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紙の本
どうしようもない、母性
2011/05/10 11:53
17人中、15人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ひろし - この投稿者のレビュー一覧を見る
初手から私事で恐縮ですが、現在高校生の愚息がまだほんの赤ん坊だった時に、当時30代の半ばだった姉が遊びに来て、息子を抱き上げたことがありました。普段は勝気で男勝りの我が姉が、乳飲み子を胸に抱いた瞬間浮かべたその表情が、未だに忘れられません。笑顔には違いないが、何とも美しい聖母の笑み、母親の、笑み。ああこれが母性という物かと、正直唖然とさえしてしまったのですが。この男性からすれば驚くべきとさえ言える、母性。それを物語にしたのが、本作品と言えるかもしれません。
女性は、持って生まれて体の中に母親を宿しているもの。たとえ自分がお腹を痛めた子ではなくても、小さな命を目の前にすると、母性がその子を守ろうと、守りたいと訴えかける。それが愛した男の子供であれば、なおさら。絶対に赦される事ではないと分かっていても、どうしようもなく、母性が女を、突き動かしてしまう。気が付けば乳児を抱き取り、先の見えない逃避行に、旅立ってしまう。もし自分が主人公希和子の立場だったらと考えた時…やはりある種の同情を禁じ得ない。そこが本作品の面白さであり、テーマなのだろうと思います。
またテーマだけではなく、物語の展開や構成もまた白眉。ちょうど作品を二つに分けるくらいの量で、母親が子供を連れて逃げ回る1章と、その子供が成長してからの2章とにくっきりと分かれています。1章では母親の自分と犯罪者の自分との葛藤に思い悩みつつも、乳児を抱え逃避行を続ける希和子にハラハラさせられながら進みます。また2章からは少女が成長してから、事件の経緯の説明と共に「なぜ」を解き明かしていく構成。因果は巡り、真実が明らかになっていくのです。そして二人で逃げた最後の地、思い出の島小豆島へ。大人になった少女がその場に立った時、まるで噴水から水が噴き出すかのように想い出が迸るのです。そしてあの、最後の瞬間も。母親だった女が、大声で叫んだ言葉さえも。あまりに切ないその言葉を思い出した時、かつて自分を誘拐した女も、一人の母親だったのだと気が付くのです。
さて物語も終盤にさしかかると、一体どうやって話をまとめるのかと気になった。あまりに切ない終わり方しか、なかろうと思えたので。だけど本当に仄かな明かり、未来を感じさせてくれたのがまた良かった。可能性、くらいでしかないその明かりが絶妙にこちらの心を納得させてくれ、強張ってしまった頬を少し緩めて読み終えることが出来た。この点も非常に良く作りこまれていたと感じました。
きっとあらゆる女性に共感を得られる作品であろうと思いますが、では男性には薦められないかというと、私のような子供を持った男性にこそお勧めなのでは、と思います。何故なら私たちは「自らの腹を痛めない親」という点では、主人公紀和子に非常に近い存在なのではと、思うのです。
紙の本
腐ったやつらにあらがい続ける母性愛。
2017/05/14 00:14
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:たけぞう - この投稿者のレビュー一覧を見る
角田作品は、「キッド・ナップ・ツアー」「対岸の彼女」に続き、
三冊目の読了となる。正直に言うと、最初この本に手を
出すつもりはなかった。それくらい対岸の彼女から受けた衝撃は
強烈だった。
しかし書評の評判も高く、ドラマ化・映画化もされたうえに
アカデミー賞でも圧倒し、私は翻弄されるばかり。
魔が刺すように手元に本が来ていた。
相変わらずヘビー級のボディブローが連続する作風だったが、
感動したので書評に残そうと思った。
それにしても、角田さんは悪意たっぷりの描写がいつも冴える。
