サイト内検索

詳細検索

ヘルプ

セーフサーチについて

性的・暴力的に過激な表現が含まれる作品の表示を調整できる機能です。
ご利用当初は「セーフサーチ」が「ON」に設定されており、性的・暴力的に過激な表現が含まれる作品の表示が制限されています。
全ての作品を表示するためには「OFF」にしてご覧ください。
※セーフサーチを「OFF」にすると、アダルト認証ページで「はい」を選択した状態になります。
※セーフサーチを「OFF」から「ON」に戻すと、次ページの表示もしくはページ更新後に認証が入ります。

  1. hontoトップ
  2. レビュー
  3. ナカムラマサルさんのレビュー一覧

ナカムラマサルさんのレビュー一覧

投稿者:ナカムラマサル

170 件中 91 件~ 105 件を表示

紙の本

家守綺譚

紙の本家守綺譚

2004/10/17 16:50

気づきの文学

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

時は明治。
売れない物書きの綿貫征四郎は、学生時代亡くなった親友・高堂の実家の家守をして生活している。
床の間の掛け軸から現れる高堂(の幽霊?)を始め、人語を解しているような飼い犬のゴロー、綿貫に懸想するサルスベリ、庭に突如現れる小鬼や巨大な鳶…
綿貫の周りで起こる幻想的な出来事が穏やかに綴られている。


季節の移り変わりの描き方が、とにかく素晴らしい。
たとえば、春の訪れは以下のように表されている。

—「筍があまるほど貯まってしまった。隣のおかみさんに分けようと、仕分けしていたら、土付きの所に、小さな明るい緑色の山椒の芽生えが着いてきている。豆粒ほどに小さいが、立派に山椒の葉の形をしている。芽吹きの季節なのだ。
春が来たのだった。」

こういった文章を読んでいると、懐かしいような、温かいような気持ちになる。
頭ではなく、身体中を巡る血がそうさせるのだ。
日本には四季があり、その変化に気づく繊細さが、日本人の血液には流れている。
梨木香歩の文章には、このことを実感させる力がある。


本書には、「文明の進歩」に言及している箇所が少なからずある。
一例をあげよう。

—「文明の進歩は、瞬時、と見まごうほど迅速に起きるが、実際我々の精神は深いところでそれに付いていっておらぬのではないか。鬼の子や鳶を見て安んずる心性は、未だ私の精神がその領域で遊んでいる証拠であろう。」

古き良き時代の空気を感じさせながら、一本の芯のように本書を貫いている思想が、この文章に象徴されている。
およそ100年前の人々の暮らしと、現代に生きる私たちのそれと比較すると、「文明の進歩」によって、確かに私たちの生活は飛躍的に便利なものになり、より簡略なものを求める傾向にある。
そのために見えなくなったもの、置いてきてしまったものもある。
それが、四季を愛でる心であったり、与えられるよりも刻苦せんとする精神であったりする。
決して「文明の進歩」を否定しているのではない。
ただ、「電気」よりも「洋燈と蝋燭」の方が、精神に馴染む時代があったことに気づかせてくれるのが本書なのである。
一言で表すなら、「気づきの文学」。


作者・梨木香歩は、現代には稀有にして不可欠の存在である。
平成に生きている私たちに、漱石・鴎外と同時代に生きている錯覚を感じさせてくれるのだから。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

あさ/朝

紙の本あさ/朝

2004/07/13 21:11

一日のはじまり

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

詩人と写真家は似た者同士なのかもしれない。彼らは、私たちが日頃見逃している風景に気付かせてくれる。当たり前だと思って心にも留めない思いを、切り取って示してくれる。
本書は、二人の天才の存在によって可能になった「朝」をテーマにした詩集×写真集だ。
一つ一つの言葉、一枚一枚の写真から、地球の息吹が確かに感じられる。

