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  3. 惠。さんのレビュー一覧

惠。さんのレビュー一覧

投稿者:惠。

348 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本

殺戮にいたる病

紙の本殺戮にいたる病

2010/01/12 15:15

残虐さの向こうにある「だまされる快感」

9人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

物語は蒲生稔、蒲生雅子、樋口武雄の三名による多視点型で進められる。

始まりは東京を騒がせた猟奇殺人鬼、蒲生稔の逮捕のシーン。物語を進めるにあたって重要な役割を担う稔・雅子・樋口の名前を同時に目にする貴重なシーンである。

稔の表の顔は爽やかな笑顔のジェントルマン。甘いマスクでにっこり微笑めば、女性はたちまち心を許してしまうほどだ。彼は永遠の愛をつかみたいと願い、大学内で、あるいは繁華街で、ターゲットとなる女性を物色し、言葉巧みにホテルに誘い、セックスをし、殺す。そして女性が死んでも尚、セックスを繰り返し、女性を連れて帰りたいという欲求から、乳房を、時には性器を切り取り家に持ち帰る。しかし永遠の愛を誓ったはずの女はすぐに朽ち果ててしまう。そして稔は更なる永遠の愛を求めて街に出る。

雅子は世間を騒がせている猟奇殺人鬼の正体は息子ではないかとの疑いが拭えない。事件のあった日はいつも外出している稔。勘ぐれば勘ぐるほど、息子への疑いは強くなり、挙句の果てには息子の部屋のごみ箱から、血のようなものが滴るビニール袋を見つけてしまう。しかしそれでも、あの物体は豚肉か何かだろうと自分を納得させ、雅子は息子の様子を伺い続ける。

樋口は定年退職した元警部。今回の猟奇殺人事件の被害者のひとりと面識があったため、この事件に関わる。その被害者の妹から頼まれた樋口は、殺害された姉に瓜二つの妹を囮に犯人に対する罠をしかけ、犯人を追求する。

そしてラストは再度、稔の逮捕シーンだ。もちろんこの瞬間、稔、雅子、樋口の三人は一同に会している。

物語中の事件の犯人は冒頭で分かっているのだから、犯人を追いつめる類のミステリではない。しかしこの作品は本格探偵小説として書かれたという。たしかに、樋口が犯人の痕跡を辿りついには稔に辿りつく様子は探偵小説といえるだろう。しかしこの作品で最も際立っているのは、読者に仕掛けられたトリックと、惨たらしいまでに詳細に描写された凌辱シーンだ。

まずトリックの方に言及する。そのトリックは実に巧妙。10年前もおそらくそうだったと思うが、そのトリックを知らされたときの反応は、唖然、呆然。頭の中に?マークがいくつも浮かび、冷静に考えることができなかった。そのトリックがあまりにも突飛過ぎて、腑に落ちなかったのだ。だがページを再び繰り、気になる場面を抜粋して読み返していくと、改めて「やられた」ということに気づかされた。そう、まるっとすっきりヤラレテしまった。コロッとまるまる騙されてしまったのだ。

ネタばれになるので詳しく書けないのが残念だが、この類の(読者に対しての)トリックを使った物語は少なくはない。ただ、ここまでまるっきり騙されてしまったのは、おそらく多視点型のストーリー構成のせいだろう。読んだあとだから言えるのだが、そこにはもちろん作者の意図がふんだんに盛り込まれていて、作者はその罠にきれいにハマってしまう。

ただ、その罠というのはスッキリしたものではなく、読者のほとんどを呆然とさせてしまう力を持っている。騙された箇所がすぐにわからないのだ。ページをめくってめくって初めて合点がいく。そんな巧妙な仕掛け。なかなか面白いと思う。

次に凌辱シーンの描写について。稔は殺害した女性の遺体から乳房を切り取り、性器を切り取る。狂っているとしか思えないこのシーンがふんだんに描写されている。それも細部にわたって。読んでいて気持ち悪くなるくらいの描写力。正直、エグイ。何度も目をそむけたくなった。あまりにも気持ち悪くて、ところどころ軽く読み飛ばしてしまったくらいだ。想像力逞しい方には、この作品を読むにあたりこの点をご注意申し上げたい。いや、想像力逞しくなくてもダメージを受ける可能性は高いけれど。

作品のトリックにはあっと言わされ面白い作品だと思えるのだが、どうしても残忍な解体シーンの影響が強く、評価自体は低めになってしまった。それでもやはり、この読者に向けられたトリックは秀逸だと言わずにはいられない。

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紙の本

重力ピエロ

紙の本重力ピエロ

2010/01/15 20:11

全部まとめてみんな好き

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

全部まとめてみんな好き。


この言葉に尽きる。

もう一度言う。キャラから設定から構成、展開まで全部まとめてみんな好き(好み)な作品だ。

辛いバックグランドを持って育った兄弟、和泉と春。和泉と春はスプリングで、泉はSpringで春もSpring。和泉と春は兄弟で、父と母の子だ。それに和泉も春も父に似て嘘が下手だ。

時を経て遺伝子研究会社に勤める和泉と落書き清掃作業に従事する春。大人になった今も二人の仲はいい。そんな二人が暮らす街で連続放火事件が発生し、二人は犯人の追跡に乗り出す。しかし辿り着いた真実は、和泉の予想を遥かに超えるものだった。そしてそのまた上を行く展開が読者を待っていた。

最後半部分に差し掛かれば先は読めなくもないのだが、61もの構成部分(目次)に分かれ、現代のストーリー展開に無秩序のように絡んでくる回想がこうも巧くまとまるものか、と思わず唸ってしまう。

もう何をどう言っても言葉が足らない。書きたいことがたくさんありすぎてまとまりもしない。例えばキャラクター。例えば構成。例えば展開。そのどれもが好みすぎて、何から書けばいいのやら…。

