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  3. 千街晶之さんのレビュー一覧

千街晶之さんのレビュー一覧

投稿者:千街晶之

17 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本エンプティー・チェア

2001/12/13 22:17

リンカーン・ライムシリーズ第3弾。「読者を騙す」ことにこだわった力作

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 現代における究極のアームチェア・デティクティヴとも言うべき、四肢麻痺状態の天才犯罪学者リンカーン・ライムと、彼の助手を務める婦警アメリア・サックスが活躍する人気シリーズの第3弾。邦訳刊行は三年連続ということになる。

 脊椎再生手術を受けるため米国南部のノースカロライナ州に滞在していたライムのもとを、シリーズ第2作『コフィン・ダンサー』に登場したローランド・ベル刑事のいとこで、パケノーク郡保安官のジム・ベルが訪れた。パケノークで殺人事件が発生し、二人の女性が犯人によってどこかへ連れ去られているというのだ。容疑者は16歳の少年ギャレット・ハンロン。捜査への協力要請をしぶしぶ受け入れたライムは、手術を延期して現地へ向かったが……。

 シリーズのワンパターン化を避けるため、ディーヴァーはこの第3作で幾つかの新しい趣向を取り入れた。まず、これまで多くの協力者に囲まれて名探偵ぶりを発揮していたライムが、今回は未知の環境のもとで捜査を行わなければならないのだ。地元の捜査官たちはライムの目からはいずれも無能で、しかも北部の都会人であるライムとサックスに対し、南部人としての抜き難い不信感を抱いている。そのような状況下で、ライムのカリスマ性はどこまで通用するのか。
 しかも本書で取り入れられた新しい趣向はそれだけではない。なんと、一旦逮捕した容疑者を無実だと信じ込んだサックスが、彼を留置場から連れ出し、一緒に逃亡するという暴挙に出るのだ。追われるサックス、追うライム。彼らの頭脳合戦はどちらに軍配が上がるのだろう。

 果たしてギャレットは無実なのか、それとも悪の天才なのか。夥しい登場人物の中に潜む真の悪人は誰なのか。一見単純な事件は、局面が転換するにつれて、異様なまでに錯綜した相貌を明らかにしてゆく。シリーズ前二作や『静寂の叫び』、『悪魔の涙』などを読んで「ディーヴァー馴れ」した読者にとっても、今回の謎はかなり手強いはずだ。

 中盤以降、結末に至るまでの展開は、どんでん返しに次ぐどんでん返しの波状攻撃が読者をとことん翻弄する。よくもこれだけ複雑なプロットを考えたものだと思うが、更に注目すべきは、冒頭から炸裂する伏線とミスディレクションの嵐。「読者を騙す」のはミステリという文学ジャンルの至上目的のひとつだと思うが、その目的にここまでこだわり抜いた作品はちょっと珍しい。相変わらずあざといほどのサーヴィス精神は読者によって好みが分かれるだろうとは思うが、現代米国ミステリのひとつの頂点を極めた力作であることに間違いはない。 (bk1ブックナビゲーター:千街晶之/ミステリ評論家)

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紙の本狐闇

2002/06/10 22:15

骨董商と民俗学者、二人のヒロインが挑む三角縁神獣鏡の謎

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 綿密な取材をもとにしてトリッキーな物語を紡ぎ出す実力派・北森鴻が、またしても実力を存分に発揮した傑作を発表した。本書は、『狐罠』(講談社文庫)のヒロインだった骨董商<冬狐堂>こと宇佐見陶子が、再び怪事件の渦中の人となる長篇ミステリである。

 陶子は、ある市(骨董の競り)で二枚の海獣葡萄鏡を競り落とした。ところが、家に持ち帰って確認したところ、そのうちの一枚が三角縁神獣鏡にすり替わっていた。普通ならば骨董市場に出回る筈がない三角縁神獣鏡……しかもそれは、鏡面に光を当てて反射させると、八咫烏の姿が映し出される仕掛けの“魔鏡”だった。この仕掛けに気づいた時から、陶子は何者かが仕組んだ罠に陥ってゆく。骨董商としての免許を取り上げられた彼女は、自らの汚名を濯ぐべく、魔鏡の秘密を突き止めようとする。だが、彼女の周囲で関係者たちが次々と奇怪な死を遂げてゆくのだった。
 窮地に陥れば陥るほど闘志を掻き立てられ、敢然とトラブルに立ち向かってゆく陶子の凛とした姿は、相変わらず頼もしい。そんな彼女の心強い味方として登場するのが、著者が生んだもうひとりのヒロイン、蓮丈那智である。『凶笑面』(新潮社)に、異端の民俗学者にして怜悧な名探偵として颯爽と登場したこのクール・ビューティーは、学者肌で根拠のない仮説を口にすることは滅多になく、陶子よりも更に冷徹である……という差こそあるものの、プロ意識の塊であり、理不尽な圧力には決して屈することなく戦いを挑むという点では、陶子の精神的双生児であるとも言える。
 三角縁神獣鏡の出所を探ってゆくうちに、明治政府の要人による天皇陵盗掘疑惑が浮上し、更にその背後に、近代史の暗部が潜んでいることが見えてくる。一介の骨董業者の手に余るほどの巨大な秘密を前に、陶子はいかなる態度をとるのか。一筋縄では行かない関係者たちの思惑が交錯し、物語の最後の最後までどんでん返しが繰り返される。全篇に漲る緊迫感が、読者を捉えて離さないことは請け合いである。 (bk1ブックナビゲーター:千街晶之/ミステリ評論家)