谷川俊太郎によって生み出された、朝露のようにキラキラしたことばたちを見ていると、「朝ゆえの無垢なこころ」で、朝を迎えることの幸せを実感できる。
—ぼくらは朝をリレーするのだ 経度から経度へと そうしていわば交替で地球を守る
「朝のリレー」という詩の一節を読むと、さわやかな使命感を、かろやかな自負を、感じている自分に気づく。

吉村和敏の撮る天啓のような写真は、この風景の前に自分を立たせたら、目眩を起こしてしまうのではないかと思うほど、美しい。
人間がどうあがいても真似のできない空の色、意志を持っているかのような雲、健気ささえ感じさせる野の草…神に近いところにいる人間だけが見ることのできる景色を見ているようだ。
あとがきで、朝を「再生」のときだと彼は述べているが、見ているだけで希望が涌いてくる写真から、その思いは十分に伝わってくる。

一日が始まる。そのことが、これほど幸せなことだと思わせてくれる本を私は他に知らない。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

海のふた

紙の本海のふた

2004/07/01 21:27

たいせつな友人に読ませたくなる本

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

短大を卒業して故郷の海辺の町に戻ってきた主人公・まりは、かき氷屋を始める。祖母が亡くなり遺産相続のもめごとから隔離させるため、母親が親友から預かることになった、はじめという同年代の娘とまりは共同生活をすることになる。そのひと夏の物語。
世界を赤く染める夕焼け、喜怒哀楽を体で表現しているかのような海、果てしなく続く星空、その中にさえ独自の宇宙をもっているかのような花々…自然の美しさを前にすると、神様が本当に創りたかったのはこれらのものであって、人間なんて余暇程度に創っただけのものなんじゃないか、と思うときがある。本作を読んでいてそんなこを思い出した。それだけ自然の描写が強調されている作品だ。
私達がいかに嘆こうが、怒ろうが、笑おうが、自然はそんなことなどおかまいなしに存在する。自然の偉大さ、人生の短さを思うと、人間なんてちっぽけな存在だと思えてくる。だがその真理をネガティブに受け止めるだけで終わらせないのが、よしもとばななの作品の真髄だ。
ちっぽけな人間の人生を「大した人生」にするには、誇りを持って、地味な努力をして、どんなに小さな夢でも実現させること。さらに大事なのは、その過程で出会った人から愛をもらい、また別の人に分け与える。そして、そのことに感謝する気持ちを忘れずにいること…きれいごとすぎるかもしれないが、この思いに私は強く共感する。
これまでの作品でよしもとばななは、心に傷を負った人間が、信頼できる人との交流の中で立ち直る姿を多く描いてきた。本作では、愛を与える側、受け取る側、両方が成長していく過程を描いている。大切なことは人と人とのつながりで学ぶものなのだ。今まで以上に強く実感した。
5年後、10年後、今年2004年の夏を振り返るとき、私はこの本のことを真っ先に思い出すだろう。5年後、10年後、私は夏がくるたびこの本をひもとくだろう。この本のおかげで今年の夏は特別な夏になるだろう。この本に出会えたことを心から幸せに思う。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

温室デイズ

紙の本温室デイズ

2006/07/28 23:54

教室

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 本書の主人公は中学生の中森みちると前川優子。
2人は大の仲良しだ。
ある日、正義感の強いみちるが「今、この学校ってやばいって思うんです」とホームルームで発言した次の日から、優子を除くクラス全員によるみちるへのいじめが始まる。
どうしていいか分からない優子は教室に来るのを止め、別室登校を選ぶ。
 本書は、みちるの視点で語られる章と優子の視点で語られる章が交互に表れる。
片方はひどいいじめを受けながらも教室に通い続け、もう片方は親友がいじめられている姿を見ているのに耐え切れず教室から離れていく。
 どちらの選択が正しいか、というのは容易に答えが出せる問題ではない。
重要なのは、生徒達がそういった選択に迫られないような学校づくりをしていくことにある、と本書は述べている。
とても課題図書的な1冊だ。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