そういえば、読み終えて冷静になって考えてみると不思議なことがひとつある。物語は兄・和泉による「私」目線で進行するのだが、全体を通して物語を導いているのは弟の春なのだ。和泉だけでなく読者さえも、春によってリードされている。お、恐るべし伊坂幸太郎。

さて、構成や展開とは関係ないお話を少し。以前から何度も書いているが、伊坂作品は読者に考える契機を与えようとしている気がする。(未読の人には何のことだからわからないかもしれないが)批判される可能性があることを覚悟で書くが、わたしの刑罰に対する考えは春のそれに似通ったところがある。人を殺した人間は法に則って裁かれるべきだと思うが、猫や犬や子どもやその他弱者を理由なく殺した人間は万死に値する。

また個人的には「なぜ人を殺してはいけないのか」という問いに対する答えに窮するやりとりなども自分に経験があるだけに重く圧し掛かった。「日本は法治国家だから」という教授には、「法治」の意味を辞書で引け!と思ったし(法治とは、法に則ることを指します。例えその法が悪法でも構いません)、相変わらず本の世界に感情移入してしまう癖は抜けない。


本作で一番心に残った言葉がひとつ。
「本当に深刻なことは、
 陽気に伝えるべきなんだよ」
という春の言葉。


この言葉はほぼ全ての伊坂作品の根幹に根付く著者の思いのような気がした。

最後に、ここまで絶賛しておいて恐縮だが、伊坂作品は好き嫌いが分かれるように思う。また、伊坂作品の中においても好きな作品と嫌いな作品が分かれると思う。というわけで、選書はひとつ自己責任で(と責任は他人に転嫁)。

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紙の本

たいせつなこと

紙の本たいせつなこと

2010/01/15 20:21

当たり前の大切なことが詰まった「大切な本」

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

今のわたしは絵本をめったに読まない。

だけど――この絵本だけは何度も何度も読んでしまう。引っ越しを何回か繰り返したけれど、その度に必ず、本棚に並べてしまう。いや、正確には並べたくなってしまう。

「スプーンは たべるときに つかうもの」から始まる作品は、一ページごとに、ある「モノ」を取り上げ、その「モノ」それぞれにとって「たいせつなこと」が書かれている。

日本での刊行は2001年だけれど、原作が発行されたのはそれよりもずっとずっと前、1949年のアメリカでのこと。原作の題名はThe Important Book。直訳すると「大切な本」。この絵本には、大切なことが書かれている。だから、大切な本なのだ。

例えば先の「スプーン」のくだりについて。「スプーン」のページの最終文には「スプーンに とって たいせつなのは それを つかうと じょうずに たべられる と いうこと」と、ある。そう、「スプーン」にとってたいせつなのは、スプーンを使えば上手に食べられるということ――手で食べると難しいものね。それはスプーンの大切な役目。それはスプーンにとって大切なこと。そして、それはわたしたちにとって、当り前のことでもある。

こういった調子で、スプーンから始まり、ひなぎく・あめ・くさ・ゆき・りんご・かぜ・そら・くつ・、それぞれの「たいせつなこと」が各ページに書かれている。そして最後のトピックは――「あなた」。

この絵本には当り前のことが詰まってる。だけどそのすべてはあまりにも当たり前すぎて、ついつい忘れてしまいがち。大切なことなのに――忘れてしまう。だからこそこの絵本は、The Important Bookなのだろう。

絵本には、子どもには子どもの受け止め方が、大人には大人の受け止め方がある。子どもの頃にこの本に出会っていたら、わたしはどんなことを考えていたかな、と、どうでもいいことを考える。

この絵本の最後のトピック――「あなた」。
「あなた」に とって たいせつなのは――。
いったいこの絵本には、あなたにとってたいせつなのは何だと書かれているのでしょうか。気になる方は、手に取って確かめてみてくださいね。

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紙の本

弥勒の掌

紙の本弥勒の掌

2010/01/15 20:03

天下一品の後味の悪さ(誉め言葉です)

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

うーん、面白い。我孫子さんお得意の手法にまんまとひっかかったな、と快い読後感に包まれる。しかし! 後味爽やかかというと決してそうではない。

物語の主人公はふたりの男。一方は妻を殺された刑事、もう一方は妻が失踪した高校教師。独自に犯人を捜す刑事と妻の行方を捜す高校教師――物語はこの二人の男の視点が各章ごとに入れ替わる形で進行する。

まったく別の事件を追いかける無関係の二人だったか、「救いの御手」という宗教団体に疑いの目を向けたことから二人は出会い、共に調査を開始する。そしてラストでは「救いの御手」の秘密が明かされ、お互いの事件の真相も解明される。

が! この真相がちょっと曲者なのだ。新本格が好きな読者ならば思わずにやりとしてしまうが、すっきりしたラストをお求めの方にはなかなかお薦めできないミステリだ。どう曲者なのかというと…これはネタばれに繋がるので詳しくは書かないが、この作品には、読者に向けた「仕掛け」が施されているのだ。

故に、真相はちょっと拍子抜け。余韻や雰囲気に浸るよりも、「よーし騙されてやろうじゃないか」という気持ちで読むべき作品だ。

ちなみにわたしはこういう仕掛け、結構好きです。ただ、苦手としている方が多いことも確か。ものは試し、という。こういうミステリがお好きかどうか、一度読まれてはいかがだろうか。

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紙の本

誤飲

紙の本誤飲

2012/02/06 13:59

薬が紡ぐ、「なんかなぁ」な人たちの「なんかなぁ」な日常。

5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

ハジメマシテの作家さん。
名前は何度も耳にしていたのだけれど、
なんだかジメジメしたイメージがあって
長い間敬遠していた。

医療ミステリシリーズ第六弾ということだけれど、
個々のシリーズ作品は独立しているようで、
第何弾から読み始めても問題なさそうだ。

本書の構成は連作短編集。
章のタイトルが登場人物名になっており、
各話、その人物に焦点を当てて進んでいく。

そして各ストーリーに必ず登場するのが
本書の重要なモチーフ、「薬」だ。
経口避妊薬(ピル)、抗インフルエンザウィスル薬、
向精神薬、禁煙補助薬、薄毛治療薬、
抗アレルギー薬、下痢止め、精力剤。

そして医療関係者も登場する。
医師、カウンセラー、医療コンサルタント。

薬は、それを必要としているひとが
正式な経路で入手し容量、用法を守って
服用してこそ意味がある。

「きちんと」服用していたって
副作用が出るときは出る。
効果が出るとも限らない。

ならば…
非公式なルールで薬を入手したら…?
知らずに自分が摂取すべきでない薬を服用したら…?