個人的な趣味からすると、そこんトコはもちっと控えめにして
もらえませんかねえ、と希望だけ書いておく。
冒頭から引用する。
> ドアノブをつかむ。氷を握ったように冷たい。その冷たさが、
> もう後戻りできないと告げているみたいに思えた
部屋に忍び込んだのは希和子。あの人の赤ん坊を見るために
行動をおこす。たぶん、ちょっと見るだけだったはずだ。
しかし、赤ん坊の泣き声を聞き、涙を見てしまう。
赤ん坊の目に希和子が映り、笑い顔に変わったその瞬間、
希和子の感情がほとばしり、全てのリミッターが外れ、
気がついたら赤ん坊を抱いてタクシーに乗っていた。
希和子は逃げ続ける。いくつかの運命的な出会いがある。
歪んだ形の母と子を、目に見えない力で押し流すように、
物語は進んでいく。
後半、希和子の取った行動、背景、あの人のことなど、
ぽつぽつと明らかにされていく。角田さんらしい硬質の
抑えた展開が待っている。
一瞬、母性愛はすべてのものに勝ると錯覚し、でも
惑わされてはいけないと自らを戒める。
女性が読むと、この対立は鋭利な刃物のように
感じるのではないだろうか。
終盤、家族のありかたの根源が揺さぶられる。
心も頭も、強く共鳴してしまう。
家族の中の憎しみがもたらす、小さな安寧と大きな圧迫。
角田さんの描きたかった母性愛は、腐ったやつらに対する
反面教師的に、きらきらと輝いている。
これは詭弁だ、現実世界では犯罪じゃないかと、
声を上げたくなる。この本を読むまで忘れていたが、
新潟で少女監禁事件があったことを思い出した。
そして、おかしいと思いつつも、角田さんの世界にどっぷりと
浸っていることに気付く。迫力のある作品だと思う。
紙の本
飯食ってなんぼ
2014/02/12 01:40
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:英現堂 - この投稿者のレビュー一覧を見る
人間やっぱり、飯食ってなんぼのもんじゃ。ほんでもって子供にはしっかり食わせるのが、何よりも大事。わが子となるとそりゃあもう、飯の心配ばかり。ああ、ごちそうさん。
NHKのドラマ10でこの『八日目の蝉』を見た。主演は壇レイと北乃きいだった。別れの最後の言葉に心を打たれた。映画の『八日目の蝉』も観た。主演は永作博美と井上真央だった。そして原作を読んだ。それぞれ微妙に話を変えているが、母親の心配するところは同じ。そんなことをいつも気にしている。その瞬間は本当の母親だ。なんかいいよね。
紙の本
母との関係を考えさせられる
2023/04/13 19:15
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:みみりん - この投稿者のレビュー一覧を見る
主人公は2人の女性。不倫相手の子、恵理菜を誘拐して3年半育てた希和子と、大人になった恵理菜。
と書くと、希和子が悪者のように見えるのだが、「八日目の蝉」を読むと、そんな風には思えない。
世間的には希和子は犯罪者なのだが、恵理菜にとっては愛情深い母親だった。
むしろ本当の母親との方が確執を抱えている。
実の母親よりもそのまま希和子に育てられた方が幸せなのではなかったかと思うのは私だけではないはず。
この本を読んで、血のつながりよりも実生活の積み重ねの方が尊いのではないかと思わされた。
そして、私は希和子が恵理菜に注いだほどの愛情を実の子に注げているだろうか。
自問する毎日である。
紙の本
読後の余韻に浸る
2022/04/04 14:23
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:カレイの煮付 - この投稿者のレビュー一覧を見る
切ないという読後感が浮かぶ。主人公が子どもを誘拐した罪は消えないが、精一杯愛情を注いで、その子どもを守って来たことには救われる。穏やかで楽しい記憶が、誘拐された子どもに残っていることが、せめてもの救いと思った。
紙の本
「女」と「母」を描いた一冊。
2011/05/27 21:56
