくった」と信じる街に住んでいる。
近くに工場、鉄塔、少年の「トンネル」のある草むら、教会、居酒屋
などのある小さな街、そのどれもが、ぼんやりとした佇まいで、
この作家の輪郭を描ききらない手法は、本作で既に現れている。

一方で、少年の惹かれるものや心象風景は非常に繊細に描写され、
いつしか読む者は、少年の視点で世界を感じるようになり、
そのひとつひとつが儚げで、実に美しい。
しかし、マンガレリの作品を傑作の域に押し上げるのは、
少年の美しい世界を打ち砕こうとする、あるいは打ち砕く容赦ない現実を
対峙させるところにある。現実の厳しさに放り出しながら、
あとに、かすかな光をたたえた場所に導き、滋味深い。

少年が父に言われるがまま教会のろうそくを大量に盗むシーンがある。
電気を止められた彼らの家で半年は使える量を腹に巻いて教会をでる。
深夜の盗みさえも、なにか希望のかけらを示唆されて爽快ですらある。
日々小さな願いを祈り続ける父子、それすら叶えられない厳しい現実、
それでもあきらめず希望の灯し火を彼らは心に宿し続ける。
神の家から灯し火を拝借して去る父子の姿が胸を打つ。

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紙の本ムーン・パレス

2009/11/07 17:56

爽快で痛快で強靭

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

表現や構成はまわりくどいが、
感極まるシーンもあり読ませる。
先の読めてしまう展開は少々惜しい。

無に帰して、そこから始まるというメッセージは気に入った。
失わないと、絶望しないと、本当の救いも希望も見出せない
と繰り返し作中人物に言わせる。そこは大いに共感。

失わないと新しい世界が開けないというのは、
喪失からの再生とは、少し趣が違う。
すべてを失い、さあて、始めるかと、どこまでも乾いて明るい。
ちまたにあふれる手垢にまみれた再生の物語ではない。
伯父も祖父も父も恋人も金も失って、一切の憑き物を落とし
きれいさっぱりしてから、始まる、のが小気味いい。
このラストは、一陣の風を真正面から浴びて爽快だ。

――ここから僕ははじめるのだ――

街を山野を徘徊して散々だった日々を散々読ませたあと、
ラストでこう言ってのけるのだから、
実に痛快。この強靭さが好きだ。

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紙の本草の竪琴

2009/11/03 20:40

稀有な美しさをたたえて。

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

素晴らしかった。登場人物も展開も切なさに涙した。
感傷的以前に美しい。

例えば、ドリーの魂の美しさにひっぱられるように物語は進む。
節度ある描写、『遠い声…』よりも、傍観者的な主人公。
彼に関わる人々が魅力的で、どの人物にも惹かれて読み進むが、
ラストへ向うにつれ、主人公の少年の二度と戻らぬ美しい季節を
読者もしみじみと思い返すだろう。

ラスト、主人公が判事と安宿の住まいを前に出会うシーンも切なく、
カポーティ自身がたどる人生を知って読むならなおのこと、
哀しみに心打たれる。

27歳で書かれたこの作品、カポーティがその後の人生をどう耕し、
どんな成功を収め、どんな死を迎えるかを思い巡らすにつけ、
主人公ではなく、判事の視点に立ってしまいそうだった。

途中、なんでもないところで危うく涙しそうになる、その切なさは、
胸に深く染み入る類のものだった。
表現の美しさは翻訳であることすら忘れさせる。
折にふれ読んでみたい。

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乾いた作風がたまらない。

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

至極普通の人々を材料に、極上の一品を仕上げてみせる
カーヴァーの手腕には、いつもうっとりさせられる。

特筆すべきは、やはり『大聖堂』だろう。
盲人を「迷惑」とぼやきながら、随所に皮肉をまじえ、苦笑を誘い、
読者をどうしたものかと困惑させて、最後に思いも寄らぬ方法で
思いも寄らぬ境地に落とす展開は見事だ。
カタルシスとも不意打ちともいうべき衝撃で、
涙すらでそうになる印象的なラスト。素晴らしすぎる。