うっかりミスが大惨事に繋がることだってある。
そこに故意が絡んだら…どうなる?

ここに登場するのは誰も、
「なんかなぁ」な人物ばかりだ。
「なんかなぁ」な人たちが
「なんかなぁ」な日常を送り、
「なんかなぁ」なちょっとした事件を起こす、
或いは巻き込まれる。

殺人事件が起こるわけではないが
じんわり嫌な気持ちになる。

科学や技術が進歩し、
コンピュータに薬にとその進歩は著しい。
しかしそれらはあくまでもツール。
使う側の人間によって、薬にも毒にもなる。
結局のところ、ただされるのは人間の質なのだ。

後味はすごく悪いわけではないけれど、
すっきりもしない。
でも他の作品にも手を伸ばそうとしている
わたしがいるから不思議だ。

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紙の本

フリークス

紙の本フリークス

2011/08/01 16:22

精神病院を舞台にした綾辻流ホラー×ミステリ。

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

精神病院を舞台にした、3人の患者の物語。

読んでいて、
どこからが現実でどこからが空想
――もしくは妄想、はたまた幻想――
なのか、わからなくなる。

「普通」と「普通じゃない」の境目ってほんっと曖昧。
表の裏の裏はまた表だもんね、
っていう曖昧で確実な言及ができないものが
題材になっているのかな。
すべて、紙一重なんだろう。

ジャンルとしては、
ミステリでもあり、
ある種のホラーでもあると言える。

面白かった。
好き。

しかし綾辻さんはやっぱり文章がお上手だ。
すごく疲れているときだったけれど、
簡素で簡潔な文章ですらすらと流れるように入ってきた。
(実はその直前に他の本を読もうとしたのだけれど、
 2ページくらいで入ってこなかったのだ。疲れていたから)

巧い、と思う。



『フリークス』収録作品
・夢魔の手――三一三号室の患者――
・四〇九号室の患者
・フリークス――五六四号室の患者――

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紙の本

800

紙の本800

2012/01/24 14:20

恋と800と。とても官能的です(でもいやらしくはありません)。

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

青春小説っていうのは、こういった作品を指すのだろうな。

初めてこの作品を読んだのは文庫版が発行された2000年。
当時私はまだ10代。
この小説の主人公たちとそんなに変わらない年齢だった。

時は流れて2012年。再読してみると、
内容に対して湧いてくる感情が全く違う。

「うーん、これはわたしがオトナになったっていうことなのかしらん」
と、ちょっと淋しくもあり、うらやましくもある(青春が)。


物語の主人公は二人の少年。
ともに高校一年生の優秀なTWO LAP RUNNER、
つまり、八〇〇メートル走者だ。

一方の名は中沢。
がむしゃらで向こう見ずな猪突猛進型の少年。
もう一方は広瀬。
中沢とは180度違い、常に緻密な計算の元に行動する。

対照的なふたりが八〇〇メートルという競技で出会い、
競い合い、疾走する。これが物語の核となるストーリー。

そしてその核に、
青春小説の重要なエッセンス、「恋」が絡む。
それも濃厚に。

「女なんて誰でも同じ、来るものは拒まず」の中沢も、
「『つきあ』」ってのがなんだかめんどう」な広瀬も恋をする。
中沢はがむしゃらに、
広瀬は緻密な計算が狂ってしまうくらいに。
そして官能的に。


いやらしいってわけではないのだけれど
(全くいやらしくもないってわけでもないけれど)、
恋が、そう、とても官能的なのだ。

どうしてこうも官能的に感じるのか。
わたしにはその理由はわからなかったけれど、
その答えを解説の江國香織に求めると、
「率直に言って800という競技のせいだ」と言い切っている。

うん、そうかもしれない。
恋だけとってみても、
スポーツだけとってみてもなんだかちょっと物足りない。
その二つが微妙な、
それでいて特殊な配合で交じり合って、
溶けあって、伝わってくるんだろうな。


物語は中沢と広瀬の一人称調で進められる。
かわるがわる登場する主人公たち。
そのテンポが軽快ですぐに物語に引き込まれてしまう。
そして至るところに散りばめられている遊び心が
わたしのこころをくすぐる。
それは、登場人物による冗談であったり、
広瀬が語る筋肉や神経についての緻密な計算であったり。
そのすべてがどこか愛らしい。


本作品の単行本が刊行されたのが1992年だから当前なのだけど、
作品には携帯電話が登場しない。
再度読み返してみると、
公衆電話や家電が懐かしくもあり、新鮮でもある。


1956年生まれの川島誠は1992年当時、36歳。
オトナになっても青春を
こうも瑞々しく描くことができるなんて、
なんだか素敵。
そして羨ましくて、同時に不思議。