ひなのころ

紙の本ひなのころ

2006/05/20 18:22

幻想的あの頃小説

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

お人形と話をしていたあの頃。天井の木目が魔女に見えて怖くて仕方なかったあの頃。本書を読むと、そんなあの頃の風景が蘇ってくる。
主人公の風美は、ジグソーパズルの中のシンデレラやかぐや姫とお話をしたり飾り棚に並ぶこけしたちとけんかをしたりする。そしていつもこのように感じている。「家のあちらこちらに棲まうものたちは常に風美を監視している」。
本書は、風美の成長を綴った短編集だが、風美が人ならざるものと交流していたのも、寂しい思いをさせられた子供だからだ、ということが読み進めていくうちに分かってくる。病弱な弟に付きっ切りの両親。なぜか自分のことを叱ってばかりいる祖母。いつしか風美は「産んでもらい育ててもらっている」という謙虚な、そして少し卑屈な思いを抱えた少女に成長する。最終章で両親と風美は思いのたけを打ち明けあうのだが、寂しい思いをしてきたのは自分だけではなかったのだ、と風美が悟る場面では温かいものが胸に宿る。
そして、何より「親より先に死んだらあかん」というセリフが出てきた時に、この物語はここに向かっていたのだと気付かされる。
懐かしくて、少し寂しくて、温かい読後感だ。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

流れ星が消えないうちに

紙の本流れ星が消えないうちに

2006/03/26 19:26

新しい門出

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 主人公、本山奈緒子。都内の大学に進学することがちょうど決まった頃、父に佐賀への異動命令が出され、両親と妹は佐賀へ。奈緒子だけが家に留まることになった。それ以来2年間1人で暮らしている。高校時代から付き合っていた恋人の加地は1年半前に海外の旅行先で交通事故死し、今は加地の友人でもあった巧と付き合っている。いまだに加地を亡くした傷が癒えていない奈緒子のもとに、父が家出して佐賀から単身戻ってくるところからこの物語は始まる。
 恋人を失った心の傷、という話は最近食傷気味ではあるし、プラネタリウムが恋のキューピッドになるあたりはとてもロマンチックで乙女心をくすぐるだろう。コバルト文庫の延長かな、と初めは思っていたのだが、実に読ませる小説だ。あることをきっかけに噴き出してしまう奈緒子の心の傷や、加地が死ぬ前に寄越した手紙を奈緒子に知らせずにいる巧の気持ち、そして新たな世界を求める父の願い、母と妹の苦しみ。登場人物それぞれの胸の内に、いつの間にか惹き付けられていた。そして何よりも、前向きなセリフの1つ1つに説得力がある。そのいくつかをご紹介すると、
「長く生きると、君がはずしてしまったシュートみたいなものを、何度も何度も打つことになる」
「人は当たり前のように悩むし、苦しむし、落ち込む。年を取ったからといって、悟れるわけではない」
「泣きもする。喚きもする。それでもいつか、やがて、ゆっくりと、わたしたちは現実を受け入れていく。そしてそこを土台として、次のなにかを探す。探すという行為自体が、希望になる」
 辛いことのほうにばかり目がいってしまい、途方に暮れてしまう人生の中で、これらの言葉は大きな勇気を読むものに与えてくれる。
毎日が少ししんどくなっている人や、新しい門出を迎え人生について考え始めた若い人たちに、おすすめしたい1冊だ。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

ナイト・ガーデニング

紙の本ナイト・ガーデニング

2006/02/08 19:51

花水木の下で

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 脳梗塞で倒れて以来、左半身が麻痺してしまった61歳のマギー。花水木の咲き誇る季節に運命的な出会いをする。相手は、彼女の隣の家に出入りする63歳の造園家トリスタン。
夜毎、月明かりの中デイトを重ねる2人の姿に、何歳になっても人は恋ができ、恋は人を元気にさせるのだと教えられる。
 「『マディソン郡の橋』の雰囲気をたたえ」—帯の惹句にあるとおり正真正銘の恋愛小説だが、面白いのは、障害者マギーの目から見た彼女の周りの人物評だ。借金苦の息子やアル中の娘、特に介護士のミセス・アレンとのやりとりの描き方が巧い。
 牡丹、薔薇、百合、フロックス、唐松草…。数々の草花が季節ごとに咲き乱れ、草木の生い茂る庭の描写は、ガーデナーの読者にはこの上ない愉しみでもあるだろう。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

