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服部滋さんのレビュー一覧

投稿者:服部滋

65 件中 1 件~ 15 件を表示

一編集者と歌人の「ひたくれないの生」の記録

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 このずっしりと重い、800頁を超える文庫本を手にし、クリーム色のカバーに印刷された「黒衣の短歌史」という漆黒の文字を、なにか信じられないような思いで目にしています。幾度か新版が出たけれど、わたしにとっての『黒衣の短歌史』は、煙草の脂でビニール・カバーが茶色く変色した潮新書のそれであり、その思いは今までも、そしてこれからも変わることはないでしょう。
 中井さん——、わたしが現代短歌に興味をおぼえた頃、繰り返し読んだ本が2冊あります。1冊は三一書房版現代短歌体系の第11巻——中井さんの推輓で20歳の天才歌人・石井辰彦を世に送り出した記念すべき1巻——、そしてもう1冊が潮新書の『黒衣の短歌史』でした。

 そんな、手垢がつくほど繰り返し読んだ『黒衣の短歌史』を——、その標題に込められた中井さんの思いを、そのときのわたしが——やがて編集者として著者とまみえることになるなど思いもよらぬ学生のわたしが、理解していたとは決して申しません。旧弊な「歌壇」を相手に若き編集者がいかに悪戦を強いられたかよりも、そこに引用されていた塚本、岡井、葛原、春日井らの歌を、現代短歌への導きの糸として無邪気に愛唱していたにすぎません。村木道彦の傑作——、

 秋いたるおもいさみしくみずにあらうくちびるの熱 口中の熱

の、潮新書版の誤記「おもいさびしくみずにあろう」が本書でもそのまま踏襲(?)されているのを、思いがけず旧知に出合ったかのように微笑ましく読んだことです。

 中井さん——、わたしがあらためて本書を手にとったのは、申すまでもありません、このたび初めて「完全収録」されたあなたと中城ふみ子との往復書簡34通を読みたいがためにほかなりません。

 冬の皺よせゐる海よ今少し生きて己れの無惨を見むか

と歌い、乳癌のため31歳で夭折した中城ふみ子を——、その凍空に打ち上げられた「冬の花火」のような一瞬の光芒を人の目に焼き付けんがために、中井さん、あなたがどれほどの献身をなさったかは周知の事実です。
 「関心はその作品にだけあった」とあなたは書いていられます。「どこにその作家本来の泉があり、どこを掘り進めば清冽な水が滾々(こんこん)と尽きることなく湧くかの手助けをする以外、ほとんど心を動かされたことはない。悲痛な呻きもその深淵の叫びも、反対に無垢の明るさも恣(ほしいまま)な若さも、すべてどう作品に投影されているかだけが関心事だった」と。

 むろんその言葉をわたしは毫(ごう)も疑うものではありません。病床から書き送った中城ふみ子の歌稿へのあなたの批評は「いいかげん、生ぬるい、全く余計、だらしない、ナマな表現、ひどいや、駄目」と秋霜烈日、容赦がありません。しかしそれは、ふみ子の才をだれよりも認めたがための愛情あふれる「酷評」であること、一目瞭然です。
 だがそれにしても、我ガ心、木石ニ非ズ——、ふみ子の才能への愛がふみ子その人への愛となり、いつしかなりまさってゆくさまを、この34通の書簡は稀有のドラマとして如実に伝えている、といえば、中井さん、あなたはきっと苦笑なさるでしょうね。手を一閃して虚空から掴み出した一輪の薔薇が萎れるのをぼくはただ哀傷したにすぎない、と。でもわたしはこの書簡集を一読し、こう確信しないではいられませんでした。中城ふみ子は、「オンナノコギラヒ」の中井さんが生涯に心から愛した数少ない女性のひとりであったにちがいない、と。そうでしょう、ね、中井さん。
 本書を読み終えて記憶の底から甦ったのは、齋藤史さんの次の一首でした。

 死の側より照明(てら)せばことにかがやきてひたくれないの生ならずやも

(bk1ブックナビゲーター:服部滋/編集者 2002.05.14)

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向田邦子の孤独を共感をこめて描き出す

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 あの高島俊男が向田邦子について本を書いた。しかも書き下ろしで、となると、いやでも興味をそそられずにはいない。タイトルがなんと『メルヘン誕生』というのだから、読む前から期待は高まるいっぽうだ。一気に通読して、結論を先に言えば、これは「買い」です。いますぐショッピングバッグに入れなさい。お金は後でいいから。

 「わたしが向田邦子を知ったのは、彼女が飛行機事故で死んで、四年ちかくもたってからであった」と著者はあとがきに記している。中国現代文学の研究会の仲間に薦められて読み始めたのだという。著者は向田邦子のどこに惹かれたのか。どこに惹かれて一冊の本を書こうと思いたったのか(そういえば、著者は週刊文春の連載に「戦後の小説家の新カナ作品で(・・・)ちゃんと読んだのは向田邦子くらいのものである」と書いていた)。

 むろん向田邦子の書きものの魅力ということもあるだろう。だがそれ以上に、向田邦子のなかにひそんでいる「あるもの」への共感が大きな牽引力となっている。それを著者はこう書いている、「ひとことでいえば、向田邦子がわたしをひきよせたのは、そのひけめであった」と。

 「昭和三十年代のころには(・・・)人とちがう道を歩く者は、いつも周囲の無言の圧力を感じて、ひけめをいだき、うつむいて歩かねばならなかった。それまで一流のコースをあゆんできた者ほどそうであった」。それは「ほとんどやくざな道」であり、「さびしい、孤独な道」だった。同じ脇道を「自分よりすこし前に」(著者は七学年下だそうだ)歩いた向田邦子に著者が心惹かれるのは当然のことだろう。「向田邦子のことを書いているのか自分のことを書いているのか、わからなくなることがあった」とまで書く著者の、「自分のこと」とは何か。それについて著者は多くを語らない。おそらくは、東大の大学院を出て中国文学の研究者として将来を嘱望されながら「途中で走るのをやめてしまった」、そこから生じた「ひけめ」を指すのだろう。その経緯を縷述し、「自分のこと」を得得と述べたてるほど著者は厚顔ではない。そうする代わりに著者は向田邦子にことよせて自らを語った、「これは『わたしの向田邦子』」だと書く所以である。

 だから、というべきか。向田邦子が「家庭」をもたず(著者もそうであるらしい)、栄光と裏腹の挫折を、ボードレールの詩にいう「愛しき悔恨」を、身に沁みて感じていたといささか強調しすぎる嫌いがなくもない。多くの向田邦子について書かれたもののなかに本書を置いてみれば、その異様さは際だつはずだ。だが(それ故に)、そこにこそ本書の存在価値があることはいくら強調してもしすぎることはあるまい。

 向田邦子の書きものについての評は、公平無私、情に溺れることはない。批判すべきところは「愚劣」「粗雑」「ズサン」と容赦ない。一方、称賛すべきは「傑作」「心の底から感歎した」と手放しだ。私は本書から多くを学んだ(それについて書くべきだったろうか)。しかしそれは著者の他の書物にずいぶん多くのことを教わったのと同断である。