各作品の前に付記された村上の解説も味わい深い。
カーヴァーに心酔する村上の翻訳も申し分ない。
ただ、そこまでカーヴァーに心酔するならば、少しは見習っておくれと
世界の村上さんには思うのだが。

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紙の本オオカミくんはピアニスト

2009/12/04 00:22

映画化される理由のありか。

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

――オオカミくんはピアニスト。そして ひとりぼっち。――

というセンテンスで始まるこの作品は、
繰り返しを用いながら、「ひとりぼっち」の様相が
徐々に変化するさまを丁寧に描いている。

広がりのある美しい絵と淡々として静謐な文章。
頁を繰るごとに作品世界の奥へ惹き込まれ、
読み終えたあとの余韻が深い。

扉を開く者の心持ちに寄り添い、みせる姿を変えて魅惑的。
この作家の語り過ぎないスタンスが心地よい。

一見、幼い子どもに向けた装いだが、読み返すほどに、
このオオカミの他者とのつながりや他者への思いの深まりは、
存在の哀しみ、「ひとりぼっち」を生きる強さに
裏打ちされていることに思い至る。

しかし、孤独であることをオオカミは恐れていなさそうだ。
「ひとりぼっち」であること、オオカミであることを
思い知らされる瞬間はあっても。

この絵本は映画化されたらしいが、確かに絵が印象的。
なるほど映像的な作品だ。

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紙の本おわりの雪

2009/11/27 01:01

静寂に包まれる至福のとき

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

静謐という言葉がこれほどしっくりくる作品を知らない。
一切の背景を語らず、外見も名前も年齢もわからぬまま、
「ぼく」と「父」の物語は、知らぬまにすべりだすソリのように
ひっそりと始まる。
繰り返される日常を短くそっけない文章で濾過し結晶化してみせ、
少年の息づかいに耳をすまし寄り添わせる静かな牽引力を備える。

母は深夜に外出する。しかし理由はわからない。
父は病に臥せっている。しかし病状はわからない。
少年からみてわかることだけを語ることで、読む者はいっそう目をこらし、
作品世界のより奥へいざなわれる。

音をたてずにいくつかの死を淡々と描く。
そのいくつかは少年の手によるもので、彼自身、心を痛めつづけるが、
そんな劇的な出来事さえも、この作家の手にかかると、
どこまでも静謐で美しい。
作中のどの人物も多くを語らず、少年も多くを訊ねない。
少年と、父、養老院の管理人、母は、寡黙のうちに、まるで彼らの存在の
つくる影が足元でそっと手をとりあうようにして心を通わせる。

少年が父に繰り返し語るトビ獲りの話、水滴の音、母のたてるスイッチの音、
犬の消えた雪原、父の死、それぞれの情景は、思いがけない視点で描かれ、
戸惑うほど胸をしめつける。
どこまでもシンプルな表現で読む者の心に像を鮮明に結ばせて見事。

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紙の本20世紀の幽霊たち

2009/12/11 03:05

五感を刺激する贅沢なテーマパーク

4人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

ジョー・ヒルがこしらえたこのテーマパークでは、泣いたり笑ったり、

叫んだり吐いたり、とにかく忙しい。冷や汗とあぶら汗でシャツが汚れるので
新陳代謝の激しい方は着替えが必要かもしれない。
抜群の刺激でお客様をシビレさせるアトラクションの数々をご堪能あれ。

『年間ホラー傑作選』
作中小説は主人公が狂喜するほどかと感じるが、ラストは見事。
疾走の目眩と高揚。残虐な作品を僕自身知りすぎたせいか、

キルルが(この名もすぐわかるだろ、キルユーと)考えた最初の案も
さほどショックを受けず少々残念。
しかし、面白い。ホラー作品としても、人間に関する読み物としても。

