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空蝉さんのレビュー一覧

投稿者:空蝉

304 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本放課後はミステリーとともに

2011/04/26 15:33

世間が絶賛する小説?まだまだ狭くて広い評価基準

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

電車の吊り革、雑誌の読者評、「TVで紹介」「各誌絶賛」などという世間の言葉に惑わされて東川氏の作品に興味を惹かれたのがことの始まり。
そしてどうせなら最新刊を読もう、と思って手に取ったのが本誌である。

世界中ブーム(「世界の中心で愛をさけぶ」ブーム)の時も思ったことなのだが、世間一般の、文学に対する評価基準はまだまだ低いと痛感した。
もちろんこれだけ「絶賛」されている作品なのだ。万人受けする、軽い読み物で、短時間で面白くその場を気楽に楽しめるという意味ではエンタメ作品として優秀なのだろう。というのも内容が、本当に善くも悪くも軽いのだ。

主人公はそしてエアコンのような名前を持ち自らを「ぼく」と呼ぶ、少々自信過剰気味な霧ヶ峰涼という女子高生。野球好きで広島カープをこよなく愛し、あるんだかないんだかよくわからない人数不明の「自称探偵部」副部長を勤めている。

日々起こるちょっとした事件や不思議な出来事を、探偵気取りの涼が解決していく、いや解決しようと駆け回るのだがこの探偵どうにも抜けているし頼りない。
行動力は有るのだが、詰めが甘くてけっきょくのところド素人である。

先輩や後輩、友人や先生に振り回されたり教えられたりしながら事件はどうにかこうにか解決していく訳だが、謎解きやミステリーというよりはナゾナゾである。
全て涼の一人称で語られているためどうしても犯人側の心情とか過去、犯行に至る様々な動機につながる諸々のことがちっとも見えてこない。
短編集なのだから当たり前といえば当たり前だが・・・もう少しどうにか掘り下げられないものかと思ってしまう。
なにしろ、涼以外の感情なんてどこにも書かれていないのだから;;

ただしこれは逆にエンタメ小説としては、(主人公に惚れ込むことさえ出来れば)かなり魅力的な作品なのだろう。
涼という単純明快、ボーイッシュでちょっと抜けてる女の子、が振り回されたり活躍したりする学園モノとしてはきっと面白いのだろうと思うのだ。

本格ミステリを期待せず、軽くパラッと気軽に楽しめるエンタメ小説。
文壇に置ける「世間が絶賛」する作品への道のりは、まだまだ狭くて広いようである。

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紙の本牛泥棒

2007/07/21 21:08

褌で語る恋♪

9人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

時は文明開化の明治。造り酒屋の坊ちゃんとして不自由なく育った亮一郎と幼馴染よろしく共に育った下男・徳馬の恋物語(BL)
亮一郎は幼い頃物の怪による病にかかり死に掛けたところ、母親が沼の化物と命の取引をして一命を取り留める。それを目撃した徳馬は亮一郎にせめて母の形見をと化物に懇願し、ある契約を交わした上に声まで奪われてしまう。無論それらのことは誰の知るところにもならず、母は失踪したとだけ伝えられた。
二人はともに成長し亮一郎は我侭で唯我独尊、勝手気ままな性格に育ったが、その実、父親は再婚し家族というものから取り残されたように孤独の身の上を寂しくも感じていた。その亮一郎がただ一人家族以上に必要とした徳馬はひたすらに美しく、日夜ただひたすらに亮一郎に仕えている。お互い愛しながらも思いを告げられず、今の主従関係が壊れることを怖れて言い出せず。
また幼い頃から人ならぬ者=妖怪を見る徳馬だったが害をなすものを見つけても亮一郎以外のものにそれを注意示すことは無い。徳間だけは世間の汚れた感情と無縁のものと信じていた亮一郎には徳馬のその不平等な行動が気に触る。
そんなおり、亮一郎の実家が火事になり二人は路頭に迷う。何とか徳馬をつなぎ止めるための生活の糧をえるために政略結婚的に妻を娶ることを承諾した亮一郎だったが、徳間は突然姿をくらまし、奉納する贄である牛を盗むところを逮捕された。徳馬が「牛泥棒」をしたのはなぜだったのか?

とまあ、粗筋はこんなところ。後はご想像におまかせする。
真面目な文芸、高尚な小説なんかに比べればそりゃ見劣りする。つまらないかもしれない。けどBL好きな私はけっこう楽しませていただいた。
煮え切らない両思いの片想い。壊したくない主従関係。過去の契約に縛られる美青年。天涯孤独となった俺様坊ちゃん。しかも時代は明治、褌つけずに主人を待っていたと来たもんだ、いや~そそられる(笑)
小鬼を使って牛を20年間盗み続けた罪を白状した徳馬は、己の中のどす黒い感情と罪をもてあまし未練を残し行き続けた己を後悔する。
こうした事態、心情、関係がよく出来ていて深読みしていく読者にとってはなかなかのストーリーなのだろうが、残念なことにいろいろ心理描写や言葉が少なくて伝わってこない。セリフだけで回っているから、どうしても心理描写や心情の吐露が少なく、自問自答するような悶々とした雰囲気の間も当然少なく、なんだかあっという間に展開していってしまった、という感じがしてしまうのだ。
横山秀夫が『半落ち』で妻殺し犯人の自首までの経過をあれだけページ割いて引っ張ったんだぞ?(笑)もう少し・・・どうして牛を盗んだんだ、とかどうしてそのことを話せなかったんだ、とか引っ張ってもよかったんじゃないか?

