オオバロニアさんのレビュー一覧
投稿者:オオバロニア

火花
2015/08/03 23:18
賛否両論あるようですが、
83人中、79人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
個人的にはとても魅力的な作品でした。
話の構成は単純で、基本的には先輩芸人の神谷と、神谷に心酔する徳永の二人が芸人として足掻く様が愚直に描写されてます。たぶんこの作品を批判してる人は「このクオリティで芥川賞はないわ」って言いたいんだと思います。正直自分も、この作品を読む前は話題性のイメージが先行していて、本屋大賞で良くない?って思ってました(笑)
確かにこの作品は技巧派ではありません。描写もメッセージも愚直で粗いと思います。でもこの作品は、芸人やってる人が芸人を使って芸人の目線から、「漫才に人生かけるってこういうことですよ」「凡人が必死になる理由がきちんと舞台上にありますよ」って愚直に訴えかけてくる凄みがあると思います。
「一人語りが陳腐だ」とか「他の作家が書いたらこんなに売れてない」等の批判は勘違い甚だしいです。そんなこと言ったら多くの純文学は淘汰されてしまいます。これはあくまでエンターテイメント小説ではなく、純文学作品なのでこの作風は個人的に大正解だと思います。愚直だろうと誰が書こうと、「私こんなこと考えてます!」って訴えかけてくる「火花」は正統派の純文学だと思うしきちんと面白かったです。

今日の人生 1
2017/06/05 23:23
毎日をありのままに、丁寧に。
6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
益田ミリさんの素朴な日記風マンガです。
読めば読むほどなかなか深いなと感心させられたのは、「毎日毎日楽しいわけじゃない」という事実を肯定してくれている点です。
「日常の中に幸せを見つけよう」とよく言われますが、生きていれば嫌なこと、それを嫌だと言えなかったこと、そんな自分が嫌になったこと色々あると思います。
益田ミリさんの「今日の人生」はそんな一日もありのままに丁寧に扱っていて、だからこそ素直に共感できる本なのかなと感じました。
表紙はおしゃれすぎて男としては少し手に取りにくいですが、全ての人におすすめできる良書でした。

よるのふくらみ
2016/10/01 11:32
衝動とそれに対する許しが詰まっています。
6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
幼馴染みのみひろと圭祐のうまくいかない夫婦生活を軸にして、衝動と情と家族のかたちをストレートに描いた恋愛小説です。
圭祐の弟裕太の優しさ、みひろの衝動と自己嫌悪、圭祐の真面目さゆえの不器用さ、全部がもどかしくて心に刺さる作品でした。各章ごとに視点が入れ替わり、女性目線に偏ることもなく、フラットな目線でぐいぐい引き込まれるように読み終えました。
解説文に寄せた尾崎世界観さんの、
"窪さんの作品を読むと、誰かと繋がっていたくなるから困る。諦めていた本当のことに向き合ってしまいそうで苦しくなる。
そして、そのことに安心する。"
という表現になるほどと思わされました。窪さんの、心の中の汚い部分を許してくれる感覚をうまく表してると思います。

悲しみのイレーヌ
2016/01/17 00:13
良さを説明するのが難しい作品です。
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
本作はカミーユ警部シリーズ1作目(先に日本に上陸した「その女アレックス」は2作目)です。「アレックス」同様に、カミーユ・ルイ・アルマンの刑事トリオが事件捜査の中でそれぞれ個性を発揮していて、二転三転する事件の展開についていくのがすごく楽しいです。
事件が終盤に近付くと、悲惨すぎる結末がなんとなく想像できる(実は伏線は中盤にちゃんと仕掛けてある)から、そこから先は本当にページをめくるのが辛くなります。「アレックス」は終盤に大技を仕掛けて読者を驚かせる作品ですが、「イレーヌ」は残酷すぎる結末へとじわじわ読者を追い込んでいく作品という印象です。
ネタバレになるから、いかに綺麗に伏線が張られているのかは説明できないのがもどかしい…w しかし伏線の張り方・際立ったキャラクター・日本の小説にはないおしゃれな表現のどれをとっても、恐ろしく良くできた海外小説だと思うのでぜひ読んでみてください。

