H2Aさんのレビュー一覧
投稿者:H2A
比類なきジーヴス
2018/05/04 21:52
ジーヴスもの第1弾
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
これは執筆年代からいうと最初のものではない。しかしジーヴスとバーティ・ウースターものの翻訳がいちおう完結したシリーズ14巻の最初に出た巻である。バーティ・ウースターは有閑の青年で叔父の援助を受けて暮らしている。そのお付き執事がジーヴスでこの2人は時に諍いも交えて最高の名コンビを成す。この巻ではそのコンビがバーティの親友ビンゴ・リトルの縁談の世話をする連作短篇という形式。イギリス上流階級の滑稽で呑気で優雅な生活を垣間見せるし、実際ジーヴスとバーティのやりとりはかなり笑える。このシリーズが全部読めるなんで幸せだ。
物語哲学の歴史 自分と世界を考えるために
2019/03/07 01:51
ある哲学史
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
欲張った内容だが、著者なりの価値観というか哲学観が貫かれているので薄っぺらい感じはない。魂の哲学、意識の哲学、言語の哲学、生の哲学という四章立てになっている。著者がおそらく英米哲学を生業とするため、従来の大陸系だけでなくアメリカのジェイムズ、パースにスペースが割かれる。一方でルソー、ホッブズは一顧だにされず、ヘーゲルも意外に小さな扱いになり、生の哲学とされた中にプラグマティズムの扱いにも違和感が残る。しかし羅列的に名前を紹介されるより、著者なりのスタンスで取捨選択された哲学史なのでおもしろく読めた。
いつかたこぶねになる日 漢詩の手帖
2021/03/09 15:07
須賀敦子の再来
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漢詩に寄せた珠玉のエッセイ集。著者はフランス在住の女性詩人とのことだが、某読書界隈で話題になっていて、そういうことは珍しいが読んでみた。扱う漢詩は盛唐の大詩人の杜甫からはじまって王国維などの中国清朝の近代、さらに日本の平安時代の菅原道実から夏目漱石、幸徳秋水まで。詩そのものの詩風も多彩で食を題材にした杜甫の詩から思弁的だったり虚無的な内容まで漢詩の多彩さを教えてくれる。さらには漢詩以外の本も多数取り上げて古今東西縦横無尽にさらりと博識に語る。それでいて生活感あふれた内容も多いのでとっつきやすく読んで楽しい。かと思うとまた考えさせられる警句をいきなり出して驚かされる。手管を見せない天性の書き手。書店でそう見かけないためそう有名にはなりづらいだろうが、内容は素晴らしい。
地球の長い午後
2019/01/24 00:27
想像力の極限
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はるか未来の地球。自転が止まり植物が支配する世界で人間は文字通り小さくなってかろうじて生き延びている。グレンという主人公もいるのだが、主役はやはりこの異様なこの世界そのものだ。いくらなんでもあんなやり方で月にまで行けてあいまうのはどうだろうと思っても想像の限りを尽くしているのでこの世界に幻惑される。ポンポンがうっとうしいとか、あの生意気なキノコ(アミガサダケ)の野郎は何なんだとかどんなにけなしても、そうした短所の数々はこの異世界そのものの存在感に圧倒される。そして結末で語られるこの世の黙示録のような終末ビジョンにもやられてしまった。オールディスはこれ一作でも名を残すにちがいない。
土 地球最後のナゾ 100億人を養う土壌を求めて
2021/08/14 17:08
好著
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とてもおもしろい本だった。土壌という日の当たらない存在について書いてこれだけ興味深く書いてくれただけで満足。地球の土は12種類に分類されているということさえ知らず、「砂」と「土」がそもそもどうちがうのか、「粘土」とはそもそもどういう定義なのかと知らないことばかり。植物やそこに寄生する菌類も含めた生態については知らないことばかりで土壌もそこに大きく影響している。著者はちょっと自虐的な謙遜もしながら人類100億をどうやって養っていくかという遠大なテーマを掲げている。土壌はその最重要ファクターのひとつなのは間違いない。
孤独の意味も、女であることの味わいも
2019/06/27 22:29
赤裸々
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新進の政治評論家。女性としての彼女が書いたエッセイ風、文学風味の自叙伝。冷静にものごとを割り切って、議論を切り分けて整理するのが得意なエリート。ここで出てくるのは『女』の側面。性的な経験や出産経験、死産のことが生々しく語られる。今となっては女としての自分とも付き合っていけるという。孤独ということも同じぐらいに重要なテーマになる。そんなに期待していなかったが、文章もこなれていてなかなかだと感じた。きっと好き嫌いは分かれるだろうけど。
