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みーちゃんさんのレビュー一覧

投稿者:みーちゃん

3,506 件中 1,846 件~ 1,860 件を表示

ストロベリーナイト

2010/05/13 20:49

まだまだ英国の警察小説群の面白さには及びませんし、横山秀夫の緊張感もありません。でも、読ませます。その理由は主人公が女刑事であることかもしれません。何はともあれ、このまま育ってくれたら、と思わせる作家の一人です。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

私は妙なこだわりから、この本の一年後に出た『ソウルケイジ』から先に読みましたが、今回はシリーズ作品を一年遡って読むことになります。勿論、『ソウル』を読んだ結果を受けての選択です。以前も書きましたが、BS11のブック情報番組ベストセラーBOOK TV で斎藤広達が『ソウル』と並んで絶賛していた第一作『ストロベリーナイト』ですから、期待は大きかった。

ちなみに、泉沢光雄の装幀、今回の写真提供は MASAKI TOYOURA/A.collection/amana 、版面設計は宗利淳一です。上2/3程度を写真、下を白地で空けて、帯がきてもいいようにしておく、これは早川書房のディック・フランシスの本などで辰巳四郎が多用したデザインで、斬新ではありませんが写真さえよければ安定した効果を与えます。今回はなんだか青春映画のポスターを見るような爽やかさで、個人的には『ソウル』よりいいのではないかと思います。

全体は五章構成なのですが、その様子が面白いので詳述しておきましょう。まず第一章と本文が書かれた頁があって、その前に、多分その章のタイトルであろう

目をえぐられた女 切り裂かれるその喉元 噴き出す鮮血
       ―――あなたは これを 生で 見たい ですか

という文字が書かれた頁があります。普通であれば、その扉の後に第一章とありますから、このタイトルのもとに二章も三章もあると思うのですが、これが違って、(一)~(六)となり、また

赤黒く 焼け爛れた肌 その喉元を切り裂く 天染める 血飛沫
       ―――あなたは これを 生で 見たい ですか

という頁があって、第二章となります。そして本文が始り、(一)~(七)というように分かれます。そして

顔の皮を剥がれ 泣き叫ぶその者の
        喉元を切り裂く 舞い上がる血煙
       ―――あなたは これを 生で 見たい ですか

という頁があって、第三章となります。そして(一)~(八)。そして今度は、タイトルらしい頁なしの第四章が始ります。これは(一)~(四)で、同じように終章となります。三章まできてスタイルが決まったかと思ったら、それを破棄してシンプルに四章、そして終章ですよ。いや、考えますよ。これは誰のアイデアなんだろうって。著者? 編集者? それとも装丁者? もしかして版面設計者の提案? なんて。

で、お話です。私が手にしたのは文庫版ではなく単行本のほうなので、まずは出版社のHPからそちらの案内文。
             *
青いシートにくるまれ、放置されていた物体。それは、執拗に切り刻まれた惨殺死体だった。警視庁捜査一課の主任警部補・姫川玲子は、直感と行動力を武器に事件の真相に迫ろうとする。しかし、事件の全貌は、想像を超えて凄絶なものだった・・・。
熱気と緊張感を孕んだ描写と、魅力的なキャラクター。
新鋭、渾身の長編エンターテインメント!
             *
ついでに、文庫化が始まったのでその案内文も引用しておきましょう。
             *
溜め池近くの植え込みから、ビニールシートに包まれた男の惨殺死体が発見された! 警視庁捜査一課の警部補・姫川玲子は、これが単独の殺人事件で終わらないことに気づく。捜査で浮上した謎の言葉「ストロベリーナイト」が意味するものは? クセ者揃いの刑事たちとともに悪戦苦闘の末、辿り着いたのは、あまりにも衝撃的な事実だった。人気シリーズ、待望の文庫化始動!
             *
どうしても比較したくなる相手は同じくシリーズ化した警察小説で、同時期に出ているものとなれば堂場瞬一『警視庁失踪課・高城賢吾』となるわけですが、この2シリーズには大きな違いが二つあります。一つは主人公の性別です。もう一つが所属する組織。『ストロベリー』の姫川は29歳の女性で、警視庁刑事部捜査一課所属。それに対し『邂逅』などの高城は43歳の男性で、所属するのは警視庁失踪課という掃き溜めのような組織です。

姫川は周囲の嫉視を撥ね退け、高城は蔑視に耐えながらの捜査ですから、抱える敵の質も異なります。ただし、共通点があります。ともに心に傷を負っているところがそれです。姫川はレイプされたことがありますし、高城は捜査で家庭を顧みない間に娘が失踪し、いまだに行方が知れません。姫川は事件を梃子に警察官への道を選び、高城は酒の世界に逃げました。姫川には、その事件をネタに彼女を苛める男たちがいて、高城には彼の過去を気遣う人間がいる。

二シリーズだけでこうですから、これに英国の警察小説を加えればもっと面白い比較が出来そうです。それについては今後、機会をみて考えていこうと思いますが、王道を歩いているのは誉田かな、でも彼我の差はまだまだ大きいな、とは言えそうです。その最大の違いは主人公たちが寄せる担当地域によせる思いの深さであり、それに伴う情景描写ではないか、と今は思っています。

ミステリ部分は当然ですが、紹介文にもあるように多彩な登場人物が小説を面白くしていることは事実なので、内容紹介はグループ別にした人物紹介で兼ねさせてもらうことにします。羅列になってしまいましたが、誰がどのような働きをするのか、不足の情報は小説のほうをあたってみてください。報われること確実です。唯一、マイナスは途中で犯人の見当がついてしまうことくらいでしょうか。

(警視庁刑事部捜査一課殺人犯捜査第十係姫川班)
姫川玲子:27歳で警部補に昇進し、その後まもなく警視庁本庁に取り立てられ、捜査一課殺人犯捜査係主任を拝命。現在29歳。捜査における勘を大切にする。そのため、捜査スタイルが対照的な日下を毛嫌いする。17歳の高校二年生のとき、帰宅途上にレイプされそれが今でもトラウマとなっている。また、その事件がきっかけで警察官への道を歩み始めたともいえる。

菊田和男:巡査部長32歳。玲子の年上の部下で、姫川のことを好きなのにそれを当人に告げることができない優男。一応、玲子に好かれているような気配があるところが救いか。
 
石倉保:巡査部長。47歳。就職先がみつからない大学生の娘と不登校気味の中学生の息子の父。

湯田康平:巡査。26歳。

大塚真二:巡査、27歳。高卒で入庁、手柄をあげた経験が殆どなく、支援活動をすることが多い。

(警視庁刑事部捜査一課殺人犯第五係)
勝俣健作:通称『ガンテツ』、警視庁刑事部捜査一課殺人犯第五係主任。離婚している警部補。公安に八年いたことが性格を変えた、とも言われる。

(視庁刑事部捜査一課殺人犯捜査第十係日下班)
日下:警視庁刑事部捜査一課殺人犯捜査第十係の40過ぎの警部補。主任。妻帯者で、中学生の息子がいる。その捜査法はまさに緻密、精密。あらゆるものを調べつくし、予断で動くことはない。

(その他警察関係)
井岡博満:蒲田署の巡査部長。東京生まれながら関西弁で姫川に言い寄っては、肘鉄を喰っているセクハラ刑事。年齢は玲子より一つか二つ上らしいが、文章的には40代後半のほうがピッタリする。

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ニサッタ、ニサッタ

2010/05/10 20:11

この本と林真理子の『下流の宴』を読み比べると、おなじヘタレが出てくるにしても、作家の見る目の違いに感心します。でも、言わせてもらえば、ヘタレは結局ヘタレ、それが現実かな、って思います。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

この色と風景はどこなんでしょう。ちょっと見には沖縄あたりかと思えますが緑の濃密さは南国のそれではありません。といって北海道のものというには広さを感じません。とはいえ、それが悪いかといえば決してそうではなくて爽やかなわけで、私としては乃南アサというよりは池永陽の本に似合うんじゃないか、あるいは垣根涼介か、なんて思ってしまいます。

担当を見ると、装幀 川上成夫、装画 網中いづる、とあります。知らない・・・と思いながら自分のメモを検索すると案外でてきます。特に装幀の川上成夫の仕事は多い。しかもバラエティに富んでいます。その点、網中の名前は太田忠司『黄金蝶ひとり』、林真理子『野ばら』、田口ランディ『その夜、ぼくは奇跡を祈った』と2005年以前の本で3冊とまあ、決して多くはありません。でも一応好意的に評価しています。絵柄のせいか、児童書にむいている、と思うのは私だけでしょうか。

さて全体ですが、目次、プロローグ、第一章~第六章、エピローグという構成になっていて主人公、片貝耕平の24歳から26歳までの二年を扱っています。でこの耕平くん、北海道の網走近くの斜里出身で、どんな大学でも入ればなんとかなる、くらいの軽いノリで、浪人して上京、埼玉の無名の大学に入ります。もうお分かりでしょうが、頭、悪いです。それに性格も決してよくない。っていうか、甘い。

大学を卒業して一年、24歳の時、勤め始めて5ヶ月の会社が倒産します。これだけなら運が悪い、といえますが東証二部の上場企業だった前の会社も入社して二ヶ月で辞めています。要するにやる気がない。楽して金儲けが出来ないか、なんてことばかり考えている。今で言うヘタレです。ちなみに両親は北海道で、祖母とともに暮らしています。

ただし、60少し前の父親というのがよくいる建設作業員で、不況の影響で仕事がなくなり、現在はブラブラしています。だから母親がパートで家計を支えている。父親の血を引く孝行息子?とでもいうのでしょうか。ま、そういう父親も95歳を迎えるやさしいオバアちゃんあってのことではあります。ちなみに、耕平には結婚のことを真剣に考える、気が強くて頑固で、何にでも白黒をつけたがる二歳年上の姉がいます。

そして数少ない友人がいます。一人が内田で、大学時代、アルバイト先で知り合いました。今は、大道芸とかクラウンとか、マジックなどといったものを客に見せて日銭を稼いでいるパフォーマーで、海外に行って腕を磨き、それで一生暮らしていくのが夢だと公言しますが、耕平は引き気味です。もう一人が竹田杏菜、名前は芸能人みたいですが色黒の豆タンクのような沖縄出身、「あ」とか「え」としかいえない不器用で無口な女性で知り合ったときは19歳です。

ではお話はどんな具合でしょうか。出版社のHPの言葉を借りれば
           *
明日から。明日から、がんばろう。
失敗を許さない現代社会でいったん失った「明日」をもう一度取り返すまでの物語
普通のサラリーマンだった耕平は、会社の倒産をきっかけに、じわりじわりと落ちていく。まだ戻れる、まだ間に合うと思いながら。

