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求道半さんのレビュー一覧

投稿者:求道半

281 件中 61 件~ 75 件を表示

紙の本

痴漢にならないために

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

電子書籍版もあるから嵩張る単行本を新刊発売と同時にわざわざ買わなくても良い、と言うのは自己欺瞞に他ならない。
 本棚に並べられたお気に入りのシリーズが、実は親や兄弟姉妹、友人に手に取られ中身を確認されると申し開きが出来ない内容で、人格を否定され蔑まれるのを恐れる先回りした自己保身であり、見え透いた言い訳である。
 それは本作の一面的な評価に基づく誤解や中傷に加担する行為であり、その結果、引き起こされた悲劇が前巻収録分の公開停止措置や初出時の無難な描写への回帰である事を、肝に銘じておく必要がある。
 だが、朗報である。本巻で救済策が確実に実行された。
 第一話から登場し名脇役として活躍する空手部の主将の女の子が、二年分の期待と欲望を一身に引き受け、胸に秘めた乙女心をようやく吐露し、浮いた話の全くなかった女子高生としては異例の肉体的な加筆を経て、夢見る少女の姿を惜し気もなく、大胆に、綴る。
 面白いことに、その反動で本巻収録の他の話との表現上、構成上の振幅と連関が広がり、予定調和ではない展開、結末が描かれ、各回との差異、落差が激しい。そして、この傾向は、次巻以降も続く。
 おまけも抑制的だが、本編の雰囲気を損なわない配慮と表現手法を題材にした展開は作者の叙述力、表現力の向上と単行本における有機的、統一的な構成を確認するのに十分であり、間違いなく笑え、楽しめるであろう。
 純朴な青少年をかどわかし精神を蝕み、堕落させ、痴漢に仕立て上げる漫画の表現とは一体、どのような描写なのか。
 スカートが捲れてパンツが見える。そのパンツに線が描かれている。着替え中のブラジャーとパンティー姿の少女。入浴中の裸体表現。水滴と泡。
 これらは時々、本作でも目にする。
 正当な理由があり、女の子の胸を揉む。これも時々、そして本巻にも収められた光景だが、当事者の女の子の反応と男の子の弁明がコメディーとして成立しているのは当然で、物語の核心とは言えないまでも、重要な場面であるのは確かである。
 人が犬に、猿に、透明になって、本能の赴くままに行動することや、大きくなったり小さくなったり、ゲームの世界の中に入り込んだり、アイドルの素顔を知ったり、ファンの奇行を目の当たりにしたりする事は、いかがわしい、唾棄すべき、少年少女に読ませたくない場面ではない筈だ。
 婦女暴行シーンはない。未遂シーンや性的な脅迫もほとんどなく、「i・ショウジョ」だけが指弾され、少年漫画として不適格の烙印を押されるのは、興味はあるものの勇気を振り絞って書店で買うのを見送る絶好の口実になっていないか、もう一度、冷静に考えて、それでも書店に足を運べない、書店の棚で見つからない、不幸な、或いは小心者の、若き読者よ、手に入れられなくなってからでは、後の祭りだ。