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紙の本冬の旅人

2002/05/13 22:15

ロシアの近代史を背景に強靱な夢想の力を持ったヒロインの人生を描く

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 19世紀末、17歳の少女・環は、画学生として露西亜に留学するが、厳格な女学院を脱出したのをきっかけに、想像を絶する数奇な運命を辿ることになる。異母妹やその夫との相剋、流刑地シベリアへの旅、貧民街での生活、投獄、宮廷への招待、そして革命の嵐……。吉川英治文学賞を受賞した話題作『死の泉』以来、実に5年ぶりの長篇歴史ロマンである。

 この大作のすべての魅力を、短い字数で語りきるのは不可能に近いが、取り敢えず、歴史と個人の一生とを二重写しにした小説であるということは言っておきたい。
 ある角度から見れば、本書は歴史の波に翻弄され、異国で苛酷な生涯を送った女性の物語である。しかし、視座を変えるなら、そこに騙し絵のように浮かび上がってくるのは、歴史すらも壊すことの出来なかったひとりの女性の強靱な夢想の力である。
 絵画蒐集家トレチャコフ、妖僧ラスプーチン、ロマノフ家最後の皇帝となるニコライ二世とその家族……といった歴史に名を残す人々も、若き日の環を魅了し、生涯に亘って彼女を惑わし続けた一枚の絵画『岩に座する悪魔(ディアーヴァル)』の強烈な呪縛力の前では、影絵芝居の登場人物ほどの存在感しか持たない。
 環の生涯の背景では、アレクサンドル二世暗殺、皇帝専制に対する民衆の反撥のうねり、日露戦争、ラスプーチンの台頭と横死、第一次世界大戦、ロシア革命……といった歴史上の大事件が確かに展開されており、時には彼女自身もそれに関わりもするのだけれど、それによって彼女の魂が歪められることはない。そして、ロマノフ一家殺害という惨劇を通して、環の夢想と、歴史という現実とは、ついにぴったりと重なり合うのである。

 最後に、この作品が、著者が以前に発表した短篇「黒塚」(『皆川博子作品精華 迷宮』所収、白泉社)を想起させることを付言しておこう。大長篇と短篇という差こそあれ、ひとりの女性が、その生の終焉近くになっておのれの裡に秘めていたものを思いがけないかたちで解き放つという構想は、不思議なくらい似通っているのである。 (bk1ブックナビゲーター:千街晶之/ミステリ評論家)

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紙の本さらば、愛しき鉤爪

2002/04/26 22:15

人間の皮を被った恐竜が探偵役を務める奇想天外なハードボイルド

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 舞台はロサンジェルス、主人公は謎の死を遂げた相棒の死因を探っているしがない私立探偵——。今どきそんなのありか? と言いたくなるくらい、見事なまでに定石通りの設定であり、それを聞いただけでは、積極的に読もうという気が起きない読者も多いはずだ。しかし、主人公の私立探偵ヴィンセント・ルビオの正体が、なんと人間の皮を被った恐竜である、と来れば話は別だろう。
 この小説の世界では、恐竜は絶滅した訳ではなく、人間に化け、人語で喋ることで、今でも私たちの社会に紛れ込んで暮らしているのだそうだ(オリヴァー・クロムウェルやアル・カポネも恐竜だったらしい)。恐竜たちは〈評議会〉という互助会を組織し、人間社会で生きていく上でのタブーを破る者を監視している。異なった種族の恐竜同士のセックスはOKだが(ただし子供は作れない)、人間とのセックスはタブー。人間にとってのアルコールに相当するのはハーブであり、ルビオはアル中探偵ならぬハーブ中探偵、というわけ。
 ルビオの一人称による語りは、笑ってしまうくらいに古典的なハードボイルド調。その語りが、恐竜独自の視点に基づいているおかしさ。試しに、主人公がある女性恐竜(人間の扮装を脱ぎ捨ててベッドでことに及ぼうとしている)を見た時の感想を引用してみよう——「うしろから抱いているのは、ごく平均的な肢体のオルニトミムスだ。なかなかの卵嚢に細い前肢、まるみを帯びた口吻、そこそこの尻尾の持ち主ではあるが、とびきりいい女というわけでもない」。
 無論、冷静に考えれば(いや、別に冷静になるほどのことでもないが)、「現在はともかく、特殊メイク技術などなかったはずの昔はどうやって人間に化けていたのか?」とか、「人間の皮を被ったくらいで恐竜特有の体型を誤魔化せるのか?」とか、「人間の言葉をどうやって覚えたのか?(そもそも発音することは可能なのか?)」等々、疑問が無数に湧き出てくるが、そのへんは余り深く追求しないのが正しい読み方だろう。
 とはいえ、謎解きそのものは驚くほど本格的で侮れない。全篇に張られた伏線(ただし、読んでいるあいだはそれが伏線であるとは誰も気づくまい)、恐竜と人間が共存する異世界でしか成立し得ない意外な真相——といった読みどころは、アキフ・ピリンチ『猫たちの聖夜』や山口雅也『生ける屍の死』といった異世界パズラーすら連想させる。
 ハードボイルドとスラップスティック・コメディとパズラーという三つのジャンルを同時に味わえる優れモノ。ミステリ界の話題を席巻することは間違いないだろう。 (bk1ブックナビゲーター:千街晶之/ミステリ評論家)