設定やストーリーの流れは面白いんだけど、どうにもページ数が薄いのが残念。もっと書き込めば面白くなるのに。 とりあえず、想像力豊かな腐女子の方々にオススメしとこう。

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紙の本九月が永遠に続けば

2012/04/18 10:55

読んでる間は面白いのに・・・

6人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

これはきっと「ちょっと残念」な作品だ。
話はテーマと事実(事件性)以上に面白く出来ているし、心理描写もよく描けているし、話の運びも展開も、期待させるその手管もなかなかのものだ!これがデビュー作とは恐れ入る。
事件や真相が秘められた当事者たちのつながりや凄惨な過去、もつれ入り込んだ、「ややこしい関係」がミステリ性を複雑にし読者を引き込む役割を果たしているし、それに加えて犯人と疑われる影のヒロイン?母娘の妖艶あふれる不思議な魅力が読むたびに不思議な想像力をかき立てられる。

事件そのものは不倫まがいだけど不倫じゃない。家出や誘拐まがいだけどそうでもない。殺人かといえばそうでもなさそうだ、と実はさほどスキャンダルな内容ではないのだ。
それなのに読んでいる間、すくなくとも私はぞくっとしたし、ドキッとしたし、月並みないいかただがわくわく、ハラハラした。
ただ、理性的に出は無く感情的に、感傷的に読める本という意味で、(けっして女性=感情の生き物という卑下たつもりは全くない)善くも悪くも女性受けする雰囲気だなという印象を受けたのも確か。
とくに作品のキーとなる母娘(母:亜沙美と娘:冬子)の性格がイマイチ説明されておらず、想像しようにも材料がなさ過ぎる。
主人公(佐知子)は彼女らと数回会話をしている程度だし、関係を疑われたまま行方不明となる佐知子の息子も異母兄妹である冬子について、結局のところ魅了されてしまっただけで核心を何も知らない馬鹿な男になりさがってしまった感がある。

評価が難しい・・・読んでいる間は面白い。
亜沙美や冬子の容貌や魅力がどこか超越的なだけに魅了されて想像力をかき立てられるし、冷静に考えてみれば彼女らの人離れしているらしいその魅力以外、どこにでもありそうな事件(いや、もちろん有っては困るのだが)と人間関係であり、ただそれらがややこしく入り組んでいるだけの話なのだ。
それだって、おせっかい焼きな助っ人役(息子の女友達の父親)がいうように確かに「ややこしい」のだがよく考えてみればそれほどじゃあない。頭で整理できる程度なのだ。
(いや、それももしかしたら著者の文章力により読みやすい物であるからかもしれないが。)
それなのに事件も彼女らの過去も事実以上になにか大仰な物に感じられる。

性的描写というか、猟奇的な亜沙美の行動描写もあるはあるが、それは精神に異常を来している「病人」のそれであり、正常な人間が恐ろしいことをしているのでも、残虐なシーンが事細かに描かれているわけでも、見るに耐えない性的暴行が描かれているわけではない。
それなのになにかとてつもない卑猥な物を見てしまった気になっていたのはなぜだろう。

やはりこれは著者の文章力、構成力、展開力(話の運び、盛り上げ方)がすごいとしか言いようがない。
ただその分読み終えた後に、何も残らないのだ。
そういうわけで、やはり残念、惜しい作品だと思う。

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紙の本晩夏に捧ぐ

2007/10/03 00:48

盛り上がりの無い長編よりも燃え尽きる短編を!

4人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

前作『配達あかずきん』が失速することなくどの短編も楽しめたのに比べて、正直残念な第2巻。著者は短編やショートで一話完結モノを書いていたほうがいいのではないか?
あれだけ前作が面白かったのだ。一話一話に重みもあり面白みもあり、泣かせる話も入っており、本屋さんの裏事情や苦労や面白みといった、私たち一般人(消費者)の知らない(本屋さんの)世界が実感を持って描かれていた。そんなトリビア的な面白さや発見があったからこそ『配達~』は高い評価を得たはずだ。
とはいえ、今回もサブキャラたちが光っていて、個性と魅力のある登場人物たちが読者を引き込み、相変わらず本屋さんの裏事情を紹介して楽しませてはくれている。しかし肝心の主人公達の感情が薄い。焦点が定まらない。
いっそのこと、引退を考えるほど困惑している店長や過去の事件にもっと焦点を当てても良かったのではないか?回想シーンくらいいれてもいいのに、と思う。

もと地元の老舗書店に勤める友人・美保から、主人公・杏子のもとにとどいた一通の手紙からこの話は始まる。老舗書店まるう堂に幽霊が出るようになり、店も老店長も存亡の危機に立たされている。杏子と多絵の名コンビ?は事件を解決するべくまるう堂に向かったが、そこで話題に上るのは四半世紀ほど前の大作家の死にまつわる事件。弟子と女性との三角関係、コンプレックスを抱えた新人作家、地元作家と書店との絆・・・横溝バリの因縁モノにしたかったのだろうが、やはりものたりない。
田舎の老舗で人気がある本屋、というものがどんなものなのか、どれほど地元に密着し愛され大切な存在なのかという描写や説明は伝わってくるし、
そのあたりはもっと地元の人間の「声」で聞かせても良かったくらい読ませる話・設定だ。
そしてその書店を愛した地元作家の27年前の殺人事件。作家とその弟子達との軋轢、若者の挫折、兄弟やライバルと醜い競争・比較が事件の引き金となり、またその悲劇の燻りがもう一度今になって現れる、という流れ・・・よくありがちといえばありがち。
あまりこった長編を書かず、大崎梢らしい書店ミステリーをもう一度書いて欲しいと、私は思う。