2人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:みす・れもん - この投稿者のレビュー一覧を見る
ずいぶんと前からタイトルは目にしていたのだけれど、今一つ手に取るまでにいたらなかった小説。内容はあまり知らずに読み進めたわけで、途中でとても驚く展開があった。同じように何も情報を得ていない方がこの文章を読むことで展開を知ってしまうということはできれば避けたいので、未読の方はご注意いただければ、と思う。
野々宮希和子は、不倫相手の子どもを身ごもったが、相手の秋山丈博に説得されて中絶。いずれ離婚するから・・・と言い続けていた秋山の言葉を鵜呑みにしていた希和子。しかし、その直後、秋山の妻・恵津子も妊娠していることを秋山から聞かされる。別れようとするのに、追いかけてくる秋山。いや、振り切ろうと思えば振り切れるのだろうけれど、ね。難しいわけだ。そして、とうとう恵津子にバレた。恵津子は秋山に向けるべき怒りを希和子に向ける。容赦ない残酷な言葉を投げかける。
精神的にも相当に追い詰められていたのだろう。希和子は朝の20分間、赤ん坊を残して秋山夫婦が家を空けることを知って、忍び込む。自分が産めなかった赤ん坊の姿を、恵津子が産んだ子供に重ねたのか。赤ん坊をあやそうと抱いた瞬間、もう離せなくなった。そのまま誘拐。
そこからは逃げるだけの毎日。男の子でも女の子でも使える名前にしようと、自分が妊娠していた頃に決めていた「薫」という名前をその赤ん坊に付けた。自分が産んだ子。そう思いこもうとしていた。その子との幸せな日々を夢見ながら。けれど現実は逃亡生活。人の目を避けながらの日々。そうしてたどり着いた小豆島。島のゆったりとした生活で自分たち”母子”の居場所を見つけたと思った。結局、仮の”母子”生活は3年半で終止符を打つことになる。
前半は希和子と薫の生活。後半は恵理菜(薫)が実の両親の元に戻ってからの生活。
「誘拐された子供」と奇異の目で見られる生活が恵理菜の心を蝕んだ。いや、実の両親も突然現れたわが子をどう扱っていいのか戸惑っていたわけで、恵理菜はその気持ちを嫌と言うほど感じていたのだ。彼女を見るたびに夫の元浮気相手を思い出すという母。逃げてばかりの父。事情を理解できないまま知らない場所に放り込まれた自分。恋しい人や場所から無理やり引き離されて、居心地の悪い「実の家族」のもとで暮らさざるを得なくなった。彼女が憎むべきは何だったのだろうか。
営利目的ではない誘拐事件。数年間、実の親以外の人の手で育てられた子供のその後というものを想像したことはなかったな・・・。実の親の元に戻ってきたからと言って、当然「めでたし、めでたし」で終わるわけはないんだ。ある程度、成長したあとに誘拐された場合はどうだろう。それでも、同じか・・・。
七年土の下で暮らし、やっと地上に出たと思ったら七日間で死んでしまうといわれる蝉。八日目を迎えてしまった蝉がいたらどうだろう、というのがタイトルの趣旨か。七日間で死ぬといっても仲間もみんなそうなのだから哀しむことはない、けれど自分だけ八日目まで生きてしまったらどうする?
読了直後の今、いろんな感情が渦巻いていてまだ整理しきれない。悪意も善意もなにもかも。ただ希和子には幸せになってほしいと思うし、恵理菜(薫)も千草も。このあと、希和子と恵理菜が会うことはあるだろうか。かつては母子として暮らした二人が・・・。
誘拐を美化する小説ではないと思うし、そうであってはいけないと思う。「女」を描いた小説なのかなぁ。「女の情」を描いた話。そんな気がする。
電子書籍
子供に罪はない
2021/06/08 13:54
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:nap - この投稿者のレビュー一覧を見る
子供にとっては、誰が自分の親なのかなんて、分からないもんね。
びっくりしたのは、子供をさらわれた夫婦が、
1歳違いの妹を授かっていたこと。
そんなものなの?
