あずきとぎさんのレビュー一覧
投稿者:あずきとぎ

日本妖怪大全 妖怪・あの世・神様 決定版
2014/07/06 20:57
水木しげる妖怪学の集大成
10人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
水木しげるによる妖怪研究の集大成ともいえる書。
1ページに1項目(絵と解説)を載せ、全895項目(妖怪…764、あの世…19、神様…112)を網羅する。
これほどのページ数となると、文庫が立つ(!)。
内容は、著者の勝手な想像・創作などではなく、論拠を示しながらの解説・論考である。
資料としては、江戸時代の鳥山石燕が描いたいくつかの妖怪画集や、「和漢三才図会」を中心に、記紀や風土記から柳田國男の著作まで、古代から近代にまで及ぶ。
そこに、著者のフィールドワークの成果か、各地の伝承・習俗を加え、著者なりの見解を論じている。
改めて、この分野における水木しげるの偉大さを、思い知らされた。
妖怪だけでも764項目あるので、読み進めるのが大変に思えるかも知れないが、この手のものが好きな人にはまったく苦にはならないだろう。
大体20~30項目も読むと、始めの方の内容はあらかた忘れてしまう。
さすがに900近い項目を、頭に入れるのは難しい。
むしろ本書は、一読した後、時間が空いたときなどに書棚から取り出し、パラパラと適当なページを開いて数ページ読むことで時間を満たす、という読み方が相応しいのではないか。
妖怪などの名前と絵を見ていくだけでも、十分楽しい書だ。

総員玉砕せよ!
2013/10/19 01:33
実体験をもとに描かれた戦場の悲惨さ
8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
1973年発表の作品。
太平洋戦争の戦場を描いた作品として、あまりにも有名。
作中で玉砕する大隊に、水木しげる自身も所属していた。
しかし、前年に爆撃により左腕を失い、傷病兵としてラバウル近郊に下がっていたため、玉砕に巻き込まれることを免れたのである。
その為、各場面の描写はとても生々しい。
前半は、占領地バイエンでの日常が描かれる。
南方のジャングルの過酷な環境とアメリカ軍による断続的な攻撃に晒される日々は、正に生と死が隣り合わせである。
淡々と人の死が描き継がれていく。
後半は、アメリカ軍の反攻に遭い、追い詰められ、切り込みを決意し玉砕に至る過程が描かれる。
戦争の悲惨さ、非情で不合理な軍律を訴える物語に添い、その筆致はさらに熱がこもる。
画面は一層暗くなり、兵士たちの表情は険しく、人は無慈悲に殺され、ジャングルはより鬱蒼と繁る。
前半にいくつか見られたような作者特有のユーモアも全く見られなくなり、ひたすらハードでシリアスな場面が続く。
序盤、バイエン上陸前の場面で慰安婦と兵士によって歌われた「女郎の歌」が、クライマックスシーンで印象的に登場するのは、見事だ。
ラスト数ページの絵の放つ力は凄まじい。
あまりに惨い描写なのだが、目を背けることが出来ない。
そこに込められた水木しげるの熱い思いが、存分に伝わり、強く訴えかけてくる。
国民の多くが戦後生まれとなった現在、ぜひ一人でも多くの人に読んでもらいたい作品だ。

