YORICZKAさんのレビュー一覧
投稿者:YORICZKA
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紙の本イギリス人の患者
2005/07/27 22:25
これはある種の詩である
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第二次世界大戦の終わり、トスカーナの山腹に立つ廃墟となった屋敷で、それぞれが癒しがたい戦争の傷を負った4人の共同生活が始まる。胎内の子供を失い父親も失った若いカナダ人の看護婦、ハナ。拷問により両親指を失ったカラバッジョ。いつも死と隣り合わせの工兵、キップ。そして全身に大火傷を負い、名前も判らない瀕死のイギリス人患者。
詩的な文体が、それぞれの悲劇が築いた冷たい壁のような静寂を醸し出している。4人が、終わりつつある戦争とどう向き合うか、戦争によって破壊された過去を、思い出したり耳を傾けたりして少しずつ語られていく。特筆すべきはやはりその叙情詩的な文体で、比較的短いセンテンスはまるでひらひらと地に舞い降りる色紙で、いつの間にかそこには素晴らしい絵画が完成しているといった感である。また、古典文学などからの引用も多く、叙情的だけではなく非常に知的なアプローチもこの小説に品格を添えている。現在とそれぞれの過去の描写が入り交じっているため話の展開は遅いのだが、実はイギリス人患者に最後の復讐を企てていたカラバッジョがイギリス人患者の愛の物語を聞いた時点でその復讐心を自ら吹き消す箇所や広島と長崎に原爆を落とされたニュースを聞いたキップが激高する箇所はこの小説の中でも最もドラマティックな箇所と言えよう。
映画と比べれば、イギリス人患者と人妻キャサリンとの燃えるような不倫の愛については比較的引き離して書いてあるが、見落としがち些細な登場人物の行為に改めて然るべき意味が発見できる。そしてあの愛の物語が比較的冷静に描かれているのに対し、ハナやキップについて緻密に描かれている。何故キップが祖国を離れて領主国である英国に渡り、工兵になったのか、ハナのカナダでの幼い頃の記憶・・・。
この4人の物語を読んで戦争とは、少なくとも個々にとっての戦争とは一生終わらないものなのではないかと感じた。
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