Bランクの恋人

紙の本Bランクの恋人

2005/11/19 19:10

とれたての啖呵です

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 年代も境遇も異なる男女が主人公の短編集だ。女たらしの若手営業マンであったり、色事に焦り始めた50代の男であったり、結婚願望の強い42歳のキャリアウーマンであったり、どこにでもいそうなごく普通の人たちの日常をここまで読ませる短編にしてしまうのが平安寿子の力量。
 平作品の面白さは、登場人物たちのキャラクターと、彼らが切る啖呵にあると思う。
—「俺は確かに、自分が一番好きだ。自分への愛情は変わらない。決して、冷めない。だから俺は、寂しくないんだ。」
—「負け犬が贅沢言うな、なんてほざくやつは表に出ろ。」
—「これがわたしの生きる道だって仕事してたら、邪魔をしない、助けてくれる、妻役を過剰に期待しない、そういう人がよくなるの。」
確かにそうなんだけど、ふつう人が言わないでいることをズバッと言ってくれると、読んでいるこちらまですっきりするのだ。
 特に良かったのは、「利息つきの愛」という短編。35歳未婚の薬剤師と42歳のゲイ男との友情が軸となった恋愛物語だが、性差を超えた二人の関係が実に良かった。長編化を強く希望する。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

遠くて浅い海

紙の本遠くて浅い海

2005/10/08 21:30

沖縄の血

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

主人公は消し屋の将司。
消し屋とは、「生きて来た人間の痕跡を消す仕事」。
著者の『凶器の桜」、『消し屋A』という作品には別の名前ですでに登場している人物だが、もちろんヒキタクニオを初めて読む方でも本書はじゅうぶん楽しめる。
冒頭、将司が暴力団の総長を殺すまでの鮮やかな手際にまず引き込まれる。
その後沖縄に逗留する将司に、一人の天才を自殺するように仕向けてほしいとの依頼が舞い込む。
その人物の名は、天願圭一郎。
18歳の時に新薬の基となる物質を発見した天才だ。
10代の頃の天願が、ヤクザの組を一つ潰す挿話が実に読ませるが、何と言っても将司がいかにして天願を自殺に至らしめるかが最大の読みどころだ。
天才対天才の火花散る闘いが堪能できる。
舞台が沖縄であるということが、本書において重要な役割を果たしている。
読後、『遠くて浅い海』というタイトルに込められた意味がひしひしと迫ってくる。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

さよならの空

紙の本さよならの空

2005/04/03 13:49

待てど暮らせど来ぬ人を

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

装丁の良さと、夕焼け空への郷愁から衝動買いしてしまったが、予想していたような単なる環境問題への啓蒙小説ではなかった。

舞台は、オゾンホールの拡大が深刻に問題化している近未来の世界。
テレサ・クライトンという80歳過ぎの教授によって、オゾンホールの拡大を阻止するウエアジゾンという化学物質が開発された。
だが、ウエアジゾンには、夕焼けの色を消してしまうという深刻な副作用があった。

全世界からの激しい非難を浴びつつ、ウエアジゾン散布に伴いテレサは来日する。余命いくばくもないと感じている彼女は、ある人物と再会するためにホテルを抜け出すのだが、目的地への行き方が分からなくて途方に暮れているところ、トモルという少年と、キャラメル・ボーイと名乗る黒づくめの謎の男に助けられる。
テレサは誰に会いに行くのか。キャラメル・ボーイとは何者なのか。謎解きの要素もある。