朽ちていった命 被曝治療83日間の記録
2014/09/27 21:52
国内初の臨界事故 忘れてはならない犠牲者と教訓
8人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
1999年9月30日、茨城県東海村の核燃料加工施設「JCO東海事業所」で起きた臨界事故。
ウラン燃料の加工工程において、ウラン溶液をステンレス製バケツで大型容器に移しているときに、臨界は起きた。
瞬間的に放射線を浴び、被曝した作業員は3人。
うち2人は亡くなり、1人は重傷ながら命は取り留めた。
本書は、亡くなられた作業員の一人、大内久さんの治療の過程と症状の推移を、当時治療に当たった医療関係者の証言や記録物を元に、ドキュメントとして再現したものである(2001年5月の「NHKスペシャル」の放送内容を書籍化)。
被曝時、大内さんは、最もエネルギーが強く透過能力が高い、中性子線を20シーベルト浴びていた。
10シーベルトの被曝で、1~2週間後に100%が死亡するという。
体への影響は、まず血液から現れ、リンパ球が急激に減少した。
だが、治療チームのリーダーとなる前川東大教授は、被曝の翌日大内さんを初めて診たとき
顔面が少し赤くなって、むくみ、白目の部分がちょっと充血しているなと感じたが、皮膚が焼けただれているわけでもなく、はがれ落ちているわけでもなかった。水ぶくれさえなかった。意識もしっかりしていた。医師の目にも重い放射線障害があるとは見えなかった。(本書より引用)
と感じ、「命を救えるのではないか」と思ったという。
しかし、その日のうちに、大内さんの症状は悪化を始める。
六日目、採取した骨髄細胞から、細胞内の染色体がばらばらに破壊されていることが判明する。
これが、大内さんの運命を決定づけてしまった。
染色体が、引きちぎられたようにばらばらになったということは、細胞分裂が出来ないということだ。
そしてこれが、全身の細胞に起こってしまっている。
皮膚は、古い細胞がはがれ落ち、新しい皮膚が出来ないまま真皮がむき出しになった。
そして、そこから血液や体液が浸み出してきてしまう。
消化管の粘膜もはがれ落ち、消化器としての用をなさなくなった上に、出血が起こる。
その他の臓器にも、次々と機能低下・機能不全が起こっていく。
国内初の臨界被曝事故。
世界的に見ても、ほとんど例がない症例である。
治療チームには、参考にできる治療例や資料などは全くなかった。
手探りで治療を進める中、相次いで起こる障害に、対症療法に回ることが多くなる。
病状が絶望的なほど悪くなってくると、治療スタッフ各人の心中に迷いが生じてくる。
しかし、度々面会に訪れる大内さんの家族は、最後まで希望を持ち続ける。
本書は、世界でほぼ初めての、高線量放射線障害に対する治療のドキュメントである。
まずは、放射線被曝が人体に及ぼす影響の惨たらしい事実を、しっかりと受け止めて欲しい。
そして、八十日以上大内さんと向き合い、必死に治療に当たった治療スタッフの苦悩と努力に目を向けてもらいたい。
そこには、一人の患者を何とかして救いたいという医師・看護師の強い思いと、立ちはだかる現代医学の限界との相克が、絶えず見て取れよう。
最後に、本書から、大内さんの死から一年後に奥さんが前川教授に宛てた手紙の一部を引用する。
原子力というものに、どうしても拘わらなければならない環境にある以上、また同じような事故は起きるのではないでしょうか。所詮、人間のする事だから……という不信感は消えません。
それならば、原子力に携わる人達が自分達自身を守ることができないのならば、むしろ、主人達が命を削りながら教えていった医療の分野でこそ、同じような不幸な犠牲者を今度こそ救ってあげられるよう、祈ってやみません。