旅する練習
2021/02/21 10:17
最後のリフティングシーンに込められた意味を考えると泣ける
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
中学入学直前のサッカー少女と小説家の叔父が徒歩で鹿島を目指す練習の旅。とある目的を果たすために川沿いを旅しながら、少女はリフティングを、叔父は情景描写を繰り返す。あまりにも読んでいて心地よくて、自分の大好きな堀江敏幸さんの作風に似ていることに気付いた。
風土自然(特に鳥の扱いが秀逸)に対する丁寧な文章、物と人とを自然に結び付ける温かさ、無意識に大人の感情を揺さぶる少女の言動に対する眼差し。「なずな」「未見坂」あたりの、老成しきってはいない堀江さんの魅力に近いものを乗代さんの文章から感じて、最近読んだ本の中でも特に良い純文学だった。
プロサッカー選手になる夢を持つ少女が、鹿島までの長い練習の旅を通して、少しずつ成長していく姿もやけに尊く感じられて、最後のリフティングシーンの描写は泣ける。それまでドライな態度を見せていた「私」が感傷的になる旅の終わりに、未来に向けた始まりを思わせるこのシーンがとても眩しく映る。

向田邦子ベスト・エッセイ
2020/10/19 19:08
芯の通った一作家の人生を象る見事な一冊
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
家族、食、旅、仕事についてのエッセイ集。好奇心、頑固さ、強さと脆さ、様々な情がない交ぜになって心に沁みてしまった。「父の詫び状」に始まり「手袋をさがす」で〆られた向田邦子フルコースの中でも、特に「手袋をさがす」は著者の生き方を表した見事な文章。

破局
2020/09/12 16:48
魅力的な虚ろさ
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
水戸部功さんのインパクトのある装丁に惹かれて買ってみた今年の芥川賞作品。公務員試験を控えた大学生の陽介・元彼女・現彼女の3人を中心としたセックスと善悪の話なんだけど、陽介の理性と衝動の働かせ方に人間をモデリングしたような律義さがあって、ここが作品の肝になっている。
「○○とされているから、ここはこうした」「マナー違反とされるのでやめておこう」みたいな行動様式が常に彼の中にあって、だからといって品行方正かというと全然そんなことはなくて浮気しちゃったり、人を殴っちゃったりする。まるで宇宙人がヒトの取説を読んで操作しているような浮遊感がある。
しつこくつながりを求める元彼女と、自分のふしだらさに違和感を覚え始める現彼女の間で揺れ動くこともなく、公務員試験の準備をし、ラグビーの指導と筋トレに励む。話は1ミリも脇に逸れることなく、終盤の破滅的ワンシーンに流れ込んでいく。作品全体に主人公の生き方に似た魅力的な無駄のなさがある。
作中、唐突にすべての人の幸せを願うシーンと、こんなにも綺麗な空を警官にも見て欲しいと願うシーンがある。作中に流れる大学生生活の虚無感と、感情のこもらない空虚な祈りがリンクして1周回って酷く尊い描写にすら感じて、この作家さんの書く「魅力的な虚ろさ」みたいなものがハイライトされていた。

プリズン・ブック・クラブ コリンズ・ベイ刑務所読書会の一年
2018/06/17 01:57
本の力を再認識。
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
刑務所で実際に開催された読書会の話。一般人より塀の中で自分について見つめ直す時間が長い分、登場人物の所作に対する洞察力が高いのかなと感じました。本の前では人種も犯罪歴の多さも関係なく平等で、本の力を再認識させられる良書です。一見すると分厚くて手が出にくいですが、会話ベースで進んでいくパートが多いので読みやすいと思います。

25時のバカンス (アフタヌーンKC)
2016/06/21 00:22
表題作が秀逸
6人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
前作と違って、海や宇宙がモチーフになった作品が収録されています。大きめのコマ割りで一見大味に見えて、実はかなり細かい楽しみがちりばめられています。何回も読み返したくなりました。
特に表題作「25時のバカンス」は簡単に人間と非人間の境界をなくす世界観と、最後まで人間らしい兄弟愛のアンバランスさがとても良かったです。

小説言の葉の庭
2016/03/20 22:16
艶のある文章
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
本作は、靴職人を目指す高校生と儚げな高校教師の物語です。恋愛小説寄りの青春小説といったポジションになると思います。各章で視点が変わる(2人の周辺人物含む)ため2人だけの閉鎖的な世界にならず、俯瞰的に2人の行く末を追うことが出来て良い具合のドライさがあります。
また本作は雨や木々、ビル群の描写がよく出てくるのですが、その書き方が非常に艶のある書き方で普通の作家さんにはない魅力を感じました。映像作品にもその艶っぽさが顕れているのかどうか、とても観てみたくなりました。