気がつけば、今日を生きるので精一杯。
最初の会社を勢いで辞め、2番目の会社が突然倒産し、派遣先をたて続けにしくじったときでも、住む場所さえなくすことになるなんて、思ってもみなかった。ネットカフェで夜を過ごすいま、日雇いの賃金では、敷金・礼金の30万円が、どうしても貯められない。
取り返しのつかないことなんてない、と教わってきたけれど。でも――。
           *
となります。就活がうまくいかない長女に読ませましたが、やはり耕平は好きではないと当然の反応です。で、私もそうなんですが、そう思わないで頑張れ! って応援する人も多いでしょう。で、私は今林真理子の『下流の宴』(毎日新聞社)を読み終えたばかりなのですが、似ていますね。まず男が勉強嫌いで、今食べていけるんなら努力なんかしたくない、っていうところが同じ。それと彼女が沖縄出身というところも同じ。家庭環境は違いますけど。

で、頑張るんです。だれが、って女性陣が。これ以上は書きませんが、行き着く先は全く異なります。乃南の本のタイトルは、中扉裏の注によれば

ニサッタ【nisatta】明日。
     ――『萱野茂のアイヌ語辞典 増補版』(三省堂刊)より

と前向き。で、林の場合はズバリ、下流。で、思うんです、ワタシ。似たような展開をしながら、好き嫌いは分かれるんだろうな、って。私がどう思ったかは書きませんけど、やっぱりヘタレは駄目だな、とは思います。ぜひ読み比べてみてください。そして家族で読みまわして、どちらが好きか語り合ってください。結構面白い結果が出るはずです。

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犬なら普通のこと

2010/04/27 19:22

読んでいて楽しくないのは、笑えないお話だからでしょう。無論、笑いを少しは狙っているとは思います。けれど、笑えない。腐敗警官もでてきます。ええ、今も昔も変わらない公安ですよ、あの、平気で犯罪でっちあげる・・・。

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分かりやすく書いてしまえば、真っ白い床に裸の女性を寝かせ、そこに散乱した100ドル紙幣を写した映像を投射する、どこか映画007の冒頭を思わせるカバー装幀はハヤカワ・デザイン。外部のイラストレーターの手を借りずに、この装幀をしたようですが、立派です。で、矢作俊彦と司城志朗の共作。だから背中にも二人の名前が列記、これだけはダサイ。せめてアルファベットにするとかしないと、どちらかが文章を書き、どちらかが絵をつけたような印象です。

それにしてもこの二人のコンビは久しぶりです。先日、書棚を整理していたら83年に角川小説賞を受賞した『暗闇にノーサイド』の初版本が出てきました。勿論、昔懐かしい角川ノベルズ版です。カバー画なんて今でも使えるよなあ、なんて思って見ていました。それから26年後に再び書かれたのが今回の本。そういうのを見ると、岡嶋二人だって一度くらいコンビを復活させてもいいのに、なんて思ったりします。

閑話休題。構成は全44章で、本書はミステリマガジン2009年6月号から2009年10月号に連載された作品を、大幅に加筆修正したものです、と注がついています。早川本はカバー後や折り返しについている内容紹介が充実しているので、とりあえずそれを利用させてもらいます。
         *
暑熱の沖縄。ドブを這い回る犬のよう
な人生。もう沢山だ――ヤクザのヨシ
ミは、組で現金約2億円の大取引があ
ると知り、強奪計画を練る。金を奪っ
てこの島を出るのだ。だが襲撃の夜、
ヨシミの放った弾は思いがけない人物
の胸を貫く。それは、そこにいるはず
のない組長だった。犯人探しに組は騒
然とし、警察や米軍までが入り乱れる。
次々と起こる不測の事態を、ヨシミは
乗り切れるのか。血と暴力の犯罪寓話。
         *
主な登場人物は、まず紹介文にもあるヨシミこと金城喜実、48歳。沖縄生まれのヤクザです。父親はアメリカ兵で母親は日本人。で、父親はアメリカに本妻がいて、父親の死とともに母子ともども基地を追われ、東京に出ます。いい男ではありますが、なぜか女にもてることはなく、結局ヤクザになります。沖縄県人の例に漏れず「トロイ」そうで(私ではなく、小説の中に書かれています)、東京では全く目が出ず、ヤクザとしても刑務所に入っても少しも出世しません。ヨシミが33歳の時に母も亡くなります。結局、八年前に沖縄に戻り、運天会真栄城一家の盃を受けたものの、ヤクザ以外にできることもなく、鬱々として毎日を過ごしています。

森はヨシミの妻で、33歳。桜坂で小さな店をやっています。本当に父親は不明で、母は浮き沈みの多い人生を送り、大金を手にした時か金に困れば娘の元に現れるイヤな存在です。森の養父はフェリー会社の正社員で、養女を有名な私立高校までだしてやるような優しく誠実な男でしたが、事件を起こし実刑を受け、出所後、娘の前から失踪してしまいます。

こんな状況の中で、ヨシミは起死回生の犯罪に取り組むのですが、その相棒に選んだというのが彬こと彬吾朗。新宿にいた頃からのヨシミの知り合いで、10代の頃は暴走族と組んで暴れまわっていて、一年前に突然、沖縄にやってきました。駐留軍基地の軍病院で業務管理をしているというクールで訳ありの美女早枝子の年齢を30少し前と踏んだ時、それより年下とありますから27,8歳でしょうか。

これに運天会の副社長、っていうか、ちょっと口調がオカマっぽいところが気味悪いナンバーツーの柴田、柴田個人の部下とでもいうのでしょうか、韓国籍だったのを、徴兵逃れのために米国籍をとり、その米軍ないで同僚から首を絞められ、首を一周するかたちで締められ跡があり、それがあだ名の由来というエリマキ、悪徳警官の見本の川満が絡んで、沖縄の実際、在日米軍、在日、公安、麻薬取引、暴力団、警察官、といった社会的な話題が、実に巧妙に話に入り込み、本来であれば暗いだけの話を、どこかコミカルなジェノサイド譚にしています。

全体として男の愚かさが際立つ小説とでも言いましょうか。でも愚かさにも色々あって、腐敗した警察官っていうのは、好きになれません。ヤクザも嫌いですが、悪徳警官、女を性の道具としかみない男はいやですねえ。無論、女に弱い男も好きではありませんが、暴力をふるう男に比べれば可愛いものです。うだつの上がらない男もいやですが・・・

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お母さんブタのダンス

2010/04/24 20:05

子供から大人まで楽しめる絵本? っていうか大人が考え込んでしまう絵本かもしれません。もしかして、子供には耐えられないかも・・・、いや今時の子供はしっかり受け止めるかな・・・

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

珍しく、奥付どころか扉、カバー折り返しにも装画・挿絵、装幀者の記載がありません。ま、絵のほうは山口マサハルなんでしょうが、装幀は誰がやったのでしょう、書いて拙いことでもあるんでしょうか? 10文字入れると本の定価が100円上がるとか? ま、もとからその思想に疑問を抱いている産経新聞の関連会社ですから、と割り切ることもできますが、なんとも釈然としません。

しかもです、佐藤洋二郎、知りません。全く知らない。ところがです、経歴をみるとそれなりの人。さらに Wikipedia によれば、

1949年6月28日、福岡県生まれ。小説家、日本大学芸術学部教授。中央大学経済学部卒業。

経歴
1995年: 『夏至祭』で第17回野間文芸新人賞
2000年: 『岬の蛍』で第49回芸術選奨文部大臣新人賞、『猫の喪中』で第123回芥川賞候補
2001年: 『イギリス山』で第5回木山捷平文学賞

となっています。大学の先生なんだ・・・。しかも芥川賞候補になっている。ま、私は芥川賞に興味がないので、候補では知らないのも当然かもしれませんが、でも大きな新人賞をとっていることは、一応はエライ。まあ49年生まれというと、この本が出たときは60歳なわけで、読み終わってみれば「ああ、そういうことを考える年齢なんだなあ」なんて思ったりします。

それはともかく、この本、版形もユニークですが、内容のほうも実に面白い。

主人公はボク、子豚です。お父さんとお母さんがいます。兄弟もいるのでしょうが、あまり重要ではありません。いえ、重要なのですが、彼らに関してはあくまで集団としての意義があって特定のブタが重要ではないのです。それと彼らを飼っている小父さんがいて、その娘さんが登場します。主な登場人物?はそれだけです。ちなみに、小父さんは五年前まで商社に勤めていましたが、農業をやるために退職をしました。そして、離婚もしました。

舞台は村はずれの豚舎ですが、村はずれといっても山一つ越えればニュータウンがあるというので、地方をイメージするよりは東京近郊を連想したほうがいいような気がします。ショッピングセンターも駅も大学も遊園地も動物園もあるというのですから、多摩の丘陵あたりを思ってみてください。駅前の高層マンションから筑波山、印旛沼、東京湾、富士山が見える、といいますから大きく外れてはいないはずです。

そこで、ブタたちは実に清潔な暮らしをしています。それは小父さんの方針でもあって、いわゆる豚小屋の臭い、汚い、といったよくある印象はまったくありません。どちらかというと牧場を思い浮かべたほうがいいかもしれません。じつは、私はそういうふうに本のタイトルや、巻頭の描写から読み進めたものですから、後半になって、え、これ、そういう話だったの・・・と若干ショックを受けました。そうです、これってある意味、食育の本なんです。

お母さんブタのダンス、というタイトルからは予想もできない、ふか~い、ふか~い中身のお話。

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新参者

2010/03/15 19:45

カバーほど斬新な内容ではありません。東野にとっては新しい試みなのかもしれませんが、私としては同じような話を他の作家で読んでいるので、驚きもしない。とはいえ、良くできた展開で、これでもっとユーモアがあれば、と思うんですが、そうするともっとほかの作家に近くなってしまいます。難しいですねえ、実力のある作家の新展開って・・・

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面白い表紙だなあ、って思って注を見たら、装幀 岡孝治、はともかく、カバー抽象画 大場玲子、ってあるのを見て。これは何だ?
って思いました。カバー抽象画? だって具象ジャン・・・で、二日間考えました。じっとカバー表の右側にある町の風景を見つめます。む、これってもしかして写真? そういう目で見つめると、どうもカバー後の町の光景も写真のような気が・・・

ていうことは、大場玲子の抽象画っていうのは、この町の上空にある蒼い丸とそれを繋ぐ墨らしきもので描かれた波のようなもののこと? じゃあ、写真は誰が撮ったの? なんて思うんですね。面白いというか斬新なデザインだけに、同じ表記するならそこまで書いておいて欲しかったな、とブツブツ・・・