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紙の本木野塚佐平の挑戦

2002/03/27 22:15

国民的人気の総理が死んだ。死の真相にハードボイルドファンの探偵が挑む

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 前作『木野塚探偵事務所だ』以来、久しぶりに木野塚佐平シリーズ第2作が刊行された。しかも今回は長篇としてお目見えである。

 木野塚氏は35年間勤めた警視庁経理課を退職後、新宿五丁目に「木野塚探偵事務所」を設立した。ハードボイルドが大好きで、小説の中に出てくるタフ・ガイ探偵のような活躍を夢見ているのだが、現実に彼の事務所に持ち込まれてくるのは、金魚誘拐事件だの犬の一目惚れ事件だのといった小事件の依頼ばかりなのだ。

 本書でも、木野塚氏のもとに次々と舞い込んでくる依頼は、スケールが小さいだけでなく妙に間の抜けたものばかりである。金魚コンクールの不正疑惑。テレビの美人ニュースキャスターにストーキングされていると言い張る(その実、どう見ても本人の方がストーカーであるとしか思えない)自称・犯罪研究家。誰かに盗聴器を仕掛けられたと主張して引き下がらない女性……。ところが、それらの依頼をしぶしぶ引き受けるうちに、木野塚氏は国家を揺るがす大事件の真相調査に巻き込まれてゆく。政治改革を推進し、国民に人気のあった現職の総理大臣・村本啓太郎の急死に、なんと暗殺の疑いが浮上してきたのだ。国家そのものの暗部を目の当たりにした木野塚氏の運命は?

 ハードボイルドの探偵に妄想的なまでに憧れる主人公を描いた小説というと、マーク・ショア『俺はレッド・ダイアモンド』などが想起される。本書の木野塚氏も妄想家タイプで、タフ・ガイ気取りだが恐妻家で美人に弱い彼と、思い込みの激しい依頼人たちとの完全にすれ違った会話が爆笑を誘う。しかし後半、総理暗殺の大疑惑が持ち上がってからは、物語は緊迫度を増してゆく。公安警察や与党の大物たちを敵に廻した木野塚氏の、颯爽とお間抜けが表裏一体となった活躍ぶりが見ものだ。事件の解決には割り切れないものが残るが、ユーモアの糖衣の下に日本のダークサイドを抉る牙を潜ませた著者の志をそこから読み取りたい。

 なおラストにおいて、現実に起きたある迷宮入り事件の解明が行われるのだが、同じ事件を題材として取り上げた国産ミステリが、このところ続けて発表されているのは面白い現象である。 (bk1ブックナビゲーター:千街晶之/ミステリ評論家)

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紙の本ヴィドック

2002/01/30 22:16

七月革命勃発寸前のパリ。残忍な手口の連続殺人事件の真相は?

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 まるで「フランス版横溝正史」とも言うべき特異な舞台設定で起きる猟奇殺人と、その背後に隠された突拍子もない真相を描いた『クリムゾン・リバー』で、我が国のミステリ読者の注目を集めたフランスの鬼才ジャン=クリストフ・グランジェの新作となれば、これはもう読まない訳にはいかないだろう。ただし、あらかじめ断っておくと、本書はピトフ監督の映画『ヴィドック』(2002年1月日本公開)のためにグランジェが書いた脚本をもとにしたノヴェライゼーションである。

 タイトルロールのヴィドックとは、18〜19世紀フランスにおいて数奇な生涯を送った実在の人物で、幾度も脱獄を繰り返した犯罪者から警察の密偵に転身、退職後には世界初の私立探偵事務所を開いた。また文学史的には、『レ・ミゼラブル』のジャン・ヴァルジャンやポオの小説に登場するオーギュスト・デュパンの人物造形に影響を与えたとされる。日本のミステリでは、藤本ひとみの『聖アントニウスの殺人』と『聖ヨゼフ脱獄の夜』、笠井潔の『群衆の悪魔 デュパン第四の事件』に登場している。

 さて本書だが——時はシャルル十世とポリニャック首相の反動政治に対するフランス国民の不満が臨界点に達しつつある1830年。私立探偵ヴィドックは、鏡の仮面をつけた怪人を追跡中、ガラス工場の炉に転落した。その一週間前、彼はかつての上司である警視総監のロートレンヌから、人工的に雷を命中させるという奇怪な手口による連続殺人の調査を依頼されていた。ヴィドックの死を悲しむ相棒のニミエのもとに、彼の伝記作家を名乗る青年が訪れ、事件の再調査を持ちかける。貧民街と娼館と阿片窟を舞台に、化粧に耽る男たちと誘拐された処女たちをめぐる謎が錯綜し、事件の鍵を握る証人たちは次々と喉を掻き切られてゆく。折しも七月革命勃発寸前の暗雲渦巻くパリで、ヴィドックの遺志を継ぐ男たちは真相に到達出来るのか……。