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ひたすら自己陶酔

15人中、15人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

ロックが格別好きなわけでもなくイエローモンキーのCD1枚持っていない私だが、縁あってこの本を読むことになった。やはり音楽についての記述が多いのは確かだが、一人の情けない少年の赤裸々な生き様を素直に主観的に綴っているのはなかなか面白い。

吉井和哉の生い立ちからロックと出会い、バンド結成と結婚と解散、ソロ活動となる今に至るまでを書き垂れているだけ・・・というと辛らつかもしれないが、文章的にはそんな程度だ。
ただその分リアリティがあるなとは思う。稚拙な文章、なぁなぁな言葉、面白みの無い言い回し。でも人間って実際にしゃべる時ってこんなもんだ。だから、おしゃべりを聞いているつもりで読めばよい。

彼、吉井和哉の繰り返す「喪失感」という言葉はどこか薄っぺらい。おそらく彼の少ない語彙の中で、それ以外自分の不甲斐なさを理由付けるものが無いからであろう。半分、自分とその言葉に酔っている。
ただ、私にはそんな彼の文章が帰って必死に思える、それも事実だ。

母の愛に飢えていたとか、早くに父(26にて死去)を亡くした喪失感が常に渦巻いていたとか、そうした告白が多々見られる。
しようもない人生を背負った寂しい人間が不思議と集まってしまう、そうしてやっぱり寂しい子供が出来て。そうした悪循環みたいなもののなかで、彼はやはりダメな父親だ。ダメな亭主で、ダメ男だ。
こんなにけなすとファンからは怒られるだろうけれど、この自伝はそれを赤裸々に語っているんだからいいだろう。なによりそんなダメっプリをくつがえすだけの感動させる音楽を作り出したのには違いないのだから。

彼は自分自身に酔っている。不幸な生い立ちだとか、ダメ男だとか、容貌だとか音楽的才能だとか、すべてひっくるめて自分自身のドラマに酔っている。だから家族のこと、特に父の不在や母の愛への渇望をいつまでも引き摺って、引き摺っているかわいそうな自分をこれだけ語っている。
でも人間、そんなもんなのかもしれない。すくなくとも意地を張らずにそれを認めている彼は、イイ。

そして、最後の最後のページに私はただ泣けてきた。自身の子供達へ送ったであろう詩・・・これだけでも、読んで欲しい。

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紙の本凍える島

2008/03/28 13:01

あやめなミステリーはあやめのうちに

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

アガサクリスティの名著『そして誰もいなくなった』を下敷きに、密室殺人、孤島殺人といったお決まりのパターンにのっとったミステリーかとおもいきや、そうではない。

ごく普通の男女4人ずつ計8人の若者達が無人島でバカンスを過ごす。
緩やかな関係をなんなく保っていたはずの8人、不満も不自由も、逆に格別楽しいことがあるわけでもなしに穏やかな休日を、世間から隔絶された僻地でたった一週間すごすだけ・・・のはずだった。そこに一人、又一人と死人が出る。
犯人探しをする者、推理をする者、脱出を試みる者、泣く者、怒る者、傍観する者・・・次第にヒートアップするお互いの憎悪、混乱ともなればお決まりのミステリーらしい展開が想像されるのだが、そうならなかったことに拍子抜けとも意表をつかれたともいえる不思議な感覚が残った。
勿論みな恐怖する。犯人は誰だと、凶器は何だと、探すし討論もする。
しかし、どこか冷めている。それは語り手(主人公)が何事にも無感動であるからだ。 無感情、というべきか?
どこか人並みの感情の起伏をもてない、情緒をもてない主人公あやめ。
「あやめもわかぬ」のあやめ。物事の道理や分別、人間としての筋を知らぬ人間が語り手なのだ。だから全体に流れるように進むストーリーだし、どこからどこまでが「正常」なのか、後半を読むにしたがってそれは徐々にあやふやになっていく。

ゆめうつつの物語、というには写実的過ぎる。リアルな物語かといえばそれほど現実味があるわけでもない。ただただ人が死んでいき、一人が犯人として登場し、物語が終わる。そこに、日常に簡単に潜めてしまえる程度の、しかし殺人を起こしてしまうほどの狂気が犯人にうずいていたことを、あとあと知るだけである。
淡白だがその淡白さの中に静かな狂気に充足している彼らがいる。
どこかねっとりとした単語表記(カーテンではなくカアテン、アルコールではなくアルコオル)がこの淡白さに粘りを付けて読むものをはなさない。
ミステリーとしてだけでなく恋愛モノとして、この冷めた不気味さは読むに値する。

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紙の本V.T.R.