で、早速、内容。タイトルにある新参者、っていうのが日本橋警察署に着任したばかりの刑事・加賀恭一郎です。はっきりいえば、この小説の全てが加賀一人の造型にかかっていて、それは確かに成功しています。そのかわり、他の登場人物は全て類型的。無論、みんな裏の顔を持っているという点では一筋縄で行くような連中ではありませんが、さほど面白くはありません。ということで各話について触れましょう。

目次

第一章 煎餅屋の娘(小説現代2004年8月号):美容学校に通う菜穂の母親は小学校に入る前に交通事故で亡くなった。以来、父親・文孝と祖母の聡子との三人暮らし。煎餅屋『あまから』の店を任されている聡子の入院給付金のことで家に来ていた生命保険会社の人の話を聞きにきたのが・・・

第二章 料亭の小僧(小説現代2005年6月号):人形町の料亭『まつ矢』で働く17歳の修平は、女将の頼子のことを尊敬している。そして、仕事中に彼に人形焼を買いに行かせる主人の泰治のことが、少し鬱陶しい。頼子に呼ばれて『檜の間』に向かった彼を待っていたのは・・・

第三章 瀬戸物屋の嫁(小説現代2005年10月号):瀬戸物屋『柳沢商店』では、店先でも裏でも義母・鈴江と嫁・麻紀とのあいだで言い争いが絶えない。間に立つ尚哉は黙って二人の話を聞くばかり。元キャバクラ嬢というだけで嫁を毛嫌いする母もだが、決して主張を曲げない妻も凄い。そんな麻紀のところに・・・

第四章 時計屋の犬(小説現代2008年1月号):『寺田時計店』の主・寺田玄一は時計の修繕にかけては一流の腕を持つ。そんな主人から影文はいつも叱られている。そんなところに現われた男が、玄一に訊ねたのは、彼が犬の散歩に行っているときに何度か出会った女性のこと・・・

第五章 洋菓子屋の店員(小説現代2008年8月号):洋菓子店『クアトロ』に週に二、三回顔を出してはそこでケーキなどを食べていく女性、でも今日はお目当てのものがなかったのか、携帯に電話がはいったせいか、美雪と少し会話を交わしただけで帰ってしまった。そして、清瀬弘毅のところに父親から電話があって離婚した母が・・・

第六章 翻訳家の友(小説現代2009年2月号):翻訳家の吉岡多美子は亡くなった峯子のことが気になって仕方がない。大学時代からの友だちだった峯子は、大学を出てすぐ結婚したのが不満らしく、いつも不満ばかり言っていた。そんな彼女に翻訳の仕事を紹介したら、彼女はとうとう離婚して・・・

第七章 清掃屋の社長(小説現代2009年5月号):主役に抜擢された清瀬弘毅は、母親のことが気になって役になりきれない。事情を良く知る演出家の勧めで役を降りた弘毅が向かったのは、母親が離婚の時に世話になったという弁護士のところ。一方、父親の』直弘は経営する清掃会社のことで長い付き合いの税理士から・・・

第八章 民芸品屋の客(小説現代2009年6月号):実家が日本橋で呉服屋を営んでいる雅代が人形町に伝統工芸の店『ほおづき屋』を出して24年。いい商品を集め、それが認められてなんとかやってきた彼女の前に現われた男は、最近、独楽を買った人間がいないか聞いた後、急に・・・

第九章 日本橋の刑事(小説現代2009年7月号):上杉博史は練馬署から日本橋警察署に移ってきたばかりの刑事について、鋭い洞察力を駆使して、いくつもの殺人事件を解決に導いた、またかつては剣道で全日本を制したこともある、と聞かされていた。しかし、実際の男はどこか飄々として、そんな気配が感じられない・・・

で、これを出版社のHPがどう宣伝しているかというと
              *
もう、彼女は語れない。彼が伝える、その優しさを。悲しみを、喜びを。
日本橋の一角でひとり暮らしの女性が絞殺された。着任したての刑事・加賀恭一郎の前に立ちはだかるのは、人情という名の謎。

舞台は、日本橋。江戸の匂いも残るこの町の一角で発見された、ひとり暮らしの40代女性の絞殺死体。「どうして、あんなにいい人が……」周囲がこう声を重ねる彼女の身に何が起きていたのか。着任したばかりの刑事・加賀恭一郎は、事件の謎を解き明かすため、未知の土地を歩き回る。

「こんなことが出来ればと思った。でも出来るとは思わなかった」――東野圭吾
              *
となります。最近、東野の小説を敬遠してきたせいで、彼の作風の傾向がわからないのですが、これって雰囲気が西澤保彦に近い感じがするんです。なんていうか全体を包む柔らかさ。これをもっと文体で先鋭化していくと伊坂幸太郎になるんでしょうが、なんていうか全てをウロボロス的に円環させて楽しむ、っていう伊坂流ケレンはない。

ま、そこに東野に特徴的な人間への視線を見ることができるんですが、私はどうもその優しさが苦手です。なんていうか正論! っていうのが鬱陶しい。無論、殺人者の更生を描くようなウザさはないんですが、もっと人間ていい加減で、嘘つきで、不器用で下品で、馬鹿で、それでも愛しいというか・・・

私はそれを一言でユーモア、で括ってしまうんですが、東野にはこれが不足しているかな、でも漸くそちらに目を向けたかな、なんて思うんです。無論、以前の作品に『毒笑小説』っていう、タイトルからはブラックユーモアとしか思えない作品があることを承知してはいますが、なにせ未読なもので言いにくい・・・

最後に帯のことばをタイポグラフィックに再現してみましょう。

日本橋の一角で
ひとり暮らしの女性が
絞殺された。
着任したての刑事
加賀恭一郎の前に
立ちはだかるのは、
人情という名の謎。

もう、
 彼女は
  語れない。
 彼が伝える、
その優しさを。
 悲しみを、
喜びを。

以上です。

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死神を葬れ

2010/03/12 20:04

アジアでは医学が熱い! って、これアメリカの話なんですけど。それにしても医者で殺し屋、それって大藪春彦の世界じゃん、おまけにナチス、マフィア、悪徳? 医者でしょ、恋と友情もあるっていう満載なんです、話題が・・・

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

いま、医学界が面白い、っていうのは取り立てて騒ぐほどのことではありません。なんといっても日本の小説世界には海堂尊が君臨しています。それよりテレビが凄い、っていうか我が家は地上波受信ができないので、BSという特殊な世界からの報告ですが、この五年間で見ても日本の『医龍』、韓国の『外科医ポン・ダルヒ』『白い巨塔』『総合病院』『カインとアベル』、台湾の『ホスピタル』とアジアでは医学が熱い!

で、です。この本、タイトルと著者名を見るとフランスの犯罪小説ぽいですし、サイトウユウスケのカバー装画もアメリカンテイストはありますが、向こうのコミックス風暴力的雰囲気がよく出ていて、まず、医学もの、なんて風情は皆無なわけです。ところがです、カバー後を見ると
        *
「病院勤務は悪夢だ」挨拶がわりに
僕らはこう言う。研修医の地獄のシ
フトじゃ睡眠時間は当然不足、疲労
は無限。クスリでもキメなきゃやっ
てられない。しかもその日の入院患
者が最悪。マフィアのそいつは知ら
れてはならぬ僕の過去を知っている
のだ――。疾走感抜群の語り口で病
院内部と裏社会の暗黒面を鮮やかに
描き、驚愕の結末が全米の度肝を抜
いたメディカル・スリラー、上陸!
        *
と、メディカル・スリラーという言葉の前に、〈驚愕の結末〉なんてものまでついているわけです。なんとなく胡散臭いんですが、たまには大藪春彦風冒険医学もいいか! なんてノリで読むことに。ちなみの全体の構成は全23章の本文に、警告、謝辞、香山二三郎の解説、となっています。む? 警告、って何だ、です。

主人公はピーター・ブラウン、NYのマンハッタン・カトリック総合病院に勤める研修医で、医学校を卒業して1年目ですが、普通の人より六つ年上とあります。要するに何才なんだ? 勤務が厳しいせいか、いつも薬をやっているというのが異常です。だから、その勤務態度もかなりなものです。患者を選ぶし、途中で脱け出すし、ある意味、不良そのものなんです。

しかもです、この男、殺し屋です。片や人を救い、片や人の命を奪う。なんていうか、それならプラマイゼロじゃん、なら何もしない方がいいんじゃ? なんて思います。で、そんな男が勤務する病院にニコラス・ロブルットという印環細胞癌にかかっていて死ぬ可能性が高い男が入院してきます。で、この患者がピーターの正体を知っている。

これに著名な医者、マフィア、ナチ、友人、恋人が絡んで予想外の展開をしていきます。医学ものとして読めば有名な外科医フレンドリー関連の部分はそれなりに面白いんです。フレンドリー、本当に有名で病院の連中もみんなそれを信じています。ただし、マーモセットに言わせれば、彼に手術をさせるということは患者にとってためにならないらしい。御当人もいかにもそれらしい言動の持ち主なわけです。

医者仲間でいえば、ピーターと同じ病院に勤務する同期のエジプト人研修医アクファルがいます。数少ない友人といっていいかもしれないのですが、登場機会は少ないし重要な役割を果たすわけでもありません。でも存在感があるという不思議な男性です。それとピーターの恩師マーモセット教授です。いつも電話でしか登場しないので、読み方によってはピーターの脳内の存在かと思えるのですが、実在して、後半に活躍します。

患者ではなんといってもケツイタ男でしょう。原因不明の病気で、ケツが痛いと言いまくる入院患者で、結構うるさくていいです。それとデューク・モスビーですね。御年90になる黒人の入院患者で、ピーターは彼のことが嫌いではないというあたり、人種に気を使うアメリカの作家の姿が健気というか、黒人抜きでアメリカは存在しえないということなんでしょう。

全体としてマフィアの様子や儀式、あるいは平気で人を騙す様子ところなどは極めてリアルですが、病院の診察や手術の様子についての記述はちょっと誇張が過ぎるのではないでしょうか。メディカル・スリラーという部分はなんというか、絵空事みたいで期待外れでしたが、それでも、面白いというのが困りもの。続けて読むかは疑問ですが、好きな人にはたまらない小説かもしれません。

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水時計

2010/03/08 23:34

原題をそのまま日本語に訳しただけなんですけど、『水時計』っていうタイトルで損してるんじゃないか、って思います。それと主人公に魅力がない。浮気をするから、っていうだけじゃあなくて、可愛くないんです。そういう意味では本当は☆一つ減らしたいところなんですが、ミステリ部分は悪くありません。ちょっと甘めの★4つ。