 奇矯な殺人手段、被害者を繋ぐミッシング・リンクを謎の中心に据えた構成は『クリムゾン・リバー』に似ているが、映画のための脚本だからということもあるのだろう、本書の方がより大胆で起伏に富んだ展開を見せている。ミステリとしては説明不足なところが多いが、怪人対名探偵の対決をメインに据えた構想、グラン・ギニョール風な残酷趣味、そして19世紀パリを闇の迷宮都市として描く『オペラ座の怪人』風なゴシック趣味は、いかにもフランス・ミステリらしい昏い娯楽性を堪能させてくれる。こってりとした映像美学満載の映画版も必見の傑作。 (bk1ブックナビゲーター:千街晶之/ミステリ評論家)

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紙の本残響

2002/01/30 22:15

夫の虐待がきっかけで身に付いた特殊能力を事件解決に生かすヒロイン

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 異界の村で起きた殺人を描く『風精(ゼフィルス)の棲む場所』や吸血鬼居住区を舞台にした『Vヴィレッジの殺人』など、このところ幻想的設定の本格ミステリを意欲的に発表している柴田よしき。本書『残響』は、それらの作品の中でも群を抜く出来映えを誇る連作短篇集である。

 ヒロインの鳥居杏子は、かつて暴力団員・石神と結婚し、それなりに幸せな生活を送っていたが、彼の暴力がもとで流産してしまう。自分の子を殺した事実に耐えられなかった石神は、杏子に暴力をふるい、彼女に責任を押しつけることで罪の意識から逃れようとする。そんな日々を過ごすうち、杏子に過去に誰かが発した声を聴き取る能力が発生した。その能力によって、近所で起きた殺人事件を解決に導いた彼女は、やがて石神と離婚し、歌手として第二の人生を歩もうとする。しかし、そんな彼女の能力をどこからか聞きつけて、未解決事件の真相を暴いてもらおうとする人々があとを絶たない。しかも厄介なことに、彼女の能力は、石神と一緒にいるときにしか発動しないのだった……。

 特殊能力を持った探偵役は決して珍しくないけれども、自分を虐待した相手と一緒でなければ能力が発動しないため悩んでいる探偵役というのは、ちょっと他に例がない。しかし彼女は第一話「呟き」で、石神のいないところで一度だけ、過去からの声を聴き取った。独りでもこの特殊能力を発動させることは可能なのか、自己の可能性に挑んでみる杏子。そんな彼女のもとに、好むと好まざるとに関わらず舞い込んでくる事件の数々。ある事件が自分の特殊能力のせいで起きたことを知った彼女は、力を封印すべきではないかとまで悩むのだが……。
 果たして杏子は石神の呪縛から逃れられるのか、そして彼女の特殊能力はどうなるのか。読み進めるうちに、読者は彼女を応援せずにいられなくなるに違いない。

 第一話で杏子と知り合い、やがて彼女の友人となる警視庁の女性刑事・葵をはじめ、脇役の人物造形もきめ細やかで、読者の共感を呼ぶ。デビュー作『RIKO——女神(ヴィーナス)の永遠』以来、女性であることの喜びと苦しみを女性ならではの視座から描いてきた著者だが、本書はその独自のテーマ性と、ミステリとしての巧みな仕掛けが矛盾なく融合した秀作であり、彼女の新たな代表作と呼ぶに相応しいのではないだろうか。 (bk1ブックナビゲーター:千街晶之/ミステリ評論家)

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紙の本QED式の密室

2002/01/30 22:15

「QED」シリーズ第5作!「陰陽師」の謎に挑む!

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 博覧強記の薬剤師・桑原崇が、百人一首、六歌仙、童謡「かごめかごめ」などに秘められた歴史の謎と、連関して起こる現代の殺人事件の謎とを並行して解いてゆく「QED」シリーズの第5作である本書のテーマは「陰陽師」。ここで語られるのは、崇と友人の小松崎が知り合うきっかけになった事件でもある。

 昭和61年4月、明邦大学に入学したばかりの桑原崇は、ふとしたことで弓削和哉という学生と知り合った。彼の祖父で、陰陽師の末裔の家に婿養子として入った弓削清隆は、昭和31年、密室状態の書斎で変死を遂げていた。事件が起きたとき、弓削家には三人の人間がいたが、その中の誰一人として清隆を殺害することは不可能だった。事件の捜査を担当したのは小松崎の祖父・岩築虎蔵だったが、結局は自殺ということで決着がつく。しかし、陰陽師が使役するという“式神”の存在を信じる和哉は、清隆に陰陽道を学ぼうとして断られた木津川という男が、“式神”に命じて祖父を殺したに違いないと主張するのだが……。

 シリーズ中、分量的に最も短いだけあって、密室殺人の謎解きはシンプルそのもの。謎解きの前提となる伏線はわかりやすすぎるほどなので、真相を見破るのはさほど難しくはないだろう。
 むしろ著者の本領が発揮されているのは、陰陽師が手足の如く使役する“式神”とは何者かという問題についての推理だろう。平安時代の高名な陰陽師・安倍晴明にまつわる数々のエピソード——百鬼夜行に遭遇し、隠身の術で難を逃れた話、烏の糞をかけられた貴族の災難を救った話、藤原道長にかけられた呪詛を祓う話、貴族たちに請われて、式神の力で蛙を殺した話など——が、ある視点から再解釈することで全く別の様相を呈してくるあたりは、まさに著者の独壇場。優雅な平安絵巻の背景に隠された恐るべき真実が、読者を慄然とさせることだろう。最近の国産ミステリとしては短めだが、緊密な構成は大長篇に引けをとらない。