夜の果てへの旅 改版 上
2022/03/27 21:58
呪詛という行為
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フェルディナン・バルダミュは衝動的に志願兵となり、戦場に送られる。そこは無意味に人が死に、死地においやられ苦痛を被らされる場所。負傷して帰還して療養施設に隔離されても理不尽な目に逢い続け、やがてアフリカに渡りさらにアメリカに行きつく。どこへいってもバルダミュがみるのは汚物まみれの見にくい人間の姿。巻の終盤でかすかに善意を見いだすが、それも振り切って帰国を決意するところで下巻へ。暗澹とした内容だがこのどこか飄々とした語りはドンキホーテ譲りだろうか。
リア王 改版
2021/05/02 22:14
悲劇の典型
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筋書きや内容については訳者の福田恆存の解説を読むのが最善。リアの気まぐれのような領土配分はいきなり狂気を感じさせるが、その並外れた情念が周囲の人物たちに渦巻く悪意を攪拌して、わずかな善意も押し流して、なにもない場所に行き着く。以前ローレンス・オリヴィエの映画を観たことがあったがそれは大分ストーリーを刈り込んでいたように思う。原作は(月並みな表現だが)その複雑さ、深刻さ、スケールの大きさで別格。個人的には道化の存在が悲劇の中にアクセントを生んでいて、その小唄も見事に韻を踏んで訳されている。訳者の短い解説も的確で重みがあって素晴らしい。
暇と退屈の倫理学 増補新版
2021/04/24 16:57
「退屈」の博覧会
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暇と退屈のメカニズムについて論じた長編論考。堅苦しくなく著者の生の声も時々聞けるので飽きずに読め通せる。といっても決して安易な流行本とはちがう。身近なテーマが意外なほど深く掘り下げている。ハイデッガーの退屈への考察、3つの形式についての考察が全体の背骨のようにになってたびたび参照される。そこに古今の様々な学際的な知見を参照しながら議論を進めていく過程がおもしろい。著者は誰かひとりの議論に寄りかからず、部分的に肯定しても結論部分はなかなか認めようとしない。それでも倫理学と言っている手前、「結論」をつけてはいるが自身で言っているように、そこに超越的な策など示されない。そこにがっかりする向きもあるだろうが、私はそこに至る探求の道筋こそスリリングに感じた。また、人間の「本来の姿」という概念に対する著者のはっきりとした拒絶の姿勢も自分には好ましい。
大抵は、「増補新版」に付いている増補された部分は余計でつまらないことがほとんどだと思うが、この本は増補された書き下ろしの論考も充実しているのも稀少。
火星年代記 新版
2020/11/29 22:11
旧版で持っています
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ハヤカワSF文庫に収録される前のNVに入っていた旧版を持っている。火星に押し寄せる地球人たちと火星人の物語は、そのまま新大陸に押し寄せてアメリカ人になったヨーロッパ人の焼き直しのよう。ここには「詩情」としかいいようのない情感があって、繰り返される人間の物語がほんとうに叙情的に描かれる。火星人の残した廃墟でバイロンの詩が連想されたり印象的な場面がいくつもあってその感動は忘れようがない。終幕の『百万年ピクニック』で映し出される「火星人」の姿を目にする。訳文にもリズムがあってブラッドベリの世界をちゃんと日本語に移し替えられていて素晴らしい。
冷血
2019/01/24 00:04
大人になった天才作家
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カンザス州に住むクラター家がある日全員惨殺されたという実話を元に構成。犯人はペリーとディックの2人。この2人の視点と、その犯人を追う警察側のほか事件の大勢の関係者を小説として描いた。事実だけを素材にしているので本来はノンフィクションだ。しかしカポーティによって選び出され再構成され小説としても十分に読ませる。犯人であるペリーには尋常でない共感を持っていたのではないか。理不尽な犯行動機を自供する場面はこの小説の核心部分で鬼気迫るものだが、そうした悲惨な事件を起こした当事者であるにも関わらず、ペリーに勧善懲悪的な正義感を振りかざす気にはなれない。ペリーとディックは「12人の陪審員」の証人の見守るところで絞首刑に処せられ、この地域の平安が戻ったと語られると、この2人の死も結局は社会のための生贄として供されたとわかる。実在の事件の取材という制約があるにも関わらず、これだけの小説世界を創り出し定着させたカポーティはやはり素晴らしい才能の持ち主だった。読んだのは旧約版。
利己的な遺伝子 40周年記念版
2020/09/06 13:11
40周年記念版