2010/05/13 21:20

そして物語は「スロウハイツ」を髣髴させる

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

この作品は辻村作品の一つ『スロウハイツの神様』の主要人物にして人気作家コーキの小説として書かれている。
『スロウハイツの神様』は私にとって痛々しく、切なく、けれど心が締め付けれれるくらい愛に溢れた作品だった。
「スロウハイツ」荘で共同生活をする若者たちと人気脚本家チヨダコーキ。才能という存在を彼らは愛しつつも妬み、尊敬しつつも嫉妬し、応援しつつも貶める。どうしようもない感情の渦を飲み込んで、彼らは真実と答えを見つけていく・・・。そういう心をぎゅっとつかまれるようなたまらない作品だったのだ。

だからそれだけに、この作品は少しだけ不十分(辻村さん的にSF)だ。

圧倒的な人気を誇るカリスマ的作家チヨダコーキが執筆したという設定なのだが、それだけの質と内容がない。
そしてなんとなくしっくりこない一人称が気に障る。
それでもこの作品を読み終えてよかった、と思えたのだから不思議だ。

主人公ティーは殺人を国に許可された1000人の殺人職「マーダー」の一人。
家族代々マーダーだったためそのまま受け継ぐことの出来ただけ、と自負するティーは仕事(殺人)もせずに女の元を渡り歩くヒモ生活を続けていたが、そんな彼の元に思わぬ電話が掛かってくる。
電話の主はアール。ティーの元彼女で誰からも好かれる絶世の美女、しかも同じくマーダーで腕も一流という、絵に描いたような「イイ女」だった。3年ぶり、つまり別れてから消息不明になっていたアールだったが「アタシは変わっていない」と意味深の言葉を残し電話は切れた。ティーは彼女の消息を探りに友人たち、関係者たちを訪ね歩くが聞こえてくるのは豹変した彼女の噂ばかりだった。

元カノの消息を聞いて回るティーの一人称を借りて彼らの生きる世界、彼女と友人たちとティーを囲む思い出、彼らそれぞれの心の傷と痛く優しい癒しを時に切なく時に優しく時に残酷に明かしていくという形式。
彼らによればアールは売春を斡旋し、トランス=ハイのファミリーを次々と殺しているという。酷い噂とその変貌ぶりは謎を深めるばかりだ。

そして物語の重要なキーを握るのが そのトランス=ハイである。
彼ら友人たちの親兄弟、大切なモノを残酷にも殺していった伝説的凄腕のNo.1マーダー「トランス=ハイ」。
トランス=ハイはなぜ急に表世界から姿を消したのか?なぜ女だけは殺さなかったのか?
アールはソレと関係があるのか? なぜティーにだけ連絡をし、豹変してしまったのか?

3年間というアールとティーの空白の時間にそのなぞが詰まっている。
トランス=ハイは表舞台から姿を消しその名をほしいままに悪用する集団がはびこり、アールはそんな奴等を殺して周り悪評漂わす存在へと豹変した。そしてティーは、何も知らずに怠惰な隠遁生活をして世間を離れていた・・・。そんな3年間。

軽いノリだった前半も・・・こうして読み進めティーが訪ね歩く友人たちの話を聞くうちに物語は重みを増していく。
トランス=ハイはアールとティーの友人たちから確かにあまりに多くのものを殺し奪ったが、なぜか彼らはソレを悲観し悲しみにくれているようには見えない。
むしろその喪失は過去との決別の契機になった、そんな風にすら見えるのだ。

そうしてようやくこの作品全体の重量感を実感する。「彼」の悲しい優しさと、弱さと、彼が強くした彼らの今を知って。

アールとティー、二人を見守り続ける悲しいほどに優しい友人たち、彼らの過去の軸に座る「トランス=ハイ」という圧倒的な存在・・・
そう、この物語は「スロウハイツの神様」そのものだったのかと、思わずにはいられない。

物語は最後まで曖昧な部分を残し、終わっていく。
しかし「スロウハイツ~」とともにこの物語に揺るがないものがあることだけは解る。
彼が彼女を、彼女が彼を愛したということ。

くさい言い方だけれど、それだけは変わっていない。
「アタシは変わっていない」
彼女が残したその一言が、最後の最後になってようやく本当の意味で真実を語ると、気が付くはずだ。