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紙の本

追悼、並びに賞揚

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巻数表記のない前巻で完結したと思われた、異星人の妻と地球人の夫とその娘の話が、地球外も舞台にして、再び刊行された矢先、作者の突然の訃報に接し、ご冥福を祈るとともに、前巻と同様、奥付きにおける登場キャラクターによる英語での「またね。」が、永遠に叶わなくなり、遺作のひとつである本作の存在感が日々、増している。
 表紙カバーのメデューサの様な奥さんが、本文では当然、モノクロで描かれるのだが、細い線でありながらゴシック体のように感じられる描線が、以前の鳥山明氏を髣髴とさせる、さほどメカニカルな描写はないものの、ユニークな異星人の面々は、温もりのある、柔らかな、少年漫画の伝統を受け継いだ、万人に愛される魅力に溢れた作品である。
 夫婦の馴れ初めや出産、育児、両家の顔合わせ、団地住まいならではの近所づきあいとトラブル等、全二巻に凝縮された、一話毎は短編の連作ながらも、文字通り、宇宙規模での日常生活を、仕事と家庭の両面から描いた、漫画史に必ず残る名作である、と、賛同者を募りたい、いや、残さなくてはいけない、軽くて楽しいSFだ。
 他のビームコミックスと同等の手の込んだブックデザインも、紙ならではの細工が施され、巻末のおまけも含めて、手元に置いて損はない、ビームコミックスを一度も開いた事のない方は他の漫画の単行本では見られない、値段の割りに豪華なその意匠に、必ず驚き、そして満足するであろう。
 人類とは服装も背格好も異なる故の、健康的なお色気ハプニングも微笑ましく、異種間の信頼と絆が笑いと涙を生む、読み継がれるべき名作である、と疑う余地のない、若き才能の残した結晶が光を放ち続ける未来が目に浮かぶ。

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紙の本

天の羽衣と王朝○○○ス

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時代劇専門漫画雑誌「コミック乱」にて連載された、羽衣伝説を題材にした、盗人の一味の少年と年齢不詳の謎の少女が活躍する、一風変わった歴史ファンタジーの前半部分が収録された、血しぶきまみれの切った張ったの場面が全くない、全年齢向けの、アニメ化しても不思議ではない、上質な作品である。
 かぐや姫の物語と富士山の関係は周知の事だが、羽衣を無くした天女と富士山の噴火との関連に着目し、平安前期の政治情勢と絡ませて筆を運ぶ点が、作者ならではの着眼点であり、日本史、民俗学、神話学の要素が見事に溶け合った、表層のみ伝説を利用し剽窃した、安直な駄作ではない。
 本作の特徴を挙げるとするならば、肝心要の、天の羽衣を身に纏い天を舞う天女や羽衣を枝に懸けて水浴びする姿、羽衣そのものの描写が上巻では見られず、舞台も駿河国から平安京、伊勢と広範囲に及び、人口に膾炙した馴染みのある話からは思いもよらぬ、下巻を手元に用意して読み終えたい、読書欲を刺激する推進力に満ちた王朝絵巻に仕上がっている点であろう。
 海野氏の他作品や画面構成法を知らぬ初見の読者は、素直に読み進めて、独特の大ゴマの連なりが齎すスピード感と、時にデフォルメされ、時にリアリティーに満ちた丁寧な描写を存分に味わってもらいたい。成人向け作品も手がける点に嫌悪感や頭ごなしの忌避感を抱くのは間違いで、性的な場面はほとんどなく、冒険活劇が主体の純粋な一般向けの作品である事を強調しておきたい。裸体描写などは数ヶ所のみで、モザイクすら必要ない自主的な絶妙な構図により、女性が読んでも一向に差し支えのない、極めて健全な、初心な少年の感情表出が多々、楽しめる、家族全員で読みたい昔話である。
 若き日の菅原道真が羽衣伝説と如何に関わっていたのか、歴史の裏に隠された真実を知りたい、普段、漫画を読まない読者にも手に取ってもらいたい、一般書店では入手しづらいコミック乱連載作品の満を持しての単行本化である。

