渡辺 政隆さんのレビュー一覧
投稿者:渡辺 政隆
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2000/10/21 00:17
日本経済新聞2000/3/26朝刊
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PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)法は、DNAの断片一個を短時間でしかも自動的に大量増幅させる魔法の技術である。この発見(八〇年代半ば)がなければ、血液鑑定や親子鑑定はおろかヒトの全遺伝子を解読するヒトゲノムプロジェクトも夢物語にすぎなかった。原理はいたって単純で、細胞が現にDNAを複製している方法を、試験管の中で化学的に反復させるだけのことである。だが、そんなことが可能だとは、誰一人考えてもいなかった。その常識を破ったのがマリス博士である。
バイオベンチャー企業の社員だった彼は、PCRの原理を思いついた業績により、ノーベル化学賞を受賞した。これだけの話ならば、よくある天才科学者の成功物語だ。しかしマリスは、ここでも常識を覆す。大学院ではドラッグにふけり、博士号をとってもまともな職には就かず、PCRの発明で貢献した会社もけんかをして首になる、ノーベル賞受賞発表時には海辺でサーフボードを抱えた写真を世界に配信させる、O・J・シンプソン裁判では傍聴席からテレビ中継を見ている母に手を振る等々、その奇行は数かぎりない。しかもそれは、無邪気な天才のそれというより、世の中の権威に反抗する確信犯的な奇行である。
半自伝的なエッセイ集である本書でも、テレパシーや星占いは非科学的ではない、エイズウイルスがエイズの原因とはかぎらない、超常現象は存在する、理論宇宙物理学はむだな学問だ等々、奇をてらう話ばかりだ。これは、いわゆる「科学的な説明」(仮説検証や対照実験など)を逆手にとった、世の中の仕組みや常識への反抗にほかならない。しかもここで皮肉なのは、これを科学界のアウトサイダーのたわごととして無視できないことだろう。なにしろ彼は、科学界最高の権威とされるノーベル賞の受賞者なのだ。本書を反面教師と読むか、問題提起と読むかは、読者の問題意識しだいである。
(C) 日本経済新聞社 1997-2000
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