Nagiさんのレビュー一覧
投稿者:Nagi
2019/04/02 12:38
この本を読み返すことで家族にまで喜ばれるとは想定外でした。笑
24人中、24人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
実写化されることからこの作品を知ったのですが、すでに10巻以上既刊になっていたので手が出せずにいたものの、クーポン配布のおかげで「えいっ!」と電子のセット買いで読むことができました。
ゲイカップル、シロさんとケンジや彼らを取り巻く人たちの日常のお話ですが、コンセプトとして毎回シロさんの献立やそのレシピに結構なページが使われています。
四十路を超えた男性による切実なまでのメタボ対策健康志向のレシピが、こちらの危機意識をも高めてくれて(笑)、ついつい読んだあとには冷蔵庫を見て同じ食材があれば真似をしてしまいます。
そうなんです、再読というレベルではないくらい読み返してしまう、ある種レシピ本にもなっているんです!笑
電子だと「あ、この間読んだアレを食べたい!」と思った時、探すのにかなり手間がかかるのでやっぱり紙本を少しずつ買い集めるべし、と「家族会議」で決まりました。笑
そうなんです、家族に勧めてしまったのが運の尽き(?)で、LGBTQに無関心な家族にも抵抗なく読んでもらえてしまうお話なんです!
最初は「これ食いたい」とリクエストしたいがために読んでいた家族も、シロさんやケンジの会話や家族の対応、職場の人や料理友だち一家とのエピソードの中で、ごく自然に、その点を大きく取り立てることのない感じで「あ、そっか」と知っていってくれるのが、家族として嬉しく思いました。
同性愛者に限らず、子どものいない家庭の介護問題や終活、病気やけがで入院したときはどうする?などなどのエピソードは、誰もがいずれ熟考するときがくる話でもあり、シロさんの尊敬に値する家計管理は、家族に我が家の家計を顧みる機会をくれたり、この作品を読むことで得た恩恵は枚挙にいとま在りません。
かと言って堅苦しいお話は全然なく、ほのぼのとした気持ちで読めるのに、読後は日常のふとした瞬間に思い返してしまうことがらが散りばめられている作品です。
「ゲイカップルの話」としてではなく、「近い将来の自分」「中年以降になってからの自分」のような感覚で読み終えました。
料理好き、ごはん食べるの大好きさんにはもってこいの作品です。
(料理好きさんはシロさんと脳内バトルができそうです。笑)
とにかく美味しいごはんが食べたくなるので、夜中に読むのはキケンです。笑

流浪の月
2020/05/05 07:05
「事実と真実は違う」という言葉の重み
24人中、23人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
9歳のときに誘拐事件の被害者とされた少女「更紗(さらさ)」と、彼女を誘拐した罪で逮捕された、その当時19歳の大学生だった青年、「文(ふみ)」の、過去と現在の物語。
しかし、更紗にとってそれは「誘拐」ではなかった―ということがキーポイントになって展開していくお話です。
更紗と文の関係を見て、過去にあった実際の事件を連想した人が、私以外にもいたのではないかと思います。
文と更紗の出会いから穏やかに流れてい2人で過ごす日常、そして文の逮捕までの前半で、当時実際に会った事件を報道で見たときの不快感を思い出しました。
作者である凪良さんが、本作で本屋大賞を受賞されてからメディア露出の機会が多くなり、いくつかのインタビューを拝見・拝聴しました。
未読の段階で見聞きしたので、読了後は作者さんの意図と違う感想を持ってしまったことに申し訳なさを感じてしまいますが、私は更紗や文に寄り添う読者ではなく、自分も彼らを取り巻く人々の1人だと痛感させられ、己を振り返らされる
「痛みの伴う作品」
という感想になりました。
更紗や文にどこか共感を抱く部分もあるくせに、自分が第三者になった途端、
「こうであるべき」
「こうに決まっている」
という決めつけから、相手の「真実」を否定してきたことがあるんじゃないか、と不安を抱きました。
更紗の周囲にいる人たちが、そろって文を庇う彼女の心情を「ストックホルム症候群」で片付けようとする強引さを見たとき、一番それを感じました。
『事実と真実は違う』
幼い更紗は必死で大人たちにそう訴えたいのに、それを言葉に置き換えることが上手くできなくて、誰にも知られたくないことがあって文を助けられないことや、周囲の善意を疎ましく感じてしまうことに罪悪感を覚えながら大人になっていきます。
一方の文にも、ペドフィリアと誤解されたまま逮捕される理由があり、彼の
『怖かったから誰にも知られたくななった』
『だけど、怖かったから、誰かに知ってほしかった』
という心情を語る下りが、また読み手である私を猛省させました。
男女であれば恋愛感情を抱くはず。