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小説を選ぶ時、惹きつけられることばというのがあります。私の場合、CWA受賞作、MWA受賞作、ローカス・ヒューゴー賞受賞作、星雲賞、谷崎賞、山本周五郎賞とまあ内外を問わず、○○受賞っていうのが多い。中でも英国推理作家協会賞(CWA)については、シルバーダガー、ゴールドダガーなんてみただけで飛びつくわけです。で、幸いなことに期待を裏切られたことが殆どありません。特にCWAは。

でこの本、カバーに
             *
11月、イギリス東部の町で氷結した川から車が引き揚げ
られた。トランクには銃で撃たれた上、首を折られた死
体が入っていた。犯人はなぜこれほど念入りな殺し方を
したのか? さらに大聖堂の屋根の上で白骨死体が見つ
かり、敏腕記者のドライデンは調査をはじめるが――。
堅牢きわまりない論理、緻密に張られた伏線。CWA賞
受賞作家が描きあげた、現代英国本格ミステリの傑作。
             *
とまあ、殺し文句があるわけです。おまけに「現代英国本格ミステリの傑作」ですからね、もう向こうから美脚を見せて誘っているような状態です。ただし、タイトルの『水時計』っていうのが、なんていうか野暮ったい。原題が THE WATER CLOCK なんで文句言えた義理じゃないんですが、カーの『死時計』とかランドンの『日時計』とかあるわけです。

いや、時計をタイトルにしたミステリって、たくさんある。ただし、どれも現代感覚は皆無、昔懐かしいガチガチの本格というのが多い。私としては何となくミネット・ウォルターズのことが頭を過ぎるんですが、でもねえこんなに詰まらないタイトルはつけていない。正直、躊躇しました。私は現代的な警察小説は好きだけど、本格はねえ、黄金時代の作品で間に合ってる、っていうか・・・

とりあえず David Toase/Stockbyte/ゲッティイメージズ とコメントが就いたカバー写真と、本山木犀の装幀も及第点ではあるものの、これまたタイトルを引き摺ってモダンというよりは古色蒼然。イマイチ、ピンとこないし。そういう意味で不安があるわけです、私としては。ついでに扉の言葉も書いてしまえば
             *
痺れるような寒さの11月、イギリス東
部の町イーリーで凍った川から車が引き
揚げられた。トランクには、銃で撃たれ、
死後に首を折られた死体が入っていた。
犯人はなぜこれほど念入りな殺し方をし
たのか? さらに翌日、大聖堂の屋根の
上で白骨死体が見つかる。ふたつの事件
が前後して起きたのは偶然か? 疑問を
抱いた敏腕記者のドライデンは、調査を
はじめるが――。ねばり強い取材の果て
に、彼がたどり着いた驚愕の真相とは。
堅牢きわまりない論理、緻密に張られた
伏線。CWA賞受賞作家が硬質の筆致で
描きあげた現代英国本格ミステリの傑作。
             *
となっています。微妙に異なる文章は比較して楽しむのにピッタリです。で、これだけしっかりした内容紹介があるので、私としては人物中心に書いていくことにしますが、まずは読後の印象です。幾つもの事件が絡みますが、それがどう結びつくか期待しながら読むお話です。ただ、それだけではないところがあって再読をしても十分楽しめます。

とはいえ、主人公フィリップ・ドライデンの性格の悪さはどうしようもなくて、無論、それゆえに独自性があるけれど、読んでいて不快感ばかり抱いてしまいます。フィリップは週刊新聞『クロウ』の上級記者で、職業ゆえか取材のためなら平気で嘘をつくし、困っている人間を騙すことも気にしません。

現代の多くの英国の警察小説の主人公たちの多くは反骨精神の持ち主で、気に食わない上司に刃向いますが、弱い者いじめはしませんし、浮気をしても後ろめたさを感じて、ある意味、理解出来る存在です。ところがフィリップは正義感がないせいか反省の色はありませんし、権力には迎合する、長身でハンサムなのをいいことに、寝たきりの妻がいるのに、平気で浮気もします。

ちなみに、妻のローラが寝たきりとなり二年経った今も意識が戻っていない事故を起こしたのがフィリップです。それで浮気かよ、なんて思います。しかもです、事故の記録はなぜか公表されていないし、事故の相手も見つかっていない。その状態を放置している新聞記者? ありえないでしょ、それって。

それとハンフリー・H・ホルトというドライデンのお抱え運転手というのがわかりません。お抱え、といってもタクシーの運転手というのですから原著にはなくても補足の必要があるんじゃないでしょうか。ハンフリーは無口でめったにしゃべらないものの、語学テープを使ってヨーロッパの4ヶ国語を会話レベルまで習得している、なんてリアルというよりはファンタジーでしょ。

ほかにもドライデンの同僚の記者や、あまり有能ではない警察官、同性愛者である牧師、厩舎を焼かれてしまい動物も焼き殺されてしまったサーカスの管理人、酒飲みの市長や美しい市長夫人、目立ちたがり屋の義員や大聖堂の修理をしている建設業者、チンピラや賭け事に嵌っている中華料理店主など多彩な人物が登場しますが、どうも他のCWA受賞作家たちに比べ見劣りがするのは何故でしょう。

纏め方はそれなりに工夫があって、悪くはないのですが、人物設定と描写にこれといったところが見受けられないため、せっかっくの工夫が生きていない。英国作家としては珍しいほうではないでしょうか。私としては思い切って別の登場人物で新しいシリーズを開始したほうがいいのではないか、そのときは全ての人物をもっと書き込んだらいい、なんて思います。

結局は、登場人物の魅力なんです、小説の良し悪しは。

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極北クレイマー

2010/02/17 19:49

姫宮がカワユイです。こんな女性って、男の理想? なんて思います。面白いのは認めたうえで、新鮮さがなくなっているのは確か。そういう意味で少し減点。でも、裁判に負けないでください、海堂先生!

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海堂尊の全体小説? というかスピンアウト小説の一冊。なんだか「北極クマ」って読み替えちゃんですけど、悪いのは私のほうなんでしょうね・・・。ちなみに、アンドーヒロミの装画と坂川栄治+田中久子(坂川事務所)の装幀は、紙質を含めてきちんと朝日色が出ていて、宝島社の本よりは出来がいい。 
で、海堂の小説っていうのはある意味、どれをとっても同じなんですが、面白いというてんでも同じなんで安心できます。基本的に青春小説なんですね。自分の本来所属すべきところから離れて、そこで新しく出直す、というか新天地で孤軍奮闘しながら自分のやるべき道を見つけていく。男女の話はきまって調味料程度で、医療のありかたと行政の問題がいつも中心にあります。

舞台となるのは北海道にある人口十万の極北市です。広大な牧場があるだけで地場産業に乏しく、行き着く先は同じような問題で悩む市町村が決まってやる「他人の金をあてにする観光地」として生き延びること。中央に太いパイプがあるわけでも、経済界に顔が利くわけでもなく、人材も知恵もない、ないない尽くしの地方がやることは、結局、観光誘地の失敗に終ります。

その象徴というのが、第三セクター方式で建設された地元民は殆ど利用しない「ファーノース・ホテル」であり、スキーヤーも訪れない極北山スキー場であり、放漫な経営とトップの無気力ゆえに赤字にあえぐ極北市民病院であり、利用客もまばらな極北市民鉄道であり、廃墟と化した感のある北の大地遊園地です。お分かりのように日本中のどこにでもある光景ではあります。

で、そんな町の病院に極北大第一外科から派遣されてきたのが、外科医八年目の今中良夫です。前田先生の後任として、二年任期の上級派遣医としてでやってき身長が180を越える巨漢で、性格は温順で、世間知らず。だから人にだまされてもカリカリすることはありません。そんなこともあってヒグマのプーさんと呼ばれることになります。

彼を迎えた病院の事務長の平松は、上司とそりがあわないというそれだけでの理由で新任者を院長室に案内することを省略する、人を騙すことを躊躇わない男です。しかも平松は、経営難を理由に勝手に今中の地位を非常勤にしていました。それは任期を3月30日までとし、二年目の契約は、その時点で再び行なうというものだったのです。

後日会うことになる院長は、非常勤の今中を11月26日付けで外科部長に任命し、その後も様々な委員を兼任させます。今中が取り組むことになる最大の問題というのが医療事故の調査です。妊婦の死に事故の可能性を嗅ぎ付けた医療ジャーナリストや、これを機に極北市民病院の民営化を狙う極北市市長の福山久作、財団法人日本医療業務機能評価機構のサーベイヤー、武田多聞と布崎夕奈が絡んで・・・。

他に気になる人物を書いておけば、産婦人科部長の三枝久広がいます。傾きかけた病院で一人気を吐き、周囲からも尊敬され、病院を支えている人格者で、優秀な医師です。男では他に後藤継夫がいます。立ち回りの上手な初期研修医で、若いながらも内科の医長です。それと薬局長の辺見。薬局には他に二人の職員がいて、いつも並んでテレビを見ているので、ダンゴ三兄弟のようだと今中は思っています。

女性陣では矢張り、皮膚科ハケン医師の姫宮香織でしょう。存在感で言えば、この小説の中でピカイチ。で、こういう女性って案外いるんです。あとは並木でしょう。東京から戻って三年目になる、ものごとを冷静にみる優秀な、そして美人の看護婦さん。性格はざっくばらんで、車の運転は上手というか激しいです。ちなみに、私は今後とも看護婦と看護夫というように性別で表記したいと思います。

初出は「週刊朝日」2008年1月4-11号から12月26日号で、単行本化にあたり改稿しています。そして出版社のHPの内容案内は
      *
『週刊朝日』大好評連載小説の単行本化。現役医師で医療エンターテインメント街道を驀進する著者の最新作。赤字5つ星の極北市民病院に赴任した外科医・今中を数々の難局が待っていた。不衛生でカルテ記載もずさん、研修医・後藤はぐーたらだし、院長と事務長は対立している。厚生労働省からの派遣女医・姫宮は活躍するが、良心的な産婦人科医はついに医療事故で逮捕された。日本全国各地で起きている地域医療の破綻を救えるのは誰か?
      *
最後は目次。

第一部 雪の奈落
    一章 極北市民病院・初日  11月22日木曜日
    二章 北の大地の遊園地   11月23日金曜日・祝日
    三章 初出勤        11月26日月曜日
    四章 東三階外科病棟     11月26日月曜日
    五章 初期研修医・後藤継夫  12月 5日水曜日
    六章 忘年歓迎会      12月 5日水曜日
    七章 放縦の代償      12月 6日木曜日
    八章 医療ジャーナリスト・西園寺さやか  1月 7日月曜日
    九章 スノウ・エンジェル   1月 8日火曜日
    十章 ビオ退治        1月 8日火曜日
   十一章 議会の中の市民病院   1月 8日火曜日
   十二章 皮膚科ハケン医師・姫宮香織   1月 9日水曜日
   十三章 医療事故調査委員会設立   1月10日木曜日
   