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紙の本毒草師

2007/06/11 19:03

少しトリビア

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

ノベルスで有名なシリーズ(QED)を書いているにもかかわらず一度もこちら高田氏の作品は読んだことが無い。今回この『毒草師』を手に取ったのは表紙が綺麗だったのと、題名が表紙とマッチしていてこれまた魅惑的であったのと(毒身丸かと思った;;)、ダヴィンチで取り上げられていたのをなんとなく覚えていたから・・・そしてその紹介文に「伊勢物語」「一つ目の鬼」「藤原氏」・・・などなんとも私を誘惑する単語が並んでいたからだ。
結論から言うと、思ったほど・・・いや、面白いは面白いんだが、あっけなかった。
もう終わっちゃうの!?早っ!あっけな・・・。というのが正直なところ。
着想とかチラホラ出てくる「伊勢物語」の薀蓄だとかは面白い。古典には素人程度の知識しかない私にとって、この中に出てくる伊勢物語の裏知識(けっこう有名なのか?)というか、教科書では教えない解釈は、それなりに楽しませてくれた。それだけならそういう古典の解説書でも読めばいいじゃないか、といわれるかもしれないが、私はわざわざ古典の教科書で教えない必要以上の知識を本を買ってまで仕入れようという気力に長けた人間ではない。
民俗学的に面白いもの・・・あくまで「鬼」にこだわったものなら喜んで読むだろうが。そこまで幅を広げてられないのである。金銭的のも時間的にも、悲しいかな。
愛すべきミステリの中でこうして薀蓄が語られるからこそ読む機会があった。民俗学やら神話やら昔話・伝説の類が舞台に上がりやすい「ミステリー」は、私にとって常に情報の蓄積源なのである。
とまあ、前置きが長くなった。
東京の旧家で密室から連続失踪と謎の毒物による殺人事件が起きた。祖父の代から続く「一つ目の鬼」の目撃とそれに必ず続くのが密室からの失踪。 事件をかぎつけた編集者とその隣人奇人変人・・・〈毒草師〉の御名形史紋が、この事件の解決に乗り出す。
『伊勢物語』の「鬼一口」はあまりに有名な話。この作品には伊勢物語から派生して在原業平の詠んできた歌の数々があげられ、彼の歌に込めたであろう意外な真理(一説?)が語られる。まさに「へぇ〜」とボタンを押したくなるような解釈が並べられ(笑)この点実に面白かった。
また「一つ目」に関する民俗学的な知識もまことしやかに語られ、この辺りは既知の範囲ではあったが、復習するような思いで読め、なかなか楽しかった。
ただ、この辺りの民俗学的知識のお披露目は、折口信夫や柳田國男、最近で言えば小松和彦氏の出されているものを読めばより詳しいし新しい発見・新解釈では全く無い。
これだけいろいろと博物知識を出しているのだから、もう少しそうした昔話や民俗学の深層心理というか・・・殺人を起こすまでのどす黒い心情やらをリンクさせて欲しかった。
結局、殺すほどのことか?という程度に思えてしまう。これだけ在原業平やら一つ目=鍛冶屋の話、読み人知らずを持ち出してきたのだからもう少し暗い部分や哀れな歴史を犯人・この旧家になぞらえさせても良かったのではないか。もったいない。
横溝作品や江戸川乱歩の作品の着想だけとって現代的に&感情抜きに&単純明快に面白く書き直したライト版、といったかんじがしてしまうのが残念。
だが、ミステリーとしては最後まで楽しませてくれた。

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紙の本深泥丘奇談 正

2008/05/16 10:49

泥のような境界にうかぶ

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

祖父江慎の装丁がすばらしくそれだけでも買った価値がある、といったら著者に失礼だろか。しかし著者の醸し出す不可思議でビミョーにずれた、ドロリの世界を装丁が補完して余りある。
こちらとあちらの境界が泥のように濁っている不思議な「日常」に、作家・綾辻氏自身を投影させた主人公はいつの間にかあちら側に入り込んでいる。
「奇談」と題にあるだけあって薄気味悪い話、奇妙な話がほとんどだが、どれも狐に化かされた、といって片付けられてしまいそうな虚無感がある。
一貫して主人公はその奇妙な展開に「・・・のような気がする」と他人事だし、己の立ち位置も記憶も過去も肯定出来ないでいる。しかしこれはかなり恐ろしいことではなかろうか?
同じ苗字の医者が幾人もいる病院、いつの間にかいつでもどこでも現れる看護婦、寄生虫で治療する虫歯、胃カメラに移った自腹のなかの「顔」、見知らぬ電鉄、奇妙な古代塚・・・
ふとしたきっかけで此岸と彼岸は180度回転する。いや、そもそも自分の信じていた「こちら」など存在しなかったのでは?とリアルの焦点はズレだし、信じていたはずの日常を遂に放棄した時点で、各物語は終わっている。己の記憶も過去も否定され、「普通」の基準も常識も通じない世界に一人放り込まれたら・・・これほど恐ろしいことは無い。

人間はマイナスの出来事・・・気味悪いとか怖いとか、そうしたことはさっさと忘れるように出来ている。だから安心して読むといい。本書に現れるどの奇談も、すぐに終わって夢物語のうちに消えるのだから。

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紙の本5年3組リョウタ組

2008/05/13 14:30

等身大にリアルに、こんなのもあっていい

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

子供というのは元来無邪気で後先考えずに行動する生き物だろう。
悪気がないからこそ時に残酷なこともするし、逆になんら打算なく人に尽くしたりもする。良くも悪くも次のことを考えたりせず全力でぶつかっていく、だから険悪な虐めやシカトはあっという間にエスカレートするし、いったん滑り出せば信じられない結束や飛躍を見せてくれたりし、そのたびに大人は驚かされるのだ。自分がかつてそうであったことも忘れて。
何がきっかけで発動するかわからない正と負の大きなパワーが彼らには溢れているけれど、きっとその原動力は単純で複雑だ。いろいろなものがごちゃ混ぜになっているのに、掻き回すものも方法も至って単純。
大人はそんな彼らの行動に、時に子ども扱いし、時に大人の常識に当てはめ、結局「大人目線」での判決を下そうとしてしまう。

ドラマに小説、いろいろな学校モノがあるが、本作の主人公教師リョウタはそんな子供と大人の中間に位置する、また熱血教師でもエリート教師でもないというきわめて曖昧な若い新米教師だ。