10代の頃ならば間違いなく星5つにした作品。
だけど、30代の今改めて読み返してみると、
どうしても青春に対する焦燥感が勝ってしまい、
評価は星4つ。

40代くらいになったら懐かしさが込み上げてきて、
また星5つになるんじゃないかな。


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紙の本

僕とおじいちゃんと魔法の塔 1

子どものころに出会いたかった――『僕とおじいちゃんと魔法の塔』

14人中、13人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

あ、ツボに入った…。

ハジメマシテの作家さん。『妖怪アパート』シリーズのレビューを見かけるたびに気になっていた。でも、わたしの苦手なモチーフが登場すると聞いて『妖怪アパート』シリーズには手を出せずにいた。そんな折にたまたま書店で見かけた本書。薄いしちょっと読んでみようかなぁ、と軽い気持ちで手を伸ばしてみた。


物語の主人公は小学校六年生の龍神(たつみ)という男の子。龍神の家はまじめなお父さんと優しいお母さん、そしてよく出来た弟と妹の5人家族。家族はとっても仲良しで、もしも「理想の家族標本」があったら検体にしたいと一番に声がかかりそうな「すばらしい」一家だ。だけど龍神はこの家族の中でなんともいえないもどかしさを感じている。自分の居場所がなく、自分が自分でいられない感じ。


そんな龍神の心の葛藤は最初の一ページに挙げられる。―――
「いい子」ってなんだ? どういう子?
よく勉強する子? 友達と仲良くする子? 嘘をつかない子?

お父さんやお母さんにとっては、「自分たちの言うことをよくきくこ」が「いい子」だ。

じぁあ、言うことをきかない子は―――「悪い子」なのだろうか……?




ある日龍神は偶然見つけた塔に足を踏み入れる。そこは昔、龍神のお祖父ちゃんが住んでいた建物で、恐る恐る足を踏み入れた龍神の前に、死んだはずのお祖父ちゃんが現れるところから龍神は自分を見つけ成長していくことになる。

はっきりいってこのお祖父ちゃんはいわゆる「幽霊」で、内容としてはファンタジーになるのかなぁ。ファンタジーなんて、わたしがもっとも苦手とするジャンルなのだけれど…これがもう、不思議や不思議なんでもかんでもすーっと入ってくる。

だってこのお祖父さん、とっても素敵なんだもの。何が素敵かというと…言葉で説明するのはちょっと自信がないので替わりに彼の台詞を少し引用する。

―――「大人の世界もガキの世界も、人は人であるということだ。そのあり方、その関わり方も同じなのだ。大人の、ガキどもに対する最大の間違いは、この点を理解していないことにある。大人どもの中に『子どもは天使』とほざく連中がいる限り、大人とどもの間の溝は、永遠に埋まらんだろうよ」


―――「この世で最も性質の悪い人種とは『善人』なのよ」


こんなお祖父ちゃんと接しているうちに、父親と母親の理想とする子どもを無意識のうちに演じていた龍神の心に変化が生じ始める。彼は「理想の家族」像の中では収まりきらなくなった自己を見つけ、そこからまた彼の心のは大きくうごめく。

この物語は読む人の立場によって与える印象が大きく異なるように思う。わたしは親になったことはないので、子どもの立場でしか読めないけれど、こういう作品にはもっと小さなころに出会いたかったと強く感じた。

作中、お祖父ちゃんは龍神に問う。
―――「善とは? 悪とは何ぞや?」


その問いに「善はいいことで…例えば人に親切にするとか、ウソをつかないとか…」と答えていた龍神はお祖父ちゃんの影響を受けて人間として大きく成長し、その答えを見出す。本書は龍神少年の成長物語なのである。

ちなみに「1」となっているのは、シリーズ三部作にする予定だからだそうだ。といっても次巻からは龍神いきなり高校生になっているのだろう。その理由は著者によるあとがき曰く…

―――(三部作にしてほしいと編集者から依頼されて)
「あの…でも、これ“完結”してしまってるんですけど? 主人公、頴娃町しきっちゃったんですけど?」
困った……!
(略)
中学生ではあまり主人公たちの生活に変化がないので、一足飛びに高校生の生活にしとうと思った次第だ。


この著者のキャラクターもなんか好きだなぁ…。『妖怪アパートシリーズ』に手を伸ばしてみたくなったのは言うまでもない。(でもまだちょっと悩んでるんだけど)

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紙の本

八朔の雪

紙の本八朔の雪

2010/01/09 00:07

ここちよい時代小説

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

時は江戸時代。大坂で起こった大水害で両親を失った幼い澪は、有名料亭「天満一兆庵」のご寮さん(女将さん)に出会い、奉公人となる。しかしあるきっかけから旦那さんにその舌を見込まれ、女ながらに板場に立つことを許される。大坂での名声を手に天満一兆庵は江戸店を構えまさに上り調子。

しかし江戸店を任せた若旦那の吉原に通いにより資金は底をつき、江戸店はおろか大阪本店まで潰れてしまう。そしてその心労がたたったのか、旦那さんも天満一兆庵の再建を願いながらも無念のまま、澪に「託せるのはお前はんだけや」という言葉を残して他界。以来、澪はご寮さんと二人、右も左もわからぬ江戸の長屋で、肩を寄せ合い慎ましく生きている。

江戸での奉公先の蕎麦屋・「つる家」の主人に見込まれ店を任された澪は、大坂と江戸の味の違いに戸惑いながらも江戸の人々に愛される料理を研究していく。徐々に評判は広がり、名料理屋からの妨害もあるが、ご寮さんやつる家の旦那さん、長屋のお隣さんなど人情厚い人々に助けられながら、つる家の発展と天満一兆庵の再建を目指して料理の道を突き進む。


いやー。よかった。それほど期待していなかったし、時代小説だし読みにくいかも…と懸念もしていたのだけれど、想像を遥かに超えて、めちゃくちゃよかった。

不幸な境遇から立ち上がる若き女流天才料理人・澪。女が料理人など…という江戸時代。風当たりは厳しいし、それを乗り越えてお店が上向きになったらなったで有名店からの妨害があったりと、澪の道はお決まりのように一筋縄ではいかない。うん。とってもオーソドックスなストーリー。