第二部 極北の光
   十四章 極北市・福山久作市長   3月11日火曜日
   十五章 春の訪れ   4月 7日月曜日
   十六章 緊急召集   4月 7日月曜日
   十七章 極北市監察医務院   4月 7日月曜日
   十八章 院内医療事故調査委員会   4月22日火曜日
   十九章 黄金週間の宴   5月 6日火曜日・祝日
   二十章 日本医療業務機能評価機構   5月15日木曜日
  二十一章 絢爛たるディナー    5月15日木曜日
  二十二章 極北市役所・非公式公文書    6月12日木曜日
  二十三章 司法の絵図    6月12日木曜日
  二十四章 逮捕    9月19日金曜日
  二十五章 非常事態宣言    9月26日金曜日
  二十六章 救世主    10月 6日月曜日

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動機、そして沈黙

2010/02/10 20:30

普通なら面白くないはずの予定調和的な展開が決してそうならない、むしろ楽しめる、西澤が歩んできた道が決して間違いではないことがよくわかる、そんな表題作が素敵です

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

最近、西澤保彦の小説を読みながら、ようやく普通の名前の人間を登場させることに抵抗がなくなったんだ、よかった、よかった、と一人喜んでいたんです。だって、昔の西澤の本に出てくる人といえば、羽迫由紀子、御子神衛、神麻嗣子、神余響子、能解匡緒、遅塚聡子、保科匡緒、有銘継哉、司辻、田南裕司、冠城久仁子、浮里千鶴子、宇出津智、永広影二、伊井谷秀子、鯨伏美嘉、鳩里観月、車前、使主、倍井、御土田、十和人、阿字戒などなど。おもに2000年代の初頭までの作品には、その傾向が強かったのです。

それに関して私は
               *
で、小説にとっての反則技と言うのが、名前じゃあないか、って私は思う。例えば、ジョンとジョニーとジョーイとジョーロを一文のなかに入れたら、即刻反則負けとかね。何故って、意味も無く混乱させるじゃない。それは似通った名前だけじゃあない、読み方が分らない名前だってそうだ。一つくらいならばいい。許す。でも出てくる名前全てが、ルビを振らなければ読むことが出来ない、となればやっぱりおかしい。そういう反則男が、ミステリ界にいる。西澤保彦、難解名前の悪魔と呼ばれる男だ(でもないか)。
               *
などと苦情をいい、当時の作品の出版社に苦情まで言ってしまいました。編集者からは、そういう指摘があるとは思いもせず、今後は配慮していきたい、という丁寧なお返事まで頂いてしまいました。だってねえ、その名前が出てくるたびに「あれ、これってなんて読むんだっけ?」って思いながら頁をひっくり返して、ルビが振ってある頁を探すわけですよ、私は。

伏線なんかドーデモよくなっちゃって。で、結局、お目当ての頁を見つけられなくて、曖昧に読み飛ばす。それがどれほど興醒めな読書体験か。いっそ、総ルビにしてくれればいいのに。なんて本当に思いましたよ。で、私の願いが西澤に届いたかどうかはともかく、2005年あたりからは、ルビなしでも読める名前の人が作品を飾るようになりました。

でも、この本を読み始めて「あちゃ!」と思いました。読み方が難しい名前が復活してるじゃありませんか、なに、これ? で、初出を見て納得。私が出版社に直接文句を言う前の古い作品が多いんです。それならいいか、それにあんまり簡単な名前ばかり、っていうのも現実的じゃないし、なんて思いました。それが片付いたら、どうもカバーのことが気になり始めました。調べると

装幀 大塚充朗
DTP 石田香織
Image Copyright Frank Boston,2009
Used under license from Shutterstock.com

と書いてあります。はたして、この不気味な装画が必要だったんでしょうか? 同じ黒を基調にしても今までの西澤作品はもっとシンプルで五月蝿くなかった。タイトルからしても、むしろ、黒一色にしてむしろカバーの紙質と色に工夫をこらしたほうが西澤らしかったんじゃあないか、私はそう思います。

各話の初出と簡単な内容紹介をしましょう。

ぼくが彼女にしたこと(アンソロジー『少年の時間』徳間デュアル文庫2001年):僕はその殺人事件の犯人を知っている。それは自分の父親。何故って、被害者に父親を殺すように頼んだのが僕だから。その理由は・・・

迷い込んだ死神(「メフィスト」小説現代1995年4月増刊号):息子はクレジットカード詐欺、妻は詐欺商法、娘は家出、それもすべて厳格な自分の性格のせい? 会社でも同情されなくなった男が雪の降る山中で見つけた家で出会ったのは・・・

未開封(アンソロジー『憑き者』アスペクトノベルス2000年):同じ名前の人間が殺される。現場に残されるのは返り血を防ぐためのレインコート。そして新たな被害者が。そして警察が被害者の家で見つけたのは・・・

死に損(「小説NON」2004年8月号):結婚した友人の披露宴に駆け付けた女性が殺された。駅でタクシー乗車のことでもめていた姿が確認された女性は、近くで別のタクシーに乗車したというのだが・・・

九のつく歳(異形コレクション『幻想探偵』光文社文庫2009年):60歳を間近にして、長い間つきあっていたパートナーと別れる決心をした私だが、お荷物は20年前に買った大型の冷蔵庫。昔は食材であふれていたそれもただのお荷物になって・・・

動機、そして沈黙(書き下ろし):連れ添いの死を境に、自堕落な暮らしをし始め、迷惑ばかりかけていた母がようやく亡くなった。葬儀を終えて一息ついていた妻に夫が持ち出したのは、もうじき時効を迎える連続殺人事件のこと。妻は色々な推理を披露し・・・

あとがき:各話について西澤の解説がつきます

やはり、書き下しの「動機、そして沈黙」が一番かな、って思います。予感とおりの展開になってしまうことを欠点とみるかどうかで評価は変わるかもしれませんが、私としてはそれよりも構成がしっかりしていて、きちんとまとまっている点が好きです。「九のつく歳」でも同じように何となく展開が読めてしまい、それが印象を弱くしているのとは大きく違います。

やはりワンアイデアで持たせる話には限界があって、それなりの分量になれば自然と話が膨らまざるをえない。それが「動機、そして沈黙」では理想的な展開をした、といえそうです。1995年に『解体諸因』でデビューということですから、15年近くミステリを書きつづけていますが、相変わらず新機軸に挑戦してはそれなりの成果をあげている点でもご立派、と言っておきます。

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最後の星戦

2010/02/01 20:22

前半は当たり前の展開でつまらないなあ、って思っていたんですが後半は、結構骨太な話になっていきます。この巻だけでも楽しめますが、やはり順番通り(1)から読むほうがいいようです。

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前嶋重機には申し訳ありませんが、この下手なCGみたいなカバー・イラスト、足引っぱってます。私、これ見たとき、アメリカ人好みのCGアニメを連想しました。手書きのものに遠く及ばないセンスを、CGなら何とかなると思う愚かさ。CGはあくまで手段でしかないのに、そこに溺れてしまった絵のレベルの低さ。それがこのカバーにも出ています。しかも使う色が悪いので人間が病人にしか見えない。

それと邦訳タイトルのセンスの悪さ。原題は The Last Colony でしょ。それが『最後の星戦 老人と宇宙』ですよ。最後の殖民星、でいいじゃん、老人と宇宙、ってなんだ? って思います。本文中でジョンとゾーイが互いに「十代の娘さん」「九十歳のパパ」と言ったり、年齢設定もそうなんですが、違和感あります。作家にユーモアのセンスがないのは分かりますが、訳者がそれをカバーしないでどうする! です。

ということで私は全く期待しないで読み始めました。当然ですが、三部作の一部も二部も読まずに。不安はあったんです。アメリカ人と同じ単純でマッチョなスペースオペラだったら、途中で止めよう、そう思っていました。そして話は、前半、カバーやタイトルの陳腐さに呼応するようなツマラナイ展開をしていきます。どうかというと、カバー後の内容紹介は

コロニー防衛軍を退役したジョ
ン・ペリーは、植民惑星のハック
ルベリーで、ゴースト部隊出身の
妻ジェーンと養女ゾーイとともに
平穏な日々を送っていた。だが、
ある日、思いもよらない要請を受
ける。かつての上司リビッキー将
軍から新たな植民惑星ロアノーク
を率いる行政官になってくれと頼
まれたのだ.やがて、ジョンは新た
な戦いに巻きこまれていくが……
『老人と宇宙』のジョンがふたた
び大活躍するシリーズ、第三弾。

となっています。典型的な巻き込まれスタイル話です。主人公はジョン・ペリー、植民惑星ハックルベリーの監査官で、88歳になりますが、自分のDNAをもとにした新しい未改造の肉体を使っているので、30代に見えます。もとコロニー防衛軍(CDF)少佐であったことが、彼を事件に巻き込んでいくことになります。

ジェーン・ペリーはかつて特殊部隊の兵士で、現在は植民惑星ハックルベリーの治安官でジョンの妻です。CDFの特殊部隊ゴーストで大人として生まれたので、年齢は現在16歳ですが、30代の夫とはつりあいが取れています。二人の娘がゾーイですが、養女です。彼女にはヒッコリーとディッコリーというオービン族のボディ・ガードがいます。

お分かりのようにCDFでは、老人の肉体改造をクローン技術などを駆使しおこなっています。ジョンのように入隊して若い肉体を得るものもいれば、ジェーンのように成人として生まれた人間もいます。ちなみに、ジョンに頼みごとをしたリビッキー将軍ですが、100歳を越えているものの、CDFの肉体のままでいるので23歳に見えるそうです。

ジョンが引き受けた困難な仕事に、娘のゾーイと彼女を守るという使命を帯びた不思議なオービン族が絡んでいきます。後半に入って話は予想外の展開をしていきます。最近の流行、といえば言えるんですが、でもこの展開は悪くありません。これなら、未だ読んでいない第一作が2006年のジョン・W・キャンベル賞受賞というのも頷けます。ともかく前半との落差が、もっとも意外でした。

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シルフ警視と宇宙の謎

2010/01/30 19:20

これのどこが哲学じゃい!いい加減なうたい文句、つけるな、っつうの。シンプルな誘拐ものでいいじゃん。ま、ドイツのミステリらしく地味ではあるけれど・・・

2人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

このシリーズカバーの背のデザインについて、分かりやすい科学本みたいだ、と以前書きましたが、その印象は少しもかわりません、ていうか変わりようがないでしょう、同じなんだから。でもカバー表は写真やイラスト、オブジェの使い方で大きく印象を変えます。で、今回の本、とてもキモチいい。ま、科学本じゃないか、っていうところは変わりませんが、それでも美しい。