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紙の本

犬好き、猫好き、両派必見の江戸の旅行記

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現在でも日本の物流、鉄道の要、東海道を歩く、少年少女の江戸時代のお話です。
 江戸から川を渡る以外、徒歩で伊勢を目指す道中には、難所や難関があり、行く手を阻みますが、人情味溢れる大人の支えで一歩ずつ着実に前に進む、暢気で愉快な子供だけの旅を、一緒に見守りたいとは思いませんか。
 二巻ではやっと駿河国まで辿り着き、旅を始めてまだ一週間ほどで十ヶ所以上の宿場に逗留したり、通り過ぎたりしましたが、まだまだ先は長く、二人だけの旅には道連れも加わり、賑やかなお散歩、遠足、修学旅行のようなぬけまいりは各地の名物、名所を味わいながら、時に道草をする、時間や予定にとらわれない自由な旅で、これからも届くその報告を首を長くして待ちましょう。
 江戸時代に興味のある歴史好きのみならず、東海道五十三次のどこかに住んでいる人、日本の北や南に住む東海道とは縁もゆかりもない旅好きな人、日本の現代と過去に興味のある外国の方、学校や図書館の関係者など、人種や性別、職業を問わず、江戸の習俗、慣習を手軽に、より深く知りたい、向学心のある読者にお勧めする、面白くて得をする、漫画だからと言って侮れない作品です。
 今でも手に入る特産品や食べられる名物が、作中にそのままの形で登場し、気に入った食材は手に入れて実際に食べられますし、気になる風景が見つかれば、作者のように現地に赴き、昔と今の姿を比べられる、旅の参考にもなる取材日記が毎回、添えられているのも作品の魅力の一つで、食べ物だけではなく犬好き、猫好きの方や身近な動植物に関心のある世代を超えた幅広い読者の期待に応える、旅の入門書だとも言えるでしょう。

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紙の本

女神と天使の悪意なき悪戯

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一般向け青年漫画雑誌における年少者の性愛描写に目くじらを立てる輩の、成人向け指定に向けた圧力に抗う、一線を弁えた、女児と成人女性の裸体描写が満載の、ハートフルになるかもしれないコメディーである。
 裸を見せることだけが目的の、ストーリー軽視の駄作だと、鼻であしらうのは早計で、主人公の過去と現在が、田舎と都会、幼馴染と教え子、男の子と女の子の対比を軸に、予想を上回る構成と叙述で繰り広げられる、内緒話と言うより牧歌的な田舎暮らしの報告だ。
 確かに、重苦しく、陰惨な、抑圧的、嗜虐的な性暴力漫画を期待する読者には、導入部での卑猥なやりとりを除く軽やかであけっぴろげな女性陣の物腰と態度は物足りなく、意に沿わぬ展開であろうが、現実では到底、起こりえない、郷愁と憧憬を惹起させる、夢物語だと分かっていても、心のどこかで自分が実際に体験したかった話であると、素直に告白する勇気を持つ読者には、至極の喜びが味わえる作品である、と約束できる。
 羞恥心の欠如とは違う、暢気さと純粋さが、大人にも子供にも備わっている事で、手垢にまみれた展開と描写も、性的でありながら嫌悪感や陳腐さを伴わず、それでいて知らず知らずのうちに妙な気分にさせられ、主人公と女性とのちぐはぐな認識を楽しみつつ、各ヒロインの身体的特徴の差をするめのように噛みしめられる稀有な作品である。

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紙の本

隠し所

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崇高な繁殖行為と獣的な愛欲との間の溝は、思春期前夜の少年少女の心に、抱える悩みと連関して、未知なる領域の探索へと足を向ける決意を挫けさせる障壁とはならないが、一生かかっても解決しようのない煩悶だけを生む難問でしかない。
 男子に比べ成長の速い高学年の少女が、年下の男の子を服従させるかのように同級生を使役し、成人男女の、夫婦間の、性行動の実態を理解しようと奮闘する過程を描く本作の舞台は、日本のどこかとしか言いようのない時空を超越した普遍性を宿す、一昔前の出来事のような郷愁と猥雑さが混在する、性の目覚めの日々を描くのに適した、ある町である。
 男の子は女の子のあそこと勃起について悩み、女の子は愛に満ちた結婚生活を夢想するが、正確な知識を得る手段を持たない二人の思惑は表面的に一致し、協力して打開策を練る、性を巡る冒険の幕が、人知れず上がる。
 男の子のあそこと女の子のあそこの秘密を、男子も女子も、自分の体の一部でさえ正確に把握できない状況で、異性の内面にまで思いを巡らさずに理解するのは困難で、高圧的な少女と内気な少年との間には軋轢が生じ、口げんかから端を発した争いのさなかに精神的な立場が逆転し、悲劇的な結末に至るのだが、二人が垣間見て戸惑い、受け入れようと努力する性的な快感と官能の描写には、個の確立から他者への眼差しの獲得を背景にした、大人が反省すべき人間関係、男女関係の本質が見事に表現されており、稚拙な性的な悪戯や卑猥ではない真摯な場面が作中の至る所に確認できる。
 悲劇的ではあるが、結果的に幸福感に満ちた二人の未来が約束される痴話喧嘩の怪我の功名は、異性を思い遣る、暴力の果ての、新鮮な感情の獲得であり、青年誌に掲載された作品でありながら、思春期真っ只中の読者の反応が楽しみな作品である。