 本書の頁を閉じたとき、誰もが向田邦子の作品を読み返したくなるにちがいない。そして、著者のフィルターをとおして立ち現れた向田さんに、それまで以上の、たまらない親近感を感じるにちがいあるまい。当然のこととはいえ一企業の社史まで参看して、邦子の父向田敏雄の人物像をくきやかに浮び上がらせた著者の功績を特筆しておきたい。 (bk1ブックナビゲーター:服部滋/編集者 2000.07.29)

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高山探偵、推理小説という「謎」を解く。

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 思うに高山さんの本を読む愉しみは、隠されたものが白日の下に曝される場に立ち会う快楽にある、といえるのではなかろうか。本書を読んであらためてそう思った。そしてそれは、推理小説を読む愉しみにも通じているということを。ひとつの死体という謎に始まり、謎の真相をエクスポーズ(暴露)するのが推理小説だとするなら、《高山ワールド》は我々が常識として見過ごしているものに実は大きな謎がひそんでいることをエクスポーズする、そこに大きな違いがあるというべきだろう。
 誰も不思議に思わなかったものを指差して、高山さんは「それってヘンじゃない?」と疑問を投げかける。「そういわれるとヘンかも」と思ったら、すでに術中にはまったも同然だ。「それはね、実はこういうことなんだよ、ワトソン君」と高山探偵の謎解きがはじまる。博引傍証、次々と繰り出される目もあやな証拠物件にあっけにとられているうちに、読者は知らず知らず説得されてしまっている。香具師とかぺてん師とか面と向かっていわれもする、と高山さんは書いているけれど、その知の椀飯振舞の比類なく歯切れのいい口上は、大道香具師のタンカバイを思わせなくもない。

 本書は、高山さんの既刊本や単行本未収録のエッセイから、推理小説をテーマにしたものを「集め」たものである。召喚されるのは、ホームズ、ドラキュラ、切り裂きジャック、チェスタトン、クリスティー、ヴァン・ダイン、クイーン、それに乱歩、虫太郎etc.。まずは巻頭の表題作「殺す・集める・読む」で、なぜほかならぬ19世紀末の「世紀末的感性」の中から推理小説が、すなわちホームズが登場したのかと高山さんは問いかける。
 ヴィクトリア朝のロンドンは、農村から大量に人口が流入した「生のメガロポリス(巨大都市)」であると同時に、疫病が蔓延し墓地が満杯になった「陰鬱なネクロポリス(共同墓地)」でもあった。コレラ、そしてインフルエンザの大流行によって死の意識に囚われたブルジョワたちの間に奇妙なブームが到来する。インテリア・カルト(室内崇拝)である。

 さまざまな珍奇で高価な物品を「集め」、飾り立てることで死の意識を外(エクス)に置く(ポーズ)——室内は一種のアジール(避難所)であり、ドイルの描く推理小説は「死をタブーとする室内文化の中に、いわば必ず結末があり解決がつくという条件の下に死を一時の阿呆王(モック・キング)として許容するという、死の祝祭装置」として、さらには世紀末を覆った「倦怠」を紛らわせる娯楽として人々に耽読された。殺人を娯楽(「甘美な戦慄」)として享受する感性は、『ハンニバル』に熱狂する現代人といささかの隔たりもない。あるいは、ヴィクトリア朝の人々の異常なほどの「健康」への執着も、一方にエイズ禍を置いてみれば現代の健康ブームとおどろくほどよく似ている。
 ちなみに、珍奇なものを「集め」て供覧に付すロンドン万国博が開催されたのが19世紀中葉。以降、パノラマから映画の発明へと世界は挙げて《視の快楽》に狂奔する。エクスポーズする感性の集約がエクスポジション=博覧会にほかならない。

 「ヴィクトリア朝の娘はだれしもシダやキノコの名の二十くらいはすらすらと言うことができた」(リン・バーバー『博物学の黄金時代』)というほど、この時代はまた博物学に狂った時代でもあった。顕微鏡がブームとなり、「細密狂い」の支配する文化のなかで、細部を観察することによって隠されたものを白日の下に曝すホームズ流探偵術が喝采を浴びたのは当然といえるだろう。殺人が密室で行われるのも、むろんインテリア・カルトと無縁ではない。
 こうして推理小説の細部を観察することで近代という時代の文化の相がくっきりと見えてくる、これは小さいながら「とてつもなく大きな本」なのである。 (bk1ブックナビゲーター:服部滋/編集者 2002.02.20)

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紙の本レヴィナスと愛の現象学

2002/04/02 22:15

レヴィナス老師に捧げる愛のルフラン

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 『ためらいの倫理学』でブレイクした内田先生、今年は相次いで著書を刊行されるご様子、ファンのひとりとして愉しみである。3月末に晶文社から『〈おじさん〉的思考』が、6月20日に文春新書で『寝ながら学べる構造主義』がそれぞれ刊行される(HP≪内田樹の研究室≫からの情報)。
 ところでその『寝ながら〜』の原稿を編集者が読んで、≪「間主観性」も「分節」も「オープンソース」も全部チェックが入≫ったそうである。つまりアカデミズムのジャーゴンは使わずに、というか、使う場合はわかりやすく噛み砕いて説明した上で使いなさいね、ということらしい。≪とにかく「たとえ話」を必ず入れて「あ、あのことね」というふうに読者が腑に落ちる説明をしてください、というのが編集者からの要請である。「たとえ話」ならいくらでも思いつく。むしろ、今回の原稿では、終わりなく「牛のよだれ」のように繰り出す「たとえ話」を実はひそかに自制したのである≫と内田先生は書いておられる。≪これ一冊で世界が分かる≫とのことなので、おおいに期待したい。

 さて本書は、内田先生ご自身が「邪悪なまでに難解」とおっしゃるレヴィナスの思想の読解書である。ちくま学芸文庫の『レヴィナス・コレクション』にさんざ手古摺った当方としては恐る恐る手にとったのだけれど、さ〜すが内田センセ、しょっぱなから村上春樹を例に出してお得意の「たとえ話」でサービスしてくださっている。ありがたや。
 たとえば、現象学のキイワードであるノエシス‐ノエマ構造はこんな風に解説される。Fの鉛筆を見るたびにセーラー服の女学生を思い浮かべる、という村上春樹のエッセイを例に、「対象のそのつどの特殊な現れ方」をフッサールは「ノエマ」と呼んだ、という。ちなみに内田先生は「銀色のスバル・インプレッサ」に見えるそうである。そうした無数のノエマのさまざまな現れ方をとおして私たちは「対象の本質」を把握するのだけれども、それはいろんなノエマを足し算することで到達するのでなく直観によって導かれるものであって、たとえば1軒の家を見たとき、表しか見えなくても裏にお勝手口もついているということを把握する、というような形で「全きノエマ」に触れるのである。ほら、もう2つも「たとえ話」が出たでしょ?