移動するオゾンホールが日本に出現する物語中盤からは、デザスター小説の様相を呈してきて読ませる。
「黄泉がえり」的な展開には首を傾げたが、科学と科学では説明できないものとの融合を作者は図ったのだろう、と考えることにした。

登場人物のそれぞれが抱える心の闇と、その救済が描かれており、神はどうして人間に手を差し伸べるのではなく戦いを見ているだけなのか、という問いに対して「それぞれの命に敬意を払っているから」と答えを出しているのは、慧眼だと言っていい。
何より、150年後の世界への希望を持たせてくれるラストが清々しい。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

きみに読む物語

紙の本きみに読む物語

2005/02/17 19:32

映画か原作か、それが問題だ

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

小説が映画化されると聞くと、映画を先に見るか、原作を先に読むか、迷うことが多い。
原作に惚れこんで映画を見に行ったらガッカリ、ということはよくあることだろうし、逆もまた然り。
また、映画があまりにもつまらなかったせいで、すばらしい原作との出会いを逸することもあるだろう。逆もまた然り。
本書に関しては、私は映画を先に見てから原作を読んだ。
これで正解だったと思うし、原作を先に読んでいても何の問題もなかっただろう。

アルツハイマーに罹った妻・アリーに若き日の自分たちの物語を読み聞かせるノア。
身分の違う2人は、10代の夏、激しく愛し合い、別れ、14年間お互いを思い続け、再会する…。
この物語を聞いて、妻が思い出を取り戻すことを信じて、彼は毎日同じ話を読み聞かせるのだ。

この原作と映画との大きな違いは、登場人物の描き方だろう。
若い頃の、ノアとアリーと、彼らの障害であるアリーの母親との関係を、映画ではうまく際立たせている。
また、原作にはない、アリーのお転婆ぶりがとても魅力的だ。
彼女をずっと思いながら、立派な家を建てる努力をするノアの姿も、映画では丁寧に描かれている。
ケンカしても磁石のようにまた引かれあう2人の姿が本当に眩しい。
では、原作の方がキャラクター造型に劣っているのかと言うと、そんなことはない。

「彼女は人生でやりたいことを話した。未来に対する希望と夢。それを彼は熱心に聴き、かならず実現すると断言してくれた。その言い方で夢がかなうと信じることができた。彼を大切な人だと悟ったのは、そのときだ。」
「彼だって、以前美しい女たちに出会っていないわけではない。目がそらせなくなったこともある。しかしたいていの場合、いちばん求めている特質に欠けていた。たとえば知性であり、自信であり、強い精神力や情熱だった。つまり、自分ではなく、人に力をあたえ、人を大きくするような性質、彼自身そうありたいと願う性質だ。アリーはそういうものを持っている。」
思わず頷いてしまうこれらの表現から、彼らがお互いのどこに惹かれ、どんなに相手を必要としているのか、深く理解できる。
また、原作の最後には、映画にはない、とっておきの涙が待っている。

何よりも、“わたしはありふれた人間だ。だが生涯一人の女性を愛しとおした。それだけで十分だ”という主人公の生き方から受けた感動は、映画でも原作でも変わらない。
原作、1470円。映画、1800円。両方から受け取った感動、プライスレス。


以上、映画に全く興味のない方には、役に立たない書評で申し訳ない!

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

ぼくのキャノン

紙の本ぼくのキャノン

2005/01/02 15:26

新しい波

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

著者についても、物語のあらすじについても、予備知識ゼロで読み始めて、すぐに度肝を抜かれた。
沖縄が舞台であることと、「ぼくのキャノン」というタイトルから反戦小説だと思い込んでいた。
いや、反戦小説であることには間違いないのだろうが、これほどファンタジックにユーモラスに、このジャンルが書けてしまうものなのかと素直に驚いた。