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紙の本

紙の本てくてく 東海道ぬけまいり 1

2015/09/14 13:50

女性も楽しめる日本の歴史漫画

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江戸時代、庶民の旅が著しく制限されていた中で、仲間やご近所同士で講を作り、資金を集め、お伊勢参りや善光寺参りに代理人を派遣する習俗が行われたのだが、通行手形を必要としない旅の方法には、本作のタイトルの「ぬけまいり」があった。
 表向きは寺社詣ででありながら、多分に娯楽的な性格を持つ、この非公式の旅に挑むのは、伊勢で宮大工として働く父を訪ねる少年とその親類の少女で、周囲に告げずに勝手に家を飛び出す形で始まった、大人でも十日はかかる冒険には様々な危険と困難が予想され、街道が整備されているとはいえ、それなりの覚悟と気構えが求められるが、主人公伝十郎は、どこか気の抜けた、ボンボン気質で、それによって引き起こされる出来事や体験を、読者は子供の視線を通して味わうのが、本作の主眼である。
 都市化された江戸を離れるにつれ、田園風景や海辺の光景が広がり、そこに住む獣や鳥、魚や昆虫のさりげない生態を、作者は、客観的に、好意的に掬い、叙情的な旅の心情を盛り上げる。
 浮世絵や古写真を参考にした風物は、どこかで見た記憶を呼び覚まし、現代の読者を、フィクションとは言え、過去の日本人の暮らしの中へと誘い、真実味を持って、心に迫る。
 二人が出会う大人は皆、善良で、悪意がなく、子供だけの心許ない道中に、幾多の便宜を図り、目的地に一歩ずつ近づけるように、陰に陽に、力添えをするのも、本作の読後感を爽やかなものにするのに役立ち、好感が持てる。
 旅芸人や農民、巫女さんや旅籠のおかみさんなど、チャンバラとは無縁の市井の人々との触れ合いを描く本作は、アクションシーンに重きを置く読者には不満かもしれないが、老若男女をと問わずに楽しめる作品であり、是非、手に取って、過去の日本の情景を追体験してもらいたい。

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紙の本

特定在来生物

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目を凝らせば、世の中には、蛙の意匠が溢れている。
 ファンシーグッズから生活必需品まで、蛙を象った製品は多岐に亘り、それらは蛙に魅せられた者の心を捉えて放さない。
 情操教育の一環で、蛙の飼育を行う学校もあり、都市化が進んでも、日本人にとって、蛙は身近な生き物である。
 だが、蛙が苦手な人もいるので、自分は蛙が好きでも、初対面の人と、蛙の話題で盛り上がれるとは限らない。
 下呂薫は、蛙の物真似が得意である。
 中学校に入学して、彼女と知り合った少年、鯨井純平は、全く、蛙に興味が無い。
 しかし、下呂からは、純平は蛙が好きだと思われており、彼は、蛙に関する情報を、事ある毎に、彼女から提供される。
 純平は困惑するが、下呂の事は嫌いではないので、彼は彼女と話を合わせて、遣り過す。
 だが、無理は禁物だ。
 何かの拍子に、襤褸が出る。
 中学一年生の四月から梅雨時までの学校生活が綴られる第一巻では、少年少女の交友関係の広がりが重点的に描かれる。彼等の人間関係に波風が立つ時があっても、大事には至らずに、その関係は修復される。
 蛙は縁起物だ。
 下呂薫が蛙を好きにならなければ、鯨井純平の新生活は、単調で、退屈なものであったに違いない。
 蛙は生き物だ。
 雨が降れば、活発に、動き回り、人目に付く。
 蛙の鳴き声が響く通学路を、二人は歩く。
 蛙は仲人だ。