 同じものを見ていながら、人がいかに違うように受け取っているかに驚いた、という経験は誰しもあるにちがいない。セーラー服の女学生と銀色のスバル・インプレッサのように。だけど私たちは、それが「同一の対象」すなわち1本の鉛筆であることを知っている。それは「私たちが同一対象を間主観的な仕方で構成しているからである」。若きレヴィナスはフッサールの現象学にふれて生涯をつらぬく「哲学的な問い」を手にする。それはこういうものである。

 「ひとはいかにしておのれ自身の外へ出て、他者に出会うことができるのか」

 これはフッサールの関心とは異なる。ここで、レヴィナスはフッサールに訣れを告げて自らの道を歩み始めたのだろう。おっと、歩み始めたところでスペースが尽きてしまった。ごめんね。本書の主題「愛の現象学」のスリリングな論述については各々本書にあたられたい。

 「この本の著者はレヴィナスの『研究者』ではない。レヴィナスの『弟子』である」と内田先生が書いておられるように、本書には「レヴィナス老師」への愛が横溢している。最後に私もひとつ「たとえ話」を披露してこの文を締めくくろうと思う。
 かつて桂文楽は、「汚いたとえ話だけれど、かりに三遊亭円馬師匠が…」と心持ち頬を染めながら言ったそうだ。「げろをなめろといやァなめましたねえ、——なめます」
 この話を紹介した安藤鶴夫はこう感想をもらしている。
 「惚れて惚れて惚れ抜く師匠を持つということはなんという幸福であろうか」 (bk1ブックナビゲーター:服部滋/編集者 2002.04.03)

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紙の本批評という鬱

2001/11/26 22:16

吉本隆明にとって鬱とはなにか

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 関川夏央が新著『本よみの虫干し』(岩波新書)で興味深いエピソードを紹介している。ある書評の会に出席したとき、関川の推薦した片岡義男の小説を「同席した大学の文学の先生が即座に否定した」のだという。「人間が書けていない。表面をなでているだけで、これは文学ではない」と。関川は「『内面』が描かれないことが先生には不満なのだな」と思ったと感想を記している。
 文学とは人間を描くものであり、そのためにはその人間の「内面」を描かねばならない——。こうした文学観は、柄谷行人が『日本近代文学の起源』で指摘したように、明治期の言文一致運動によって「内面」が「発見」されて以降のものである。そして日本の近代文学は「要するに『近代的自我』の深化として語られ」てきた(柄谷、同書)。くだんの「文学の先生」もそうした文学的常識を無邪気に口にしたにすぎまい。

 三浦雅士は最新評論集『批評という鬱』の表題作を「近代的自我」なる章から始めている。柄谷行人がカッコつきで用いた「近代的自我」とは文学史上の符牒のようなものだが、三浦雅士によればそれは近代的個人の「内面のありよう」を指し、個人が「行為に踏み出すときのその意志のありよう」が「主体」と呼ばれる。そして60年代の「実存主義の流行とともに、近代的自我の確立は、いつしか主体性の確立という問題へと移行していったのである」。
 ところでこの表題作「批評という鬱」には「吉本隆明ノート」という副題が付されている。三浦は吉本隆明の『言語にとって美とはなにか』におけるキーワード自己表出・指示表出にふれて、北村透谷の内部生命論を媒介に「近代的自我が、さらに高度に抽象化されて、自己表出という概念にいたった」と述べる。『言語にとって美とはなにか』から『初期歌謡論』『源実朝』『源氏物語論』と吉本の著作をたどり、この自己表出という概念が吉本の「内面」——「現世を回想するように生きるこの病、すなわちメランコリー」——から発していることを論証するのがこの一篇のモチーフであるといっていい。

 「自己表出という概念は、吉本隆明の鬱を一身に引き受けて、この関係の絶対性から踏み出すべく成立したのである。吉本隆明にとって批評とは、鬱の表出、鬱からの表出以外の何ものでもなかった」

 「三島由紀夫の悲しみ」と「吉本隆明の哀しみ」、すなわち「形式こそ違え、『仮面の告白』と『エリアンの手記と詩』に横溢する悲哀はほとんど同じものと言っていい」と三浦は言う。「近代作家の多くが、エイリアンすなわち異邦人の思いとともにあったことは疑いないだろう」と。北村透谷、樋口一葉、国木田独歩、芥川龍之介、太宰治、三島由紀夫といった作家たちとメランコリーとの近縁性を指摘し、「なぜ鬱が多くの人々を魅了したのか」とかれは問う。
 だが、と私は思う。川端康成から村上春樹にいたるまで、メランコリーと無縁の作家などいた例はないではないか、と。畢竟、文学とはメランコリーの別名、否、メランコリーそのものではあるまいか。メランコリーと無縁の人間にはたして文学が必要だろうか、と。

 「批評という鬱」は書き下ろし。ほかに長短4篇を収める。巻頭の「『青春の研究』序説」は、本書と同時期に刊行された長篇評論『青春の終焉』(講談社)のためのスケッチだろう。「批評という鬱」にかんしては、論の当否はひとまず措くとして、吉本のそれぞれの著作、とりわけ論じられることの比較的少なかった『初期歌謡論』『源氏物語論』を論じた章から貴重な示唆を受けた。本論もまた大部の吉本隆明論への助走とならんことを庶幾する。 (bk1ブックナビゲーター:服部滋/編集者 2001.11.27)

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上野千鶴子と浅田彰の蒙を啓いた画期的理論書。

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 <セジウィックによってホモソーシャルとホモセクシャルの概念的な区別が登場したことで、目から鱗のような大きな転換がおきました>と語っているのは上野千鶴子さん。<浅田彰さんなんか「上野さんはホモソーシャルとホモセクシャルを混同してたんだよね」って軽く言うけど、あんただって、分かってたわけじゃないでしょうと言いたくなる。(笑)>(竹村和子さんとの対談、『現代思想』1999年1月号)
 アカデミズムの二大知性を震撼させ、「ジェンダー研究」にパラダイム転換をもたらした本書の、ではいったい何が「目から鱗」だったのか。

 私たちの生活している社会は、男のインタレスト(利益=関心)が優先される仕組みになっている——たとえば「仕事か、結婚か」の二者択一で悩む男はいない、ということですね(寿退社というオプションは、男にはうらやましかったりもするのですけど、これはこれで結構リスキーな選択だったりもします)。これを家父長制社会、あるいは父権性社会といいます。
 で、その家父長制社会には、強制的異性愛が組み込まれている、というのが次のステップ。異性愛者というマジョリティが、異性愛が「自然」であると、あの手この手で幼児期から異性愛イデオロギーを押しつける。その結果、同性愛者は「自分はヘンタイじゃないか」と悩んだりすることになる。つまり家父長制社会では<同性愛は必然的に嫌悪されることになっている>わけです。これをホモフォビアといいます。なぜ異性愛イデオロギーを押しつけるかといえば、家父長制社会では、<女性を交換可能なおそらくは象徴的な財として使用>するからです(これはレヴィ=ストロースの人類学的知見によるものです)。

 ホモソーシャルとは<同性間の社会的絆を表す>用語ですが、家父長制社会においてはとりわけ男同士の絆が緊密であり、そこにはホモフォビアと、もうひとつミソジニー(女性嫌悪)が顕著である、とセジウィックは書いています。男同士の絆が緊密であればあるほど、同性愛とまぎらわしくなる。そこで「ホモソーシャルとホモセクシャルを混同してたんだよね、ごめんごめん」といわれないために、彼らは同性愛を嫌悪し、徹底的に排除する。
 一方、女は男同士の絆をおびやかす存在として排除される。つまり<女性は、男同士の絆を維持するための溶媒>であり<男性に奴隷のように隷属する>かぎりにおいて存在が許されるわけです。「女性と奴隷は同類であり共生している」とハンナ・アーレントがいったように。こうして、ホモソーシャルとホモセクシャルを概念的に区別することによって、ジェンダーの権力支配のシステムが明確になったわけです。