失踪日記 2
2013/10/31 19:02
力作!
6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
前作「失踪日記」で未完になっていた「アル中病棟」の続きであり、完結編。
表紙カバーに描かれた一枚絵を見るだけでも、本作に掛ける著者の意気込みが分かる。
病棟を斜め上から俯瞰した絵なのだが、実に細かく描き込まれている。
この熱量は、当然作品本編にも表れており、吾妻作品の中でも、一コマ一コマにここまで描き込んだものはあまりないだろう。
前作と比べると、人物の服装や髪のツヤ、背景の端から端まで実に細かく描かれている。
前作が四段組み(1ページを横に四分割してコマ割りをする)であったのを、本作は三段組みにしており、一コマが広くなった分より細部に渡って描き込まれていったようだ。
(これは、前作の描画が悪いとか手を抜いているということではない。前作の絵もまた味わいがあるのだ。)
また、豊富な登場人物の描き分けも、本作の見どころの一つだ。
当時、病棟には30人ほどが入院していたというが、洗面や食事のシーンに描かれている多数の人物、そのほとんどが「登場人物」としてストーリーに絡み、それぞれに別個のエピソードを持つ。
さらに、そこへ複数の医師や看護師が登場する。
これほど多くの人物を描き分け、キャラ付けしていくのは、大変なことだ。
著者の力量に、改めて感服するしかない。
読み進めていく中で、特に印象深いのは、大ゴマの挿入の仕方とその描写である。
ページの三分の二、あるいは1ページ丸々一コマという大ゴマに描かれた絵には、その時々の著者の心情――開放感や戸惑い、不安などが、読み手の心に迫ってくるように巧みに、それでいてどこかしら空虚感を伴って表現されている。
結尾の3ページは、何とも言えない読後感を与える。
内容(ストーリー)は、アルコール依存症の治療の経過を、病棟生活を中心に描いたもので、過度の飲酒が体に与える影響や依存症の症状、治療の進め方、病棟での生活スケジュールなども説明されているので、これらに関心のある人にはよい参考になるだろう。
アルコール依存症の治療過程の実態を描きつつ、それをエンターテインメントにまで仕上げている、著者入魂の一冊である。
(ちなみに、コマの端などに、魚や得体の知れない生き物が描かれているときがあるが、これは幻覚ではなく、吾妻作品ではよくあることなので、誤解なきよう。)

プリニウス 1 (BUNCH COMICS 45 PREMIUM)
2014/11/13 01:52
ローマ随一の博物学者を描く
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
雑誌「新潮45」に連載中のマンガ。
「テルマエ・ロマエ」で知られるヤマザキマリと、とり・みき(飛び抜けてメジャーな作品はないかも知れないが、僕の一番好きなマンガ家だ)の二人による合作である。
プリニウス――ガイウス・プリニウス・セクンドゥスは、一世紀の古代ローマに実在した人物で、政治家や軍人である上に博物学者でもあった。
彼は、膨大な量の書物と見聞を元に、百科全書『博物誌』を書き残した。
その内容は、天文・地理・鉱物・動植物・絵画・彫刻に至るまで、森羅万象すべてを網羅するかのように、多岐に渡った。
今日から見れば、誤りや空想(?)と言える記述も少なくないが、ヨーロッパでは中世まで「古典中の古典」として知識人を中心に読まれていたという。
物語は、プリニウスと彼の口頭記述係であるエウクレスの二人を中心に展開する。
第2話以降、二人はシチリアからローマへと旅をする。
旅の途中に遭遇する事物・現象について、プリニウスがその持てる知識を言葉にして披歴し、それをエウクレスが書きとめる。
この作品の魅力の一つは、毎回披露されるプリニウスの博識ぶりだ。
目にしたものについて、彼の脳から溢れ出してくる知識が、滔々と淀みない流れのように語られる。
前述のように中には誤った事柄も含まれているのだが、堂々と自信を持って語られる論理的な講説に、つい引き込まれ納得させられてしまう。
実は、この物語は、プリニウスの脳内を旅しているのかも知れない。
さて、時は皇帝ネロの治世。
1巻の終わりで、プリニウスは、彼の帰還を待っていたネロに出会う。
ローマにおいて、これからどのように物語が展開していくのか。
次巻が、楽しみだ。