いったい誰の作品かなあ、と思ってカバー折り返しをチェックすると、装幀 森ヒカリ、シリーズ・ロゴ 森ヒカリとあります。そうか、森さんね、とまああっさりその時は読み飛ばしたんですが、あらためて書こうとすると疑問が湧いて来ます。装画、或いはカバーイラスト 森ヒカリ、とは書いていないんです。慌てて扉や奥付、訳者あとがきなど思いつくところを調べたんですが、書いていない。

装幀者自らが画を書く場合の表記について、暗黙のルールがあるのかもしれませんが、一行増えたからと言ってコストや手間がさほど変わるとは思えない。それならいっそ、誤解の内容に明記したらいいんじゃないか、って私は思うんですけど、如何でしょう、出版社の皆様。規則でがんじがらめ、とは思いませんけど、このくらいは、ねえ。

で、この本、デザインで選んだわけではありません。勿論、全く知らない著者でもない。ただただタイトルに魅せられたからです。ま、これだけではなんていうか小学生高学年向けファンタジー、或いは中高生向けジュニア新書だと思われても仕方がないのは事実です。例えば辻邦生『ユリアと魔法の都』なんて私にとっては同工異曲なんです。

だからミステリと銘打たれていても、その延長線上にあるものだと思ったんです。例えば宇宙の謎をミステリタッチで解説してくれる科学啓蒙書だろう、科学苦手の私にはSFかミステリかはともかく、それを楽しみながら天空の秘密を知ることができる素晴らしい本だろう、って。その案内役をするのがシルフ警視。

ま、一人合点、ちゃあそれまでなんですが、私なんかはタイトル見ただけでここまで暴走するわけです。で、その気でカバーをみると、いかにもらしいわけですよ、冒頭で書いたように。ところがです、これがまた全くの勘違いで、純粋にミステリ。ただし早川書房がどういう意味で「哲学的ミステリ」って言ってるのかは最後まで分からずじまい。

確かに「多世界解釈論」をめぐる議論がありますけど、それはあくまでお飾りです。深いところまで掘りさがらない。これで哲学っていっちゃったらアメリカのハードSFなんて全て哲学になっちゃう。高村薫『太陽を曳く馬』なんて仏教小説に分類されちゃう。エーコの『薔薇の名前』なんてドーナル? です。だから、そこは気にしないで読むようにしましょう。

で、面白くないわけです。無論、それなりには読める。例えばベルンハルト・シュリンクの『ゼルプの裁き』のように。でいや、ゼルプよりはいいかもしれません。誘拐と脅迫ですからキレはなくともそれなりのサスペンスはあります。でも熱くなれない。誰が、何故、どうやって? とは思いますけれど、隔靴掻痒の感が否めません。

そういう意味では米英のミステリとは全く異なります。でもその距離は以前ほど離れてはいません。最近ではフランス、ドイツ、そしてロシアのアクション映画が、かなりハリウッド的になっていますが、それと同じことがミステリ小説でも起きています。でも、違いはまだまだ分かる。なにせ、人間の掘り下げが深いですから。

結果として、少し難しい。それを捉えて「哲学」とまとめたい気持はわかりますが、でもそれは明らかに間違い。むしろ、この話でいえばミステリの形をとらずストレートな小説にしたほうが良かった。売れはしないかもしれませんがバランスがよかった、そう思います。ちなみに私の念頭にあるのは同じ早川のパオロ・ジョルダーノ『素数たちの孤独』なんですが。

カバー後の内容紹介は
       *
破裂寸前の脳腫瘍を抱える天才警視が
人生最後の事件に挑む!
       ●
物理学者ゼバスティアンは、提唱する「多世
界解釈」理論をめぐって論争の渦中にあっ
た。彼を鋭く批判していたのは、学生時代から
の親友で天才物理学者のオスカー。親友との
摩擦は、ゼバスティアンの望むところではない
のだが……。ある時、テレビの科学番組でオス
カーと激しく議論を戦わせた翌日、ゼバスティ
アンの息子リアムが誘拐される。犯人と思しき
人物からの要求は、医療スキャンダルの秘密
を握ると噂される妻の同僚を殺害することだっ
た。息子を救うためゼバスティアンは要求に
従うことを決意する。だがなぜ、ゼバスティアン
が選ばれたのか? 天才警視シルフの捜査
は、事件の悲劇的な真相を明らかにしていく。
ドイツ文学界の新星が放つ哲学的ミステリ。
       *
目次を見ると大きな流れが分かりますので写しておきましょう。

プロローグ

七章から成る第一部。 ゼバスティアンが曲線を切りとる。マイケが料理する。オスカーが訪ねてくる。物理学は愛し合う者たちのもの。

七章から成る第二部。 犯罪の前半が起こる。
人間はいたるところ動物に囲まれている。

七章から成る第三部。 ようやく殺人が起こる。当初はなにもかも計画どおりに運ぶが、その後はやはりそううまくはいかない。待っている人間を取材するのは、決して安全ではない。

七章から成る第四部。 リタ・スクーラは猫を飼っている。
人間は虚無に開いた穴だ。警視は遅れてゲームに参戦する。 

第五部。 警視が事件を解決する。
だが物語はまだ終らない。

七章から成る第六部 警視はシダのなかにしゃがむ。決定的役割を果たすわけではない目撃者が、二度目の登場。幾人かがジュネーヴへ向かう。

犯人が明らかになる第七部。最後は内なる判事が判決を下す。
一羽の鳥が飛び立つ。

エピローグ

訳者あとがき

です。シルフについて少し書いておけば、彼は犯罪捜査の預言者と呼ばれる50代の天才警視です。独身で、街で出会った絵画のモデルをしていたことがあるユリアを恋人にして一緒に暮らしているのですが、最初、さらりと読んだ時、ユリアは10代、もしくは20代だと思ったんですが、あとで40代とあるのに気付き、遡ってチェックしましたが、どう読んでも若い方が理解しやすいので困りました。

で、シルフに関してはもう一人、重要な女性が登場します。猫と暮らすリタ・スクーラという31歳の独身警察官で、殺人課の一員です。全く目立たない存在でしたが、シルフにその才能を認められ、その後もマイペースを守って仕事をこなしていきます。美貌の持ち主ではありませんが、自分のことを認めてくれたシルフに惹かれています。私としてはシルフとユリアより、シルフとリタのエピソードがもっと膨らむと思っていたのですが・・・

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にっぽん入門

2010/01/13 19:18

長い間、誤解していました、柴門ふみ。私の中では、気取った美人作家だったんですが、まず仕事が違いました。同じ作家でも小説家ではなくイラストレーターっていうのが違う。それに、結構、というかかなり笑えます、だって褌イノチ、なんて普通の美女は言いません、はい

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勘違いしていました、柴門ふみ。なぜか、もう十年以上前から私の中で「柴門ふみ」=「壇ふみ」+「村山由香」(若しくは「唯川 恵」)/2、となっていて、要するに柴門ふみって、フェミニンを売り物にした美人作家でしょ、フン、誰が読みますか、そんな人間の書いたもの!って思っていたんです。

で、たまたま文春文庫の棚を見ていたら、このタイトルが目につきました。著者名がなければ椎名誠か清水義範が書いたんじゃないか、っていう雰囲気です。しかも読みだせば三浦しをん、東海林さだおのような本音丸出しの面白おかしい文章が連続して、思わずトホホ、と柴門に同情したりなんかして。

とりあえずカバー後の案内は
       *
お伊勢参りに裸祭り、ねぶた、だ
んじり、阿波踊り……基本アポな
し、お忍び、一泊二日。疲れたら
休む。「ぶつぞう入門」に続き、日
本人の“心”を求めて、漫画家・
柴門ふみが締切の合間を縫い、北
海道から九州まで、全国を訪ね歩
いた、時にはお気楽で、時にはハ
ードな諸国漫遊記。日本って、こ
んなに面白い! 解説・林真理子
       *
となっています。イラストは柴門ふみ、デザインは憧れの野中深雪。詳細は各章のタイトルで想像してもらうとして、一応目次紹介を兼ねて、初出と最寄駅を書いておけば

一、岩手黒石寺の裸祭り 日本人はなぜ裸祭りを好むのか(「オール讀物」2003年5月号):JR東北新幹線水沢江刺駅からタクシー

二、京都「女ひとり」の旅 失恋女はなぜ京都に行くのか(「オール讀物」2003年8月号):京都バス「大原」下車徒歩

三、枚方パーク・大菊人形展 日本人だから、菊なのです(「オール讀物」2003年12月号):京阪電鉄枚方公園駅から徒歩

四、クリスマスの東京湾クルーズ カップルはなぜ船に乗るのか(「オール讀物」2004年2月号):JR浜松町駅から徒歩

五、秋田横手のかまくら サイモンの三大野望・その一(「オール讀物」2004年4月号):JR奥羽本線横手駅

六、諏訪の木落とし坂落とし 御柱に縄文人魂を見たのだ(「オール讀物」2004年6月号):JR中央本線下諏訪駅

七、ガタリンピックと吉野ヶ里 泥んこを尊ぶ弥生人魂(「オール讀物」2004年8月号):なんだか分かりませんが吉野ヶ里公園駅から徒歩

八、佐渡「たらい舟」紀行 サイモンの三大野望・その二(「オール讀物」2004年10月号):両津港から小木港までバス

九、晩秋の日光詣で 外国人はなぜ日光に感動するのか(「オール讀物」2004年12月号):JR日光駅から徒歩またはバス

十、お正月の駅伝・皇居・福袋 三が日の三大イベントで人混みにもまれる(「オール讀物」2005年2月号):JR東京駅から徒歩

十一、愛・地球博 in 名古屋 日本人はなぜ万博に燃えるのか(「オール讀物」2005年5月号):もうやってません

十二、お伊勢参りと海女の国 日本人はなぜ新築が好きなのか(「オール讀物」2005年7月号):近鉄伊勢市駅から徒歩

十三、青森ねぶた 恐山 東北人の死生観を探るのだ(「オール讀物」2005年9月号):大湊線下北駅からバス

十四、岸和田だんじり コーナリングに命をかける(「オール讀物」2005年11月号):JRそれとも南海電鉄?南岸和田駅

十五、お座敷列車は人情列車 信州カラオケ旅(「オール讀物」2006年1月号):ゆとり号引退のため記載なし

十六、札幌雪祭り&裕次郎記念館 北海道で大きなモノに出会うのだ(「オール讀物」2006年3月号):JR小樽駅からバス

十七、吉野の千本桜 お花見のルーツを訪ねて(「オール讀物」2006年5月号):近鉄吉野線吉野駅からロープウェイ

十八、小江戸・佐原 地図の街と潮来の花嫁さん(「オール讀物」2006年7月号):JR成田線佐原駅からバス

十九、秋芳洞と鵜飼舟 サイモンの三大野望・その三(「オール讀物」2006年9月号):JR山陽新幹線山口駅からバス

二十、我が故郷の阿波踊り 日本人はなぜ踊るのか(「オール讀物」2006年10月号):徳島市内

   取材後記

解説 林真理子

となります。単行本は二〇〇七年三月 文藝春秋刊で、九、十一、十七、十八は文庫版で増補したとあります。

ちなみに柴門が絶対に見たい(行きたい?触りたい??)と思っていたのは各章のタイトルをじっくり見ればわかるように(でもないか)、五、秋田横手のかまくら、八、佐渡「たらい舟」紀行、十九、秋芳洞と鵜飼舟なんですが、読んだ限りは、一、岩手黒石寺の裸祭り、六、諏訪の木落とし坂落とし、十四、岸和田だんじりといった男の裸と暴力があふれるお祭りのほうに舞い上がっている気がします。