 本書は、シェイクスピアからディケンズにいたる文学作品の読解を通じて、家父長制社会におけるホモソーシャルな体制を明らかにしてゆくわけですが、サブタイトルに「ホモソーシャルな欲望」とあるように、ホモソーシャルとホモセクシュアルとは一方で<潜在的に切れ目のない連続体を形成している>。この連続体については、本書の続編ともいうべきセジウィックの『クローゼットの認識論』(青土社)から引いておきます。
 <男性のヘテロセクシュアル・アイデンティティと近代の男権主義文化とは、それら自体を維持するために、広く行きわたりしかもそもそも男性に内在する同性間欲望を、スケープゴートにするような形で顕在化させることを必要とする>。つまり、自らの欲望を外化してホモセクシュアルに投射し嫌悪する、こうしてホモフォビアが構築されるわけですね。やれやれ。
 セジウィックは、この<公式>を安易に使って論文を書いちゃだめよと戒めている。<各自が極めて綿密な分析を行う必要がある>と。わかりましたか、学生諸君? (bk1ブックナビゲーター:服部滋/編集者 2001.05.31)

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デザイナー、法廷に立つ。

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 日曜の朝は、といっても限りなく昼に近い、時には昼を過ぎた朝なのだけれど、薄い珈琲を飲みながら新聞の読書欄に目を通すのを習いとしている。その日(3月18日)もいつものように新聞を見ていたら、こんな文字が目に飛び込んできて「おおっ」と思わず唸ってしまった。

 「(略)デザイナー鈴木一誌と版元朝日新聞社との対決を超えて、日本の司法がデザインをどう捉えているのか、その現状と問題点を提示する。(略)」

 筆者は都築響一。3人の筆者が、自分の推薦する本を各々3冊ずつ取り上げて、短いコメントを付す<新刊・私の◎○>というコラムで、コメントの内容よりもどんな本を取り上げるかに筆者のセンスがかかっている。高橋源一郎の新刊『もっとも危険な読書』と同様、そこでは選書じたいが批評なのである。
 朝日新聞の読書欄で本書を◎で推薦する都築響一のセンス、てゆーか、あえていえば勇気はなかなかのものだ。書評のホンペン(長い方のやつ)じゃ、とうてい無理だろうけどね。ゲリラ戦という昔懐かしい言葉をちょっと思い浮かべてしまった。

 さて本書。朝日新聞社が発行する年度版現代用語事典『知恵蔵』をめぐる、デザイナー鈴木一誌と朝日新聞社との係争の「全記録」である。とはいえ、編者の名が示すように、編集は明確に鈴木一誌の立場に立っている。朝日新聞社の立場からはまた別種の「記録」がありえよう。読者は、鈴木寄りの位置で、一傍聴人としてこの裁判に立ち会うこととなる。
 争点は、簡略化していえば、デザイナーはレイアウト・フォーマットに著作権を主張し得るか否か。レイアウト・フォーマットとは、紙面の割付の基本型で、1行何字で1頁何行×何段、文字の大きさや書体、図版やキャプションはどう処理するか、といったことを予め決めたもの。これがなければ本は作れない。

 発端は、『知恵蔵』の編集長が、『知恵蔵』のデザイナーである鈴木一誌に、次年度のデザインを鈴木に委託するつもりはないが、従来の鈴木発案になるレイアウト・フォーマットは引き続き使用したい、及びそのフォーマットの自由な改変を承諾してほしい、と申し入れたことにある。ついては<「金銭で解決できるなら金額を示してほしい」「一行一四字は、世の中にいくらでもあるから」>の発言があったという。
 むろん、1行14字だろうが43字だろうが、あるいは1頁17行だろうが、「世の中にいくらでもある」。この発言が、デザインに対する当編集長の認識に発するものなのか、あるいは遠回しの恫喝なのか審らかにしないけれども、いずれにせよこの発言が事実であるなら「不見識」の一言に尽きる。

 本書によれば、ことの発端が1993年の3月10日。以降、2年後の1995年3月22日の鈴木による提訴、1998年5月29日第一審敗訴、そして1999年10月28日の東京高裁における控訴棄却に至るドキュメントを集成した本書は、再び都築響一の評言を引用すれば<全メディア、デザイン関係者必読>であり、また一般読者にとっても、リーガル・サスペンスと言わないまでも興趣尽きない読み物ではあろう(そのための工夫は随所に窺える)。
 鈴木一誌は提訴に至る心境を、監督加藤泰のシナリオ『許せぬ!!』に仮託して語っているが、私はこの大部の書物を卒読して、鶴田浩二の歌の文句(「何から何まで真っ暗闇よ」)やら大江健三郎のエッセイのタイトル(「強権に確執をかもす志」)やらをゆくりなくも想起した。むろん私一己の感慨に過ぎぬけれども。
 ちなみに今年2001年度版『知恵蔵』の表紙には<全面ヨコ組み新装刊>の文字が麗々しく掲げられていた。なんでわざわざ読みにくくするんだろうね。 (bk1ブックナビゲーター:編集者/服部滋 2001.03.31)

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紙の本土門拳の伝えたかった日本

2000/11/03 00:15

阿吽のごとく——土門拳の憤怒と慈愛

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 久しぶりに見る土門拳の写真に新たな感動を覚えた。どの写真もすでに見なれたものばかりだというのに見るたびに胸を強く打つ、そんな写真家はぼくにとっては土門拳だけだ。

 「絶対非演出の絶対スナップ」——土門拳が自らの方法論を披瀝した有名な言葉だ。作為的な演出を排し、直感的にシャッターを切ること。「ワイドならワイド一本でいく」と決めて、絞りもシャッター速度も距離も固定して、「一切の森羅万象をその条件においてのみ断ち斬る、また断ち斬ってみせるぞ、と男らしく腹を据えるのである」。
 いかにも土門拳らしい言葉だ。露出計なんていらない、ファインダーなんか覗くな、と乱暴な言葉も出てくるけれど、このいわゆる「リアリズムの方法論」と呼ばれるものは、実はちっとも「方法論」なんかではない。「絶対非演出の絶対スナップ」であろうと「カメラとモチーフの直結」であろうと、その「方法論」に基づいて撮ったからといって、当然ながら誰もが『ヒロシマ』や『筑豊のこどもたち』のような写真を撮れるわけではないからだ。

 若き日の大江健三郎はかつて次のように書いた。「土門拳は一九五九年に日本人がいかに原爆と戦っているかを描きだす。それは死せる原爆の世界をではなく、生きて原爆と戦っている人間を描きだす点で、徹底して人間的であり芸術の本質に正面からたちむかうものだ」(1960年、「土門拳のヒロシマ」、『厳粛な綱渡り』講談社文芸文庫所収)
 『ヒロシマ』の土門拳は怒っている。腿の皮膚を剥ぎ取って顔に植皮する少女の代わりに怒っているのではない。胎児で被爆し、急性骨髄性白血病で死亡した「鳥のように清潔で美しい少年」(大江、同)の憤怒を代弁しているのではない。彼らを襲った苛酷な災厄、それが自分と同じ人間の手によって惹起されたという不条理に静かな憤りを滾らせているのだ。「戦っている」のは彼らだけではない。「戦っている人間を描きだす」ことにおいて土門拳もまた戦っているのだ。