彼の周りには夏目漱石『坊ちゃん』の現代版が勢揃い。その上利害や名誉やクラスごとの競争が職員室に渦巻き、果ては家庭問題や教師のイジメにまで話は及ぶ。
しかしリョウタはどこか飄々としている中途半端な教師でたいした覚悟があるわけでも優秀なわけでもない。面倒はゴメンだという態度を見せているし
友人教師に背中押されてやっと動き出す始末。けれど人間ってそんなもんじゃないか?だからこそ親近感も沸く、現実ではこんな風に面白く話が転がるわけが無いと思いながらも彼の普遍性がそのまま物語にリアルさを残してくれる。そしてリョウタがとる行動もまたたいしたことはない。ただただ生徒にも誰にも等身大。生徒と屋上で1対1で向き合ったり不登校になった教師の寮の前で声をかけ続け一緒に登校したり・・・。とりあえず体当たり、思いつくまま出切る事からはじめよう、そんな素朴な若々しさが凝り固まった大人と子供の間に息吹を吹き込むのかもしれない。

ある統計「将来なりたい職業ランキング」では、80年代までは10位以上にランク入りしていた「先生」という項目が、92年を境に消えている。つまり90年代から先生になりたい子供が減っていることが伺われるのだ。
リョウタも子供の頃からの教師志望ではない成り行きでなった「先生」だ。その彼が子供たちの驚くべきパワーと笑顔にやりがいと喜びを見つけていく姿もまたリアルな真実なのだと信じたい。

教師への理想理念や質が落ちているといった批判をよく耳にする今日。そんなことよりももっと評価すべきところがあるはずだ。
教師も人間、生徒も人間、評価する世間も親も社会も人間の集合。だから人間の言葉で体当たりすればきっと声は届く。ありきたりでご都合主義かもしれないけれど、素直にこうしたストーリーがあってもいいんじゃないかと、素直に思う。

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紙の本ソロモンの犬

2007/12/28 01:32

大学生って言うよりは高校生?

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

男女2人ずつ4人の大学生、うち2人は付き合っていて、残る主人公はもう一人の女の子に恋真っ盛り。設定と交わされる言葉と、時折明かされる主人公の胸の内はまさに青春で微笑ましい・・・なのに彼らの大学教授の息子が犬に引っ張られて交通事故で死亡したことにより一変する。
それまでオブラートに包まれていた関係が事件を探るうちに少しずつ明かされ、その子の母親(教授)が自殺をしたことでさらに彼らの過去をも明らかになっていく。
後半一気に加速して種明かしと事件解決、思わぬ犯人が突発的に出てくることになるのでそのあたりは少し残念。ミステリーであまりに無関係な犯人というのは少しズルくて、残念だ。

犯人ではなく、「彼」の精神的な未熟さ、危うさ、孤独・・・そういったものがこの一連の事件を引き起こしたのだからそちらに重点をもっと置いても良かった。
しかし若者を主人公としてみずみずしく深すぎず、さらりと読ませるあたりやはり上手いと思う。精神トリック・感情的な弱さが中核となるミステリーかつ読みやすくてどんでん返しが待っている、道尾氏の作品らしい。

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紙の本首挽村の殺人

2007/08/29 18:01

民俗学ミステリに新しい風

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

いかにも横溝っぽい陰惨な雰囲気漂う題名だが、名前負けすることなく中身が見事受賞を決めただけあってなかなか面白い。舞台は岩手すなわち民話や昔話が色濃く残る地。しかも冬の間は雪山により「外部」との行き来が断絶する鄙びた鷲尻村で一人又一人と村人が死んでいく。
医者を切望する「地方」であるこの村に東京から一人の医者(杉)が赴任し、彼が死ぬことから事件は始まった。殺人とも自殺とも熊による殺戮ともとれる死体が次々と上がり、やがて杉の後任・滝本とその妹であり杉の元婚約者・瑠華が現れ、事件の真相を探っていく。
「首挽村」=鷲尻村の血塗られた昔噺がささやかれ、その昔噺になぞらえる様な変死体が次々と上がる。犯人は昔噺を知る村人の中に犯人の目星がつけられるが・・・

数多くの横溝系ミステリが存在するが、私にとってこの作品はかなり異質である。古い伝承を模した殺人や鄙びた地方で、愛憎や確執が猟奇殺人を引起こす、というのが民俗学ミステリの多くを占めると思う。
その陰惨な昔話を知る人物(地元民)が犯人だ!というのが既存に多く見るパターンだが、この作品はそれを根底から覆すものである。
昔話はこの村の陰惨な歴史を後世に伝える為のアイテムであり、外=中央に向けてではなく内=共同体(身内)の中でのみ語り継がれるべきタブーである。その昔話が見立て殺人に使われおおっぴらにしていく犯人が果たして内部の者でありえるだろうか? ・・・私は目から鱗が落ちる思いがした。
ここには、現実に今も我々と同じ世界を地方で生きている「村人」の本音がある。
同時に他の作品よりも(民俗学的な意味で)昔話そのものの構成にとても通じるところがある。すなわち、外部からの来訪による隔離された共同体内の変化>破壊>来訪者の帰去>再生という図式だ。折口信夫により提唱された客人(マレビト)つまり地方から見た中央からの来訪者が福や災いをもたらすという信仰のパターンである。