犯罪の被害者と加害者なら、傷つけた者と傷つけられた者という関係のはず。
親はこうあるべき、子はこうであるべき…。
本当に、そうだろうか?と思うエピソードが散りばめられた、とても心が痛む作品でした。
自分の聞き齧った情報だけで「ジャッジ」してしまいがちな昨今、是非1人でも多くの人に読んで欲しいと思う作品です。
自分の傲慢さに気付かされる良作です。
2019/01/23 20:14
さりげなく身近なリアルが紛れ込んでいるミステリー
17人中、17人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
キャンペーンのとき、1巻のみ無料お試し&全3巻セットという表示を見たのでセット買いしましたが、まだ連載中でした(リサーチ不足…)
続きが気になってしまうので、完結作品を買うことが多いです。
そういう意味で(よい意味で)「えーっ、ここで終わりなのか待たないといけないのか!」とじれったい思いで読了しました。
1巻は主人公のパーソナリティをお披露目するためのオムニバス短編1本目という雰囲気のストーリーですが、とある殺人事件の容疑者とされた主人公を取り調べる刑事さんたちが、主人公とは別の意味で読む人の興味を引く人たちばかりです。
主人公が頭一つ抜きんでた個性的なキャラな一方で、刑事さんたちは私たちが暮らしている生活のどこかしら身近な誰かを投影してしまうキャラたち、なのに興味を持ってしまうのは、私たちであれば見落としたり見過ごしたりしている些細なことにも主人公が引っ掛かりを覚えて突っ込むからで(多分)、それによって掘り下げられた刑事さんたちがすごく魅力的に感じてくる、という感覚でした。
殺人事件の真犯人も、その事件が起きるきっかけになった別事件で濡れ衣を着せられた今回の事件の被害者も、読んでいて感情移入してしまう部分があるので切なかったです。
1巻後半から2巻では、3巻の物語へ継承されていくらしき新しい主要人物が登場し、この人たちがバスジャック事件を起こすのですが、主人公は完全に巻き込まれた格好です。
この辺りになると、読むほうは主人公に影響されて「おかしい」探しをしてしまいます。
(私はそうなりました。笑)
物語の中の人たちと一緒になって考える楽しさというのを初めて味わった気がします。
主人公の奇想天外と思える着眼点に助けられる形で、実際の社会にいそうな人たちを時に疑いながら、時に共感しながら読み進めていくうちに、その事件が解決したとき、作中の人物に照らし合わせて考えていた身の回りの誰かの見方が変わっている自分がいました。
第3の事件(事故?)については、未解決の状態で3巻終了なので、まだ何とも言えませんが、総じて面白く読めるのですが、続きが気になるためにモヤモヤとした読後感になりました。

憎らしい彼
2016/12/28 17:36
石ころは初めて星を掴みたいと思っている自分を認め、星はようやく地上の石ころのところへ降りてくる、という感じのお話でした。
14人中、14人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
「美しい彼」では「え、ここで終わり?」と思っていたのですが、続編が発行されると聞いて楽しみにしていたところ、予想以上の展開に終始ハラハラドキドキ、そして何より清居くんのツッコミの鋭さに笑わせてもらいながら読了しました。
あとがきで作者さんが仰っているように、「美しい彼」では、互いの恋する気持ちは通じ合ったものの、意思の疎通が(九割九分平良くんのせいで。笑)ないまま終わってしまっていたよなあ、と思っていたのですが、その辺りを(主に清居くんの涙ぐましい努力で。笑)丁寧に大切に少しずつ育んでいく物語が息つく間も与えず一気に読了までもっていかせてくれました。
ずっとキングだった清居くんがどんどん可愛らしくなっていって(それは読者にしか分からない部分なのですが)、それだけにニュースタイル関白な平良くんのオレ様っぷりにじりじりする一方で、やるときはやるを態度で示す平良くんの好感度もさらに急上昇していく数々のエピソード、最後の最後、エピローグでは、彼らがやっと同じ目線に立って向き合い、言葉を要さずに気持ちを解り合うことができたなあ、と感じられ、ちょっぴりもらい泣きしそうでした。
同じ場所に二人が立って、対等に「仕事」もできる続編が出てくれるといいなー、平良くんのご両親には、まあなんとなくだけどなんとなくあれなので、次は平良くんが清居ママに対してファイッ! と思ってしまったり、とにかく更なるその後を楽しみにしてしまう作品です。
もう1冊保存用に買わないと、読み返し過ぎて既にちょっとかわいそうな状態になっている所持本です。笑
それくらい、何度も何度も読み返し、そのたびにほっこりとした温かで穏やかな読後感を味わわせてくれる作品でした。
続編強く希望します!