 いっぽう『筑豊のこどもたち』の土門拳は慈愛にみちている。貧しくて弁当を持ってこれなかった小学生の女の子が、アルマイトの弁当箱を広げている隣の少年から顔を背けて一心に雑誌に見入っている写真がある。少女雑誌を持つ手の、そして首筋のこわばりが、見る者にたしかなリアリティをもって伝わってくる。貧しいって、ときに切ないものだね。きみはきみの切なさにじっと耐えているんだね。ぼくは何もしてあげられないけれど、きみの切なさだけはわかっているよ——。シャッターを切る土門拳の心のうちの呟きが聞こえてくるようだ。

 憤怒と慈愛。土門拳があれほど仏像に惹かれ多くの写真を残したのは、そこに自らの内面を凝視しようとしたからだ。そういってみたい誘惑にかられる。つまるところ「方法論」とは、土門拳という個性と切り放せない彼の心拍、呼吸のようなものだ。ぼくたちは土門拳のように写真を撮ることはできないけれど、土門拳の撮った写真を見て、土門拳のまなざしを共有することはできる。否、いつのまにか彼のまなざしを通して対象を見ている自分に気づかされる、といったほうが正確かもしれない。

 本書には『風貌』『室生寺』『ヒロシマ』『筑豊のこどもたち』『古寺巡礼』『文楽』といった、1950年代から70年代にかけて発表された写真集から選ばれた182点の写真と、作家・写真家たちのエッセイが多数収録されている。印刷のクォリティは高い。定価を抑えたのは、一人でも多くの読者に手に取ってもらいたいという願いからにちがいない。
 「21世紀に残したい本は?」と問われたら、ぼくはこの写真集を真っ先に挙げるだろう。 (bk1ブックナビゲーター:服部滋/編集者 2000.11.03)

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紙の本黒旗水滸伝 上巻 大正地獄篇

2000/10/12 00:15

百と八つの群雄割拠して、日本を、亜細亜を舞台に、戦争と革命がせめぎ合うカーニバレスクな一大絵巻。

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 昨99年、ちくま文庫から出た『決定版ルポライター事始』を手にしたときの軽いショックは今でも記憶に鮮やかに残っている。「ああ、こういう人たちによって労さんの遺志は受け継がれてるんだな」。竹中労という毀誉褒貶の激しい、しかし、たぐい稀な熱い志をもった「もの書き」の幸福を思った。

 たぐい稀な、そう、竹中労のような「もの書き」は現在、辺りを見渡しても皆無であり、おそらくは、今後も二度と出てこないだろう。
 敗戦直後、浅草界隈の焼跡・闇市を徘徊し、共産党細胞でありながら「ストリップ小屋に入りびたり、パンパンや浮浪児・やくざ・故買人を友として、泥棒は正義であると統制物資強奪・偸盗を」働き、党を除名される(『決定版ルポライター事始』)。この根っからの無頼の人は、終始無告の民に寄り添いつつ、右翼・左翼の弁別を超越した無政府主義のアジテーターとして生涯を全うした。

 ——竹中死去の第一報が巷にながれた1991年5月20日払暁、横浜駅のシャッターがおりた壁に銀色のペンキで、「竹中労死す!」と大書された。寿町(山谷とならぶ関東二大窮民街)在居の、労働者の手によるものであった。(『決定版ルポライター事始』)

 そんな作家が他にいるだろうか——。
 おそらくは、そんな竹中労の文章に惹かれ、志に共鳴した人たちの尽力で『決定版ルポライター事始』が、『断影/大杉栄』(ちくま文庫)が、そしてこの大部の『黒旗水滸伝』が刊行された。実務にたずさわったのは夢幻工房という。いずれの本もその細心の校注、著作目録等を瞥見するだけで、無比の理解者(竹中流にいえば「理会」か)であると知れる。

 『黒旗水滸伝』は、1975〜80年、今はない新左翼系論壇誌『現代の眼』に連載された絵物語。かわぐちかいじのコマ割りの絵に拮抗するように、独得の竹中節が労労と響く。
 時は大正、ニッポン低国(労さんお得意のフレーズ)が自由民権の明治近代からぐいっと転回し、列国に伍して版図拡大に拍車をかける転形期。本書腰巻のコピーを拝借すれば「革命家、美女・妖女、テロリスト、大陸浪人、快人・怪人が織りなす大正アナキズムの世界!」ときたもんだ。まさに百と八つの群雄割拠して、日本を、亜細亜を舞台に、戦争と革命がせめぎ合うカーニバレスクな一大絵巻……おっと、労さんの張り扇調がつい伝染しちまった。

 本書の副題に「大正地獄篇」とある。第2部「昭和煉獄篇」、第3部「戦後浄罪篇」と続く予定だったという。そう、完成すればこれは竹中労の壮大なる神曲、神聖喜劇となるはずであった。
 竹中労自ら「稗史」という。しかり、事実の退屈な叙述なんざ糞くらえ、歴史の真実にこそ理会せよ、労さんは斯くアジテートする。それこそが竹中流ルポルタージュの真髄だ。だからというべきか、大正を語るそばから現代がぬっと顔を出す。いわゆる「キネマ旬報事件」——76年の白井佳夫編集長解任、同誌連載中の竹中「日本映画縦断」連載打切り——だ。

 稀代のアジテーターが“氷の涯”に見据えているものはただ一つ、夢幻工房子が正しく喝破した如く「それは、時代をさかのぼって現在を撃ち、未来を先取りする営為であった。」(『決定版ルポライター事始』)
 労さん、本当にいい理会者を得たね。
 なお、本サイトの「竹熊健太郎のマンガ千夜一夜」、 第7回「竹中労と『黒旗水滸伝』」 も是非お読みいただきたい。 (bk1ブックナビゲーター:服部滋/編集者 2000.10.12)

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紙の本素白先生の散歩

2002/03/06 22:15

天下の逸品「素白随筆」を味わおう

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 「いつも素白先生である」と編者の池内紀氏は解説で云う。「なぜか、こうなる。素白さん、素白氏、どれもいけない。やはり素白先生だ」
 そはく、と訓む。本名は岩本堅一。明治16年生れ。早稲田大学(当時は東京専門学校)を卒えて、母校の麻布中学で教鞭を執る。教え子に国文学者の伊藤正雄がいる。
「強度の近眼鏡の中からギョロリとした目を光らせて、頬に微笑を湛えながら、歯切れのいい江戸っ子弁で説出される明晰な講義は、私に大へん好ましいものに思われた」と、著書『忘れ得ぬ国文学者たち 新版』(右文書院)に、伊藤正雄は恩師の思い出を認めている。当然「素白先生」である。師の随筆は「まことに天下の逸品というを憚らない」とも。小説家の広津和郎も教え子のひとり。『年月のあしおと 上』(講談社文芸文庫)に「作文を見て貰っていた」の記述がある。