まあそこまで深読みすることもないかもしれないが、なんにせよ、民俗学ミステリというジャンルに襟を正すよう呼びかけるような作品であると、私は思う。

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紙の本神野悪五郎只今退散仕る

2007/08/14 00:17

論文か小説か、ロマンはあるか

5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

数年間、平田篤胤『稲生物怪録』がちょっとしたブームになった。豪傑少年・稲生平太郎が1ヶ月に渡る妖怪らの挑戦に物怖じせず打ち勝つという英雄譚。江戸時代の妖怪の姿・認識を知る上での貴重な資料ともなっている。

そしてこのたび高原が描いた物語はなんとも素直な妖怪ファンタジーだ。
素直、というのは主人公をとりまく妹や親戚が妖怪を最初から否定していないという意味だ。
中学生の紫都子は夏休みに祖母から「黒屋敷」に30日間寝泊りすることを約束させられるが、妹の妙子とともに着いたその家は妖怪まみれの家。稲生物怪録から出てきたような妖怪たちが次々と驚かしにかかってくる。しかし彼女は否定もしなければ怖れもしない、オバケ屋敷を笑いながら通る客さながら、その豪傑っぷりは妖怪タチの「審査」の合格となる。
祖母の代から受け継がれている約束を果たしに来た妖怪たちがこの度孫の紫都子にとんでもないお願いを明かした・・・

ストーリー自体は単純で読み物として気楽に楽しめるが、どうにも小説としての違和感がある。あまりにするすると順調に話が進むため、どうにも現実離れ(悪く言えばご都合主義のスピード展開)しているせいもある。
だがきっとこれは著者・高原氏が論文の名手であるがゆえのことだろう。『少女領域』『無垢の力』などで少年少女のロマン的実体を昇華させた高原氏。「典型的な例」を列挙して論ずる対象を具体化させることが多い論文に慣れているせいだろうか、高原氏の描く少女・紫都子はどこかレプリカめいている。始めに人物ありき、ではなく。物語があってその物語にはこんな少女がうってつけ、というように作られた理想主人公がそこにいる。
「紫都子」著者の「理想の冒険」をし予定通り勝利して凱旋する。つまりすべては著者の思惑どおり、となりそれがあからさまに見えすぎる。
だからだろうか、どうしてもキャラの一人歩きがない。つまり紫都子や妙子のコトバがない。こういうタイプの具現化、で終わってしまった感がある。それが少し残念だ。

とはいえ、子供の読み物としてはなかなか面白いと思う。あえて子供、というのは悪い意味ではなく、文量からしても言葉や表現からしても「ミステリーランド」あたりに収まってくれるのが一番いいのでは?と思うからだ。 これでは、正直値段に見合わない、といわざるをえない。
高原氏の作品は私は好きだ、しかし小説以外で、と改めて思った。

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紙の本失われた町

2011/09/13 11:03

待つということ。 それは消極的でもなく受け身でもなく、誰よりも強くその場に立ち見守り続ける強い意志。

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「町」とは何だろうか?前作「となり町戦争」では隣り合う町同士が、ある日突然「戦争」をはじめ、ただ静かに不気味に戦争が続いていくという不思議な物語だったが、町そのものの存在はあまり描かれていなかった。それに比べて今回の町はまるで意識を持った大きな生命体のように、意図的に人間をとらえ、自身(町)の消滅に町民たちを巻き込み、外部からの侵入を拒む恐ろしい存在である。
いや、そうした「消滅した町」へと静かに、徐々に、人々の無意識のうちに移行していくと言った方が良いだろう。「消滅」という名の通り、その時その町にいた人々は消え去り、街全体が廃墟と化し、そこに踏み入る物は「汚染」されて身体的精神的に様々なダメージを被る。
まるで先の2011年3月、東北関東の大震災とその後の放射汚染のように。

現実問題、あの震災で原発が壊滅し、流れ出た放射能などの汚染がどの程度の物か・・・安全性が曖昧なままだったため被災現地の農業や酪農、漁業などがその風評により多大な被害を被った。
非難でもなく罵声でもなく、そうした不安から広まる「拒絶」は、本書に登場する被災者たちにも大きな影を落としている。
この物語は町が突然人々とともに消滅するという非現実的な物ではあるが、その実中身はしごく現実的、リアリティに富んだ切実な物語であることを心して 震災後の今、読んでほしい。

まず本書の世界では町が消滅するという不可思議な現象が随分前から不定期に、何度となく起きている。
退廃でも過疎でも撤去でもなく、その名の通り住民を含めあらゆる物が消滅し、機能が停止し、廃墟と化す。消滅の影響や感染、汚染を広げないため国は率先して町の記憶を回収および撤去し、文章や写真、検索記憶など歴史そのものから町の名前とその町に関するあらゆる物を削除する。
人々は消滅した町の生き残りや汚染された人間を汚物のように裂けある言葉を吐いて遠ざける。

そうした誰もが忌み嫌う町「月ヵ瀬町」を静かに、ただじっと見つめるペンションが「風待ち亭」だ。

この風待ち亭には失われた町を前にして、目を背けるわけにはいかない事情を持った人々が集まる。
町の消滅とともに家族を失ったオーナー。
自らの「場」に戻りけじめをつけて再び向き合えるようになって戻ってくるという男を待つ女。
恋人への重いとともに町に記憶と言葉を持っていかれた男と、彼がいつしか自分と時間を取り戻す日を待ち、支え続ける女。
愛する妻と子供が静かに消滅するのを見届ける、ただその時を静かに温かく待つ夫。
消滅した友人が託した消滅回避データを引き継ぎ研究に人生を捧げた女と、その女を支えいつしか成功する日を待ち続ける男。