枠だけ見れば、同じような構成の作品はありふれていると思う。しかしそこに澪をはじめ魅力的なキャラクターがあって、人情があって、おいしそうな料理があって…とっても魅力的な仕上がりになっている。うーん、何度も書くけど、めちゃくちゃいい。いくところでも目頭が熱くなる、そんな作品だ。

料理の道の奮闘記というのは珍しいストーリーではない。しかし本作のちょっと面白いところは、大坂出身の澪が江戸で料理屋を営むというところにある。先日もブログネタにかこつけて書いたのだけれど(→参照記事)、関西と関東では食文化が違う。出汁の取り方から始まって、味付け、食べ方…現代においても異なる点が多々ある。

初めは江戸の味覚に反発を覚えていた澪も、江戸の人々と関わっていくうちに江戸には江戸の、大坂には大坂の、いいところを見出す。そして江戸の人々に好まれる上方料理をつる家で出していく。それは、初ものを好む江戸では嫌われる戻り鰹を使った料理であったり、大坂では砂糖をかけて食べる心太の酢醤油添えだったり、大坂で愛される昆布だしと江戸で愛される鰹だしの合わせだしを使った茶碗蒸しであったり…。

また、初ものを喜ぶ江戸と、季節の物を安価に仕入れて喜ぶ大坂の違いなど、気風における違いも垣間見られて、もしかしてこれは現代でも人より安く物を買うことに喜びを見出す大阪人の性格に通じるものかも?!などと色々想像を膨らませてしまう。

察するに、どうやらこの作品には続編がある様子。本作では上方料理屋・つる家はまだまだ始まったばかり。これからどうなっていくのかが楽しみで、続編を期待せずにはいられない。また18歳の澪を何かと気にかけてくれる謎の浪人風の男・小松原や、医者の源斉などといった若い男性も登場するので、澪のこれからに恋の予感も期待してしまう。

あぁ。初版が刊行されたばかりだけれど、早く次作が出ないかなぁ…と楽しみなシリーズがまた一つ増えた。時代小説は苦手だなーと思っていたけれど、最近は時代小説に見られる人情がとても心地よい。

最後に、本書のラストにはストーリーに登場する料理のレシピが収められているので、料理好きの方にはとっても嬉しい一冊のはず。


『八朔の雪 みをつくし料理帖』収録作品
・狐のご祝儀――ぷりから鰹田麩
・八朔の雪――ひんやり心太
・初星――とろとろ茶碗蒸し
・夜半の梅――ほっこり酒粕汁


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紙の本

出世花 時代小説

紙の本出世花 時代小説

2010/01/15 20:53

帯に偽りなし――「江戸のおくりびと」

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

とっても気に入った『八朔の雪』を書いた高田郁のデビュー作。本書も『八朔の雪』と同じく、とてもオーソドックスな物語展開となっている。

同僚との不義密通の上、手に手を取って出奔した妻とその相手を追って、久居藩士・矢作源九朗は幼い娘・艶(えん)を連れて妻敵討ちの旅に出た。あれから六年。父娘は空腹のあまりに口にした野草の毒にやられ、道端に行き倒れ、たまたま通りかかった青泉寺の住職に助けられる。しかし源九朗は寺に運ばれてまもなく、息を引き取った――「不義密通を犯した妻の血を引く娘に、なにとぞ善き名前を与えてくださらぬか」との言葉を遺して。この時お艶、九歳。

青泉寺は、湯灌場、火葬場、墓所を備える「墓寺」であった。住職のはからいにより、源九朗は寺の者によって丁寧に湯灌され、荼毘に付された。湯灌された父の安らかな表情を見たお艶は、父が無事、浄土に旅立ったことを悟った。

住職は艶に「縁(えん)」という名を与えた。以来、お縁は青泉寺預かりの身となった。

十五歳の年、お縁は体調を崩した寺男たちに代わり、正念を手伝い湯灌に携わった。新仏はお縁と同年の娘。湯灌は「現世の苦しみを洗い流し、来世への生まれ変わりを願う大切な儀式」ではあるが、丸裸にしての湯灌は、特に若い娘の場合、遺族には耐え難いものがある。遺族はお縁の申し出を喜んだ。

お縁は、心を込めて湯灌を行った。湯灌の後、帷子を左前に着せた新仏のこけおちた頬に綿を詰めると、父親は「よかったねぇ、よくしてもらったねぇ」と娘に語りかけた。母親に紅を注してもらった新仏は、穏やかな顔つきだった。遺族の目から涙が零れた…。

丁寧で思いやり溢れるお縁の仕事ぶりは噂に噂を呼び、三昧聖に湯灌されれば、どんな身の上の者でも安らかに浄土に旅立てると、言われるまでになる。


『八朔の雪』と同じく、主人公は十代の少女。帯に「江戸のおくりびと」とあったので、「なんでもブームに乗ればいいってもんじゃないのになぁ…」と思ったのだけれど、もう、ほんとにほんとに「江戸のおくりびと」だった。

人の死――それだけとっても、長患いの末か、突然の病死か、それとも事故死か…その遺族の思いは多種多様。母をひとり残して逝った息子。両親を残して逝った幼い子ども。身よりなくして亡くなる者。愛する者のために死を覚悟する者。辻斬りよる非業の死。俗世ではどんな身の上であったとしても、亡くなれば皆等しく尊い仏。湯灌は、「現世の苦しみを洗い流し、来世への生まれ変わりを願う大切な儀式」なのだ。

父の湯灌を目にし、その儀式の有難さを身にしみて実感した幼い少女。湯灌に従事する者を「屍洗い」と蔑む声もあるが、その儀式の大切さに魅せられた少女は「三昧聖」として湯灌に携わるようになる。「三昧聖」とは、住職曰く「まことの聖とは、衆生の中にあって、これを導くもの。なればこそ、亡骸を清め、浄土に旅立てるように手を貸す者を、三昧に於ける聖、すわなち『三昧聖』とよぶ(後略)」。