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『利己的な遺伝子』の40周年記念(増補)版。遺伝子というよりDNAの断片が「不滅のコイル」となって、生命体という乗り物を駆使しながら自己を保存しさまざまに変化させて膨大な時間を泳ぎ切ってきたか。豊富な例証(グロテスクだったりこ滑稽な)を交えて、時には最新の知見も引用、さらに反論しながら一般人にもわかりやすく解説している。この記念版には12,13章とふたつの章も追加されているように40年の間にこの世界では多くの新発見、変化があったおことを著者が繰り返し指摘している。
題名から「利己的な」という擬人化した形容詞を遺伝子に与えているので斬新な発想だったにちがいない。著者自らは、『不滅の遺伝子』と名付けていれば、今までに被った毀誉褒貶を避けられたと述べているのはそうかもしれない。本文も補注も少々くどくて辟易として時間もかかったけれども一読して損とは思わなかった。そうした特徴も著者の偏執的なこだわりよりも学者としての良心からだろう。一方で主張そのものには新奇さはあまり感じず、その論証過程そのものがおもしろい。ゲーム理論がこんなところにも登場してくるし興味が尽きない。主張そのものに驚かないのもドーキンスの遺伝子の乗り物という概念が世間にかなり広まって、一種のミームになったためだろう。
東京裁判
2020/04/13 18:24
陰謀史観に警鐘
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世間に流布する陰謀史観。米国に仕組まれて開戦した戦争を強いられ、敗戦の挙句不当に裁かれた東京裁判の呪縛から目を醒ませといった扇情的な言葉が散りばめられたけばけばしい書物の数々に比べると、努めて平易に冷静に書かれているとは言え、地味な本である。どちらかというと私情もあまり交えずに、事実重視で書かれていて、ニュルンベルク裁判との関係や、この国際法廷が組織された背景、主導権を握ろうとするアメリカの内情や、他の連合国との駆け引きや、それがよって立つ正義に対する罪を裁くのか、人道に対する罪についてのものか、交戦規則違反を裁くのか、その法的根拠は何かが(そうした議論はあってもあるべきところに向けて妥協していく様が)明らかにされる。それに比べると普通の本ならハイライトになるであろう裁判中のことは意外にあっさりと終わり、今度は公判終了後の減刑、釈放を巡って日本国内と冷戦を巡って国際情勢の変化で意外に早期に解決することが詳説される。有名なパル判決やレーリンクなどの扱いも、必要以上に持ち上げず冷淡であるとすら感じる。こうしたこの本の構成も学者らしい誠実さを感じさせる。当時の戦犯とされた人物たちの日記も織り交ぜているので冷たさは感じないし、新書としては大部な部類かと思うけれども好著だと思う。
韓国併合への道 完全版
2019/08/10 22:15
「反日」の淵源
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何かと時事ネタとして取り上げられる日韓関係。その「反日」の根底にあるのは古来からの中華思想、儒教に影響された日本蔑視、血縁崇拝(祖先へ仕打ちへの恨みを忘れない)にあるという。李氏朝鮮は近代になるまで他に例のないほど中央集権的で前近代的な体制を維持した結果、血縁以外に横のつながりのない、まとまりづらい国民性を生み出しそれが現代に至るまで影響しているという。その主張をなぞるように王朝の末期から、アジアの植民地時代に突入し、いくつか近代化の企てはありながらも(独立党のように)志を果たせず結局日本への併合に至る道筋を描いていく。この内容がどの程度客観性を持って妥当性があるのかはよくわからないが、著者は日本の併合時代にも、その後の経済的飛躍を準備するものが多かったと肯定的な評価を下す。最近の韓国ではそうした発言を抑止する法が制定され言論が大きく規制されてかなり偏向された歴史教育がまかり通っているという。個人としてはそうした歴史的な事実をいくつか資料に当たってきちんと認識、記憶しておくことは少し感情的なものから解放してくれて、視座を持つうえで重要かもしれない。
村上さんのところ
2019/01/21 23:51
超然とした村上流
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村上春樹が、一般読者からの質問に答えていくという企画。それだけなら聞き流せてしまうが、まずその数に圧倒される。総数は3万通以上で、村上春樹は全てを読んだ。そしてそのうちから3716通に返答し、そのうちから473通が選ばれてこの本に収められた。質問も読めばわかるが、2行程度のものもあるものの意外に少数で、人生や夫婦生活や、ヤクルトスワローズのことからネコ、文学、ジャズ、世の中への疑問まで結構真剣に村上春樹に問いをぶつけている。その返すにはかなり重い膨大な言葉に対して、軽妙に流したりもするが真剣に答え、突き放したりするが一方で激励したり様々だがスタンスは超然としてぶれない。これだけ答えるのにも大変な体力と精神力を要したのは想像に難くない。簡単な言葉で要約はできないが形容だけするとやはり「おもしろい」。