紙の本
逃避行の果てに見たもの
2020/03/14 05:55
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:Todoslo - この投稿者のレビュー一覧を見る
血のつながりのない加害者と被害者の間に、親子以上の絆が芽生えていて切ないです。女性たちの避難場所から瀬戸内海の小島まで、ふたりが辿っていく道のりも心に残ります。
電子書籍
決死の逃避行
2020/01/02 22:38
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:Todoslo - この投稿者のレビュー一覧を見る
やっかい事から逃げる男たちと、形振りかまわず立ち向かう女性たちのコントラストが際立ちます。希和子と薫が築き上げた、束の間の疑似親子関係も感動的です。
電子書籍
親子愛って、血の繋がりだけじゃない
2018/12/17 16:12
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ワズ - この投稿者のレビュー一覧を見る
開幕から意外な展開が多く、初めて読んだときは少々驚きました。ですが、日々私が経験したことないような物語を読み進めるうちに、その母親の心にある娘ではない娘への愛情が伝わってきます。「家族」というくくりについて考えさせられる本です。
紙の本
タイトルの意味
2018/12/14 21:53
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:melon - この投稿者のレビュー一覧を見る
本作は身ごもった不倫相手の子供を堕ろした希和子が、不倫相手の子供を誘拐して逃げ回るという1章と、希和子から薫と呼ばれていた誘拐された少女恵理菜が大学生になって、事件と向き合っていくという2章からなる。このように過去編と現在編といった具合に時間を変え、主人公も変えるという構成はよくあるものだが、私は好きだ。
単純な感想としては、1章は淡々と逃げていく様子を描いたもので、本当の面白さは2章にあると感じた。そもそも1章は2章を楽しむための前座のようなものとも思えた。
タイトルの“八日目の蝉”の意味は作中で語られている。普通7日で死んでしまう蝉に哀れみを感じるものであるが、実際はみんなが7日で死ぬのであれば、それは悲しいことではない。むしろみんなが死んで本来ないはずの8日目を過ごすことのほうが寂しさがあるとも考えられる。しかし誰も味わうことのない8日目を過ごす蝉にとって、その日感じることは悪いことだけではないというように、8日目を生きることを前向きに捉えることもできるのだとのことである。恵理菜は誘拐事件によって家庭環境は悪く、通常の人が味わうことのない幼少時代を送ることを強いられた。また誘拐中に希和子が身を寄せたエンジェルホームで幼少時代を送っていた千草もまた、そのようなところで教育をまともに受けることなく、男性を好きになれなくなってしまうというような、通常の人とは違った育ち方をしてしまった。この両者にとって事件や施設によって8日目の蝉状態となってしまった。これはこの両者に限られず、誘拐事件の被害者でありながら、W不倫をしていたことで世間からパッシングを受け続けた恵理菜の両親や、事件で直接の被害は受けなかったが、両親も恵理菜もおかしい家庭で育つこととなった妹も同類なのだろう。そして誘拐犯の希和子だって8日目の蝉なのだ。
全員不幸なのだろうか。一般的な感覚では不幸だろう。そして本人も不幸だと嘆いているのだ。しかし最後には救いがある。8日目の蝉を感じ、他人が感じることのない感覚を得たことを自覚する。そして事件や関係者を憎むのではなく、受け入れていくのである。本作は出来事ではなく、登場人物の環境と考え方を感じていく小説であると思う。
電子書籍
切ない…
2018/05/24 07:57
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:taku - この投稿者のレビュー一覧を見る
初めて読んだ角田光代さんの作品です。
前半が切なすぎて読んでて苦しくなりました。(面白くないという事ではありません)
誘拐した娘と生活するという、少し触れただけで崩れてしまうような危うい状況に、ハラハラしながら読みました。
電子書籍
八日目の蝉
2017/07/31 16:47
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:しらふ - この投稿者のレビュー一覧を見る
子供をつれての逃避行と小豆島へたどり着き逮捕に至るまでの前半はどうぞ逃げのびてほしいと読み手をひきつけてしまう。後半はその後にマスコミの餌食となる家庭の中で育ち誘拐した希和子と同じように家庭のある男の子を宿してしまう娘と向き合えない実の母親。閉ざされたグループホームで一時をすごした千草との再会。いずれの女性たちもみな幸せであるようにと願ってしまう
電子書籍
映画も良かった
2016/06/21 02:00
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:コルダ - この投稿者のレビュー一覧を見る
角田光代さんのファンです。中央公論文芸賞受賞作。話にどんどん引き込まれ時間を忘れて読んでしまいました。
紙の本
泣けます
2015/08/23 22:13
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:にこんぶ - この投稿者のレビュー一覧を見る
全体の話がわかるようになると感動しました。自分もその立場になったらどうだろうと置き換えてしまいました。