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紙の本

乱れた回帰線

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一期一会の精神は、茶道を嗜む者だけが堅持すべき理念ではなく、否定者と成った者が、後半生を送る上で、常に意識すべき処世訓である。
 食卓を囲まない、殺風景な食事時でも、その場に集う者が全員、同じ釜の飯を食い、心を通わせる機会は、常人とは異なる生き方を規定された否定者にとっては、値千金の一時となる。
 否定者の生涯は、一般人よりも別離の苦しみを痛感させられる、過酷な試練の連続だ。
 大抵の場合、人間が否定者になる瞬間は、誰かが死ぬ時であり、その者の肉親や身近な人々が、その能力の発動により、犠牲者となる。
 その能力を制御する術を身に付けた後でも、否定者は安穏な暮らしを送れない。
 人権が剥奪されて、珍奇な生き物として売り買いされたり、他の否定者から命を狙われたり、死者の蘇生を試みたりして、否定者は命を落とす。
 誰かと知り合った矢先に、その人は帰らぬ人となり、花を手向けるべき墓標の数だけが増え続ける。
 相手が死んでいなくても、音信不通の状態が長く続き、待ち草臥れて、心が挫けそうに成る事もある。
 久し振りに出会えたとしても、ものの数分で、離れ離れになるのが、否定者を束ねる者と、その人に惚れた者の宿命だ。
 たとえ、その身が焼かれる痛みを感じる程に、恋焦がれていたとしても、否定者が最優先に取り組むべき課題は、神々を殺せる手立てを、早急に確立する事である。
 神々の眷属は、否定者との戦いの好機を、手薬煉引いて、窺っているのだが、それを迎え撃つ側には万全の備えがあるとは言えず、敵方についての情報が不足し、味方の状勢の確認にも難儀しているのが、否定者の実情である。
 だが、腹が減っては戦は出来ぬ。
 日々の食事は、奇縁を結ぶ仲立ちとなる。
 否定者は食を疎かにしてはならぬのだ。