小学生の雄太と博志と美奈の住んでいる村は、変わっている。
高台には「キャノン様」と崇められるカノン砲があり、村の自治は三人の祖父母によって牛耳られ、何よりこの村はやたらと羽振りがいい。
雄太たちは村の持つ秘密を探ろうとする…。
正直言って、あらすじを説明するのが困難な類の小説だ。
いい意味でハチャメチャなのだ。
口をきわめて説明したところで、この村の摩訶不思議さは伝わらないだろう。寿隊や紫織のキャラもまた然り。

この小説のすごいところは、良きにつけ悪しきにつけ、過去と現在の因果関係の重みを感じさせつつ、最後には、現在の希望が未来につながることを約束する清々しいラストシーンを用意している点だ。
「歴史を忘れないことと怒り続けることは同じじゃない」
沖縄から発せられたこの言葉は、ずしりと胸に響く。
戦争を知らない私たちの世代の、新しい反戦小説だ。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

人のセックスを笑うな

紙の本人のセックスを笑うな

2004/12/29 19:15

青春の蹉跌

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

主人公、「オレ」は美術の専門学校に通っている。
「年のわりに頼りない女の子」のような、20歳年上の講師、猪熊サユリ(人妻)に絵のモデルを頼まれ、ある日いきおいでセックスしてしまう。

主人公はおそらくもてるタイプの男の子だろう。
どうしてその彼が、特に美しくもない20も年上の女と付き合うのか。
その不可思議さを描いたのがこの小説だ。
“恋は理屈でするものではない。”
この言葉を直接使わずに、読み手に悟らせる力量はすごい。

サユリと付き合い始めた頃の「オレ」の恋愛観はかなりクールだ。
「思いやりを持ちつつ、強く、急に一人になっても平気であるように、強い心を持ってつき合いたい。」
「寂しいから誰かに触りたいなんて、ばかだ。」
などと言っているし、彼女に子ども扱いされるのを嫌がってもいる。
それが、物語の最後に全く異なるものになる、その気持ちの変遷が、読めば読むほど味がでてくるのだ。

一人を盲目的に好きになったら、自分なら絶対やらないと思っていた陳腐なことまでやってのけてしまうのが恋というものだ。周りからみたら、バカみたいに見えることかもしれないが。
永遠の愛なんてものはない、と思いつつも、今度の人は運命の人かも…と信じてしまうのが恋というものだ。後で振り返ったら、せせら笑ってしまうことかもしれないが。
当人たちにとっては、真剣にやっていることなのだからどうか笑わないでやってほしい、という一文には大きく頷いてしまう。

一つの恋の前でおろおろする主人公の姿が、せつなくもあり、微笑ましくもある。
この本を読み終わったとき、
「何遍も恋の辛さを味わったって 不思議なくらい人はまた恋に落ちてく」
という歌を主人公にささげたくなった。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

野ブタ。をプロデュース

紙の本野ブタ。をプロデュース

2004/12/20 21:51

末は石田か金城か

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

主人公のクラスにある日、転入生がやってくる。
デブでワカメヘアーで脂性でブ男の小谷信太は転入一日目にしてクラス全員から気持ち悪がられる。
主人公は信太を「野ブタ」として皆から愛される人気者に仕立て上げることにする。

高校生同士の会話はいきいきしているし、教室の中の喧騒や閉塞感もよくでているし、主人公が野ブタをプロデュースする作戦も、腹を抱えて笑えるほどおかしい。
冒頭の、主人公の朝の身支度場面から、のりつっこみと言うか、目まぐるしく回転する高校生の思考回路がありありと描かれていて引き込まれる。
石田衣良か金城一紀の小説を読んでいるような感じがした。

主人公・桐谷修二は要領がよく、クラスの中心的存在。
仲間の森川や堀内とバカなことを言い合ってクラスを盛り上げている。
こういう輩がクラスに一人くらいはいたなぁ、と思わせるキャラクターなのだが、読み進めていくうちに、修二のキャラクターは着ぐるみショーの着ぐるみを模していることが分かっていく。
彼の考える人間関係はドライだ。たとえば、