『20世紀の幽霊』
先に怖い話『年間~』があり、てっきりこれも途中からどうしようもなく
怯えるかと期待するが、違った。映画に関わる人生を送る者にだけ現れる
幽霊、映画へのオマージュをこめ、ラストに大団円のある大衆的な内容。
少年の映画への愛、幽霊への屈託、最後のオチまで伏線をしき心憎い。

『ポップ・アート』
謝辞で絶賛されるように素敵な作品ではある。
風船人を最初は主人公の妄想の友かと思うが、違う。
実在するという設定で、主人公が光の世界へ踏み出すまでを描く。
途中、風船人の死で、この美しいファンタジーはクライマックスを迎えるが、
その後の顛末は果たして必要か。
オチがそれまでの洒脱な展開に比べ凡庸だ。しかも最後のセリフはくさい。
遺体がみつかろうと風船人が空を抜けたことを象徴するシーンであるくらい
読者はわかっている。それをわざわざ最後の決めゼリフにするのは野暮。
ところでなぜ風船人はユダヤ人なのか。ユダヤ人はそれほど美しい民族か。
イスラエルで起きていることを思うとき、風船人である資格など全くない。
艱難を背負う民族ではあっても、アメリカで力をもつのは彼らで、
おかげでパレスチナの人々は虫けら同然の扱いを受け続けている。
ユダヤ人を美化すべきでない。この1点で僕はこの作品を絶賛はできない。

『蝗の歌をきくがよい』
途中、先の頁を繰ったら「父の贓物」とあり、読むのを一旦やめる。
とってもグロテスク。しかも愛する友人をまず殺っちゃうなんて。
もちろん父は過失致死でも、その内縁の妻は……もうなんというか。
そして友人を殺って、祈り続ける女生徒を見逃し、また殺しに戻るあたり、
いいねえ。その節操のなさが実に昆虫的でリアル。
虫を食べる子どもとして評判を集める前半からして吐き気を催すが、
どこまでも詳細に表現し切るグロテスクな描写は見事。
バロウズとカフカと映画『放射線X』の三角関係から生まれた私生児か。
読者を震撼、不安にさせるという意味でホラーは一番小説的かもしれない。
実際、不安定になりました、ありがとうございます、といった具合。

『アブラハムの息子たち』
アブラハムといえば、三大宗教の始祖。
最後の書斎のシーンから、もっと酷いことが起きるのではと不安に苛まれる。
しかし読み切ると、それほどおかしな話でもないのだ。
彼の作品は残虐でありながら抑制が効いている。その加減がいい。
とはいえ、どうにも困った話なのだが。
吐き気をこらえながら残酷描写を味わってつくづく、人間はグロテスクなもの、
目をそむけたくなるものが好きなのだと痛感。

この短篇集、誤解されそうで人に薦めにくい。しかし、この作家は実にうまい。

『挟殺』
ヒルの作品は絶望的な場所からラストで、すーっと浮上し始める展開が多い。
しかも、どちらかというと、はずれた人間が隅っこに追いやられている背景を
背負って始まる。ただ、この半端者たちは決して自己憐憫に陥らない。
この作家の、はずれた人間に対するスタンスが好きだ。
ラスト、彼は殺人の汚名をきせられるか?いや、きせられないだろう。
そして、子どもの命は助からないかもしれないが、確かに光へ進むのではと
予感させる。挟殺という、走っても絶望の未来しか見えないときに光がさす、
しかもほんの少し。ジョー・ヒルの作品は乾いていて、なお温かい。

『おとうさんの仮面』
デヴィッド・リンチにぜひ映画化させたい映像的で不気味な作品。
氷の仮面をつけた父が記憶を失い、家ごと骨董商に売られる。
その仮面は子どもに引き継がれ、仮面をつけたままいわく「ぼくの顔だもん」
ただ、ファンタジーは、へたすると異議を逃れられる危険をはらむ。
シュールで構わないが、裏にきちんとした理論を構築してほしい。
曖昧さを内包した作品もありだが、書いたもの勝ちになる。
たぶんジョー・ヒルだ、ちゃんとした裏打ちくらいあるんだろ?
そういうことにしておく。