構成自体はオーソドックスなものなので、「屍洗い」の周りには、悪意に満ちた目や理不尽で非常なエッセンスも登場する。しかしもちろん真っ当に生きる心根の優しい者たちもいて、お縁は苦難や悲しみ、喜び、怒り、慈しみ、を感じながら成長していく。お縁の周りで垣間見られる「人の情」に、またしても何度となく目頭が熱くなった。それは、決して派手なものではないけれど、じんわりじんわり効いてくる。読み手によってはいささかご都合主義な感もあるだろうけれど、わたしにとっては安心して読める、とてもあったかいお話。

わたしは『おくりびと』を観ていないし、『納棺夫日記』も読んでいないが、これらの作品と本作には通じるものがあるのでないかな、と思う。そして『八朔の雪』の作風がお好きな方は恐らく、お気に召す作品ではないかな、とも。

あぁ、高田郁はいいなぁ。


『出世花』収録作品
・出世花
・落合螢
・偽り時雨
・見送り坂暮色

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紙の本

ストーリー・セラー

紙の本ストーリー・セラー

2010/11/08 11:09

好きって気持ちが詰まってる、そんな作品。

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

読み友さんが絶賛されているのが気になって、思い切って単行本で購入してみた。基本的に有川さんは甘甘すぎて苦手なのだけれど、『阪急電車』のときのような素敵な出会いの予感があったから。

結果からいうと、その予感はまさにどんぴしゃ。正しかった。しかもたまたま手に取った本がサイン本という素敵な偶然。サイン本なんて手にするのは初めてのことで、ちょっと嬉しくなってしまった。


本書に収められているのは作家を巡る二篇のお話、タイトルは『Side:A』と『Side:B』。どちらも女性作家とその夫のお話だ。そしてどちらのお話でも主役夫婦に「名前」ははなく、そして夫婦のいずれかが難病に侵される。

『Side:A』で病に侵されるのは女性作家。彼女が患ったのは「思考することと引き替えに寿命を失っていく」という作家にとって致命的な難病だ。一方、『Side:B』では夫が病に侵される。それも余命が宣告されるほどの大病だ。

わたしは「死」をモチーフにしたフィクションが好きではない。死にゆくからこそ切ない、だとか哀しい、とか。「死」というアイテムを利用することによって、より美しさや儚さを「演出」しようとしている気がすることが多いからだ。実際、「死」なんてキレイなものじゃない。忌むべきものでもないのかもしれないけれど。

だから本書も、ほんとは気が進まなかった。だけど読み友さんのレビューを拝読して、読んでみよう、読んでみたいっ!と強く思った。自分ひとりじゃ決して読むことはしなかっただろう作品との橋渡し――こういう出会いを作ってもらったとき、ブログをやっていてホントによかったと思う。そしてそうやって手に取った作品が自分にとって「好き」と思える作品だった時、嬉しさも一入だ。

本書において「死」は重要なアイテムではあるのだけれど、おそらくそれは物語の主軸ではない。この作品に詰められているのは「本」に対する愛情。それも、「書く」側と「読む」側の「好き」っていう純粋な気持ちだ。本書には、本が好きなひとが持つ「情熱」にも似た気持ちが詰まっている。

わたしは「書く」側の人間ではないので「読む」側の登場人物の言葉にしか共感できないのだけれど、「本に対する情熱」の部分を読むたびに、わたしは同意のあまり嬉しくなって、そして泣きそうになった。


***
好きだ、好きだ、好きだ、どこがよかった、誰が好きだった、あの台詞がよかった、どのシーンが好きだ、
 やっぱり君の書く話が好きだ。
***


***
「『読む側』の俺たちは単純に自分の好きなもんが読みたいんだよ。だから自分の好きじゃないもんに当たってもそれは外れだったって無視するだけなの。ベストセラーでも自分にとって外れのこともあるし、その逆もあるし。ただ、自分が楽しめなかったもんにかかずらわってる暇なんかないの。そんな暇があったら次の面白いもん見つけたいの。時間は有限なんだ、当然だろ。自分にとっての外れなんかさっさと忘れるだけだよ、覚えてるだけの腦の容量がもったいない」
***


***
「俺、この人の本だと結構あるんだ、そういうこと。泣きとか笑いとかツボ色々だけど。電車で吹き出したことあるから、通勤では読まないようにしたんだけど、ゆうべ読み終わらなくて。朝、すっごいいいところまで読んじゃって、もう帰りまで我慢できなくてさ」
***


***
「ずるいんだよな、この人。俺、この人がデビューした頃からずっと好きで読んでたから、もうだいたいのパターンは読めるんだよ。ここでこう来るな、とか。でも、そのパターン踏んでちょっとだけ外したりすんの。よしこらえた! って思ったとこに不意打ちが来るからたまんないよな」
***



この男性主人公の台詞をちょこっと変えて、有川さんに向けて言ってやりたい。



ずるいよ、有川さん。


変化球にも程があるっちゅーのっ!!!!! 