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紙の本

紙の本司書正 巻2

2024/03/02 14:27

モルグの消耗品

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宮仕えは大変だ。
 上役からの厳命に背けば、職を追われて、路頭に迷う。
 運良く、僻地へ左遷されたとしても、治安が悪いので、気楽に物見遊山する事は、叶わない。
 故に、世渡りが下手な人間は、絶対、職を奉じるべきではないのである。
 宮中に於いて、如才なく振舞う、とは、口を慎む事に他ならず、好奇心が旺盛で、お喋りな輩が、任官するに当たっては、重々、気を引き締めて、立ち回らなければならない。
 司書正の側女として、日夜、職務に励むキビには、仕事中に気安く話しかけられる同僚がおらず、休憩中に外出するのが困難な職場環境でもあり、且つ、仕事場には彼女と噂話に興じる相手がいないので、キビが罷免される惧れはないであろう。
 だが、油断は禁物だ。
 書物を管理する役所に詰めている人物が、押し並べて、物静かであり、全員が政争に明け暮れる生き方とは無縁である、とは言い切れない。
 司書正は、国王に近侍する役職の中でも、特に、重要な立場である。
 国内外の情報を、書物と言う形で、保管し、国王が臨席する場で、適宜、開示する職務行為は、高い秘匿性が求められる。万一、司書正の周囲に情報漏洩に関与する者がいれば、その者は必ずや厳罰に処されるであろう。
 上に立つ者も大変だ。
 毎日、大勢の者から傅かれても、国王は優越感に浸っている訳ではない。
 臣下からは無理難題の裁可を催促され、妃とは心が通わずに、世継ぎが決めらなくても、天命には背けない。
 国王は、言葉と文字に、縛られる。
 言葉と文字は、人々の意思の疎通を、仲立ちするものだが、それらは天と人との交感にも寄与し、その術に長けた者も政治に参画するので、国政は合理的な判断と神秘的な直感とが混交する中で執り行われている。
 その術に類する能力を霊感と名付けるのだとしたら、世の中には、役人ではなくても、霊感のある人物がいる。
 内憂外患の状態へ移行しつつある、この国の成り立ちには、不可解な点が多々あるのだが、歴史は、言葉と文字に、依存するので、記載されなかった事象については、たとえ国王であろうとも、知る事が出来ない。けれども、霊感のある人物には、言外の真実を探る手段があるようだ。
 建国には犠牲が付き物で、政治と血とは親和性が高く、遺民は移民する。
 キビは蛮族の出である。
 宮仕えは大変だ。

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紙の本

渡世人の高楊枝

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不可抗力により、他人を死なせた者に、罪を問う事は可能であろうか。
 恐ろしい事に、その者の処遇について、司直の判断が下される前に、当事者とは無関係の者が横槍を入れる事があるのだが、それは社会的な制裁を加える事が目的ではなく、犯罪組織が単なる金儲けの手段として、気の毒な人を利用しようとする場合である。
 ユニオンでは、自責の念に苛まれた被疑者が、魔の手から救い出された後、気分を一新して、組織の一員となる例が、間々ある。
 ジュイスから風子へと代替わりしても、その精神は引き継がれており、組織の総力を挙げて、不幸の連鎖を食い止めるべく、ユニオンの構成員は知恵を絞って、各地で、奮闘している。
 時には、たった一人を救う為に、何ヶ月もの時間を費やして、悲劇を食い止める手筈を整えるのだが、神から課された難題の解決をも、同時に行わなければならず、ユニオンのメンバーの負担は大きい。
 骨折り損の草臥れ儲け、と言う訳ではないものの、犯罪者に成らずに済んだ者が、必ずしも、仲間になるとは限らないので、ユニオンの古参のメンバーですら、風子の真意は測りかねるであろう。
 驚くべき事に、以前、風子に傷を負わせた者だったとしても、彼女は、その者を救おうとするのだ。
 風子のみが、彼我の因縁を把握しているので、初対面の相手は、誰もが、謎めいた日本人の女からの、突然の不可解な申し出に困惑する。
 もちろん、既存の読者は、複雑な経緯を知っているので、風子の言動に対して疑義を挟まないであろうが、助けられる側にしてみれば、無私の奉仕者と行動を共にするよりも、利害の一致する者と渡り合う方が、余程、気が休まる行為であるに違いない。
 実の所、風子は義理堅い人間だ。
 そして、情に厚い。