滅びの前のシャングリラ
2020/11/03 01:04
読了後にタイトルを見て、その意味を知る内容でした
12人中、12人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
「1週間後、地球に小惑星が衝突し、人類に逃げ延びる道はない」
あらすじにあるとおりの世界で、4人(読むほうから見ると5人と感じますが)の主要人物が、どのような思いで「最期の日」を迎えるか、というお話なのですが、ハリウッド映画のあれやこれのように、
「少ないながらも人類は生き残る」
「衝突を回避する」
といった方向の「人類」にとっての救いはないお話です。
それもひとつのハッピーエンドなのだとは思うのですが、本作では「人類」ではなく、「個」の救いを感じさせるお話、という感想になりました。
本の紹介にあるとおり、
「幸せについて問う」
物語です。
直球で述べてしまえば、
「どう感じながら最期を迎えるか」
ということを考えさせられる物語でした。
読書前は、上記の世界観を紹介文で読んで、新井素子さんの『ひとめあなたに…』みたいなお話なのだろうかと思っていたのですが、新井さんの作品が主に若者視点だったのに対し、凪良さんのこの作品は、老若男女問わず、多くの世代にまたがって「我がこと」として考えさせられるお話だったように思います。
主要人物の友樹と静香、信士は、血の繋がった家族です。
男勝りで気丈な静香以外、父と息子は、日常だった平穏な世界で「生きづらさを感じる」という次元ではない過酷な状況の中で過ごしていたのですが、小惑星が等しく地球上の万物を滅ぼす事態になり、初めて「何か」のスイッチが入ります。
逆に、静香は初めて自分の選択に不安や後悔を抱き、それによってこの一家は「シャングリア」であり「パーフェクトワールド」であり「エルドラド」を手に入れます。
サブタイトルにつけられたそれらは、どれも「理想郷」の意味。
極限状態に追い込まれたときに、こういう自分でありたい、と思わせる3人でした。
この作品に登場する、いわゆるモブも、本当に千差万別で生々しい人間を描いていました。
どうせあと1ヶ月で死ぬのだから、と我欲に走る人も入れば、あと1ヶ月ならと、少しでも自分の生きた証である家業で飢えた人の腹を満たしていこうと決める蕎麦屋の老夫婦がいたり、大好きなアーティストと一緒に最期を迎えたい、とライブ会場へ決死の覚悟で集結する人がいたり…主要人物に関わる人が登場するたびに、自分ならどこに位置する人間になるだろうか、と問いかけられる気分で読み進めていました。
過去には決して戻れないし、後悔は先に立たない。
だからこそ、今この瞬間を悔いのないように「生きていく」と行動で伝えてくる主要人物たちは、読むこちら側に何を押し付けてくるわけでもないのに、日々の自分を振り返らせてきます。
小惑星の衝突なんてフィクションの世界だ、と心のどこかで思っているのかもしれないけれど、さすがに小惑星の衝突はさておき、明日も普通に朝を迎えられるとは限らない、ということにも気づかされます。
たとえば、交通事故などであれば、後悔する暇もなく命を奪われて、死んだことに気付けないまま現世をさまよってしまう(かもしれない)こともある。
自分だけは大丈夫と意識すらしていない中で、疫病によって数日の間に命を落としてしまうかもしれない。
そのとき、思い残すことを1つでも減らせるよう、今を大切に生きなくては、と姿勢を正される気分で読了しました。
文字数がどれだけあっても語り尽くせないほど思う処感じる処があるのですが(路子のお話など)、まずは作品で直に感じていただければ、と思います。
小冊子特典付きの初版で購入できたので、それも含めて本当に素晴らしい作品でした。
2019/07/19 02:49
惹かれ合う魂のお話
14人中、12人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
『玉響』でゆき林檎さんを知って作家さん買いをする気満々だったのに、見落としていました。
衝動的に電子で購入、あとで紙本を買い直そうと即決したくらいに好きな作風のお話でした。
『玉響』を拝読したときも思ったのですが、ジャンルとしてBLではありますが、同性愛か異性愛か、ということや、年齢差や身分差などのあらゆる“違い”を度外視して魂が惹かれ合うがための切ない物語、という作風です。
でも、『玉響』と同じく、この作品も、切なくも救いを感じさせてくれるラストなので、「限られた時間を精いっぱい幸せにね」と応援したくなる終わり方でした。
時代は昭和28年、霊感が強い修一郎は生まれて間もなく神社に捨てられていて、拾ってくれたおばあさんを亡くし…というエピソードから始まります。
育った村を離れることにした修一郎は、山中で性質の悪い霊的な何かに襲われそうになり、怪我をして逃げる中で倒れてしまいます。