 なお本書は、講談社ノベルス20周年を記念した、歴代メフィスト賞作家による密室テーマ競作の第1回配本に当たる(同時配本は森博嗣『捩れ屋敷の利鈍』)。本そのものがあらかじめ封印されて密室を象っているという凝ったつくりからして、本格ファンの興味をいやが上にも惹きつけるではないか。 (bk1ブックナビゲーター:千街晶之/ミステリ評論家)

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紙の本鏡の中は日曜日

2002/01/30 22:15

作品内で一体何が起こっているのか?現時点での著者の最高傑作

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 世の中には、ストーリーの要約を拒む小説というものが、確かに存在する。『ハサミ男』で第13回メフィスト賞を受賞してデビュー、『美濃牛』『黒い仏』といった問題作を発表し続けている異才・殊能将之の最新長篇『鏡の中は日曜日』は、その最右翼に属するミステリだ。
 1987年、異端の仏文学者・瑞門龍司郎とその家族らが住む鎌倉の「梵貝荘」。深夜、訪問客の弁護士が殺害され、現場には何故か1万円札が撒き散らしてあった。居合わせた名探偵・水城優臣の推理によって、事件の真相は完膚なきまでに暴かれたかに見えた。しかし2001年、探偵の石動戯作のもとに、殿田という編集者から事件の再調査をしてほしいという依頼が、半ば強引に持ち込まれた。

 ……といったあたりまでしか、この小説の内容を紹介することは出来ない。しかも、これは全3章のうち第2章の発端部分の紹介であり、50ページ以上ある第1章の内容は完全に紹介不可能なのである(というか、何が書いてあるのかさえ見当がつかないという読者も多いだろう。そこで本書を放り投げてはいけない、と忠告しておく)。

 本格ミステリをコケにするかのような破天荒な趣向で賛否両論を呼んだ前作『黒い仏』とは異なり、本書は読み手によっては「単なる水準作」と評価される可能性もある。そのような判断に対しては、あらかじめ断固として「否!」と言っておこう。確かにフーダニット、ホワイダニット、ハウダニットといった要素のひとつひとつを、個別に取り上げてみるなら月並みな水準にしか達していないことは事実である。むしろ本書の読みどころは、作品内で一体何が起こっているのかを推測するという、ホワットダニットの興味にあるのだ。そこを勘違いすると、本書は決して娯しめない。

 普通、どんでん返しの多い本格ミステリというと、探偵役の多重推理によって真相が二転三転するようなタイプの作品を指すものだが、本書の場合、推理の前提が次から次へと姿を変えることによって、事件の全容そのものが、オーロラの揺らめきにも似た微妙な変貌を遂げてゆくのである。しかもその変貌は天才音楽家が作曲したピアノ・ソナタのように繊細を極め、この上なく美しい(正直なところ、ミステリを読んで「美しい」という感想を抱いたのは久しぶりである)。
 巻頭の登場人物表には「K**大学生」と記されているのに本文ではぬけぬけと「京都大学生」になっていたり、巻末の参考・引用文献に綾辻行人の館シリーズがずらりと並べられているなど(綾辻をおちょくっているとしか思えない)、相変わらず邪悪無類で芸が細かいユーモアのセンスもそこかしこで炸裂しており、読者の期待を裏切らない。

 前作ほど衝撃度が強くないぶん話題には上りにくいかもしれないが、個人的には、現時点での殊能の最高傑作だと思う。 (bk1ブックナビゲーター:千街晶之/ミステリ評論家)

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紙の本快楽殿

2001/12/27 22:16

幻の雑誌をめぐって起こる連続殺人事件の謎

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 昭和30年代初め、あらゆるタブーに挑戦した耽美雑誌『快楽殿(けらくでん)』が創刊された。SM、フェティシズム、同性愛など、当時は“変態性欲”として世間から忌避されていた類の性愛をテーマとした特集で一部で話題を呼んだが、僅か6号で廃刊となり、今では古書コレクターたちが血眼になって捜すレア・アイテムと化している。
 盛岡でオンライン書店を経営している矢城和之は、地元の大富豪で古書コレクターの漆原恭之輔から、『快楽殿』の中でも幻の号とされる6号を入手するよう依頼された。ただし、タイム・リミットは一カ月。6号が幻と形容されるのは、印刷所の火災のせいで、見本の数冊を除いて大半が灰と化したからで、漆原の財力と情報力をもってしても入手出来ずにいるありさまだった。

 ところが、秘密の依頼だったはずなのに、矢城が『快楽殿』捜しに乗り出したことは古書業界内にたちまち知れ渡ったらしく、彼の周囲で不審な事件が相次ぐ。まず、『快楽殿』に関する情報を持つ神田の古書店主が何者かに殺害された。謎めいた動きを見せる矢城の師匠格の古書店主、スペイン留学中に死別した矢城の元恋人の関係者、京都で辣腕を振るう悪名高きブックハンター、『快楽殿』創刊に関わったフランス文学者等々、怪しげな人々が矢城の周囲に出没し、事件が次々とまき起こる。『快楽殿』に魂を奪われた連中が奪い奪われの犯罪ゲームをエスカレートさせる状況下で、矢城は幻の雑誌を入手出来るのだろうか……。