東京百景
2015/03/17 00:22
一番好きなエッセイです。
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
現在、「火花」で有名な又吉直樹さんのエッセイ集です。
名前の通り、東京の風景100個になぞらえたエッセイ・創作・詩が100個収録されています。芸人さんらしさを感じる笑える文章だけでなく、長年人情ものを書いてきた作家さんのような味わい深い文章もあり、個人的に一番好きなエッセイです。
100作品の中の共感と笑いを探しながら文章をたどってみてください。

ミッドナイトスワン
2020/11/04 22:57
親心とは
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
映画の台詞とほぼ違わず、話の筋は映画よりも少しだけ肉付けされているだけでほぼ同じ。それでも映画がとても良かったから、やはり小説も引き込まれた。映画はカメラを用いる性質上、誰かの「視点」を軸に場面を観ることになる一方で、三人称で描かれる小説は幾らかフラットさを伴うし、一果の複雑な心情も、凪沙の満たされない愛情も文字でダイレクトに伝わって胸を刺す。映画では描かれなかった、昼の職場で凪沙が出会った同僚男性の何気ない気遣いだったり、堕ちてしまった凪沙の盟友瑞貴の再起は少なからず希望を与えられる。
それに、間違いなく凪沙という人物に強烈な輪郭を与えたのは、草なぎ剛の強くて儚い女性の演技だったと思う。映画を観た後に小説を読むと凪沙のざらついた情のある声色が甦るようだった。親心は戸籍に宿るものではなく、誰かを想い献身的に支えようとする純な姿勢にこそ宿るものだと思える傑作だと思う。

たゆたえども沈まず
2020/06/04 21:56
たゆたえども沈まぬ意思を感じました
4人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
ゴッホ兄弟とパリで活躍した日本人画商の交歓の物語。己の作風に時代が追い付かずに苦悩する兄フィンセント、本当に売りたい作品を売れずに苦悩する弟テオが苦しみながらも、己が信じる人生を歩んでいく姿が題名に重なる。創作と史実のバランスの絶妙さもさすが原田マハさん。
日本では見向きもされない浮世絵がパリで注目されて、印象派絵画がのしあがる重要なファクターになっていくストーリーを、画商と画家両方の目線で楽しめるところも面白かった。美術史に詳しくなくても充分楽しめるアート小説だし、星月夜の表紙も、たゆたえども沈まない登場人物の人生に重なった。

ボクたちはみんな大人になれなかった
2018/12/03 00:08
刺小説とでも言えば良いのか。
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
何者でもなかった時期から今までを、忘れることのできない元カノとの思い出に絡めて断片化した私小説。渋谷のラブホで過ごした時間も、会話が噛み合わなくなっていく焦燥感も全部ブッ刺さるドストライクな一冊でした。
恋愛だけじゃなく、芸能業界を生き抜く主人公の泥沼を這うような働き方も、かつての戦友が自分の人生から離れていくシーンも、過度に涙を誘わない絶妙な筆致。巻末のあいみょんのエッセイも相澤いくえのマンガも全部噛み合って、なんだかよく分からない派手に心を揺さぶる物体と化している危険な本。
分かる、共感するを通り越して、ただただ刺さる。深々と。

13・67
2018/11/18 23:28
文句なしの今年ベストワンの海外文学でした
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
師弟関係の刑事コンビが香港の街を駆け巡る連作中篇集。
まず、各章で取り扱われる事件・トリック・登場人物がかなり精緻に作り込まれていて、ほとんど長編と言って良いレベル。しっかり味わうためにかなり時間をかけて読まされる。それだけの魅力が十分ある。
次に、章が進行するごとに時代が数年ずつ逆行するプロットが秀逸。読み進めていく内に、登場人物は若くなり、英国の香港警察への影響度が高くなっていくところが良い。自動的に人物史と香港史を懐かしむような不思議な感覚すら覚える。
そして故・天野健太郎さんの中文訳が見事。天野さんと言えば「歩道橋の魔術師」の印象が強くて、知らない世界なのになぜか郷愁と哀愁を思い起こさせる魅力があるんだけど、「13・67」でも事件の合間に見える香港の風俗文化の香りがたまらなく「歩道橋の魔術師」を思い起こさせる。改めて良い訳者さんだったなと思い返す。