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紙の本

紙の本ガベージコレクション

2024/02/14 17:45

集積回路の年輪

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コンピューターの歴史には、その使用者の増加と社会的な立場の変遷とが密接に関わっている。
 平成初期には、各家庭に電卓やゲーム機器はあったが、パーソナルコンピューターのある家は限られていた。
 中学生の大袋春菜は、自宅でも、学校でも、コンピューターに触れる生活を送っており、彼女の周囲にコンピューターの取り扱いに慣れた女子生徒が何人かいるのは、当時としては、珍しい。
 パソコン通信で男子と言い争ったり、同好の士の少なさを嘆いたりして、放課後を過ごす女子中学生の平和な日常が、急激な環境の変化によって、立ち行かなくなり、その問題の解決に当たるべく、少女等が奮闘するのが、本作の骨子である。
 そして、その為に使用されるのが、各種の電子精密機器である。
 一介の中学生には務まりそうにないその役目を、成り行きで担わされる事となった大袋春菜は順応性が高く、仲間の手を借りつつ、彼女は事態の打開策を講じる。
 作中で用いられる数々のモチーフは、作者の他作品に頻出するものであり、古くからの読者には目新しさは感じられないものであろうが、本作の白眉は、それらを駆使して構築された、見事な叙述の仕方にある。
 それを可能にするのは舞台の絶妙な年代設定だ。
 コンピューターの性能は飛躍的に進化する。
 だが、プログラムのミスや機器の故障等により、何らかの不具合が生じたとしても、製造元や管理者、利用者の意向の如何で、それらは不問に付されたまま、改善されずに、放置される場合がある。
 その結果、大袋春菜は、中学生の手に余る、人類史上の危機の回避に向けた対策に、是が非でも、取り組まねばならなくなるのであった。
 もし、作者の既刊を読んで、性的な懐古趣味の横溢に目を背けたくなった人がいるのであれば、本作を読んで、作者の力量を測り直して貰いたい。
 一部の読者にとっては馴染み深い、奇抜な少女の格好に目が触れても、話の本筋であるコンピューター関連の話題を追うのに支障を来たさない事に、読者は驚きを禁じ得ないであろう。
 更に、その様な描写の分量が少なく、且つ、作中で淡々と表されている事にも、気が付く筈だ。
 これは、個人史よりも、人類史に、言い換えれば、話の本筋に描写の重きが置かれているからである、と考えられる。
 このコンピューターを巡る壮大な物語には、多少、専門用語が使われる場面があるものの、流し読みしても、大意は汲み取れるので、機械の仕組みに詳しくない方でも、肩肘張らずに、本作に目を通せる。
 けれども、これは上質なサイエンスフィクションである。実写化したら、原作の愛くるしい絵柄からは想像し得ない、見応えのある作品になるであろう。
 コンピューターはあらゆる分野で活用されているが、人類の幸福に寄与しているとは言い切れない。

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紙の本

紙の本花園に幹が立つ 2

2023/12/24 13:06

不安定な支柱

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櫻凜学園高等部に入学した、遠野君と三枝さんは、同じ中学校の出身である。内部進学した級友とは異なり、学内の勝手が分からず、二人は、度々、カルチャーショックを受けている。
 特に、遠野君は、共学校でありながらも、学内で唯一の男子学生であり、女子から、好奇の目で見られたり、謂れの無い反感を買ったりして、苦労が絶えない。
 しかし、二人に寄り添い、学内の仕来り等を教えて、学園生活に支障を来たさない様に、と、心を配る人がいる。
 それが源さんだ。
 お嬢様学校の気風に憧れていた三枝さんと、多分に、経済的な理由で共学化後の一期生になろうとした遠野君とでは、入学後に予想される事態に対しての心構えや相手側の対応の仕方に、当然、違いが生じるであろう。その違いを、源さんが、どの程度、把握して、二人と接しているのかは不明だが、いずれにせよ、彼女が手を差し伸べなければ、二人はクラス内に留まらず、学園全体の人々から、浮いた存在として、認識されていたに違いない。
 生徒の自主性と協調性、並びに、その育成を重んじているのかもしれないが、毛色の違う遠野君を支える学園側の体制に、若干、不備が認められる。それでも、徐々に、彼の人と成りが周囲に理解されて、源さん以外にも、彼に対して好意的な態度を寄せる女子が増えている。
 もちろん、お嬢様学校に通う年数と、人格的な形成の度合いとの間には、相関関係は無く、生徒の性格も千差万別であるので、図らずも、二人の態度に起因する問題行動を起こしてしまう生徒が現れる。
 遠野君は男の子だ。
 ふとした折に、異性を意識してしまう。
 特待生にとって、素行不良と成績不振は、優遇措置の取り消しに直結する大問題である。
 三枝さんは女の子だ。
 二人は仲が良い。