ライ麦畑でつかまえて
2017/04/15 11:44
思春期の少年の大人社会との葛藤
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
1951年の作品である。
主人公ホールデン・コールフィールドが、「君」(=読者)に語る、一人語りの形式になっている。
十七歳の彼が、前年のクリスマス前(この時は十六歳)、退学処分の決まった高校の寮から一足先に飛び出し、自宅のあるニューヨークの街で過ごした三日間の様子が語られる。
発表当時は、賛否両論だったらしい。
批判(非難)の的となったのは、主人公の行状のようだ。
ホールデンは、成績不振などで三校にも渡って退学処分を食らった生徒で、飲酒・喫煙はするし、セックスについて語る箇所が出てくるし、果ては売春婦を買うシーンまで出てくる(但し、しばし言葉を交わしただけで、帰してしまう)。
「このような悪童が主人公の、不道徳な作品は、けしからん」という訳だ。
にも関わらず、半世紀以上を経た現在でも、変わらず読み継がれているロングセラー作品であることは、周知の通りである。
作品中、彼が何度も持ち出す言葉がある。
「インチキ」「デタラメ」「これには僕も参ったね」「低能(野郎)」「へどを吐く」「下司な野郎」…
彼は、ニュ―ヨークの街の様々な場所で、種々の人々と出会い、また在学中の出来事を思い出す度に、こうした表現でこき下ろす。
彼が出会う者たちは、ことごとく彼の抱いている価値観・倫理観・正義感に反しているのだ。
そうして、彼はその度に「気が滅入」り、「憂鬱に」なる。
ホテル、バー、その他と、街中を彷徨い、可愛がっている妹に会うために、ようやく自宅に辿り着くが(夜中に忍び込む)、その妹にも彼の苦悩や願いは理解されない(まあ、妹はまだ十歳なのだが)。
純粋・公正・正義を求める少年と、社会に適応するために様々な工夫・妥協をしている大人たち。
思春期を通して直面する、大人社会との葛藤。
それは、誰もが経験するものだろう。
しかし、その葛藤は、その苦悩は、思春期に限ったことだろうか。
成人し、大人社会の仲間入りを果たしてからも、この葛藤は続くのではないか。
うまく折り合いをつけられている人は、いい。
だが、すべての人が、社会の矛盾と折り合って生きている訳ではあるまい。
この辺りに、この作品のロングセラーたる所以があるように思う。
ぜひ、若い人には、若いうちに読んでもらいたい。
また、僕のようないい年をしたおっさんが読んでも、共感できる作品であると思う。

カオスノート
2014/11/13 01:56
著者の代表作がまた一つ
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
書名が表しているように、およそ250ページの単行本一冊に不条理ギャグが溢れんばかりに詰め込まれている。
吾妻作品を構成する三要素――ギャグ(殊に不条理ギャグ)、SFマインド、美少女(美しいというよりは、かわいい)のうち、不条理ギャグを前面に押し出し、かわいい女の子を添え、時折SF色を交える。
「○月○日 ~をする(or した)」で始まる各エピソードが、一コマから数コマ、数ページと長さもまちまちに、次々と繰り出され、そのすべてがありふれた日常を離れた不条理な世界だ。
帯の推薦文で高橋留美子が「一人大喜利」と表現しているが、正にどれだけ不可思議な世界とギャグを生み出せるかという「一人ネタ出し合戦」といった印象。
例えば、「飛び出す絵本を読む」では、ページをめくる度に様々なものが飛び出してくる。
また、海上を漂流しているときには、続々と多種多様なものが姿を現す。
一コマだけのネタが、いくつも連続して繰り出されると、その非日常的なめくるめく不条理世界に取り込まれていくかのようだ。
ここで、その不条理性に「なんで」と問いかけてはいけない。
目の前に描かれているものは、見たままそのものでしかなく、「なんで」という問いは無粋でありナンセンスである。
ここは、この日常を離れた無秩序で不条理な混沌世界に身を委ね、存分にそれを楽しむのが正しい読み方というものだ。
実際、僕は、次はどんなネタが飛び出すかと、うきうきしながら楽しく読んだ。
帯の文句に「最高傑作」とあるが、著者の代表作の一つに加えるに十分な傑作だ。
ちなみに、本書後半から著者(の分身)が、胸に「SOBER」と書かれた黒いTシャツを着ているが、これは以前鬼束ちひろのHPで、販売されていたもの。
(sober…シラフの、酒・薬をやってない)
(カバー裏に、「著者判断によるボツ原稿」が掲載されている。本書がただ勢いだけで描き進められたのではないことの証左である)