 本書に登場する『快楽殿』のモデルは恐らく、3号まで澁澤龍彦が責任編集を務め(最終号である4号の編集は平岡正明)、三島由紀夫や土方巽や澁澤本人のコスプレ写真が話題を呼んだ伝説の耽美派アングラ雑誌『血と薔薇』ではないだろうか(刊行時期は昭和40年代だが)。現在でこそ、SMや同性愛はある程度の市民権を得ているが、数十年前はまだまだ世間的には白眼視の対象であり、故にこそ異端の美学を標榜することも可能だった。そのような異端世界の「業」に、古書コレクターの世界の「業」がプラスされるのだから、物語はより濃密で救い難い「業」で暗澹と塗りつぶされることになる。そう、本書は理性ではなく情念によって構築されたミステリだ。

 基本的に、ミステリとホラーの2本柱を創作の軸としている森真沙子。このところ『朱』『化粧坂』などと、歴史ホラーの意欲作が続いていたが、本書は久方ぶりに超自然的要素のない純粋サスペンス小説として、ミステリファンの注目を集めるだろう。 (bk1ブックナビゲーター:千街晶之/ミステリ評論家)

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実在の事件をモデルにしつつ、仕掛けを凝らした本格ミステリ

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 横溝正史が「帝銀事件」からヒントを得て『悪魔が来りて笛を吹く』を、「津山30人殺し」を踏まえて『八つ墓村』を書いたように、推理作家が実際に起きた事件を小説の題材に選ぶことは珍しくない(これはなにも日本に限った話ではなく、例えばアガサ・クリスティーも、リンドバーグ2世誘拐殺害事件を『オリエント急行の殺人』に重要モチーフとして取り入れている)。しかし、折原一ほど実在事件を作中に取り入れたがる推理作家も、ちょっと珍しいと思う。

『冤罪者』の発想源となったのが、冤罪を証明された男が娑婆に出てから殺人事件を起こした「小野悦男事件」、『失踪者』 の場合が「少年A事件」だとすると、同じシリーズの最新作である(といっても、それぞれ独立した話なので発表順に読む必要はない)。本書『沈黙者』のもとになった事件は……と、思わず書いてしまいそうになったが、まだ記憶が生々しいし、未解決でもあるから(2001年11月現在)、固有名詞をここで記すのは控えておこう。もっとも、開巻劈頭、年も明けて間もなく発生した一家惨殺事件が描かれている……と書いただけで、「ああ、あの事件ね」と、大抵の読者は見当をつけるだろうけれど。

 ただし、作中の惨殺事件は(現実の事件と異なり)生存者がいた。何者かに襲撃された田沼家の20歳の娘、ありさである。そして、彼女の弟である17歳の引きこもり少年が消息不明になっていた。重要容疑者が未成年ということで捜査が難航しているうちに、同じ市内に住む老夫婦の惨殺死体が発見される。鑑定の結果、殺されたのは田沼一家惨殺とほぼ同じ頃と判明した。

 この大事件の捜査状況の描写と並行して、微罪で警察に突き出された男が、警察でも裁判所でも刑務所でも自分の実名を名乗らなかったため、心証を悪くして6年の実刑を食らった……という小事件(こちらの事件にも実際のモデルが存在する)が語られる。大事件と小事件のあいだにどのような繋がりが存在するのか——というのが本書の読みどころだが(巻頭にビル・S・バリンジャーの『歯と爪』が引用されているところから、バリンジャーへの挑戦と解釈することも可能だ)、かなりシンプルな仕掛けであるにもかかわらず、それを見抜くのは困難だろう。

 シリーズ前2作と比較すると、折原ミステリの大きな特徴と言えるアクの強いキャラクター造型は、本書では影を潜めており、意外にあっさりした印象を受けるので、著者のこれまでの作品が肌に合わなかった読者にもお薦め出来る(逆に、ファンは物足りなさを覚えるかもしれない)。また、(これは『失踪者』もそうだったが)これまた著者の作品には珍しく希望に溢れたハッピーエンドで締めくくられているあたりも、何か作風の変化のようなものを感じさせる。 (bk1ブックナビゲーター:千街晶之/ミステリ評論家)