 麻布中学に十数年在任の後、素白先生は早稲田高等学院教授となる。このときの教え子に小説家の結城信一がいる。結城信一は、爾後も素白先生と親交があったらしく、戦後まもなくの頃、「岩本素白をしばしば訪れる」の記述が『結城信一全集』第1巻(未知谷)の年譜にある。当然「素白先生」であろう。
 「岩本素白翁」と書くのは国文学者の森銑三(『新編明治人物夜話』岩波文庫)。「岩本翁のことを思うと、それだけで、心の澄んで来るのを覚える」と女学生のごとく恋情を告白する。森銑三は素白先生より12歳年下。さらに6歳下に国文学者の稲垣達郎がいる。素白先生が早稲田大学国文科の教授となった2年後の大正13年、稲垣達郎は同国文科に入学する。後にエッセイ集『角鹿の蟹』(講談社文芸文庫)に、「世間に目立つようなことの一切を好まれなかった」素白先生の思い出を記す。反骨、反俗の人とも。稲垣達郎は学生の頃、早大教授で歌人の窪田空穂が主宰する歌誌『槻(つき)の木』の創刊に参加し、短歌や小品文を発表する。空穂の同僚であった素白先生もまた『槻の木』に多く随筆を発表した。

 並外れた潔癖さで作物の公刊を固辞した素白先生の生前の著書は3冊。死後、全3巻の全集に纏められたが、入手しがたくなって久しい。このたびの1巻本選集の刊行は欣快の至り。種村季弘氏は本書を評して「何といっても品川宿をはじめとする東京の下町や、武蔵野の面影がのこっている郊外の散策記が絶妙である」と述べている。
「荷風のような人の語りのこした東京を、いわば大人のなかの子供の目を通して微細に描き込んだ細密画を見る思いがする」と。至言である。私なんぞの感想は書かでもの事。ただ素敵に面白いと而已(のみ)。
 素白先生、昭和36年没。享年78。「六十年間渝(かわ)らざる親交をつづ」けた空穂は、畏友の死を悼んで数首を捧げた。

  わが魂引き入れらるる思ひもて柩のうちの素白に見入る

「語を絶する感あり」と、詞書に記している。 (bk1ブックナビゲーター:服部滋/編集者 2002.03.07)

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紙の本キューブリック全書

2002/02/18 22:15

誰でも名前だけは知っているくせに本当はよく知らないキューブリックのすべてについて教えましょう。

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 この本の翻訳者の内山一樹という名前に見覚えのある方はかなりの映画通、ていうかキューブリック通にちがいない。今から10数年前に『Kubrick』というタイトルの研究書がある映画雑誌の増刊号として刊行されたが、その編集に全面的に協力した(というより実質的な編者だった)のが内山さんである。キューブリックに関しては、おそらく彼が日本でいちばん詳しいにちがいない。その雑誌の無能な編集者だったぼくは内山さんをキューブリック博士と呼んでいまも尊敬している。

 本書は、その『Kubrick』を「大幅に拡大・充実させた」ような感がある、と内山さんが<訳者あとがき>で書いているように、本書の構成は内山版キューブリックのスタイルをそのまま真似て拡大したようなものだ。だから彼が「ちょっと悔しい」というのは、すごくよくわかる(原著者はこのスタイルはThe Complete Hitchcockで確立されたと書いているが、ふん、内山版キューブリックを知らないんだな)。だけど「悔しい」というのは、なにも真似されたからというわけではない。わがキューブリック博士は、「極東の島国」の貧しい文化環境に切歯扼腕しているのである。資料へのアクセスの利便さ、充実したアーカイブといった点で、彼我には天地の開きがある。テキはなにしろマルクスが『資本論』を書くためにこもった大英博物館のある国だからね、相手が悪いや。
 むろん原著者もキューブリックに異常な愛情を捧げる英国のキューブリック博士だけあって、作品のスタッフ・キャスト一覧を掲げるのはこの手の研究書なら当然だが、本書ではクレジットされていないスタッフ・キャストまで載っけてるんだからね。この一事をとってみても、彼のフリークぶりがわかるというものだ。おそらく、そのマニアックさに刺激されたのだろう、訳書ではさらにコンプリートを目指すべく<日本公開日><日本版宣伝コピー><入手可能な日本版ソフト>等々を加え原著を補うべく努めている。感謝しろよな、デイヴ!(原題はThe Complete KUBRICK)。

 だから本書は、著者が嬉々として集めた——たとえば、<コーエン兄弟の『赤ちゃん泥棒』(87)では洗面所のドアに、『博士の異常な愛情』の呼び戻し暗号である「POE」と「OPE」という文字が書かれている>といったエピソードに感心したり、<(『アイズ・ワイド・シャット』で)トム・クルーズの「恐らく君が僕の妻だからさ!」というイントネーションは、『シャイニング』でジャック・ニコルソンが彼自身の妻に言う言葉を思い起こさせる>といった指摘に「おいおい」と突っ込みを入れたりしながら楽しむのが著者の意にかなった読み方だというべきだろう。
 ちなみに内山版キューブリックでは、『時計じかけのオレンジ』で主人公アレックスの名を報じる新聞が1ヶ所だけ「アレックス・バージェス」(バージェスは原作者の姓)になっているとか、『2001年宇宙の旅』のプロダクション・デザインを手塚治虫が依頼されたといった素敵なエピソードが紹介されている。知ってるか、デイヴ?

 だが、まちがっても「それが映画の芸術性とどういう関係があるのか」などと問い詰めたりしてはいけない。いささかマニアックにすぎるとはいえ、画面に映ってもいない監督の思想とかイデオロギーとかによって映画を性急に裁断するよりは、少なくとも健康的な映画の愉しみ方だとワタシは思う。「神は細部に宿り給えり」ってやつだ。小津安二郎にしろ黒澤明にしろ画面に映るものならヤカンひとつでさえお座なりにはしなかった(画面に映らない机の引き出しの中さえも)。むろんキューブリックも。
 本書は、キューブリックにまつわるものならなんでも好きという原著者と訳者の愛情あふれるコラボレーションによる稀にみる幸福な本である。 (bk1ブックナビゲーター:服部滋/編集者 2002.02.16)

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紙の本ミスター・ヴァーティゴ

2001/12/28 22:15

君がどこにいようと、僕は君と共にいる

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 「12のとき、はじめて空を飛んだ。」
 この帯のキャッチフレーズとアート・スピーゲルマン(『マウス』)のカバーイラストを見ると、誰しもハリー・ポッターのようなファンタジーを思い浮かべるかもしれません。たしかにファンタジーといえばファンタジーにちがいありませんが、その読後感は、おそらく、ハリー・ポッターなどとはずいぶんと異なったものでしょう。なぜなら、帯に「飛翔と落下のファンタジー」とあるように、これは特異な能力を与えられた少年の、文字通り "rise and fall" の物語だからです。

 セントルイスの浮浪児ウォルター・ローリーはイェフーディ師匠に見込まれて、空を飛ぶため血のにじむような修業に励みます。ウォルトを取り巻く人々——やはりイェフーディ師匠に拾われた黒人少年イソップは、虐げられた黒人たちのリーダーになるために、歴史、科学、文学、数学、ラテン語、フランス語etc.を学んでいます。それに“ジプシーの女王”マザー・スーに、もう一人の師匠(パトローネス)ミセス・ウィザースプーン。
 イソップは、ウォルトにいろんな話を聞かせてくれます。ジャックと豆の木、シンドバッド、ユリシーズ、ビリー・ザ・キッド、そしてサー・ウォルター・ローリーの物語。ローリー卿は、ロンドン塔に13年間幽閉されたことで知られる16世紀のイギリスの探検家です。ついでにいうと、ここにもオースター一流の命名へのこだわりがうかがえます(イェフーディは稀代の魔術師フーディーニをちょっと思い出させたりもします)。