ふむ、それにしても男のすっぽんぽんと褌姿がそんなに美しいかのう、49歳柴門先生?(2009年現在、52歳・・・)と、認識を新たにしたというか、自分の中にあったイメージの変更を余儀なくされてしまいました。でも、他の本を読みたい、とまではいえません。そういう本です。

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王国の鍵 2 地の底の火曜日

2010/01/08 20:09

翻訳という手間がかかるのは分かるんですが、このお話みたいに全部つながっているようなもので、ほとんどの巻が海外で出版済みのような場合、毎月、っていうペースは困りますが、せめて三カ月に一冊くらいのスピードで出版してほしいな、って思います。

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『アーサーの月曜日』に続く王国の鍵シリーズ第2弾です。ついこの間、第1巻を読んだら、もう次がでました。で、第3巻の『おぼれかけた水曜日』(仮題)も年末にはでたそうです。それもそのはず、実はこの7話で終るお話、2003年に Mr. Monday がでてあとは毎年一冊のペースで出ていて、6冊目までは海外で出版済み。最後の巻、Lord Sunday も今年中に出版予定だとか。

ただし、日本で Lord Sunday 翻訳が出るのは2011年になるようです。私などは2ヶ月前に読んだ本の内容を覚えていないのですから、2011年にはすべてを忘れているに違いありません。これでは困ります。せめて三ヶ月に一冊ペースで2010年中には全巻揃えてもらいたいものです。ちなみに、訳者あとがきにはシリーズについて出版年も含め
             *
Mr. Monday   2003 『アーサーの月曜日』
Grim Tuesday  2004 『地の底の火曜日』
Drowned Wednesday 2005 『おぼれかけた水曜日』(仮題)
Sir Thursday 2006 『戦場の木曜日』(仮題)
Lady Friday 2007
Superior Saturday 2008
Lord Sunday 2009 予定
             *
と書いてあります。いま、こうして眺めてみると、MondayもTuesdayも、この話では王国の主の名前なんです。だから文中では、マンデイであり、チューズデイなんです。きっと、WednesdayからSundayまでの残り五人も同じでしょう。意味としては曜日をかねていることは間違いないんですが、Grim Tuesdayを『地の底の火曜日』として訳してしまうのが妥当でしょうか、「冷酷なチューズデイ」のほうが正しい気がします。

閑話休題。カバー折り返しの言葉は
             *
二日目――世界は暗闇につつまれた。
             *
とたったの一行で、他に案内文はありません。松永大剛(BUFFALO.GYM)のブックデザインも、茶色の字に金と山吹色、白を組み合わせた文字と時計のマークだけですから味気ない。同じ地味でも『古王国記』シリーズには一種の格調みたいなものが感じられましたが、あそこまで重厚でなくてももう少しいいデザインがあったのではないでしょうか。ま、色合いとカバーの紙質は好きなんですけど。

ちなみに、構成はプロローグ、本文23章、訳者あとがきとなっています。内容は出版社のHPから拝借しましょう。
             *
死闘の末、失われた七つの鍵のうち第一の鍵を手に入れてようやく現実世界にもどってきたアーサーのもとに、翌朝ハウスにいる「遺書」から不吉な電話がかかってきた。第二の鍵をあずかるチューズデーが、アーサーから第一の鍵を奪おうと陰謀をめぐらせているから気をつけろというのだ。電話を切ったとたん、不気味なふたり組がやってきて、午後にもアーサーの家をとりこわしてやると脅したうえ、父親に奇妙なガスをふきつけていった。このままでは、家族や友だちにまで害がおよんでしまう…… ハウスにもどってチューズデーと対決しようと決めたアーサーだったが、ハウスはハウスで、地底からわきあがってくる「無」の脅威にさらされていた―― ファンタジーの天才ガース・ニクス最新作。シリーズ全7巻中、すでに刊行ずみの巻はすべてアメリカでトップ10入りをはたしている超人気シリーズ第2巻。
             *
アーサー・ペンハリガンは主人公の喘息気味の少年です。逃げ出した遺書の第一の部分が自ら見つけた正統なる後継者で、マンデーを打ち負かし、力を受け継いだものの、体が丈夫になったわけではありません。まして、第一の冒険は現実世界では一日に満たないものであっても、少年が活躍した世界ではもっと時間が経っています。というわけでアーサーは疲労気味。

しかも、昨日の今日ですから人間としては殆ど成長していません。だから新しい冒険なんかに乗り出す気が全くない。それと、ハウス下層の支配者になったとはいえ、もう一つの世界で起きていることを性格に把握していません。だから自分が置かれている状況を理解できないままに右往左往します。

そして俄かに彼らを襲う借金地獄から家族を救うために嫌々、ハウスに出かけ地底世界の支配者、冷酷なチューズデイ、と対決し彼の持つ遺書(ウィル)を都合とします。それに協力するのが、前巻で活躍したアーサーのハウス世界の友人で活発な少女・スージー・トルコ・ブルーです。他にも、

敵役のチューズデイは「冷酷なチューズデイ」とあだ名される、王国の二番目の鍵の持ち主で、ハウス内の領地・地底界の支配者です。ハウスと第二世界をつくった『創造主』の『遺書ウィル』を無視し、鍵を手放さない。マンデーが自分に借金していたことを利用し、アーサーの受け継いだものを奪い取ろうとする、その結果、アーサー一家は知らない間に借金だらけになってしまうのです。

今回も、養父で元ロッカーのボブと、母で有名な研究者のエミリー、、才能あるバスケの選手で高校生のエリック、大学生の姉のミカエリが話の頭と終わりに登場しますし、リーフもチョイ役で、かつての遺書の第一部で、現在は後継者アーサーの代理人で家令のマダム・プライマスも重要な役割をはたします。

ほかにも『採掘場』で働く契約労働者で元類語小辞典役二級のジェイベス、本来は船乗りで、今は『冷酷なチューズデイ』のために地底世界の陸に上がってチューズデイにかわり台帳の管理をしているトム・シェルヴォック船長、ドーン、ヌーン、ダスクの三人のハウス住人を溶かして鋳なおして七人となりチューズデイの部下となったグロテスク兄弟、地底界の天井に住み、すすを食べている生き物、すす虫などが印象的です。

で、前巻でも疑問に思ったので書きますが、アーサーは何歳なんでしょう。この行動から見ると小学生にしか思えないのですが、でも話の雰囲気では15歳くらいでないとリーフ、あるいはスージーとの組合せがヘンな気がするんです。一応、『アーサーの月曜日』では七年生と書いてありますが、これだけでは学校制度が違う日本人には分からないのではないでしょうか。何歳と補足して欲しいものです。

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夜来香海峡

2009/11/17 20:45

船戸にしては珍しくリアリティがない、無論、要素としては今でなければありえないようなものが満載なんですが、でもちょっとコミカルなスーパーヒーローものになっている。その分、面白いんですけど、なんか、らしくない・・・

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このカバー、私はソフトフォーカスの写真利用だとばかり思っていたら、装画とあります。担当の牧野千穂といえば、最近の彼女は実に好調で、池永陽『指を切る女』、エリザベス・ムーン『くらやみの速さはどれくらい』、リチャード・ビアード『永遠の一日』、雫井脩介『クローズド・ノート』、東山彰良『ジョニー・ザ・ラビット』などの装画を手がけ、つい先日も倉阪鬼一郎『遠い旋律、草原の光』のカバー画を絶賛したばかり。

童話のような作品では、愛らしい動物や人形が描かれるので直ぐ絵だと分かりますが、例えば楽器などではボカシ気味の写真ではないか、と思うほどにリアルです。とはいえ、ギンギンの写実かといえば、どちらかといえば色合いがしっとりとした艶やかな印象が強い。一度は原画を見てみたい、そういう気持にさせる作家です。

ただし、今回はカバー全体が雲のような湿り気のある銀白とでも言いたいような色なので、彼女の持つ色彩のよさが目立ちません。ま、血を思わせる中央の赤はそれだけで、強烈ではあるのですが、牧野のよさの表出というよりは、ケレンかな、なんて思ったりもします。これじゃあ吸血鬼ものじゃん・・・そんな装幀は鈴木正道(Suzuki Design)。

で、お話の内容。いつものでんで出版社のHPのお言葉拝借。
         *
消えた華嫁(はなよめ)と2億円。
東北から、北海道へ。中国から「輸入」された女の、最後の行き先はどこか?
ノンストップ土着ノワール。船戸節、全開。
講談社創業100周年記念出版

花嫁斡旋業・国際友好促進協会の蔵田雄介が中国旧満州の黒龍江省から仕入れ、山形の寒村に嫁がせた輸入花嫁・青鈴(せいれい)。日本の暴力団から中国の黒社会への資金2億円を持って遁走した。蔵田はやくざに脅され、花嫁を捜し北へ北へと向かう。怪死事件が相次ぎロシア・マフィアも蠢く闇の世界に引きずり込まれる蔵田。女は津軽海峡を渡り日本最北端の稚内へ逃げる――
疲弊した地方に繰り広げられる、夢を追う花嫁と蒼然と死にゆく男たちの哀愁のバイオレンス。
         *
講談社創業100周年記念出版の一冊で、書き下ろしだそうです。またまた脱線ですが、この講談社創業100周年記念出版、ラインナップが全く明かされていないので、何気なく手にして読んでみたら、その一冊だったりして、何が記念出版?なんて思うことが何度もありました。