『自発的入院』
実に不安をかきたてる作品。
前述の『おとうさんの仮面』より、ずっと不安感が強い。
理屈を通しながらどこかで破綻している。
しかし、そんなことなど気にならない強靭さがある。
モリスの作る要塞。そこへ消えた親友。モリス自身も消える。
そして主人公は、道が残されていることに安堵すら感じる。見事だ。
これも映像化してほしい。どこかしら泣きたい気持ちにさせる作品でもある。

『黒電話』
通じないはずの黒電話に殺された子どもたちからかかる。
この手の話は先を知りたい一心で読むため、作品の良し悪しの判断が
ぶれる。まあ、別にぶれていいんだが。僕の主観でしかないし。
この作家の美質は、ディティールですら軽く読者の予想をかわすところ。
くるかと待ち構えても、こない。そのはぐらかし加減が、うまい。
そうして何度もかわしながら、読み手を予想外の場所へ導いてゆく。
それでいて結末で驚かす手法をとらない。展開に小さな予想外を重ね、
すべてを主題に向わせる。たぶんラストはおまけなのだろう。
結末で驚愕させたければ、いくらでも方法はある。
この作品なら、上階で兄弟が殺し合い、地下は永遠に忘れ去られるとか
姉も捕まり姉弟が地下で暮らし続けるとか…素人の考える安易な結末だが。
とにかく、そういった絶望的で猟奇的なラストは避けているようだ。
その手の気味悪さはめざしていない。
そんな薄気味悪さは現実世界にまかせておけばいい。


「削除部分」について。
これはあったほうがいい。
未解決の事件、みつかっていない子どもたちからの電話ということで、
かなり余韻がよい。事件の罪深さと深淵を感じさせるなら、
削除しないほうがよかったのでは。

ジョー・ヒルの作品は絶望的でない。どれも最後はわずかな光へと踏み出す。
たとえ一見、絶望的なラストの『年間~』でも、永遠に逃げ続ける姿が
象徴的ですらあり、他の作品同様、奇妙な一縷の望みは残されている。
純文学で成しえることをホラーで成しえた点を評価したい。
サービス満点のアトラクションの数々、ご満足頂けること間違いなし。

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紙の本最終目的地

2009/11/27 01:20

故郷を喪失した人々の最終目的地

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

――幸せなときには美しい物を買うべき――

読み始めて、このくだりにきて危うく涙しかけるほど語りかけが心地よい。

――そうすれば、自分にも幸せなときがあったのだと
                    物をみるたびに思い出せる――

こうして書くと何の変哲もなく、何が琴線を震わせたのか説明しづらいが、
そんな瞬間に読書の喜びをみいだす方には、
この作品はこたえられないだろう。

故郷を喪失した人々の最終目的地はどこか。
ゆったりした各々のエピソードの流れに洗われながら、
それぞれの最終目的地が徐々に明らかになっていく。

結末は少々予定調和気味だが、ラストまで惹き込まれる展開だ。
主人公が惹かれる女性、アーデンを美化しすぎるのは鼻につくが、
主人公にとっても、作家にとっても理想の女なのだろう。
一方、主人公を追ってやってくる恋人が騒々しく苛々する(少なくとも僕なら
うんざり)女という設定は安易。

ところで、翻訳に限界があるにしろ、もう少しこなれた訳はないのかと、
素人でも感じる箇所がいくつかあり、話の流れが美しいだけに残念。

蛇足だが、この作品は映画化されたらしい。
確かに映画にしてほしいシーンがいくつもある。群像劇としても興味深い。
しかし、シャルロット・ゲンズブールがアーデンを演ずると知り、
一気に興醒め。あの女優は苦手だ。
思慮深く美しいアーデン役に合う女優は他にいくらでもいるだろうに。
僕のなかでもアーデンは美化されていたようだ。