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紙の本ボトムズ

2001/11/29 18:16

アメリカ探偵作家クラブ最優秀長篇賞受賞。幻想的なイメージも見事

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 ランズデールというと、これまでは主に『罪深き誘惑のマンボ』あたりに代表される猥雑で破天荒なハードボイルド作品が紹介されてきたが、実は彼は、世界幻想文学大賞やブラム・ストーカー賞を繰り返し受賞しているホラー作家でもある。そんな彼の知られざる一面(あくまでも日本では、ということだが)が、ミステリの骨格と融合している作品が本書『ボトムズ』である。
 1933年夏、テキサス東部の片田舎マーヴェル・クリーク。治安官を父に持つ11歳の少年ハリーは、妹のトムとともに、森の奥で黒人女性の惨殺死体を発見する。近辺では過去にも同じような手口の殺人事件が起こっていたが、殺されたのが黒人ばかりということで、白人の住人たちは等閑視していたのだ。やがて新たな犠牲者が発見され、頭に血が上った白人たちは、ハリーの父の制止を無視して、老いた黒人を犯人扱いしようとする。
 ……と粗筋を紹介すると、「あれ? その話は読んだことがあるぞ」という向きもおられるのではないか。そう、本書は、アル・サラントニオ編のホラー・アンソロジー『999—狂犬の夏—』に収録された中篇「狂犬の夏」の長篇化である。基本的な物語は変わっていないが、登場人物は増えているし、脇筋もいろいろと追加されている(脇筋とはいえ、本筋と密接に絡んでいるから、読み較べることによって著者の作家的力量を窺える)。
 ジェフリー・ディーヴァーの『エンプティー・チェア』などを読めばわかるように、アメリカとひとくちに言っても、南部の田舎の住人が北部のエリートに向ける敵意には並々ならぬものがあるようだ。まして本書の舞台は1930年代前半のテキサス。一般的にはアメリカ西部だという印象が強いが、全米第2位の面積を持ち、その東部ともなると既にアメリカ南部と言ってもいい。現在でさえ、例の同時多発テロの直後、アラブ人やイスラム教のモスクへの的外れなリンチが全米で一番多かったというくらいの野蛮な土地柄なのだから、当時は推して知るべし。黒人が互いに殺し合おうと知ったことではないが、黒人が白人を殺すのは許せない——という連中が多数派を占める町で、黒人を白人と対等の存在として扱おうとするハリーの両親は、一部の白人住民から白眼視されることになる。しかし一家は、あくまでも自分の信じる正義と理想を貫き通そうとする。その清々しさが、事件の凄惨さを幾分か減殺しているので読み心地は良い。特に途中から登場するハリーの祖母ジューンが、無力感にうちひしがれて酒におぼれるようになった息子(ハリーの父)の代わりに、孫と一緒に素人探偵として事件の捜査に乗り出すくだりには、思わずこちらも声援を送りたくなる。
 重いテーマを内包した物語だが、読み終えてみるとどこか寓話的・空想的で、リアリズムからやや離れた場所を漂っている印象がある。それは、老いたハリーが少年時代の出来事を回想している——という語りのスタイルにも由来しているが、森の奥を異形の怪人が徘徊したり、竜巻に巻き込まれた男が、一緒に巻き込まれて回転する女性の死体を目撃したりといった、幻想的なイメージが随所に用意されているからでもあるだろう。著者の幻視者としての一面を窺わせる傑作である。 (bk1ブックナビゲーター:千街晶之/ミステリ評論家)

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紙の本死の殻

2001/11/29 18:16

古さを感じさせない、英国新本格の巨匠ブレイクの初期作品

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「戦後本格ベストスリーに入る」という華々しい売り出し方をされたジル・マゴーンの話題作『騙し絵の檻』は、容疑者一人ひとりの特徴を明瞭に描くことで、ラストの謎解きを成立させたパズラーだったと思う。キャラクターの描き分けが出来ていないという評価もあったが、謎解きのための最低限のキャラクター描写はきちんと押さえられているのだから、批判するには当たるまい。過剰にエモーショナルに走らない人物造型は、いっそ禁欲的で清々しい。
 さて、このような作風はどのような流れから発生してきたのだろうか……と考えているところに翻訳されたのが、英国新本格の大物ブレイクの初期作品(1936年発表)である本書。かつて「別冊宝石」73号に訳載されたことはあるが、一冊の本として刊行されたのは今回が初めてである。

 数々の伝説に彩られ、空の英雄と讃えられてきた元飛行士オブライエンのもとに、復讐を誓う脅迫状が届いた。私立探偵のナイジェル・ストレンジウェイズが彼の護衛に当たることになったが、殺害予告の日であるクリスマス・パーティが果てて後、オブライエンは死体となって見つかる。パーティに集ったのはいずれも一癖ありげな男女ばかり。更に傷害事件・殺人事件が相次ぐ中、ナイジェルの推理は真相に辿りつけるだろうか。

 本書の結末はかなり意外である。そしてその意外性を成立させているのは、まずキャラクターの性格を読者に印象づけ、それを前提として謎解きを構築する——という心理的探偵法である。こういう性格だったからこそ、彼(彼女)はこのような行動をとったのだ、といった調子でナイジェルは論理を展開させてゆく。
 容疑者一人ひとりのキャラクターの書き分けを謎解きの論拠とするタイプのミステリは、書き手が下手だと誤魔化されたような印象を読者に与えがちなものだが、深みのある人物描写に裏打ちされた本書は、多くの読者を納得に至らせるだろう。ブレイクはこのような作風を更に展開させていった作家なので、演繹推理に徹した代表作『殺しにいたるメモ』あたりよりも本書の方が、彼の作風の特色を味わうには適しているのではないだろうか。
 無論、心理的探偵法の見事さのみに本書の美点があるわけではなく、作中で複数起きる事件の配置ぶりにも、読者の推理を誤った方向へ導こうとする工夫が凝らされている(しかもその工夫は、読み終わるまでそれに気づかせないほどに巧妙を極める)。オーソドックスでありながら古さを感じさせない稀有な古典本格として一読をお薦めする。 (bk1ブックナビゲーター:千街晶之/ミステリ評論家)

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紙の本彼女は存在しない

2001/11/16 22:16

心に傷を負った人々の苦痛や苦悩がリアルに描かれたミステリ

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 第5回メフィスト賞受賞作『記憶の果て』以降、<笑わない男>安藤直樹を探偵役(?)とするシリーズを講談社ノベルスから続々と刊行して若い読者層の人気を集めている浦賀和宏が、初めて他の出版社から上梓したノン・シリーズ長篇である。

「あの、失礼ですけど、アヤコさんではないですか?」——見知らぬ女から声をかけられたことをきっかけに、恋人の貴治とともに不可解な事件に巻き込まれてゆく香奈子。妹の亜矢子が多重人格者ではないかという疑念に苛まれる大学生の根本。このふたりの若い男女の視点から交互に語られるのは、多重人格者が関与していると思しき殺人事件だ。物語が進むにつれて謎は次第に深まり、血腥い惨劇は留まるところを知らない。ラストに待ち受ける、哀しくも衝撃的な真実とは?