でもね、その外し具合がめちゃくちゃ好きだったりするのです。

わたしもこの男性主人公みたいに、こういう気持ちを共有するのが好きなのだ。ベストセラーなんて関係ない。メジャーな作家じゃなくったっていい。ただ「面白い!!」って思えるものを読んで、その中で「好き!!!」って思える箇所を発見して、そしてそしてその「好き!!!」って思った箇所をどこかの誰かと共有できたら、ただただとっても幸せなのだ(わたしが)。


ブログでもなんでも、主観で書かれているレビューをわたしが好むには、そういう理由があるのかもしれない。


最後に。
誤植について、これまた男性登場人物に言葉に大きく共感してしまったので引用する。


***
「でも、あんまり気になったことないよ。多分、文章のリズムに乗せられて多少の引っかかりは脳内で補正されてるんじゃないかな。君の文章、追いかけてて気持ちいいんだよな。だから途中で止まらなくなるんだけど」
***



「痘痕もえくぼ」――人間らしくていいじゃない。


そしてこの装丁もめちゃくちゃ好き☆


とにかく大好き。
そんな作品。



『ストーリー・セラー』収録作品
・Side:A
・Side:B


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紙の本

鷺と雪

紙の本鷺と雪

2010/02/22 12:00

第141回直木賞受賞作・ベッキーさんシリーズ完結編。

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

『街の灯』、『玻璃の天』に続くベッキーさんシリーズ第三弾にして完結編。そして第141回直木賞受賞作でもある。


物語の舞台は昭和初期の東京。主人公の英子が生まれ育つ花村家は上流家庭。大正ロマン残る華やかで雅びやかな世界が作品全体を覆う。こういった世界観の構築が北村氏は旨いなぁ、とほとほと感心してしまう。

第一巻の『街の灯』で英子がベッキーさんに出会ったのは昭和七年のこと。それから三年の月日が流れ、この愛すべきシリーズはこの巻で幕を閉じる。

著者がラストとして選んだのは昭和十一年の二月のある朝。ラスト一行を読み終えた時、わたしは拍子抜けしてしまった。「え? これで終わり?」と思ったのだ。

しかしすぐにこの日以降に日本が辿った歴史を思い浮かべ、胸が詰まった。作中、英子の独白にこういう一文がある
――ことは語りすぎれば浅くなるものだ。――
この言葉を表すかのようなラストだった。


この決着の付け方を物足りなく感じられる方もおられよう。しかしわたしはこの終わり方を好ましく感じている。語られた最小限度の言葉を受け止め、後は歴史という「知識」と「想像力」で補完する。立場を弁え、出しゃばりすぎず、かといって決して自分を卑下することのないベッキーさんや英子にぴったりの終わり方と言えるだろう。

昭和初期――それは混沌と動乱の時代。ほんの60年前は江戸時代だった。言いかえれば、近代と呼ばれる時代に入ってから60年が経っている。そう頭でわかっていても、昭和初期はわたしにとってもはや戦国時代と変わらない「遠い昔」でしかない。昭和後期生まれなのに、だ。

近代日本を語る時、戦前と戦後が大きな分け目となるように思う。戦後、急激な変化を遂げた日本は今や立派な先進国だ。

日本だけではない。この半世紀、世界中の国々が様々な変貌を遂げた。そして現在先進国と呼ばれる多くの国々は、第二次世界大戦で学んだことを胸に刻み、二度と同じ過ちを繰り返さぬ、と誓った。

しかしそれでも戦争は無くならない。

これは反戦の書だ――そう感じた。

作中で最も印象に残るシーンがある。前作の『玻璃の天』と同じく、青年大尉とベッキーさんが向き合う場面だ。


大尉はベッキーさんに問う―――
「なぜ、世の中が活気づいたのか?」
彼は自答する―――
「あなたの嫌いな、拡大主義と戦争のおかげだ」
そして続ける―――
「戦さは明るいものだ」
「――そうでなければ戦うことは出来ない。それを求める者がいるから、戦さは続く」


これは大尉の言葉を借りた戦争への批判だろう。戦争はこれからもきっと続く。そこに利益を見る者がいる限り、何度過ちを繰り返し、何度学んでもなくなりはしない。

著者はこのシリーズを通して反戦への強い思いを表した。そしてわたしたちはこの本を読んで、戦争についていくらかは考える。それはほんの少しの時間かもしれない。ひとりひとりが考えて何かの変化が起こるわけでもない。それでも、考えないよりは考える方がいい、そう信じている。

「反戦の書」などと書いてしまたら、未読の方には重い、暗いといったマイナスイメージを与えるかもしれないが、本書は決して暗くはない。そして重くもない。英子とベッキーさんという好感のもてる女性が主人公だからだろうか。それとも著者の筆力がなせる技か。

さて最後に、直木賞受賞作だからといって『街の灯』、『玻璃の天』を飛ばして本書を先に読んではいけません。シリーズ作品を順番に読んでいってこそ十二分に味わえる作品なのですから。


『鷺と雪』収録作品
・不在の父
・獅子と地下鉄
・鷺と雪

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紙の本

配達あかずきん

紙の本配達あかずきん

2010/01/15 20:38

本好きさん、KO(ノックアウト)です!

6人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

感想をひとことでいうと、おもしろい!!!

ミステリとしては目新しいこともないし、唸るほどよくできているわけではないのだが、この作品の素晴らしいというかズルイところはその設定にある。

物語の舞台は成風堂という駅ビル6階にある書店。主人公はその成風堂社員の杏子に、アルバイトの多絵。彼女たちの元に持ち込まれる謎は、日常のちょっとしたものから、その謎から発展した事件まで――実にさまざま。本作にはそういった書店または本を巡る事件が5編収められている。中には実在する作品名が登場する短編もあり、時には実際の作品が謎を解く鍵となることもあり、本好きさんにはたまらない一冊だろう。

また、書店内部の様子や店員同士のやりとりなどもふんだんに描写されていて、本屋さん好きにも堪らない。この作品に登場する杏子や多絵は書店員としては、本当に素晴らしい。彼女たちのような店員さんに実際に接客してもらえたらどれほど素晴らしいだろうと、思わずにはいられない。というのもつい先日、こんなことがあったから…(ちょっと愚痴っぽくなりますので悪しからず)。

わたしは本を購入するとき、カバーは掛けてもらわない。普段からカバーは利用しないし、数冊まとめて買うことが多いので、どうせすぐに取るのだし、その手間が申し訳なく思えるからだ。加えて、袋もお断りする。大概の書店では、「店を出るまではレシートをお持ちください」などのひとことと共に、本にレシートを挟んで渡してくれる。もちろんわたしはその本をその場(レジ)でバッグの中にしまう。