そんな彼を助けてくれたのが、正体不明の山伏の恰好をした青年、テン。
彼もまたとある理由から独りぼっちで過ごしていましたが、修一郎と暮らす中で、実は修一郎と縁の深い人だと分かっていくのですが、その関係性がとても切なく、またお互いが一途すぎるくらい一途で誠実だからこそ、その先を考えると、どうしても2人の「期限」というものをこちらが意識してしまい、2人の関係が分かったときはメチャクチャ切ない気分で続きを読み進めていました。
でも、その切なさは作中ではとても慎ましくて、だからこそ今を大切に一生懸命、そしてお互いとともに生きていく、という書き下ろしのお話がとても慰められ、穏やかで温かな気持ちで読み終えさせてくれました。
蛇足ですが、恋敵が自分というのも、なんとも切ないというか、どうしようもないよなあ、という切なさが漂うお話でもあります。
この辺りの、テンの視点のお話も読んでみたいな、なんて思わせるお話でした。
2018/10/23 18:38
明治の時代に興味を持たせてくれた作品の1つになりました
10人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
幼少時の勝手な思い込みから、明治以降の歴史は戦争にまみれているという印象で無関心&不勉強でした。
そんな私なので、呉服屋がデパートの前身ということさえ知らず、この作品で初めて知った、というくらいです。
そんな無知にも関わらず、この作品は明治の時代に流れる空気を想像させてくれるほど、丁寧に分かりやすく時代の雰囲気を味わわせてくれる作品でした。
しかし、それだけでは「お勉強」どまりなのでしょうが、この作品の主要人物は、どの人物も癖が強く、それぞれが皆個性的で魅力的。
呉服屋『三つ星』の三男、虎三郎は、跡を継いだ長兄の右腕になるべく英国で学んでくる熱血キャラで清々しい上に、後々は人の上に立つにふさわしい、人を見下さない人物です。さすが主人公。
長兄の在虎は、まだ読者に何が彼をそうさせているのか分からないのですが、時代に翻弄される中で、弟にだけは自分のような思いをさせたくないと思っているのではないかと感じさせるよい人、優しい人。
番頭の雀さん(虎三郎のせいで正しい名前を覚えられませんw)はイメージ的に私と同世代に見える保守的な部分がありますが、彼なりに三つ星の将来を考えて虎三郎と対立気味にあると思うと、彼が一番この時代で生き抜くことの難しさを伝えてきているように思いました。
そして虎三郎の師匠らしき(と言ってしまうのも、虎三郎があまりにも対等に接しているからw)鷹頭が、この作品で今のところ一番キャラが立っていると思います。
実際にこんな人が明治時代にいたらお上に目を付けられていそう、というくらいの俺様キャラで切れ者。
そして三つ星の初女性従業員となりそうな時子さんは、今の時代の女性が応援したくなるようなキャラクターです。
この時代に高身長なこと、自分を保つということ、女性にはかなり難しかったと思います。
でも、彼女は決して肩ひじ張って自分の個性を保っているのではなく、ありのままの自分でいるだけです。
本当に、そのままの時子さんで頑張って、と応援したくなります。
そんな個性的な人たちが、ご一新後も古い観念や価値観に固執した人々を相手に、新しい『三つ星』を自分たちのやり方で、時代にふさわしい形で再建させてやる、という強い意志を読者に感じさせる作品でした。
彼らはそれぞれに学び、経験し、考え、悩み・・・と奮闘する物語、という序章の1巻でした。
期間限定無料試し読みキャンペーンのお知らせでこの作品を知ったのですが、間もなく2巻が配信されるとのこと。
ギリギリに知ったおかげで、次巻を待つ期間が少なくて済んだのがありがたいです。
結局紙で買い直しそうな気がしますが、取り敢えずは電子で何度読み返しても本が傷まないことに喜びつつ、何度も読ませていただける面白い作品でした。

君の名前で僕を呼んで
2018/05/08 02:01
読む側の感性を問われる作品かもしれません
11人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
映画化され、海外で先に鑑賞済みという知人からお勧めされ「原作で補完してからのほうが分かりやすいかも」とアドバイスをもらったので先に原作を読みました。
そういった経緯から、初読をとても乱暴に読んでしまい、たくさんの解釈違いや読み落としがあったので、映画鑑賞後に再読してようやく繊細な描写に気付いた、というくらいには集中を要する作品だと思いました。
この作品は、エリオ少年の視点で綴られているので、初読のときはオリヴァーとエリオの想いの強さの違いを感じて切なかったのですが、
「エリオの視点」
という部分に注意が必要な作品だと再読で気付きました。