 浦賀といえば、トラウマを抱えた人々のひりひりするような心理描写を得意としてきた作家だが、本書においても、心に傷を負った人々の苦痛や苦悩、あるいは人間の愛憎やエゴイズムが、読者にもダイレクトに伝わってくるほどリアルに描き込まれており、まさに著者の独壇場と言える苛烈な作風を示している。とはいえ、かなりどろどろした内容なのに不思議に澄明な印象を受けるのも、この作家の得難い持ち味だろう。

 また、(これはいい意味で言うのだが)本書は著者のこれまでの作品群の中では最も「一般受け」する小説ではないだろうか。安藤直樹シリーズは、連作のすべてを通読しなければ著者のやりたかったことが見えて来ない構成になっており、従ってそれぞれを独立した作品として評価することが難しいという点をネックとして抱えていたし、ノン・シリーズの『眠りの牢獄』にしても、それまでの著者の作品を読んでいる読者ほどひっかかりやすいトリックを特徴としていた。しかし、本書の場合、独立した長篇としての完成度が非常に高い。安藤直樹シリーズに溢れていた実験性やオリジナリティという点ではややおとなしさを感じるが、保守的なミステリ読者をも満足させ得る伝統的で端正な作風を示しているので、これまでの作品より広範囲な読者に受け入れられやすい筈である。

 いかにも「仕掛けがありますよ」と言わんばかりの構成なので、読者は「騙されてなるものか」と眉に唾をつけて読み進めるだろうが、ラストの着地は鮮やか、期待が悪い方向に裏切られることはまずないだろう。折原一『冤罪者』や殊能将之『ハサミ男』といった近年流行りのサイコ・パズラーの歴史に新たなる一ページを追加する快作として、これまで浦賀の小説を敬遠してきた読者にこそ読んでいただきたい。 (bk1ブックナビゲーター:千街晶之/ミステリ評論家)

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紙の本墜落のある風景

2001/11/16 22:16

ブリューゲルの名画をめぐる蘊蓄も楽しめるミステリ

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 著述に専念するため、妻と娘を連れて田舎に引っ越した哲学者マーティンは、近隣の地主トニーから、所持している絵画の鑑定を依頼された。美術にも関心を持つマーティンは、そのうちの一枚が北方ルネッサンスの巨匠ブリューゲルの未発見の真作であることに気づいてしまった。芸術の真価など理解しない俗物のトニーにこの絵を独占させておいていいはずがない。マーティンは、どうにかして絵を我がものにしようと策謀を巡らせる。ところが、事態は思わぬ方へと発展し……。

 自分の行為を正当化しようと理屈を並べ立ててはいるものの、このマーティン、やっていることはどこからどう見ても犯罪以外のなにものでもない(その意味で、本書は倒叙ミステリの一種に分類し得る)。しかし、一方で彼は実に憎めないキャラクターでもある。というのも、その行動が(客観的に見て)かなり間が抜けているせいだ。完全犯罪で終わるはずの計画がどんどん狂ってゆくのを、なんとかして軌道修正しようとする彼の慌てぶりは、読んでいて涙ぐましいほどである。

 作品全体を覆うユーモアのセンスはかなりブラックで、例えばサイモン・ショー(『ハイヒールをはいた殺人者』『殺人者にカーテンコールを』など)、キリル・ボンフィリオリ(『深き森は悪魔のにおい』)、ジェフ・ニコルスン(『食物連鎖』)、ナイジェル・ウィリアムズ(『ウィンブルドンの毒殺魔』『毒殺魔の十二カ月』など)といった英国作家の小説を愛好する読者なら、必ず本書にもニヤリとするはずである。

 本書のもうひとつの大きな魅力は、謎に包まれた部分の多いブリューゲルの生涯を、彼の描いた絵画に図像解釈学を適用することによって読み取ってゆく点にある。ブリューゲルが生きていた頃のネーデルラント(現在のオランダ)で、カトリックの牙城たるスペインから派遣された軍勢によるプロテスタント迫害が行われていたことくらいは私も知っていたけれど、本書で描かれているほどその迫害が凄絶なものだとは知らなかった。スペインの宗教裁判所は、すべてのネーデルラント国民を異端として処刑せよとまで宣告したらしい。この暗澹たる狂信と流血の季節を、プロテスタントの画家ブリューゲルはいかにして生き延びたのか。その絵解きは、ちょっと高橋克彦の浮世絵ミステリにも似た知的興奮を味わわせてくれる。

 英国ミステリを特徴づける二本柱たる「黒い笑い」と「知的遊戯性」とを兼備したこの小説、「通向け」の逸品として今年の翻訳ミステリの中でも異彩を放っている。解説によると著者はミステリ・プロパーの人ではないらしいが、こういう特異な才能を掬いあげた東京創元社の選球眼は、流石に老舗だけあって侮り難い。 (bk1ブックナビゲーター:千街晶之/ミステリ評論家)

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