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ラジオからポールの声で聴いてみたい。

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

全180話を読み切って、こんなことを言うと身も蓋もないが、
やはりこういった話は、1話ずつ、決まった曜日の決まった時間に
雑音を交えて、ラジオから聴こえてくるから、味があるのでは。
もちろん字面を追い、笑ったり、胸つかれたりしたわけだが。

どの話からも、人々の、とっておきの話をさしだす誇らしさと気恥ずかしさ、
隠してきた秘密を明かす後ろめたさと高揚や逡巡、
大切な思い出を語り終えてからも、遠い記憶を人知れず反芻する気配すら
立ち昇って、愛しい。

電波にのって生活音のはざまに細々と流れる市井の人々の喜怒哀楽を
車に乗りながら、釘を打ちながら、釣り糸を垂らしながら、
それから、ビールを飲みながら、
ラジオから、ポールの声で聴いてみたいものだ。
実際に耳にしたアメリカの連中が羨ましい。

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エッセイとあなどることなかれ。

5人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

読み終えて、ミラノの霧の重みからイタリア自体の豊潤な重みまでを
一心にうけたように疲れきった。
一話は短いが、そのなかで話の矛先が、文学や芸術、地理、
街の通りの名から、須賀の出会った有名、無名の人々、彼らの背景、
と縦横無尽に駆け巡るため、印象が散漫になることも。

そのうえ、この作家が好んで使う常用漢字外の語句や古風な表現は、
美文ではあっても、まるでイタリアの石畳を素足で歩かされるように、
常に硬いものをつきつけられる心地で、時折、
足裏の痛みに苛立ちすら呼び起こされる。

それでも、須賀の他のエッセイにも手を伸ばそうとする僕は、
さしずめ、石造りの修道院で修行に励む僧の気分だ。
そうさせるのは、この作家の文章の妙ゆえだろう。
高みから鞭打たれる快感か、須賀のとりあげる世界に心の端で
反発を感じながら、イタリアの湿った頑固さとしたたかな柔かさ、
そこで暮した彼女の日々を再び追体験したいと思う。

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紙の本遠い声遠い部屋 改版

2009/11/03 20:27

過剰さに溺れて。

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

幻想的なシーンになるとあまりの過剰さに眠くなるのが玉に傷だが、
少年の様々な感情をこれほど豊かに描き切る、しかも20歳から
2年を費やして完成させたというから恐るべし。

残念ながら、印象的なシーンは多くありすぎて薄れてしまった。
過剰ゆえに消化不良を起す、そんな具合だ。

混沌とした時系列、つじつまを故意にはずし、間を飛ばしてあっさり
次のシーンへ飛ぶ。故に読み手は謎を解き明かすべく先を急ぐが、
謎は謎のまま進み、じらされる。周到に考えられた構成だ。

心象風景が語られても、心象の理解にとどまって、
共感の域まで昇華されない。そのあたりに不満は残るが、
感動や共感を促さない姿勢は好感がもてる。

感動を促さないでなお感動させる強さは、この作品には望めない。
そもそも作家自身、感動や共感などさせるつもりはないのだろう。
読者を置き去りにするのも最初から折込済みか。
いずれ再読したい。

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紙の本フランク・オコナー短篇集

2009/11/03 18:03

短篇の名手の技に酔う。

4人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

作品所感。

『ぼくのエディプス・コンプレクス』
オコナーの短篇はユーモアに溢れる。溢れながら、ひやっと腑をかすめる。
主人公に共感するも、関係が崩壊した後あっけなく修復されるまでが
少々物足りない。

『国賓』
これは良い。捕虜を「国賓」とした題名も皮肉が効いている。
ただ、死に向う人間がこれほど冷静か疑問。理論的な言でにじりよるのも、
恐れをみせず淡々と行動するのも困難だろう。
釈放か死刑か、捕虜になる時点で諦観はあったにしろ、できすぎた展開だ。
しかし、最後の数行が素晴らしい。