特に、オリヴァーがエリオに対してどう思い感じているのかに関する描写で、乱暴な読み方(映画鑑賞前に読了しようと慌てて読み流してしまいました)をしていた私はエリオの言葉に散々ミスリードされてしまいました。
周囲の人(エリオの両親や友人たち)の行動の何気ない記述が、オリヴァーの心情を「語る」のではなく「表現」されている、ものすごく緻密で繊細な文章です。
読む側がそれをどれだけ気付けるかによって、この作品に対する感想が変わるのではないかと思いました。
初読から映画を観て、そのラストの違いにいろいろと疑問を感じたのですが、再読したら、作者のアンドレ・アシマンが伝えようとしていたことを、主旨は同じでありながら別の形で表現しているのだと気付けました。
メリバにも思えた結末が、ハッピーエンドだと気付けたら、感動もひとしおでした。
エリオの一途で拙い恋物語と思っていた初読が、実はオリヴァーこそがエリオよりも先に切なさや苦さも含めて彼の全てを受け止めた大きな愛を持っていたのだと分かり、つくづく乱暴な読み方をするものではないと後悔しました。
オリヴァーのいない時間を「昏睡」とネガティブに受け止めて嘆くエリオと、エリオのいない時間を「パラレル」と位置付けて常にエリオと共にあるオリヴァーの2人ですが、いつかエリオも理屈ではなく心からオリヴァーの「心の中の心」と同じ気持ちになれたらと願わずにはいられない、切なくほろ苦い恋物語でした。
この点は、映画だとオリヴァーを演じるアーミー・ハマー氏が「オリヴァー自身」として名演されているので、原作でエリオの「思い込み」に振り回されてしまう場合は、映画と合わせて観る&読むと、「そういうことか!」と感動ひとしおかもしれません。

Missing 1 神隠しの物語
2020/07/01 17:37
電撃文庫版を読めた人が羨ましい
8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
この作品は、作者の甲田さんが本作品でデビューを果たした2001年に電撃文庫として発行されたものを大幅改稿したもの、だそうです。
ジャンルはオカルト学園ミステリー。(だと思います)
作者さん曰く、
「時代が当時よりますますデジタル化したので、例えば今でいうところのガラケーをスマホに変えたりなど、今の時代に違和感なく読めるように改稿した部分もある」
とのこと。
シリーズ全13巻の第1作目だそうです。
神隠しの噂がある地域に広がる学園都市を舞台にしたお話。
聖創学院大付属高校に在籍する学生、空目(うつめ)恭一が学友3人に「彼女」を紹介した後、忽然と消えてしまいます。
空目と同じサークルで友人として仲が良かった3人の学生は、彼のことをそれぞれが
「カリスマ」「初恋相手」「幼馴染」と位置付けており、彼の失踪やその直前の「彼女紹介」という彼らしからぬ行動に疑念を抱き、
「神隠しでは…?」
と彼の捜索に奔走する、というお話です。
冒頭は、この町に伝わる伝承と空目と「彼女」の出会いのシーンから始まるので、空目が主人公かな、と思ったのですが、4人全員がメインキャスト。
電撃文庫版読了の知り合いによると、このあとシリーズでは主に「あちらの世界」と繋がりやすい(らしい?)空目の活躍が際立つそうで、シリーズ1作目として見ると、空目の活躍が地味(実は一番すごいことをやってのけているんですが)でも納得、という感じでした。
メインキャストの4人+異界からの攻撃を阻止する「組織」のエージェント・基城氏と一緒に疾走していく感覚で、あっという間に読了してしまいました。
あっという間と感じながらも、密度がすごい。
読み進めれば読み進めるほど、主に空目の行動が謎過ぎて、途中で休憩を挟めませんでした。
読む側にずっと気にならせるストーリー展開がとにかくすごかったです。
メディアワークス文庫版を読む今の私は、基城氏に近い年齢、彼が「こちら」の世界を守るために、大切な家族を守るために家族を捨てて異界と戦うのだ、という下りに切なくなってしまい、彼の結末に「作者さん、助けて欲しかった(無理なのは分かっている)」と思ってしまいます。汗
まだ高校生だったころからそれほど経っていない2001年にこの作品と出会えていたら、もっと違う読み方や感想があったんじゃないかと思うと、リアルタイムで作者さんのデビュー作品を読めなかったことが悔しいです。
そのくらい、空気が現在と2001年当時、同時に物語の中独特のものが絶妙な匙加減で溶け込んでおり、ぐいぐいとラストまで引っ張られていくお話でした。
twitterにて、作者さんを始め多くの作家さんが「初動大事なので予約や発売1-2週間以内に購入お願いします」と仰っています。
シリーズ1作目の初動が芳しくないと続刊を出せないとのこと。
全13作品を読破したいので、伝承モノ伝奇が好きな方には、ぜひ購入のご協力をお願いしたいと思っています。