この世界の片隅に 前編 (ACTION COMICS)
2013/12/25 01:28
戦争を知らない世代に奨める
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
本書の主人公は、浦野すずという少女である。
本編の前に、雑誌掲載時読み切りだった短編が三編あり、「プロローグ」的な役割を果たしている。
この三編では、すずの幼い頃などが描かれ、ここで、すずの家族構成・性格・絵が得意なことなどが提示され、本編の中でちゃんと回収されている。
すずの家は、広島の江波地区で海苔の養殖をしており、両親と兄、妹の五人家族だった。
彼女は、「第1回 18年12月」で嫁入りが決まり、「第2回 19年2月」で嫁ぎ先の呉へと移る。
以後、呉での生活が描かれていくが、非常に丁寧に詳しく、それでいて自然に分かりやすく描写されている。
作者こうの史代は、1968年生まれなので、当時の様子を知っている筈もないのだが、まるで見てきたかのように自然と生き生きと、描かれている。
その裏付けが、巻末に並ぶ「おもな参考文献」で、たくさんの書物・資料が載せられている。
さて、昭和19年といえば、もう戦争も末期に向かっている頃で、呉には(当時、東洋一と言われるほど)大きな軍港があり、当然軍事的要衝として標的になっていた。
やがて、空襲警報が鳴り響くようになり、本土への空爆が始まり、呉にも米軍機が来襲するようになる。
物資の窮乏もひどくなる中、どうしても暗くつらく厳しくならざるを得ない物語を、ささやかなユーモアで和らげつつ、戦時下の生活が描かれていく。
しかし、現代に生きる我々は知っている。
戦争は、昭和20年8月15日に終わるということを。
そして、その直前、広島と長崎に何が起きたのかを…。
終戦を迎え、すずと、呉の家族、広島の実家の家族の人たちは、それぞれ皆何かを失い、何かが残った。
そして、そのような状況からでも強かに生きていこうとする様が、描かれている。
僕のように、戦争を直接知らない広い世代の人たちに読んでもらいたい作品である。

ウルトラセブン研究読本 円谷プロ傑作SFドラマを徹底インタビューと秘蔵資料で大解剖!
2017/03/12 05:36
セブンファン必携の書
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
2012年刊。
シリーズ中最もSF色が強く、且つ深いドラマ性を持つ作品として、今も尚コアなファンに支持されている「ウルトラセブン」。
その誕生45周年に合わせて刊行された。
300ページ以上に渡り、豊富な資料・写真、出演者・スタッフへのインタビュー、そして作品解説などが、これでもかという程に掲載され、かなりの読み応えである。
撮影時の様子やメカニックのミニチュアを収めた貴重な写真は、それだけで本作品に掛けられたスタッフの情熱が伝わってくる。
出演者インタビューは、レギュラーメンバーはもちろん(故人を除く)、作品中に登場したヒロイン達までカバーしている。
スタッフインタビューは、さらに充実している。
監督、脚本家は言うに及ばず、特撮美術(怪獣・宇宙人のデザイン、メカやミニチュアセットの設計・製作など)や機電(ぬいぐるみに仕込むギミック…目が光る、角が回る、など)といった、円谷プロお得意の特撮シーンに欠かすことの出来ない重要なクリエイターや、シンフォニックな音楽で作品のクオリティーに多大な貢献をした冬木透、ナレーターの浦野光らの貴重な証言を読むことが出来る。
また、全エピソード各話について、解説と収録の裏話、台本の準備稿・決定稿と放映版との差異などが詳述されるという、豪華さである。
その他、ここに挙げきれないほど多くの資料と証言が、網羅されている。
これはもう、本作品を語るうえでの一級資料と言ってよい書であろう。
上述のように、とてもじゃないが初心者向けとは言えないほど深い内容である。
セブンファン必携の書だ。