が、先日のこと。いつもと同じように「(袋に入れずに)そのまま渡してもらってもいいですか?」と尋ねたら、「シールを貼ってもいいですか?」と返された。出たな!必殺質問返し!なぜに質問に対して質問で答えるのだ!!などと小難しいことを言っている場合ではもちろんなく、わたしが気になったのはその言葉そのもの。「(本に)シールを貼ってもいいですか?」なんてよくも尋けたものだなぁ…と唖然とせずにはいられなかった。この衝撃はコンビニでネギトロ丼を買ったときに「(レンジで)温めますか?」と尋ねられた(実話)時のそれと同等、もしくはそれ以上の大きさだ。結局のところ、他の店員さんが「あ、いいよ」とその(本にシールを張ることを気にしない)店員さんに指示してくれたので、シールを貼られることなく本はわたしの手元にやってきたのだけれど…。

わたしだって本屋さんに勤めているからって全ての本について店員さんが知っていて当然だとは思っていない。だけど…本を傷つけたくない人だっているということにもっと留意してほしい――これは書店員に対して、過度な要望なのだろうか。

さて話は戻って本作。登場するのが日常の謎ばかりなので壮大なミステリを好む方には物足りないかもしれないが、本好きさん、そして本屋さん好きさんには是非とも読んでいただきたいなぁ、と思う。そして感想をぜひぜひ伺いたいのである。



『配達あかずきん』収録作品
・パンダは囁く
・標野のにて 君が袖振る
  ↑最も気に入った作品。短歌が登場するのがいい。
・配達あかずきん
・六冊目のメッセージ
  ↑多くの人が「一番」に挙げるだろう作品。わたしも結構好き。
・ディスプレイ・リプレイ

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紙の本

さよならドビュッシー

紙の本さよならドビュッシー

2011/07/14 11:47

ドビュッシーが聴こえるスポ根ピアノミステリ。堪能しました!!!

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

本書をひと言で表すならば…
「ミステリ+ピアノスポ根小説」だろうか。

感想を端的に言うと…
面白かったーーーーっっ!!!!!!

先に読んだ『連続殺人鬼カエル男』は、
そこまで酷くはなかったけれど、
タイトルからは若干見劣りするので期待値は下がっていた。
それがよかったのか…
いや、それがなくても、本書にはハマったな。


ピアノが好き!ドビュッシーが好き!!
というのもあるのだけれど、
ピアノに対するストイックな想いや努力の過程がすごく好み。

『スパイクス ランナー』や『最後の一球』もそうだけれど、
わたしはどうやらスポ根小説には
ストイックなまでの真摯さを求める傾向にあるようだ。

甘いのは好きじゃない。
『サクリファイス』はわたしにとっては甘甘だった。

作中に登場するコンクールの結末云々は
「甘い」と言えなくもないけれど、
そこはまぁ、物語だから追求すべきてんではない。
ピアノに対する真摯な姿勢が好きなのだ。

ミステリ部分についても、
よかった。

『連続殺人鬼カエル男』でもそうだったのだけれど、
著者はどうやらラストに意外性をぶっこむのが好きなようだ。
ラストに「どんでん返し」を登場させる作品は少なくはないのだけれど、
実はその塩梅は非常に難しい(と思う)。
やりすぎると下品だし、
少なすぎるとインパクトに欠ける。

でも、本書のは…よかった。

そしてもう一点感心したのは一人称「あたし」の使い方。
一人称って、文字にすると非常にやっかいな代物だ。
会話では気にならなくても、
文字にしたとたん一人称は強烈な存在感を放つ。
中でも「あたし」は、
扱いの難しさにかけてはトップ級だろう。

著者はその「あたし」の扱い方が非常に巧かった。
ここはちょっとトリックにも関連することなので詳しくは書けないが、
「あたし」という一人称は大概の場合、
ちょっと「いやな」感じが付きまとう。
時にすれているかんじ、とでも言うのかな。

本書で扱う「あたし」には二種類あって、
「いやな」感じがするものと、
そうでないものが登場する。
そのあたりの描き方が非常に巧いなと唸ってしまった。

そして読み返したときに気づく、伏線(p.64)にも脱帽。
あぁ…そういうことだったのか…と驚嘆してしまった。

なんだかなぁ…
どんでん返しのある作品って、
感想を綴るのが難しい。

兎に角、楽しかったのは確か
。続編もあるようなので、
文庫化されたら是非読みたいと思う。



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紙の本

グラデーション

紙の本グラデーション

2011/02/04 11:11

14歳から23歳までの「女の子の日常」を丁寧に描く。

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

本書で描かれているのは、いたってフツーの女の子の、14歳から23歳までの10年間。とりたてて話題にすることもない、とりとめのない日常の記録。よくもまぁ、こんな普通のことを書いて本にできたな、と冷静に、突っ込んでしまう。

だけど…。
それがすっごくいい。
そして、すっごく好き。

主人公の真紀の心の描写がすごく丁寧で、フツーの女の子時代を経験した人ならば、本書を読めばすぐにあの頃にタイムスリップできてしまう気がする。

もしいつか、わたしに女の子ができたら読ませたいな、と漠然と思った。過去に女の子だった人にも読んでもらいたい。そして、わたし自身も何度も繰り返し読んでいくのだと思う。

これといった主体性もなく、ひとりで憧れて傷ついて悲しんで悩んだ幼い日々。そんな等身大の女の子がたっぷり詰まっている。

そして残念なことに、もうすぐ30になるわたしはあの頃とそんなに変わってない。周りは結婚して親になったりするお年頃なのに…。「30なのに幼すぎるな、自分。」と、余韻に浸りながらも現実に戻ってハッとした 苦笑。

すごく素敵な作品だと思う。だけれども、描かれているのは至ってフツーのことばかりだから、これから読まれる方はハードルを上げすぎないようにご注意を。

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