本書に描かれたのはこの他数人の、失われた町とともに大切な物を失ってしまった人生だ。
どれも哀しく、重く、けしてハッピーエンドとは言いきれないストーリー展開ばかりだけれど、
その一つ一つに彼ら大切な物を失ってしまった、失われつつある人々の切なる願いと思いがある。
彼らは失われた町、大切な人を奪った町を憎むでも無く拒否するでも無く、ただ静かに見下ろして「待って」いるのである。
そして無関係であった彼らの人生が、この「風待ち亭」で少しずつ繋がり再生のときを迎えていく。

この物語の町の消滅という現象がいったいなんなのか、結局のところほとんど解明されていない。
ただ私たち現実世界でも「消滅」は日々起きているのではないかと、ふと思う。
人と人とはふいに切り離されたり失われたり、時にはすべてを瞬時に失ってしまうことがある。
例えば今回の震災のように。例えば大きな戦争・・・被爆のように。

けれどそうした絶望の中でも誰かの帰りを待ち続け、取り戻す日を諦めない思いがあれば
心は失われないとそう思う。
消滅した町(失ったこと)を受け入れ、それでも取り戻す日を諦めない。
生き残った自分を受け入れ、その身一つで出来ることを探し生きていく。
待つということ。
それは消極的でもなく受け身でもなく、誰よりも強くその場に立ち見守り続ける強い意志だ。

先の震災で多くの人が悲しみと苦しみに苛まれ多くの物を失った。
けれど失った物を見つめ、まずその場にすくと立ってほしい。
そんなことを改めて教えてくれる、待ち人たちの物語である。

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大学時代の恩師に再度、ドストエフスキーをこう

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

偶然では有るが、先日観たドラマ「おみやさん」の中に「罪と罰」が重要な意味を持って登場した。
横暴な経営者であった資産家佐久間が刺殺され、彼の虚偽の善人面に救われ信じきって世話をし続けてきた家政婦は真実を知り同情と憐れみ、憎しみを抱く。余命少ない彼のため娘を語って出した励ましの手紙が彼を改心させ、過去の「罪」を清算しようとしたがために「罰」…殺害されたというのが事件に隠された真相である。(なお、ドラマの中では佐久間が「罪と罰」を愛読しており、家政婦に
(この本は殺人犯が)人間性を取り戻すまでの物語である、と説明している)

やや前置きが長くなったが、つまりこのように現代のドラマにすら罪と罰は時に小道具として、時に重要な意味を持って使われ続けているというわけだ。
本書はその名作「罪と罰」とそのロシア文学者ドストエフスキーが当時から現代に至るまでかの地と日本とでどのように評価賞賛され、受け止められ、描かれ(変換され)てきたのかをそれぞれの国の背景を対応させつつ紹介している。

まず第一部:黎明期
かならず対比される『こころ』そしてその夏目漱石がドストエフスキーをどうとらえ感銘を受けたのか。それに続く島崎藤村『破壊』や同時期のユゴー作『レミゼラブル』など他の著者著作のなかの類似点を引用し、いかに影響力を持ったかを提示。

第二部:戦後日本のドストエフスキイ
ドストエフスキーの生きた時代背景を紹介。
また、日本が世界に誇る監督;黒澤明が映画「白痴」の中でどのようにドストエフスキーを変換し日本人に分かるように映像化したのか。その技術と創意工夫、相違点を紹介。

第三部:現代日本のドストエフスキイ
西欧で神の子である「強いイエス」が全面的に描かれるが、クリスチャンである日本人作家遠藤周作が描いた人間的な「無力なイエス」を描かれた。村上春樹は文学(小説)に何が出来るかと挑戦し、オウムの事件を例にとりつつ現代人をどう救えるかを問いかける。
さらに現代の新しい作家(伊坂幸太郎や湊かなえ他多数)の作品に今なお『罪と罰』が息づいていることを紹介し、今後どのようにドストエフスキーは日本文学に存在していくのか可能性を追う。
ここで最初に戻るが、『罪と罰』はほとんど記号のようにして使用もしくは利用されることが多く、先のドラマで家政婦が尋ねたように「それって人殺しの話でしょ?」程度の知識、「題名だけ知っている」「何となくイメージは分かる」程度のレベルもまた少なくないということでもあるだろう。
こうした作品がせっかく出たのだ。
『罪と罰』という記号ではなくその後ろに背負ってきた時代と背景、描き描かれてきた人々をしっかり見据える良い機会になるのではないだろうか。
なにしろおそらくこの3文字は、これからも色あせること無く日本文学の中に生き続ける怪物であろうから。

ただ一つ残念なのはロシア文学やキリスト教的な知識が少々不案内である、ということである。
ロシア文学の第一人者である著者の作品であればこそであろう、出来ればもう一冊、著者の既刊本か論文か、聖書の解説書かなにかを手元に置いておきたい。
何しろ日本人には聖書の象徴するところのイメージを感覚的にとらえることが難しい。予備知識無しでは少々退屈するかもしれない。

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