出版社にとってシバリがないので、いいアイデアかもしれませんが買う側にしてみると、その時の気分で「この本、100周年記念本で出しちゃおうか」なんてノリでやってるんじゃないか、なんて思ったりします。やはり全容をはっきりさせたほうが、正しいのではないでしょうか・・・

閑話休題。いかにも船戸らしい作品です。読んだ時は、ちょっとリアリティに欠けるかな、なんて思っていたのですが、よくよく考えてみれば農村の嫁不足は一向に解消されていませんし、中国人花嫁は事件でも起こせば新聞種になりますが、何事もなければ噂にもなりません。でも、その数が着実に増えていることは私たちの周囲で交わされる会話に耳を澄ませば、事実であることが分かるでしょう。

ロシア・マフィアの存在は本土ではなかなか感じることはなくても、ロシア女性が数を増やしていることは、これまた私たちの周囲で見かける明らかにスラブ系の碧眼金髪美女たちを見れば明らかで、北海道で扱われる海産物でも、ロシア人が収穫したものがその量を拡大させていることはニュースでよく見かけます。

女性の現金持ち逃げ、或いは公金横領は年に何度かはニュースになりますし、殺人事件報道の多さも、犯罪の残虐性も現実のものです。おまけに犯罪が都会特有のものではなく、地方でも頻発するようになり、逃亡は広域化しています。逃げるのに整形手術、というのも小説世界の話ではなく、現実のものとなっていますし、これが報道されたことで、一層日常化するはずです。むしろ、船戸の世界が現実に追い越されている。そういう感を強くしました。

小説の主人公は、花嫁斡旋業・国際友好促進協会 会長の蔵田雄介、46歳です。この花嫁斡旋業・国際友好促進協会そのものが怪しい存在ですが、蔵田の仕事ぶりは良心的なほうでしょう。海外ツアーを組んで、現地に結婚希望者を送り込み、見合いをさせて、まとまれば成功報酬を受ける。一歩間違えば詐欺になるのでしょうが、間にヤクザなどが絡んでいないので、滅多に問題は起きません。

ただし、何十件に数件くらいは結婚生活が上手く行かないこともあります。でも、これは日本人同士だってあることなので、蔵田のせいではありません。結婚詐欺だっていえないことはありませんが、それも日本人同士でもよくあること。で、蔵田が山形の寒村に嫁がせた輸入花嫁・項青鈴が消えました。しかも二億円というヤクザ絡みの金を持って。

で、蔵田の前に現れたのが柏木章次、広域暴力団 天盟会の構成員で、愛車マセラティに異常に執着する男です。柏木は、現金を持ち逃げした項青鈴を斡旋したのが蔵田だ、というそれだけで全責任を彼に押し付け、女を一緒に探すことを命じます。そして、ヤクザものと事業がなかなか上手く行かなくなっている中年男の旅が始ります。

で、この小説で最も印象に残るのは、雄介の母方の叔父で65歳になる梶井鉄平と、国際友好促進協会で働く地元の大学の五回生・山沖航史ではないでしょうか。鉄平は鳶職の棟梁で、その度胸と男っぷりから若いときから人に慕われ、雄介にとっても憧れの人です。ただ、老いた今はアルコール漬けの日々を送り、周囲から白い目で見られるようになっています。

もう一人の山中は、この不況で金融会社の内定取消しにあい、留年を選び、蔵田のところでアルバイトをしています。23歳で、社会のことはなにも知らない雰囲気ですが、女を捜す蔵田を手伝っているうちに、その才能を花開かせ、蔵田のみならず周囲の人間を魅了していきます。

鉄平と山中が本格的に蔵田たちに絡んでくる後半は、どちらかというと冒険小説的なスピーディで楽しい展開になってきます。そのなかで、蔵田の息子で、引きこもって一年半になる長男の明満の問題なども出てきて、筒井康隆の『わたしのグランパ』を思わせたりもします。

繰り返しますが、一見、私たちと縁がないような印象を抱きますが、冷静に考えると、農村の深刻な嫁問題、中国人花嫁、不況による内定取消し、引きこもり、ロシア・マフィア、お金の持ち逃げ、殺人、ヤクザ、老人のアルコール依存など、どれも現実にあることばかりです。そう考えると、思わずもう一度読み返したくなる、そういう小説です。

第一章 庄内の風
第二章 漂着する死体
第三章 偽造された免許証
第四章 破綻した街で
第五章 北冥の宿から
第六章 嵐のあとの血しぶき
第七章 寝起きの訪問者
第八章 雨のハーバーライト
第九章 庄南再訪

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訪問者

2009/10/31 20:54

装幀の盛川和洋に★五つ。こんなにシンプルでいて、楽しく、奥が深いデザイン。今までの祥伝社の本史上最高の出来!小説のほうは、なんていうか映画にしたら面白いかな、っていう雰囲気。悪くはないけれど、最高、とまでは・・・

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ともかくカッコいいデザインの本です。正直、今まで祥伝社で出した全ての本の頂点にあるカバーデザインだと思います。まず色がいいです。地のクリーム色、背などに使われる青みがかったグレイ、或は著者名のグレイが買った紫、左の赤とも茶ともいえるマーク。著者名と同じ色の○、同じ寸法で色違いの○。この緑色にもグレイが入っています。

カバーの英文を見てみると、折り返しとでは同じ文が色違いになっています。ちなみにその文は
    *
THE VISITOR
by Riku Onda

Life Story

THE PINK GIRAFFE

The Little House

Faituful Elepants

Rain Drop

The gigantic turnip
    *          
かっこいい・・・。でも、冷静になって良く見たら、章のタイトルの直訳でした。とはいえ、英文字の入れ方、線無し図形のレイアウトと色、されらのバランス、全てがピシッと決まっていて、それはカバーの折り返しにも言えます。扉もいい。不満があるのは目次の頁と章扉。網がけと線あり白抜きボックスの野暮。なに、これ?

とはいえ表紙の柔らかさ具合、本文紙の色合い、肌触り、カバー折り返しの長さも文句無し。もしかして今年の装幀ベスト?装幀の盛川和洋に拍手です。そういえば、盛川の装幀では森谷明子『矢上教授の午後』も良かった。だいぶ前に出た有栖川有栖『白い兎が逃げる』でも品がいい仕事をしていました。どれも、書棚に置く時は、背ではなく表を見せるようにしたい絵画的なものばかり。

閑話休題。早速、内容をカバー折り返しから見てゆきましょう。
           *
山中にひっそりとたたずむ古い洋館――。
三年前、近くの湖で不審死を遂げた実業家朝霞千沙子が建てたその館に、
朝霞家の一族が集まっていた。
千沙子に育てられた映画監督峠昌彦が急死したためであった。
晩餐の席で昌彦の遺言が公開される。
「父親が名乗り出たら、著作権継承者とする」
孤児だったはずの昌彦の実父がこの中にいる?
一同に疑惑が芽生える中、闇を切り裂く悲鳴が!
冬雷の鳴る屋外で見知らぬ男の死体が発見される。
数日前、館には「訪問者に気を付けろ」という不気味な警告文が届いていた……。
果たして「訪問者」とは誰か?千沙子と昌彦の死の謎とは?
そして、長く不安な一夜が始まるが、その時、来客を告げるベルが鳴った――。
嵐に閉ざされた山荘を舞台に、至高のストーリー・テラーが贈る傑作ミステリー!
           *
です。

話のほうも、当然ながらこの通りで、悪くはありませんが、「至高のストーリー・テラーが贈る傑作ミステリー」とまでは行かないかな。よくあるよなあ、このての展開、まちっと何とかなりませんか、です。いや、決してラストが悪いわけではない。でも、途中までの展開があまりにありがちで、なんとなく最後まで見通せた気に読者をさせてしまう。これって損です。あまりに勿体無い。

ただし、劇の台本としてはかなりいい。場面があまり動かないで、そこに入れ替わりで様々な人物が登場する、っていうのはまさにお芝居です。でも、更科裕子に関してはもっと若い設定でもよかったかな、と。ま、そうするともっとありふれた設定になっちゃうのですが、でも自然ではないでしょうか。

で、もう一つ何とかならなかったかな、と思うのが各章のタイトルです。目次を写しておけば

第一幕 せいめいのれきし

第二幕 ももいろのきりん

第三幕 ちいさいおうち

第四幕 かわいそうなぞう

第五幕 ぶるやのもり

終 幕 おおきなかぶ

なんですが、どうして同じ字数にしなかったのかな、って思うんです。見ていてお尻のしたがモゾモゾしてとっても座りが悪い。よく言うんですが、森博嗣だったら絶対に工夫して同じ字数にします。それだけの価値がある。ま、遊び心っていうかデザインセンスっていうか、そういうものなんですけど。繰りかえしますが、勿体無い・・・

以下、簡単な登場人物紹介。

井上唯之:自称 週刊Kの記者で、取材で山中の朝霞邸を訪れる。

羽澤愛華:十歳くらいの少女。美少女でもないし、賢くも愚かでもないけれど存在感はあります。

羽澤澄子:愛華の母で、暴力をふるい、妻にたかることしかできない夫から逃げている。

更科裕子:朝霞邸の家政婦兼ヘルパー。五十歳前後と井上は思ったが実は六十代半ば、非常に有能ですが、それを殆ど表に出しません。なんていうかお手伝いさんの鑑っていうか、こういう人が家にいたら最高だろうなあ、って思います。確か、クリスティのミステリにも同じタイプの若い女性が登場しましたが、彼女は当然、素晴らしい相手に巡り合い結ばれました。

朝霞千沙子:大治郎亡き後、家督を継ぐ。この屋敷を建てた人。湖で溺れ死ぬ。

宮脇協一郎:千恵子の夫で、二流の写真家。一応美術学校の講師もしている。

宮脇(朝霞)千恵子:朝霞大治郎の末娘。

峠昌彦:有名な賞を連続してとり、これからという時、三十九歳の若さで自殺したといわれる映画監督。千沙子によって母の晶子ともども朝霞屋敷に連れてこられる。晶子は千沙子の高校時代の後輩。

朝霞大治郎:今は亡き実業家。

千蔵:朝霞大治郎の長男。大治郎の持っていた財団の理事長。事業全体を引き継げる器ではない。

千次:朝霞大治郎の次男。今は個人的に歴史の本を書いているというが、大学で歴史を教えていたこともあり文学にも造詣が深く、著名ではないが玄人内での評価は高い。

千衛:朝霞大治郎の三男で、父親の事業の流通関係の会社を任されていた。

小野寺敦:自称 劇団の俳優。若いが意外な面を見せる。

長田:自称 というか井上の紹介ではプロ・カメラマン。

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