 9歳でイェフーディ師匠に拾われたウォルトは、「ベーブ・ルースとチャールズ・リンドバーグの年、永遠の闇が世界を包みはじめたあの年」、1927年に12歳で初めて浮揚し、<ウォルト・ザ・ワンダーボーイ>の名で師匠といっしょに公演の旅を始めることになります。しかし、やがてウォルトの「超能力」にも限界が訪れます。飛べなくなったウォルトは、映画スターになるべくハリウッドを目指しますが…
 ローリング・トゥエンティーズ(荒れ狂う20年代)をローリング・ストーンのようにさすらうウォルトの後半生については本書をお読みいただくとして、ここではフィリップ・プティについて少しふれておきたいと思います。オースターは「綱の上で」(『空腹の技法』)という印象的なエッセイで、フィリップ・プティという綱渡り芸人にふれて「綱渡りは孤独の技法(アート)なのだ」と書いています。

「綱渡りは、死の芸術ではなく、生の芸術なのだ。極限まで生き抜かれた、生の芸術なのだ。すなわち、死から身を隠すことなく、死とまっすぐ対峙する生」

 オースターがこの物語の主人公にウォルター・ローリーの名をあたえたとき、ローリー卿の「死の技法としての、生きることの技法」(「サー・ウォルター・ローリーの死」、『空腹の技法』所収)とフィリップ・プティの「死とまっすぐ対峙する生」とを重ね合わせていたことは間違いないでしょう。孤児ウォルトの人生は、綱渡りにも似た「孤独の技法(アート)」にほかなりません。イソップやマザー・スー、そしてイェフーディ師匠の死と対峙し、最後はたった孤り残されるウォルトのしんしんとした孤独が全篇を底流しています。
 そして、そのなかの一筋の光明のようにひとつの愛が描かれます。イェフーディ師匠がミセス・ウィザースプーンに贈ったプレゼントに添えられていた「たった一センテンス」のメモ。

「君がどこにいようと、僕は君と共にいる」

 本書はオースターのストーリーテラーとしての技量が存分に発揮された物語です。オースターはあるインタビューで「『ミスター・ヴァーティゴ』を書きはじめたとき、ウィザースプーン夫人は登場人物ではなかった」と、語っています。「ただ入ってきて、ただ…現れて、もうそこにいた」。物語の恩寵というしかありません。 (bk1ブックナビゲーター:服部滋/編集者)

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紙の本石神井書林日録

2001/11/28 22:16

初めて名前を聞く人たちばっかり出てくる本がどうしてこんなに面白いんだろう。

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 いやあ、面白い面白い。この新刊ブックレビューでは「面白い」というコトバをなるべく使わないで面白さが伝わるように書くことを心掛けているのだけれど、今回は降参。だって面白いんだもん。ほとんど初めて名前を聞く人たちばっかり出てくる本がどうしてこんなに面白いんだろう。不思議だ。

 本書は、目録で商いをする近代詩歌専門の古本屋さん<石神井書林>の店主の日記で、明治から昭和初期あたりの、あまり人に知られない詩人や作家の話題が中心になっている。たとえば『ゲエ・ギムギガム・プルルル・ギムゲム』、略してGGPGという雑誌の名前がなんども出てくる。これは大正13年に発行された「若き日の北園克衛や稲垣足穂らが活躍したアヴァンギャルド雑誌」で、野川隆という人が編集をやっていたそうだ。
 野川が「生前に残した唯一の著作、題して『九篇詩集』。これもまだ古書市場に姿を現したことはない」と著者は書く(36頁)。ところが149頁では「友人のきさらぎ文庫から古書目録が届いている。パラパラ見ていて目が釘づけになった」。そう、『九篇詩集』が出てたんですね。売価は50万円。高いのか安いのかぼくには見当もつかないけれど、著者が電話をすると「もう売れちゃった」という返事。「電話口の声に気が抜けて、少しホッともする」と書いてるから、うーむ、けっこう微妙な値段だったんでしょうね。足穂によると野川は「初代の江戸川乱歩だった」という(!)。

 タルホといえば、古書展で見つけた『意匠』という昭和17年の雑誌にも足穂が出ていて、読者の通信欄に殿山泰司がこんなことを書いているという。
 「セレナードは窓辺で聞くもので、そして稲垣足穂の『蘆』はあのやわらかい月の光で読むべきでありませう」
 著者は「世の中もう決戦だという時世に、セレナードだの足穂は月の光でだのと、やはり殿山泰司は素敵だ」と感想をもらす。こんなステキなエピソードがこの本にはそれこそ満天の星のように散りばめられている。ふ〜んとかへえ〜とかあれあれとか嘆息しながらあっというまに読み終えて、これほど残りの頁が少なくなるのを寂しく思った本は久しぶりだ。それにつけても、自分がいかにモノを知らないかに呆然とする。いっそ爽快なくらい無知だ。

 伊庭孝遺稿集『雨安居荘雑筆』(昭和12年)という本が出てくる。伊庭は浅草オペラの演出家で、父親は「星亨を刺殺した明治のテロリスト」だったという。本には父に関する記述はないが「着流しでショパンを弾いたという伝説の天才ピアニスト澤田柳吉への追悼文が入っている」。へえ〜。モーレツに興味がわく。
 16歳で詩集『孟夏飛霜』(大正11年)を出し、日夏耿之介に「日本のランボー」といわしめた天才詩人・平井功。かれの未刊の詩集『驕子綺唱』の原稿のコピーがあるという(53頁)。日夏の序文も付いている。古書展とはそんなものも現れる「つくづく不思議な空間である」。ほんとにそうだ。平井は游牧印書局という書肆を起こしたが25歳で獄中で夭折、兄が正岡容(いるる)だそうだ。これも、へえ〜、のクチ。この本の最後に「平井功の原稿のコピー、あれ本にしましょうよ」という手紙が届く、とある。なればいいなあ、と思う。

 こうして書き抜いているとキリがない。201〜202頁のエピソードには感動。ちょっとした短篇小説の味わい。著者が月の輪書林の古書目録にふれて書いた感想は、そっくりそのまま本書にもあてはまる。「何があるかといえば興奮がある。古書の世界が持つ沸騰する面白さがある」。最後に、47頁の尾佐竹猛のルビは「たけき」でしょうね。校正ミスにちがいないが、編集の苦労がしのばれる本だ。 (bk1ブックナビゲーター:服部滋/編集者 2001.11.29)

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河出文庫の澁澤龍彦と薔薇十字社の澁澤龍彦は同じ澁澤龍彦だろうか?