「くだらないおしゃべりは仲良いことを証明する一番簡単で効果のある方法だ。『笑い』は人を勘違いさせる。楽しいと思うことが続けば、そのうちそれは『好き』という感情に掏り替わっていき、いつしかいっしょに笑える友だちは親友に成り代わっていく。あとは困っているときにちょっと手を差し伸べてやればいい。自分の手を汚すようなピンチから救わなくたって、一緒に悩んで涙を流さなくたって、こんなにも簡単にインスタント親友が出来上がる。これでとりあえず高校三年間は寂しくもなく、程好い人気を得て安泰に過ごせるというものだ。」

このような友人との距離感について言及している箇所が多くあることから、精一杯つっぱってみても、友人とのつながりの希薄さを彼自身疑問視していると感じられる。
「ストーブと同じだ。近過ぎたら熱いし、離れすぎたら寒い。丁度良いぬくいところ。そこにいたいと思うのはそんなに悪いことか?」
この問いに対していいとも悪いとも本書では明言しておらず、答えは読者に委ねられている。

終盤、トーンががらりと変わっており、少し戸惑いを覚える読者も多いだろう。
あの笑わせ路線のまま終わってくれてもよかったのにという感じがしないでもないが、主人公のそれからを想像させられるラストでもある。
彼はこのまま本音を語ることなく世の中を渡っていくのだろうか、と。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

アキハバラ@DEEP

紙の本アキハバラ@DEEP

2004/12/19 16:48

THISISイシダイラ

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

今年、恋愛モノやら感涙モノやらSFモノやらを発表して、多才ぶりを見せつけてくれた石田衣良。本書は、お得意の、東京の街を舞台にした青春モノ。
やっぱり石田衣良はこういう話を書くと光る。

本書の舞台は、世界にただひとつのおたくの首都、アキハバラ。
秋葉原=家電の町というイメージをもつ読者は、かなり驚きながら本書を読み進めることだろう。一体いつのまにアキハバラはこんな「趣都」になっていたのかと。
石田衣良は、東京のひとつの街を切り取って、そこで生活する人間の物語を紡ぐのが前々から抜群にうまかったが、本書でも「アキハバラ」という街のもつ空気が本当にいい形で物語に絡んでいる。と言うよりも、舞台が「アキハバラ」でなかったらこの物語は成立しない。

本書の主人公は、ページ、ボックス、タイコというあだ名をもつ3人の少年たちだ。
彼らには厄介な病気と比例するだけの才能がある。
ひどい吃音のページはテキスト、潔癖症のボックスはデザイン、突然フリーズするタイコは音楽、それぞれの分野で天賦の才をもっている。
この3人に、ケンカが強いコスプレ美女のアキラ、アルビノの天才プログラマー17歳のイズム、元引きこもりで今は出っ放しのダルマが加わり、アキハバラ@DEEPという会社を立ち上げ、6人で力をあわせてAI型サーチエンジンを開発する。
その後の物語は典型的な勧善懲悪なのだが、そうとは分かっていても読ませるのだ。

「仕事はぼくたちにとって、この世界への気もちいい挨拶であるべきだ」
「誰かを助けることは、そのまま自分を助けることだ」
「自分の心が氷みたいに冷めてたら、世のなかにおもしろいものなんて、なにひとつないよ」
という彼らのセリフは青臭いと言えば青臭いのだが、彼らのひたむきさが伝わってくる本書の中では全く嫌みに感じないし、そうだよなぁと素直に納得させられる。
何よりも本書は、努力する人間は報われる、という視点に立っていて、主人公たちと同様、今なんらかの努力をしている読者にとっては大いに勇気づけられる1冊になるだろう。

石田衣良にはこれからもこういう小説を書き続けていってほしい。
才能が最も生かされる分野なのだから。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

170 件中 91 件~ 105 件を表示
×

hontoからおトクな情報をお届けします!

割引きクーポンや人気の特集ページ、ほしい本の値下げ情報などをプッシュ通知でいち早くお届けします。