全作を読みたいと思わせる大好きな世界観と空気のお話でした。

サリン事件死刑囚中川智正との対話
2018/08/28 00:34
出会う人を間違っていなかったらと思わずにはいられない内容でした
7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
私はリアルタイムで一連の事件の時代に生きていて、日比谷線や松本市とは縁もあったため、この事件当時に感じた世間の雰囲気を今でも鮮明に身近で起きた事件として記憶しています。
でも、その時代を生きてきた人でも知らないまま今日まで来てしまったことが多々あるのではないかと思わせる内容でした。
少なくても私はこの本で初めて知ったことが多かったです。
中川氏や土谷氏は、出会う人さえ間違っていなければ…本書の著者であるトゥー博士を始めとした方々と先に出会えていたら、日本が誇れるほどの素晴らしい化学者や医師であったかもしれません。
トゥー博士が、一個人として中川氏と15回にわたる面会や手紙を交わすやり取りを読むと、中川氏や土谷氏は、ある意味で「ごく普通の人」だと感じられました。
言い換えれば、誰もがひょんなことから道を踏み外す可能性を持っているとも思わせる怖さがありました。
中川氏はマインドコントロールから少しずつ解放され、世間からすればまだ記憶に新しい金正男氏のVXによる暗殺についても貢献しています。
恩赦を期待しての偽善かと問われたこともあるようですが、トゥー博士とのやり取りなどを見ると、彼は過去の行いへの悔恨と償い、同時に医師として化学に携わった人間としての自負心などが原動力となっていたのであり、決して減刑が目的ではなかったのだと感じられる内容のやり取りが書かれていました。
また、本書では、一般の人には意識されたこともないかもしれない、死刑囚に対する厳しい制約なども仔細に書かれています。
ごく限られた人とごくわずかな面会時間しか許されない中で、死刑囚は自分自身や犯した罪と向き合わざるを得ない環境の中で過ごしているのだと本書で初めて細かく知ることができました。
林氏や中川氏の能動的な捜査協力により、事件が起こるまでの経緯や動機の一部が推測され解明もされていたのだと解釈しましたが、やはり部分的でしかなく、全貌を把握しているのは麻原氏本人と、彼の側近で刺殺されてしまった村井氏だったようで、改めて村井氏が存命であればと思ってしまう記述もありました。
情報の重複や校正ミスなどが散見される本書ではありますが、「過去に起きた大きな事件の解説書」として読むだけでなく、トゥー博士と中川氏のやり取りの中から、自分の存在価値や承認欲求の満たし方を間違えてしまうと、またあの悲劇が起こりかねないという危機感を持たせる内容にも感じられました。
若い世代の人にとっては「歴史」に近い感覚でこの事件を受け止めている方もいるでしょうが、実は時代を超えて常に隣にある落とし穴でもあると感じてもらうきっかけになればという気持ちを湧き立たせる内容なので、若い世代の方にも読んでいただきたいと思う内容でした。
そして最後に、改めて被害を受けた方々やそのご家族ご遺族の皆さまに哀悼の意を表します。
2018/05/12 15:37
溺愛攻がドストライクの人&天然かわいい受が好きな人に超オススメです
6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
絵柄が好みだったので表紙買いしましたが、作中に出てくる『ふわふわ』というタイトルの絵本が奏汰の精神安定剤、というくだりに、この作品が私にとってのそれに当たることになってしまったくらい、ふわふわになれるお話でした。笑
商品説明にあるそのくだりは、「ないよなあ」という唐突感が無きにしも非ずですが、『意地悪攻』の設定が活かされるところがここだったのかなあ、とは思います。
でも桜庭先生は、意地悪というより不器用で繊細で、意地悪さよりも表現の不器用さと奏汰くんへの溺愛ぶりが魅力的な攻さんでした。
奏汰くんは紹介通り、無自覚のド天然で、とにかく一生懸命で素直なので、桜庭先生が意地悪したくなるのも分かる(笑)という子で、かわいいしか言葉が出てこないです。
桜庭先生の天敵、作家の百武先生が奏汰くんに対して「なに!?このかわいい生き物」というセリフがあるのですが、まさにそれ!という感じで…。
振り回され感半端ない奏汰くんですが、その無自覚ド天然で桜庭先生のトラウマを払しょくする辺りは、ただ恋愛に浮かれている関係だけでなく、2人が同志であり対等でもあると思わせてくれるストーリー展開で、その点が私にとって精神安定剤な部分でもあります。
作中に登場する『ふわふわ』という絵本の一節がところどころに出てくるのですが、それを地で行く2人の在りようがステキだと思わせてくれる作品でした。