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 ——1962年、ミシェル・ビュトールの『モビール』という奇怪な本が刊行され、批評の総攻撃にあった。

 本書の最終章「バベルのあと」で、著者は一人のフランスの小説家の興味深い試みを紹介している。ちなみに、かつて著者が邦訳紹介したビュトールの二人称小説『心変わり』は日本に<ヌーヴォー・ロマン>ブームを引き起こし、倉橋由美子の『暗い旅』のスタイルに影響を及ぼした…のだけれど、いずれも今では一般に流通してはいない。このような「新しい古典」を図書館の閉架式書庫だけでなく、つねに簡単にアクセス可能な状態にしておくことが文化というものではないだろうか。こうした「モノとしての本」の問題は、サブタイトルが示すように本書の主題でもあるのだけれど、先般報じられた都立三図書館を一元化し同じ本は1冊しか所蔵しないという都教育庁の方針などを目にすると、この国の行く末に暗澹たる思いを抱かざるをえない。彼らはきっと図書館など利用したことがないにちがいない。

 おっと、寄り道が過ぎた。話を『モビール』に戻すと、これはアメリカ合衆国という国をさまざまな引用と無機質な文章——ガイドブック、通販カタログ、歴史書、大統領の言葉etc.——で(しかも活字の大きさやフォントを変えて)表そうとした書物で、美術におけるコラージュやアッサンブラージュ、レディ・メイドの技法につらなる試みだといえる。
 なんにせよ実験的な試みには拒絶反応を催す保守的な連中はどこにでもいるもので、ロラン・バルトが「『モビール』が傷つけたのは《書物》の観念そのものだ」とビュトールの擁護に奮迅したが、ビュトール自身はそんな批判などいささかも意に介さず、印刷の刷り色を変えたり表紙の表裏どちらからでも読める本といったさらに過激な実験を展開する。著者はそうしたビュトールの試みを、彼自身の「『語の明るく輝く王国』という美しい言葉」によって照射している。
 著者はさらにビュトールと画家たちとのコラボレーション《リーヴル・ダルチスト》——アートとしての本、アーチストの本——に言及しつつ次のように書く。

 ——ある作品を上質の紙のページのうえで、みごとに割付られた鮮明な活字印刷で読むことと、粗悪な紙質のうえのぼけた印刷で読むことと、文庫版の小さな活字で読むこととは、断じて同じではない。読みやすさ、読みにくさを超えて、書物の質感と、それのもたらす物質的想像界のちがいがそこにある。こんにちの書物の洪水のなかで、《リーヴル・ダルチスト》は、そういうことの差異の感覚をわたしたちが恢復するための重要な契機たりうるのである。

 たしかに、たとえば澁澤龍彦が60〜70年代の一部の読者にカルト作家として秘教的に読まれたのも、薔薇十字社や桃源社の高価で贅を尽くした装丁・造本といった「形而下」的側面と無縁ではないだろう。ほとんどの主要な著作が文庫本で読めるようになった今、若い読者に澁澤はどのように受け取られているのだろうか。
 一方で、インターネット上のハイパーテキストは道具としての書物を革命的に変えた。先日、必要があってワーズワースの詩の一節が何という題名の詩の一節なのかを検索したのだけれど、ものの5分とかからずに判明し、詩の全文をダウンロードすることができた。図書館では1日がかりでもどうだろうか、というより、そもそも検索する気すら起こらないだろう。本書でも最後に《電子革命》《電子的書物》にふれられてはいるけれど、末尾の1行のようにその未来はいまだ分明ではない。
 ——この本には結論はない。この本はわたしたちのまだ知らぬ何かのほうへと開かれている。

 最後に、本書は古今の作家・思想家たちによる書物論の<引用の織物>——アンソロジーとしても愉しめることを付け加えておこう。 (bk1ブックナビゲーター:服部滋/編集者 2001.11.21)

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紙の本塚本邦雄全集 第5卷 小説 1

2001/11/05 22:16

薄(うす)の契りや、縹(はなだ)の帯の、ただ片結び

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 先に短歌を中心に塚本邦雄全集の紹介文を書いたけれど、ここでは塚本の小説、とりわけそのボーイズラブ小説としての魅力について紹介してみたい(なお、本稿は本サイト<耽美・ボーイズラブ>コーナーに書いた文章の短縮バージョンであることをお断りしておきます)。
 
 かつて雑誌『海』(昭和45年10月号)に掲載されたとき、「折口信夫が書いたようだ」と迢空門下を狂喜させたといういわくつきの短篇小説『紺青のわかれ』。塚本邦雄の小説の特徴は、登場人物の目も綾な命名と蔦のように絡まる錯綜した人間関係にあります。ここでは、雅、繭子、未央子——それぞれ80代、60代、30代の3人の刀自が歌仙を巻いている場面から話は始まります。雅の孫の魚見真昼は、未央子の夫の大学助教授・月館穂丈のゼミで草木染めを学ぶ学生ですが、夏の高原でこの師弟は結ばれちゃうわけです。そのシーン——。

 「いつの間にかはぐれた月館と真昼は、指を真青に染めて無言で夏野を彷徨して夕暮を迎えた。海嘯(つなみ)のように白茅(ちがや)がなびき、若い師弟は溺れて目をつむった。縹(はなだ)の顎が真昼の仰ぐ目の前に紺青をまじえて迫っていた」
 指を染めていたのは、つゆ草を採取していたから。縹は薄い藍色のこと、つまり月館の髭剃りあとってわけですね。

 「——くらやみで冴える蒼の愛を真昼は教えられた。その夜の仮の宿りのひとときにもシーツは夏草の匂いを放ち、月館は胸の汗の冷えてゆく真昼をかたわらに、鴨跖草(つゆくさ)を潰して指先でその青い血をしぼり、自分の脱ぎすてた肌著に絵を描いていた。青い弦月の形が胸のあたりに入り乱れた図であった」(原文は正字正かな)

 汗が冷えてゆくという表現で、ことが終わったのを暗示しているわけですね。上品です。嫉妬した未央子が真昼を誘惑しようとするのですが、真昼は「牡鹿のように身をひるがえして」難を逃れ(笑)ます。おさまらない未央子は真昼の童貞を奪ったと夫に嘘を吐き、月館は失踪してしまうのですが、さらに真昼の父の愛人・星倉黄織の弟・思惟もまた月館とわりない仲で、未央子の画策によってこちらも引き裂かれるわけです。あげくのはてに月館は水死し、真昼もまた事故で死んでしまう「今生の別れ」。まあ、後追い心中といってもいいでしょうね。
 徹底した人工美に彩られたマニエリスティックな狂言綺語——。折口よりもむしろ鏡花、三島の眷属というべきかもしれません。

 ところで表題作を含む短篇小説集『紺青のわかれ』、残念ながらとっくの昔に絶版で今では手に入りません。でも大丈夫。塚本邦雄全集の第5巻に入っています。「ひええ〜っ、9500円もするのォ?」とお嘆きのあなた、そう、するんです。でも、この本には、ほかに2冊の長篇小説『藤原定家—火宅玲瓏』『菊帝悲歌—小説後鳥羽院』と短篇小説集『雨の四君子』の全4冊分が入ってて、どれもが入手困難ゆえにけっして高くはないはず。函入りの美麗本です。もし気に入れば、第6巻、第7巻(いずれも小説)とつづけてどうぞ。華麗なる男色世界があなたを待ってます(笑)。 (bk1ブックナビゲーター:服部滋/編集者 2001.11.06)

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