――僕はなぜかとても幼く、どうしていいのかわからないひとりぼっちの、
雪の中で迷子になった子供のような気分だった。
そのあとの人生は、僕にとってはまったく別のものになってしまったのだった。

この二文がなければ、作品自体、色あせていたろう。
老婆がひざまずき祈るあたりまで想定内だ。
主人公が最後に語るこの二文がこの作品を「傑作」の域に押し上げる。
もちろん、捕虜と親しかった監視人自ら処刑する展開も効いている。
しかしそれだけでは「よくある話」だ。戦争中ならば起こりえるだろう。
処刑したのち祈り罪を購うのも予想できる。
「そのあとの人生が全く別のものになってしまう」その点が大切なのだ。
贖罪の祈りなど問題ではない。
そもそも実際に処刑されるひとりは神を信じていない。
祈ったところで、人が人を殺した事実は消えない。
だから、最後の二文が胸を穿つ。

『ある独身男のお話』
作中に登場する「独身男」の感性に近いと、話を耳にしただけで幻影の女
「と恋に落ちる」(この翻訳は少しおかしい)展開は、無理がありそう。
それでもラストの「独身男」も自らを責め続けていたという種明かしは
実に気持ち良い。

『あるところに寂しげな家がありまして』
ふたりは結婚し、妊娠のほのめかしまであるが、ハッピーエンドだろうか。
結婚に懐疑的な者からするとハッピーに思えないのだが。

『はじめての懺悔』
最高におかしい。涙がでるほど笑った。
特に懺悔のシーンで笑いは最高潮に達し呼吸困難を起こしてしまった。

『花輪』
相手への苦手意識から友情の発露までの変化を追った話。
最後に神父があの花輪は僕のだよといったオチにならないか期待したが、
さすがにそこまでの飛躍はない。
途中、会話の内容をつかむまで誰の言葉か判断つかない箇所があった。
訳す際にもう少し整理が必要だろう。
冷たいと思われた男が最後に彼独特の方法で
友情の証をたてるラストは爽快。

『ジャンボの妻』
最初は予想外に感じるも、展開を追うにつれ典型的な様相に少々落胆。
女が暴力男を愛する話はよくあるが、暴力男にも被害を受ける女にも
真の意味で愛は存在しないと考えるので、感情移入はおろか共感も
無理だった。

『ルーシー家の人々』
展開は淡々としているが、読後、胸をつかれる。
父ら兄弟の確執を溶かそうとする甥。ついに確執のまま終るかと思いきや、
そこには息子の窮地に無力だった父親の、せめてもの供養があったという、
やるせないラスト。
「自分を傷つけている」という言葉にも動じない。
「人間として間違っている」と烙印を押されようが、息子の供養のために
とる親の行動の、無力な愛情のありようが実に切ない。
確執をテーマにもっていながら、息子への親の、なんといえばいいか、
とにかく、あとから胸にきた。

『法は何にも勝る』
頑固な老人が金を払うより冷たい床で寝るのを選ぶ話。
特に印象的な風景描写でこの作家の筆力に喚起されるものがある。

『汽車の中で』
少々手法に走った作品。あまり心にとめるものはないが、
それぞれの階級、職業の人々のありさまが手にとるように描かれる。

『マイケルの妻』
老人の想いが描かれるが、訳し方に難があるのではと感じるほど、
作家の意図が伝わりにくい。もっと適切な表現に訳されていたら、
きっと、この老人に心打たれたろう。
ラストなど、まさにその典型的な感動シーンのはず。
どうもこの短篇集、翻訳がまずい気がする。

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紙の本停電の夜に

2009/11/05 20:54

人間の美質と尊厳とは

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

『停電の夜に』 
個人的に短篇に期待するのは、気を衒う展開より、はっとする機微だ。
胸をつかれ、ため息をつきたくなるような機微をすくい上げられると、
共感や感動へ導かれやすい。その点で、この作品群は弱い。
この短編にしろ、理解はしても共感に至らない。