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紙の本

覆水の流れ

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父は出征して生死不明、母は空襲で死亡し、妹は結核を患い、余命、幾許もない中で、少年はヤクザから拳闘の才能を見出された。
 浮浪児が医療費を負担するのは現実的な話ではなく、他に大金を手に入れられる方法が無いので、大神青空はヤクザの親分と盃を交わす事にし、その手下の選手として、デビュー戦に向けた準備を始めた。
 しかし、ライセンスの取得は困難だ。
 それは、試合の主催者が真っ当な人間ではないからである。
 他人を蹴落とす事に良心の呵責を覚えず、金儲けの為であれば、子分の命も見殺しにする、義理も人情も持ち合わせていない親分が牛耳る世界に、青空は足を踏み入れたのだ。
 しかし、敗戦直後の混沌とした世情では、誰しもが生き残るのに必死で、堅気と極道の区別など意味を成さず、青空がヤクザにならなければ、妹の命所か、自身の命も、早晩、費えていたに違いない。
 戦争は狂気の揺籃だ。
 百戦錬磨の拳闘家でも、戦地に赴けば、苦境に耐えかねて、我を忘れる。
 復員しても、精神を病み、薬物に溺れて、犯罪に手を染める。
 生きていたとしても、青空が憧れた父の姿は、二度と、見られないであろう。
 戦時下と戦後の諸相を、日本の歴史に取材して描いた本作は、全二巻で完結する。必然的に、残酷な場面が散見されるものの、荒唐無稽な演出と脚色とにより、娯楽性が担保された少年漫画に仕上げられている。
 青空はリングに立つ。
 下手をすれば、容易く、殺される、過酷な条件の下、病床にある妹の為に、体を張って、金を稼ぐ。
 彼には夢があった。

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紙の本

人造四苦八苦

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ロボットに心を学ばせるプロジェクトに参加した母子家庭の宇佐美家では、一人息子の九とロボットのいちこが別々の高校に進学したので、九は一人で過ごす時間が増えた。
 このプロジェクトは大詰めを迎えており、約束通り、近々、いちこは宇佐美家から離れるであろう。
 九が小学生の時は、転校生のロボットの話題が契機となって、彼はクラスに馴染む事が出来たのだが、高校生になってからは、昔に舞い戻りして、九は人との交流に積極的では無くなった。
 隣に住む入江愛とも疎遠になり、彼の交友関係は希薄である。
 家庭内に於いても、いちことの間に、何かしらの感情的な行き違いが生じ、両者とも、精神的に不安定だ。
 それでも、女子高校生になったいちこの方は、新たな交友関係を築けており、九よりかは、充実した生活を送れている様である。
 昔から、九は、いちこに対する恋心を級友から指摘されても、それを否定し、誰にも、ロボットに寄せる片思いの事実を打ち明けられずにいた。
 けれども、察しの良い人には、その気持ちは漏れなく伝わり、九が葛藤する姿を見て、苛立ちを覚えていたとしても不思議ではない。
 九は、何時になっても、いちこに告白しない。
 それは、人間ではなく、ロボットから、人が振られる事を怖れているのではなく、他人から自分が受け入れられない事を前提にした九の卑屈な感情に起因する模様だ。
 ホームステイが終われば、いちこの記憶は消去されて、二人で過ごした想い出は、九のみが保持し続けられるらしい。
 思いの外、いちこと言う存在が、九の心を占めている。喪失感を抱えたままで、九は無事に成人の日を迎えられるのであろうか。
 本作は、人間とロボットの発達段階を、宇佐美九と言う、小学生の男の子の例を中心に描かれるが、作中には、いちこ以外のロボットも登場し、いちことは立場の異なるロボットが抱える心理的な負荷についても、若干、触れられる。
 ロボットでも悩むのだ。

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