奏汰くんが桜庭先生に「先生が描きたいか描きたくないかです」のシーン、本当にメチャクチャ大好きで何度も読み返しています。
紙で買えばよかったと思う反面、きっとボロボロになっていただろうな、と思うくらいには読み返しているので、電子でよかったのかも、と思いつつ、そして初版はもう手に入らないだろうなと思いつつ、紙の購入も検討中です。笑

進撃の巨人(34)特装版 Beginning (プレミアムKC)
2021/06/15 16:23
本誌には掲載されていなかった最後の4Pに感無量
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
SNS上で「49話ショック」のハッシュタグが気になって雑誌を購入して以来、基本的に雑誌で数回読み、余暇ができたらコミックスで読む、という読み方をしていたこの作品ですが、最終巻となる34巻で本誌にはない4Pがあり、最後の最後まで読む側のメンタルを揺さぶってくれる作品でした。
本作、前半は、「巨人vs人類」のダークファンタジーという始まり方、抽象的に言えば「悪vs善」という分かりやすい構図で始まりました。
著名な評論家の方々などが仰っているように、マーレ編に入ってから、ファンタジー色が一転、人類の歴史=戦争の歴史を模したような話の運びになってゆき、周囲の変化に翻弄される主人公エレンも、ここを節目に「物語に動かさせられている(作者さん談)」立ち位置から、自分の考えの元で自ら行動していく立場に変化、一読者として私は、エレンが自分の価値観をどう変えていくのかと、「変わる」前提で読んでいました。
ところが、まさかの「変わらない」という結末…。
主人公がラスボス、という結末を描くことが、今の時代に許されるとは思っていなかったので、よい意味で裏切られました。
「正義」の反対は「悪」ではなく「別の正義」を体現している作品だと改めて思いました。
架空の世界でありながら、そこかしこに現実におけるあれこれの事象を彷彿とさせる物語なので、読了後も深く考え込んでしまいます。
自分の読解力の乏しさを感じたところが1点。
どうしてミカサの「選択」で、ユミルがフリッツ王に対する愛とやらの囚われから解放されるのだろう、という点…。
ことあるごとにコミックを読み返しているのに分からなくて、自分の読解力の残念さが悔しいです。(苦笑)
コミック版に追加された4Pで、34巻分を通して、多くの犠牲を伴ってまで勝ち取ったそれが、あっけなく覆されてしまった1コマが強烈で、とても切なく、同時に、それでも変わらずそびえ立つ「エレンのお気に入りの場所の樹」が希望の象徴にも見える、そんな綺麗なラストでした。
完結したので、また1巻から読み取れなかった部分を拾いながら精読しようと思います。
何度読み返しても、読み返すたびに違う景色・解釈を見いだせる稀有な作品です。
時代がどう変化しても読み続けられるであろう普遍のテーマを見事にまとめ上げている作品でした。
2019/03/01 07:26
読む側の人間性も試される内容と考え込んでしまう読後感
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
実写映画化に関連する騒動をニュースで知る中で、「カモ役が復讐される側になっていてどうする」といいうニュースへのコメントを読んで気になり、原作が読みたくなったのですが、有害図書認定ということで紙本が入手できず、やむを得ず電子で購入。
有害認定されたのは4巻のみらしいのですが、自主規制団体の有害認定理由を読んだとき、レビュータイトルの通り、描かれる残虐性をどう解釈するかで、その人の人間性も推し量れてしまうのではないかと空恐ろしく感じてしまう内容でした。
依頼人が主人公に依頼するに至った事件は、どれも実際に起こった事件を彷彿とさせるもので、復讐を依頼したくなる気持ちが分からないでもないと思いながら各エピソードを読み始めるのですが、カモたちが復讐の代行を終えたあと、どの依頼人も決して「爽快」ではないのです…。
もちろん、解放感を抱く依頼人もいましたが、カモの「(自ら手を下すことに対して)一生背負うことになるよ」という忠告で、依頼者に迷いや葛藤が生まれるというシーンもありました。
読者も依頼人と一緒に考えこんでしまうシーンの1つでした。
加害者に復讐をする(=代行してもらう)までは、恨みで悲しみをごまかすことができていた部分もあったのに、大切な人を失った悲しみや、二度と被害に遭う前の自分に戻れない絶望と向き合うしかなくなってしまう。
それでも、加害者の人権ばかりが保護されてのうのうと人生をエンジョイしているのが赦せない、という負のスパイラルからも逃げ出せなくて…という被害者や被害者遺族/家族の悲壮感が作品全体に漂っていると感じ、決して読後感はよくありません。