この世でいちばん大事な「カネ」の話 新装版
2013/10/19 01:20
「労働」と「お金」の尊さ
4人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
西原理恵子は、「毎日かあさん」などで有名なマンガ家だが、これは「字」の本。
この本での、サイバラは大マジメである。
中扉に、自身の二人の子供を描き、「子供に読んでほしくてかきました。」とある。
本文、すべての漢字に振り仮名が振ってあり、語調(文体)も、「…だよね」「…と思う?」などと、本当に自分の子供か、知り合いの子に話しかけているようである。
話の展開も、とても分かりやすい。
さて、内容だが、自らの生い立ちをなぞるようにして、「お金」についての話をあれこれと進めていく。
この本は、サイバラの自叙伝とも言える。
生まれる直前の両親の離婚、三歳での実父の死、再婚した母と義父の不仲といった家庭環境や、六歳まで過ごしたという高知県浦戸の港町と後に引っ越した県内の工業団地の町での社会環境。
それらから、本書は、まず貧困と家庭不和、貧困と非行について書き起こしていく。
あの頃は、町中が皆貧乏だったと回想する。
サイバラは、1964年生まれである。
だから、前述の家庭環境は、70年代頃の、高知県の一地方の状況である訳だが、今日児童虐待などで虐げられている子どもたちのニュースを思い浮かべると、全く違和感なくイメージが重なるのは、やはり「貧困」と「暴力」の結びつきについてのサイバラの見識が、今も普遍性を持っているということか。
その後、サイバラは上京し、美大受験のための予備校に通う。
この辺りの件が、僕は一番面白いと思った。
予備校で出された課題の結果が、成績順に貼り出され、自分が最下位であるのを見て青ざめたとあるが、その後の行動がすばらしい。
自分の目標は、「トップになること」ではなく、「東京で、絵を描いて食べていくこと」であると再確認し、まだ予備校生の頃から出版社周りを始めるのである。売り込み(営業)である。
少なく見積もって五十社、部署にしたら百カ所以上回ったという。
すごいバイタリティだ。
結果、カット描きから、仕事をスタートさせる。
本書でサイバラは、「働くこと」の大切さを何度も説く。
働いてお金を得ることで見えてくるもの、さらに得られるものについて、様々な面から丁寧に語り、「働きなさい」と勧める。
「労働」と「お金」の、本来の尊さに、改めて気付かされる。
本書では、他にギャンブルや投資の話、アジアの貧しい子どもたちやバングラデシュのグラミン銀行についてなどにも触れられていて、文字が大きく、やさしい文体ながらなかなか読み応えがある。
まずは、自分で読み、お子さんのいる方は、お子さんに読ませるのもアリかと思う。
(角川文庫にもなっている)

ブラック・ジャック創作秘話 Vol.5 手塚治虫の仕事場から (SHŌNEN CHAMPION COMICS EXTRA)
2014/09/16 18:44
シリーズ完結
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
「ブラック・ジャック」連載当時を中心に、手塚プロでの作品制作の実態やその周辺について、関係者の証言を元に描いてきたシリーズも、この5巻で完結となった。
全5話が収録されている。
第20話「ふたりのピノコ」
4巻では、手塚の長男眞が取材を受けていたが、ここでは長女るみ子、次女千以子の二人が登場。
それぞれの幼少期から手塚が病没するまで、父・手塚治虫と人気漫画家・手塚治虫について、二人各々の視点から語られる。
第21話「砂かけ男」
手塚が、しばしば締切り間際まで原稿が遅れてしまうことは、1~4巻でも描かれてきた。
だが、原稿が編集部に届いても、それだけでは雑誌は出来ない。
編集部(出版社)から印刷会社、製本会社、配送会社を経て、やっと全国の書店に雑誌が並ぶのだ。
ここでは、この雑誌作りにおける出版社と印刷会社とのぎりぎりの攻防を、秋田書店製作部の荒木を中心に据えて描く。
第22話「歯医者はどこだ!?」
歯学部在学中、一年だけ休学して手塚プロに入ったアシスタントによる思い出話(12ページの掌編)。
第23話「手塚治虫は困った人なのだ」
手塚をよく知る赤塚不二夫と、手塚・赤塚両者の担当を経験した編集者による証言。
当時の名物編集長カベさんも登場。
手塚の原稿が遅いと愚痴や悪態を口にする編集者たちを、赤塚は一喝する。
赤塚から語られる、手塚の思いとは。
最終話「最後のひとり」
手塚プロに17年アシスタントとして在籍していた伴俊男の証言による、執筆時の手塚の姿。
そして、最晩年のエピソード。
入院してしまった手塚の指示を待ち、一人手塚プロの仕事場で電話の前に座る伴。
ようやくかかってきた電話で、伴は手塚から激しく怒鳴られてしまう。
シリーズ完結。
ぜひ全五冊を読み通して、「天才」「漫画の神様」と呼ばれた手塚と、手塚プロスタッフ、編集者らの漫画に懸けた思いを、追体験していただきたい。

