守屋淳さんのレビュー一覧
投稿者:守屋淳
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2003/05/15 16:39
排除し続けることによって成り立つ哀しき〈普通人〉
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『新しい歴史教科書』『新しい公民教科書』などのベストセラーや、教科書の採択問題で注目された「新しい歴史教科書をつくる会」。本書は、その「つくる会」の神奈川支部を、慶應大学の学生が卒業論文の対象として調査、論文としてまとめたものを中心に、小熊英二氏が論考を寄せるという体裁になっている。
本書には、非常に良い面とかなり首を傾げたくなる部分が同居している。
まず、良い面。
「新しい歴史教科書をつくる会」の創立から現在に至る経緯や、主義主張を細かく検討し、論評を加えている小熊氏の論考の部分はとても面白い。特に『〈民主〉と〈愛国〉』(新曜社)によって育まれた戦後思想への視座を元にした批判は、うならされる部分が多い。たとえば——
《総じて彼らは、自分にあらかじめ内在していた「健全な常識」に従ってナショナリズム運動を開始したのではなく、その逆に、現代社会において規範となるべき「健全な常識」が見いだせないがゆえの不安からナショナリズムを求めたのであろうと思われる》
《孤立感やミーイズムの蔓延とこの種のナショナリズムは対抗関係にあるものではなく、いわば同じコインの裏表だといえるだろう》
しかし、たとえナショナリズムに活路を見出しても、そこは安住の地ではなかった——
《彼らが違和感をもつ「過激な右翼」が、次には「戦中派」や「キリストの幕屋」や「従来の保守派」が、さらには「つくる会」の中央や幹部が、〈普通でないもの〉として発見され続けるだろう。彼らの不安が解消されないかぎり、〈普通でないもの〉の発見は永遠に続く。だがこうした排除の連鎖によって、彼らの不安が解消されることは、おそらくありえないのである》
この問題は、「つくる会」ばかりでなく、おそらく評者を含めて今を生きる多くの日本人に共有されるものなのだろう。ワイドショーや週刊誌などで頻繁に見られる〈普通でないもの〉叩きなど、この端的な例ではないだろうか。深く考えさせられる一文だ。
一方、良くない部分。
肝心の、「つくる会」神奈川支部への調査の部分は、残念ながら改善の余地が多い。同じ調査結果や文章の使いまわしが頻発して読むのが辛いし、「戦中派」とそうでない人たちの価値観の違い、ズレの原因として《戦争体験の有無》を挙げるのはよいが、なぜ戦争体験の有無がズレを生むのかまったく言及されていないなど、つっこみ不足も散見される。なぜもう少し手をかけられなかったのだろう、と首をひねりたくなる部分だ。
まだまだ不況が終らない昨今、人々は、次は何に癒しを求めるのだろう……
(守屋淳/著述・翻訳業)
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