また、中盤を過ぎたあたりで同業者が登場します。その同業者の女性・加世子とカモは、自身も被害者(加世子)・被害者遺族(カモ)という背景があり、それゆえに「自らの手で復讐」と「復讐の代行」という方針の違いがあるように感じられました。
加世子がカモに発した「いかにも被害者“遺族”の発想ね」という言葉にも読み手は考えさせられてしまいます。
遺族は被害当事者ではなく、被害者の遺族であって、被害者の気持ちは想像できても知ることは絶対にできないだろうし…みたいな模索が始まってしまいました。
読み返すほどに答えがなかなか見つからない迷路に迷い込んでしまったような感覚を味わう作品です。
残虐性にばかり注目してしまうと見落としてしまう部分が多々あるんじゃないか、と思われる人の心の機微が描かれている素晴らしい作品だと思うので、有害図書認定を非常に残念に思いました。
2017/04/15 02:02
ちょっとずつお互いの気持ちが近付いていく過程を読むのが好きな人におすすめの作品です。
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
BLをBoy's Loveの略で、言葉通り恋愛ジャンルだと思っていた自分は、こういう純愛系のお話が読みたかったので、pixivで見つけたときは大喜びしました。
腐男子・宮野(みゃーちゃん)が、「腐? 何それ」な佐々木先輩にBL本を貸すようになって……という冒頭なのですが、まさかの「ぇ、せ、先輩のほうが、なんですか…?」な展開になってきたら先が見えなくなってきて、pixivコミックのほうでは次の更新が待ち遠しくて仕方がありませんでした。
書籍化と聞いて速攻買いましたが、各話の切り替えページに挟まれた学園祭の小噺などの書き下ろしもあり、一冊まるっと
青春純愛ほのぼのストーリー
といったやさしくてほんわかとしたお話です。
佐々木先輩は報われるのか!?(笑)
1巻では佐々木先輩が終始こちらに「みゃーちゃん天然だけど、が、がんばって!><」とエールを送りたくなるほど健気です。
天然のみゃーちゃんが佐々木先輩の気持ちに気付いたときどうするのかなあ、とじれじれしつつも先が楽しみだと思わせてくれる1巻でした。
続刊も出るようなので楽しみです。

Op 2 夜明至の色のない日々 (イブニングKC)
2019/12/01 16:56
Opだからこそのテーマかも
5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
ヨネダさんの心情描写が好きなので作家買いした作品です。
web掲載時に面白そうと思って1巻を買って読了したときは、まだ序盤で夜明さんの人となりや周辺人物の相関紹介巻という印象だったのですが、2巻に入ってようやく、作品全体を通して描こうとされているものを掴めたような気がします。
(私に読解力がないので、という意味です。)
Opものはマスター・キートンくらいしか読んだことがないのですが、ついそれと比較して読んでしまう部分があり、1巻のときはマスター・キートンとの違いが分かっていませんでした。
でも、2巻で1つの事故(または事件)がメインで扱われ、保険の被保険者が事故を装った自殺なのか、本当に事故だったのか、について夜明さんが調べていく過程で、この家族の「家族愛」の在りようなどに意識を持っていかれました。
真相を読み解きたい動機が、私の中でマスター・キートンのときは事件性メインだったのですが、本作では被保険者とその家族の愛情の在り方に意識を持っていかれ、やはりヨネダさんの作品は恋愛を含めた「愛情」を主軸にしたお話で、しかもそれが読後に切ないながらも「愛」というリアルで口にすると恥ずかしく感じてしまう言葉を「いいなあ」と思わせてくれるストーリーになっているな、と改めてしんみりさせてもらいました。
小話的な2つ目の調査のお話についても、短いのに祖母様への愛情を感じられる青年の人となりに寄り添ってしまい、その保険金申請について追及してくれた夜明さんに(ただの読者なのに。笑)感謝してしまったり、全然熱血じゃないのに一生懸命生きる人の助けになってくれる夜明さんにも改めて好感を持ちました。
ただ、いつか夜明さん自身も過去を乗り越えて普通に笑える日や、感覚を取り戻せる日がくるといいのだけどなあ、なんてほろ苦さもちょっと感じるラストではありました。
大人ってややこしいなあ、と(笑)
多分、玄くんも同じ思いで夜明さんと倫子さんを見ていることでしょう(笑)
ほかのレビュアーの方々も書かれていましたが、2時間枠のドラマに収まりそうなエピソードの長さと思われ、夜明さんは役者さんを選ばないキャラクターだと思うので、実写化されたらいいなあ、と思います。
夜明さんが担当される案件の家族の身に起こる出来事は、誰にでもあり得る出来事だと思うので、物語を通じて多くの人に何か感じてもらえるといいな、と思わせてくれる作品でした。
続刊も楽しみにしています。