『ピルザダさんが食事に来たころ』
パキスタンとバングラディッシュの行く末を憂うピルザダさんと
その友である両親を少女の視点で描く。

毎晩、歯磨きのあと少女は、ピルザダさんにもらったチョコを
舌で溶かしながら、彼の家族の無事を祈る。素敵なシーンだ。
最後、ついに解決をみて、ハローウィンの菓子は捨てられる。

チョコを口に祈る場面以外、作中人物らの裕福な描写に邪魔されて
共感しづらい。彼らの祖国で苦しむ人々、米国本国で貧窮にまみれ
暮らす同国人らとのギャップが激しいせいか。
苦しむ人々に言及されても、こちらに迫らないのは、
とりもなおさず作中人物らの安全な立ち位置のせいだろう。

『病気の通訳』
どうも展開の予想がついてしまう。
父親の違う男児がサルに叩かれるシーンは象徴的。
両親の罪を子どもが購わされるといった図か。

『本物の門番』
ここでいきなり貧しい老女が主人公になる。
門番として働きを喜ばれていたが、ある一件で追い出される。
実に容赦ない話。中流の主人公らの結末より桁外れに厳しい。
なにを象徴したいのか。これが現実だと言いたいだけか。

『セクシー』
展開はなかなかユニーク。
女が不倫関係にある男といずれ終ることは想像にかたくないが、
7歳の男の子とのやりとりが、不倫の解消を早めることになる。
ラストの晴れ晴れとしたシーンも良い。

「セクシー」の意味を問われ、男の子がもじもじしたあげく、
「知らない人を好きになること」というくだり、
そして、父と、愛人の話をするくだりは、涙を誘う箇所のはず。
感動させる絶好の場所にもかかわらず、なるほどと思うにとどまり
ぐっとこない。落涙までいかずとも、哀切を読者にアピールする場所で
完遂できないのは、筆力不足ゆえか。

『セン夫人の家』
インドから結婚を機に米国にきた夫人の甘えた郷愁。
それを承知でとりあげ、少年の自立へ落とす。
ここにきて、インドはもういいと感じる。
人種のるつぼの米国で、インドから来たからどうなのだ。
文化が違うからどうなのだという気分になる。

『神の恵みの家』
新婚夫婦が引越した家にカトリックの偶像がそこここにあり、
それをみつけることに喜びを感じる妻と、辟易する夫。
妻は美人で人気者で、と続く。

女が何か特徴的であるとき、加えて美人であることが
いかに力をもつかよく知るのか、こういった設定が多い。
好みの問題だが、正直、白ける。
実生活で、おもしろい女にあまり美人はいないからだ。
深みのある美しさをもつ女ならいても。

この作家の書く美人は見た目の美しさしかもたない。
人を美しいと思う瞬間が、この作家と僕は違いすぎるのであろう。
人の美質はどこにあるか、この作家は知らないし、知りえない。
美しい人の美質がどんなものかも。
だから、作品同様、作中の美人たちも表層的なのだ。

『ビビ・ハルダーの治療』
つまり、おなかの子どもはビビ・ハルダーだったのかもしれない。

この作品群では、女は美人以外、どこまでも醜い女しか登場しない。
極端に醜悪な女を創りあげ、徹底的に貶める。
本作の貶めきられた女は周囲の愛でなんとか自立する。
だからどうなのだ。つまらない。

『三度目で最後の大陸』
インドづくしのなかで、これが一番マシだった。
人間の尊厳に満ちている。他の作品に欠けているものがここにはある。
訳者もこれが一番と書いているが、当然だろう。
インドから米国に渡った男と米国の人々の交わり、妻への愛の芽生え。
ようやくそれなりの重さをもつ作品が書けるようになったということか。

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