僕らの漫画 東日本大震災復興支援チャリティーコミック (Big Spirits Comics Special)
2013/10/19 01:26
震災支援とマンガ家の本気
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
東日本大震災の被災者支援のために、制作された本。
マンガ家・装丁者は全員無償で参加し、必要最小限の経費を除いた収益すべてを、岩手・宮崎・福島各県庁が主催する「震災遺児・孤児のための育英基金」に寄付されることになっている。
27名の漫画家が28本の読み切りを描き下ろした。
震災や東北に関連したもの、特に関わらないで描かれたもの、日常を描いたもの、ファンタジーに徹したもの…、各人各様で、本当にいろいろな作品を味わうことが出来た。
そして、どの作品もマンガ家の「本気」の思いが感じられて、すばらしかった。
特に印象深い作品は、ラストを飾るとり・みき「Mighty TOPIO」だ。
とり・みきお得意のパロディギャグで描き出され(超有名ロボットのパロディ)、わずか8ページの中に震災の被害も、復興も、希望や風刺も、そして将来への願いまでも詰め込んである。
それも、ごく自然な流れの中に。
最終コマを見て、何を感じるか。
読んだ者、それぞれが、それぞれに感慨にふけるだろう。
*電子書籍版もあり。

アンドロイドは電気羊の夢を見るか?
2013/10/19 01:17
映画とは違った感慨が…
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
1968年発表の作品。
映画「ブレードランナー」の原作小説としても、あまりに有名。
主人公リック・デッカードは、警察に属する賞金稼ぎである。
彼は、植民惑星から地球に逃亡してきたアンドロイドを始末することで懸賞金を得て、生活していた。
映画とは異なり、小説のリックは妻帯者だ。
(戦争のため)半分ほどしか入居者のいない高層集合住宅に、妻と二人で暮らす彼が、ある朝目覚めるところから物語は始まる。
実は、この作品は、彼のほぼ丸一日を描いている。
朝から妻と口論になり、彼女をなだめ、屋上で隣人と会話し、ホバーカーで出勤する。
この最初の場面で、物語世界の背景が巧みに織り込まれる。
核戦争による放射能汚染、世界的な生物の激減と人口の減少。
人々は、引き続く放射能灰による汚染に肉体を侵されるにとどまらず、その過酷な環境により不安や孤独などを日々感じていた。
この精神の不安定さを補うため、各世帯には二つの装置が備えられていた。
情調(ムード)オルガンと共調(エンパシー)ボックスである。
これらは、機械的(電気的)に人の精神に作用し、前者は自在にその気分・欲求をコントロールすることが出来、後者は人類他者の存在を感じ交感・共感することが出来る。
放射能汚染により、人類の一部は精神に障害を持っている。
彼らは、テストにより峻別され、俗に「ピンボケ」と呼ばれ、差別される。
しかし、適格と判断された人々も、上述のような機械に頼って、その精神を保っている。
はたして、その違いはあるのか。
さらに、精巧に造られたアンドロイドもその対比に加わる。
精神の異常・正常とは、何を持って言えるのか。
この命題は、物語の進行と共に、「人間とは、何か」という問題へとつながる。
人間とは?
人間らしさとは?
発表から四十年以上が経つが、作品のテーマも、描かれている近未来の人間像も、まったく色褪せないどころか、むしろ現在を生きる我々にこそ肌に感じるものがあると思う。
映画とは、また違った感慨があった。

容疑者Xの献身
2020/11/08 08:17
中年男の純愛と完全犯罪、その果てに待つものは…
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
2005年刊の単行本を文庫化。
カバー見返しによれば、本作は2006年に直木賞、第6回本格ミステリ大賞を受賞し、2005年度の「週刊文春ミステリーベスト10」、「このミステリーがすごい!」、「本格ミステリ・ベスト10」で各1位を獲得したという。
現代ミステリ界に燦然と輝く名作と言えるのではないか。
天才物理学者・湯川学の科学的推理と実証が冴える「ガリレオ」シリーズ、初の長篇作品である。
本作の主人公は、高校の数学教師である石神哲哉。
彼は、隣室に娘と暮らす花岡靖子に秘かに恋慕の情を抱いていた。
ある夜、強引に復縁を迫り金を強請りに来た前夫を、花岡母娘が行き掛かりで殺害してしまったことを知った石神は、彼女たちを守るため遺体を処理し、犯罪の隠ぺいを図る。
捜査が始まり、刑事の草薙(本シリーズのワトスン役)から石神の存在を聞いた湯川は、旧交を温めるため彼のアパートを訪ねる。
2人は、学生時代に互いの優れた頭脳を認め合った仲であった。
物語の主軸は、石神が行った隠ぺい工作。
遺体を処理し、花岡母娘に嫌疑が及ばないようにと、アリバイを成立させる。
事件捜査に対し二重三重に守りが固められ、警察は真相に辿り着くことができない。
湯川がその謎を解き明かすとき、石神は最後の切り札を出す――。
もう一つの軸は、石神の秘めた愛である。
靖子を恋するあまり彼女の勤める弁当屋に毎朝通う石神だが、花岡母娘が越してきて1年、アパートでも弁当屋でもまともに会話することもできなかった。
母娘が前夫を殺害してしまったと知り、石神はその天才的頭脳を駆使し、奔走する。
2人を守れるのは自分だけという使命感を自認しつつ、一線を守り純粋な愛を貫き通そうとする。
石神の構築した精緻なトリックを解き明かす湯川も、彼の思いを感じ取り一人苦悩する。
大胆な殺害隠ぺい工作の謎解きを楽しむもよし。
朴訥とした一人の中年男の純愛物として読むもよし。
両者を巧妙に織りなして作り上げられた本作品への評価が、直木賞を始めとした各賞の受賞なのだろう。
納得の名作である。

ウドウロク
2017/04/27 08:56
有働さんをもっと好きになる
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著者は、スポーツ番組やニュース番組の担当を経て、紅白歌合戦・情報番組「あさイチ」の司会で今や名実ともにNHKの顔の一人となったアナウンサーだ。
彼女初の著書は、エッセイ集。
過去から現在まで、仕事のこともプライベートも、NY赴任中のエピソードから恋愛に至るまで。
縦横無尽に書きつけられた文章が、各章立てによりテーマ別に分けられて収録されている。
書名の「ウドウロク」は「有働録」なのだが、反対から読むと「クロウドウ」になる。
「あさイチ」の放送後、プロデューサーに「出たね、今日もクロウドウ」と言われ始めたのがきっかけという。
本人には特に他意はなかった発言が、周囲には棘があったりちょっとした悪意が感じられたりするように受け取られ、「クロウドウ」と呼ばれるようになった。
ならばと、クロいと言われるような部分も、反面「シロい」と思っている内面も、すべて本音で書き連ねたのが本書である。
この一冊を読めば、彼女の人となりや人物史をよく知ることができ、より親しみが持てるようになるだろう。
彼女自身、「番組が調子いいからって、調子こいてエッセイかよ」と言われるのを承知の上で出版したという本書。
「もしよろしければ、四十半ばの女のひとりごと、読んでみてください」と殊勝な態度で書いてはいるが、そこは硬軟取り混ぜた様々な番組を経験してきたベテランアナウンサー、堅苦しい文章に止まるはずはない。
最初のエッセイが「わき汗」である辺り、読者の要求のツボを押さえ、エンタテインメントを熟知した「分かっている」アナウンサーなのだ。